ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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11『霧中』

 

 

 

 朝目が覚めたとき、激しく心がざわつく瞬間がある。

 羞恥と後悔。悲しみと怒り。そして、認めがたい感情。

 憎しみを忘れないためだと自分に言い聞かせていても、目を反らしきれない愚かさを呪わずにはいられない、そんな時間が、うちはサスケにはあった。

 それは愚鈍で、どうしようもない、子供だった頃の記憶の夢を見たとき。

 記憶に焼き付いてしまっている、ただ一人の男の背中を追いかける。そんな夢。

 走る。どんどんと遠ざかっていく背中にただがむしゃらに追いすがる。

 その時の気持ちに憎しみも怒りもない。

 どうしてかあの時の気持ちのままだ。嫉妬、焦り、不安、そしてそれらと同じぐらいの憧憬。

 必死に、必死に、追いつこうと全力で走り続ける。

 何度も、何度も、見た夢。

 その結末もすでに知っている。それだというのに、夢の中の自分は毎回変わることはない。

 何度もその男の名前を呼びながら、愚かに自分の感情をただ曝け出している。目が覚めた後のことになどまるで頓着する様子もなく、その剝き出しの幼稚さを目を覆うことさえできない自分に突き付ける。

 何度も、何度も、何度も、見てきた。

 何もかも変わってしまった。

 それでも、夢の中ではあのころのままだ。

 こんなに憎いのに。こんなに苦しいのに。

 あの背中はどうして未だ、こうも鮮明に記憶に残っているのだろうか。

 やがて前を進んでいく背中が止まる。

 いつも通りの結末。

 そして、後ろのサスケを振り返る。

 振り返ったその顔に見えるのは血の涙を流す異形の写輪眼。そのはずだった。

 そこに立っていたのは、一人の少女。

 金色の長い髪。そして青い瞳。

『おー、どうした?』 

 驚いたように瞳を大きく見開いた少女が、目の前に立っていた。

 そうして、不思議そうにサスケを見た後、狐のように目を細めて笑った。

 そこで目が覚めた。

「……………」

 焦点が定まった視界に飛び込んだのは、見慣れた天井だった。白く塗装された左官天井。

 それを呆然と見上げながら、次第に込み上げてくる感情に、サスケはうめき声を漏らした。

「……………」

 うずまきナルト。最近急に強くなったアカデミーの同期で、今は同じ班員。サスケは班演習以来、どうもこの少女を無視できなくなっている自分を自覚していた。

 疑問のせいだ。体を起き上がらせ、サスケは内心で毒づいた。

 うずまきナルトの強さ。それがどれほどのものなのか。

 アカデミー同期の中では断トツで最下位のドべだった少女が、実はあれほどまでに強かった事実はサスケに少なからず衝撃を与えた。

 強さを求めてきた。それだけの努力もしてきた。自分が才能がないとは全く思わないが、真の天才だとは思えない。だからこそ、努力だけは誰にも負けない様に、量と質を求めてきた。

 上忍や中忍に敵わなくても、せめて同年代の忍ではもっとも優秀であろうと、そう鍛錬してきた。そしてそれを達成してきた自負と自信が、少なからずサスケの中に存在していた。それは『誇り』と言い換えてもいいかもしれない。

 だから、認めがたい。

 小さい、自分でも自覚していなかった自尊心を無造作に殴り飛ばした少女に、サスケは困惑と嫉妬を抱いた。

 アカデミー卒業からの短い期間の修行で強くなった? そんなことは絶対に有り得ない。あってはならない。強さを隠していた、そうに決まっている。

 そして、そうであるならばそれは理解し難い行為でもあった。わざわざ授業では手を抜く意味は一体なんなのか見当もつかない。

 ナルトには何度か喧嘩や組手を挑まれた記憶がサスケにはあるが、そのときも一度も負けたことはない。もちろん、少女相手に本気を出したことはないが、その相手もまた、まるで本気を出してはいなかったのだ。

 まるで狐につままれた気分だった。

 そしてあの演習での言動だ。ただのウスラトンカチであるはずがない。

 第七演習場で見た、ナルトの姿は今までの幼稚な態度とは違い、大人びていた。その姿を思い出す度に、サスケは疑問を覚えずにはいられない。

 今までただの変わった奴だと思っていたが、そう再認識してみれば、急にその印象もぼやけてしまっていく。

 まさしく、捉え難い。

 どれほどまでに強いのか。そしてどこまでが演技だったのか。

 その捉え切れない不確定さが、サスケにある人物を思い起こさずにはいさせなかった。

 小さなひっかかりと苛立ちは修行の集中も乱している。それもまた腹立だしく、そして無視できない障害だ。

 強くなるための邪魔な要素は取り除くべきだ。

「………………見極めてやる」

 自分に言い聞かせるようにサスケは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「護衛任務…………ですか」

 火影の執務室に呼び出されたカカシはそうぼやいた。

「うむ」

 目の前の壮年の火影は頷く。

「そりゃ構いませんが、ちいっとばかし早すぎやしませんかね。最低でもCランク相当の任務ですよ」

「単刀直入にいこう。まずはこれを見ろ」

 そう言われ、渡された資料に視線を落し、ざっと目を通す。そこにある一つの会社に視線が留まる。

「ガトーカンパニー、ですか」

 世界有数の大富豪ガトーが経営する海運会社。世界中で手広く事業を行う外航海運系で、表向きはクリーンな仕事を行っているようだが、評判はあまりよくない。ギャングや忍を利用して、ヤクザ紛いの商売をしているという噂もあった。

