相も変わらず、火影邸の警備はザルだ。
こうも何度も簡単に入れてしまうと逆に心配になる。
ナルトは容易く邸内に侵入すると、火影の部屋を目指す。見つからないように、調度品の影に隠れるようにしながらの移動。
硬い石の床の冷たさを素足に感じながら歩く。よくよく考えてみれば、別に隠れる必要はない。そのはずなのだがやはりなるべく人に会いたくない。
病院を抜け出したのを見とがめられるかもしれないと一応の理屈はあった。しかし、今の姿を見られたくないというのが理由としては一番大きい。
火影の部屋の扉に手を掛ける。少し考え、開ける前にノックをした。
僅かな間もなく返事があった。
「――おや、悪ガキがノックをしおったか珍しい。入れ」
部屋の中では、机に座って書類を手にしていた三代目火影。
じろり、とナルトをねめつけた。
「目を覚まして早々にまたぞろ、悪さでも考えよったか?」
今にもため息を吐きかねない様子で、高年の火影はナルトに言う。
年季の入った白髪とくたびれた表情。つい最近まで見ていた顔なのに、随分と懐かしい。
「やっぱり、じいちゃん生きてる……」
「……失礼すぎるぞお前は、……まったく。言っておくが禁術の巻物は金輪際見せんぞ。もうこの部屋にもない」
先手を取るように三代目が告げる。ナルトは片目に浮かんだ涙を払って首を振った。
「巻物なんてどうでもいいってばよ」
「ほう?」
意外そうな声が上がる。
「では、お前は一体何しにここに来たんだ?」
「じいちゃん、オレの言うことを信じてくれるか?」
「場合によってはな。はよう話せ」
いつも通りの三代目の様子。ナルトは意を決して、口を開く。
「オレってば、実は未来から来たってばよ」
「………………、頭を打ったか」
「違うってばよ! 未来でオレは男で、じいちゃんは未来で大蛇丸に殺されちまうんだ!」
「うーむ」
微塵も信用していない、むしろコイツついにイカれたかとばかりの表情でパイプを銜えようとした三代目だったが、ふと気が付いたように直前で静止する。
「……大蛇丸だと? お前どこでそんな名を」
「未来でだってばよ! とにかくどうにかしてくれよ。オレ男に戻りたいし、やんなくちゃいけないことが沢山あるんだ!」
「いや、しかしなあ、未来などと。妙木山のガマか、仙人でもあるまいし。性別が男になるという意味もよくわからん」
「男になるんじゃなくて、元々男なんだってばよ!!」
「―――はぁ……」
三代目の目に宿った僅かな興味はあっという間に消えた。
「悪いが病院にもう一度行った方がよいな。九尾のチャクラが何かしらの悪影響を与えているのかもわからん」
「本当なんだってばよ、信じてくれってばよ……」
「わかったわかった。ワシはこれでも凄く忙しい身なんでな。察してくれとは言わんが、もうそこら辺までにせんか。しょうがないから抜け出してきた病院にはワシも付き添ってやるから」
そう言って立ち上がる三代目。
話は終わりだと言わんばかりの態度。
どうする。どこかすんなり信じてもらえると楽観視していた部分があったが、それは粉々に砕けた。
今どうにかできなければ今後まともに聞いてくれなくなる予感がした。
――どうするってばよ。
ゆっくりと近づいてくる三代目。もうわずかな猶予しかない。その間に信じてもらう他方法はない。
ある。ナルトは一つだけ確信できるやり方を直感していた。
いくら過去に戻っても、チャクラの扱い方は忘れない。
十字の印を結んでチャクラを練る。
影分身の術。
「なんだ? またお色気の術でもする気か」
あきれ顔の三代目の顔が、少し間を開けて、驚愕に染まった。
「……それは」
ナルトがチャクラを片手に全力で解放し、影分身がそれを抑える。
――螺旋丸。
圧縮する前に漏れたチャクラの風が周囲の書類を煽って散らしていくのも一切関心を払わず、三代目はそれを凝視する。
「ありえん。ナルト、お前それは一体……」
「エロ仙人……、自来也師匠に教わった。未来で」
「……………」
「信じてくれってばよ。オレの話を一回だけでも真剣に聞いてくれ」
「……………」
「頼むってばよ。じいちゃんしか頼れる相手がいないんだってば」
三代目は眉を寄せている。困惑をその顔にありありと浮かべて。いつになく真剣な気持ちを込めてナルトは三代目を見つめる。
三代目は溜息を一つ吐くと、意識を切り替えるように少しの間目を瞑った。目を開いた時にはその雰囲気は、先ほどよりは真剣味があった。
「………話してみろ」
椅子に座り直し、静かにそう告げた。
その様子はまだ過半が『疑』というところであったが、取りあえず聞いてみる気にはなってくれたようだった。
「ありがとう! 三代目のじっちゃん!」
とりあえず、難関を乗り越え、ナルトは歓声を上げた。
「ふーむ。大蛇丸。暁。そしてサスケか」
ナルトは過去の事を一から全てを話した。
再不斬と白のこと。
中忍試験のこと。
木の葉崩しのこと。そこで、大蛇丸と戦った三代目が死ぬこと。暁が動き出すこと。そしてサスケが里を抜け出し、それを連れ戻しに向かい、戦い、――そこで意識を失い、今ここにいること。
洗いざらい覚えている限り全てを告げた。
初めは、冷静に聞いて時に突っ込みを入れるように質問をしていた三代目も次第に口数は少なくなり、最後には熟考する様に目をきつく閉じながら腕を組んで聞き入っていた。
ナルトは一気にしゃべった疲れから息を荒げる。
「お茶くれ」
「後でいくらでもやる。――あながち、嘘とも思えんな」
「だろ!! 嘘じゃねえって!」
「妄想にしてはあまりに現実感がありすぎる。そしてワシの知る限りの情報とも一致する。お前が知るはずもない情報とすらな」
そう言ってからちらりとナルトを見やる。
「いくら精緻な想像でも、よほど綿密に練ったところでこうはいくまい。ましてやお前だしな」
「どういう意味だってばよ!」
「わからんか? 信じてやると言っておる」
ちょっと疲れた様子で三代目は告げた。
「未来から来るなどありえん。ありえんが、嘘か本当か知らぬが、六道仙人には未来にすら関与する力があったと聞く。絶対に有り得ないとは言えんな」
六道仙人という単語には全く理解が及ばなかったが、ナルトは自然にスルーした。
「………本当に信じてくれるのか?」
「そうするのが合理的に思える。これがお前の妄想なら、わしが耄碌していたというだけのことじゃ」
「おお!」
「しかし、お前が男だというのはあまり理解出来んがな。わしはお前が赤ん坊のころから知っとる。まるきり悪ガキで女らしさなど欠片もなかったが、間違いなく性別は女じゃった」
「……オレもそこが一番意味わかんないとこなんだ。なんせこっちはついさっきまで男だったはずなんだからよ」
「……まあ、さほど変わっているようにも見えん。普段からお前はそんな口調だからな」
「いや困るってばよ。どうにかなんないのかよじっちゃん」
「すまんが性別を変える忍術など聞いたことがない」
がっくり。ナルトは思わず頭を項垂れさせた。
そこが一番大事なことだったのだ。生まれた時からのアイデンティティだったのだ。
「……、本当に以前の性別が男だったのならその食い違いに何かしら意味はあるのだろうが、当面は諦める他あるまい」
「……