 もっとも、そういった会社はさほど珍しいわけではない。近海はともかく外海は海賊が少なくないし、警備会社や忍者に毎回正規に依頼するのは高く付く。必然、多少の武力は必要になる。

 ガトーカンパニーも、やや黒寄りとはいえその範疇だ。

 資料を読み進め、概要を理解する。

 つまりヤクザ者の地上げだ。ただし、規模は遥かに大きい。

 波の国という小さな島国を、ガトーカンパニーが金と暴力を巧みに用いて乗っ取りつつあるということ。

「なるほどこれは………、厄介ですね」

「うむ」

 波の国は、複数の里の利権が絡む緩衝地帯だ。火の国は他国に周囲を囲まれている立地上、輸出入の多くを海上交通に頼ってきた。必然、戦時にはその主導権を争って、水の国や雷の国との間で何度も海上を血で染めてきた。

 結果的にいくつかの中立地帯の島々を置くことで決着を付けた。波の国もその中の一つだ。要するに、干渉がし辛い場所ということ。

 火の国に近い位置にあるこの島国は、文字通り他国との緩衝材の役割がある。そこに迂闊に近づけば、すなわち挑発行為と受け取られかねない。

 加えてガトーは忍ではない。一般人かどうかは怪しいところだが、忍ではないものは、忍の法では裁けない。国の対応を待たなければならず、それは遅きに失する可能性が高い。

 その点、ガトーは上手くやっている。表面上に犯罪行為は見当たらず、非難する点がない。

「つまり、任務に託けて証拠を集めてこい、ということですね」

「そうだ」

「低いランクの任務依頼ならガトーも油断すると、………………うーん」

 何故、自分の班なのか、カカシの疑問はまずそこに当たった。波の国は火の国という大国から見れば小さな地方都市に過ぎず、重要度は低い。とはいえたがだが組織したばかりの新造の班が担当する任務には不適格だ。

「正直に申し上げれば、ますますわかりませんね。なおさら、この任務はあいつ等には早すぎる。これはAランク相当の任務です。もっと適任がいるでしょう」

「そうだな、それは当然の疑問だ」

 火影がさも当然といった様子で頷くので、カカシとしては続くところの言葉を失った。目の前の人物が愚かな人物ではないという信頼から、余計なやり取りの必要性を感じなかったからだ。

「しかし、あえてこう言うが、お前たちこそが適任なのだ。そして、それは恐らく間違いないだろう」

「?? それはどういう意味ですか?」

「それは言えん」

 火影の断固たる口調とは裏腹に、表情は真摯だった。上から命令する者の傲慢さは毛ほども感じられない。それがよいのか悪いのかは、人の感性によるだろうが、そういう態度をカカシは内心に好ましく思っていた。

 カカシは、一旦、一切の私情を捨て、この任務を達成できるかどうかのみを判断することにしてみた。

 結果から述べれば、やはり難しい。ガトーが尻尾を出すかどうかは分の悪い賭けだ。それに気になることもあった。

「ここに抜け忍を何人か雇っているとありますが、それはどの程度のランクの奴か、それは把握しているのですか?」

「正確にはわからん。数は多くないようだが、その中の一人は元忍刀七人衆という情報もある」

「…………本当にわかりませんね。貴方が無意味にこのようなことを押し付けるとは思えない。しかし、やはり私には理解できない」

 カカシの物言いは、組織の長に向けるにしてはやや丁寧さに欠けた。それを指摘することなく、三代目はもう一度繰り返した。

「それは言えんのだ」

 表向きの理由を述べずに、実直に言えないと断言するのは信頼の証なのは間違いない。

 任務について詳細にはできない場合がある。それをカカシは理解していた。

 カカシの思考の天秤は揺れ、そして片方に傾いた。

「――わかりました。任務を拝命します」

「すまん。頼む」

「私は木の葉の忍としての忠誠があります。ですが、最悪の場合は班員の命を優先しますよ」

「……………お前は正直な男だな」

 三代目は、小さく微笑んだ。

「責任は負うつもりです。申し訳ないですが」

「かまわん。そうするがいい」

 執務室を退室する。

 曲線を描く通路を歩きながら、カカシは静かに物思いに耽った。

 苛立ちも怒りもなかった。ただ考えたいことがあった。

 橋が完成するまでの護衛という任務そのものは、不可能ではない。例え元忍刀七人衆がいようと、自信はある。しかし、ガトーを罪に問うのは難しいだろう。他国人に忍が手を上げるには、それなりの『手続き』と『理由』が必要なのだ。

 ガトーが事故で死ぬか、偶然に第三者がガトーを殺してくれでもしてくれない限りは。もちろん、カカシはそんなことは起こりえないと理解している。

 普通なら不可能。

 ただし、普通ではない者がカカシ班に一人いるのもまた事実だ。

 ――うずまきナルト。

 長い金髪の少女がカカシの脳裏に浮かんだ。

カカシの勘が告げている。

 恐らく、三代目の発言はうずまきナルトが絡んでいる。確証はないが、カカシは確信していた。

 ナルトはカカシ班にとって唯一、不確定な存在。

 未だ底知れない何かを隠している、そんな気がしてならなかった。

 それをこの任務で見極めねばならない。

 

 

 

 

 

 

 


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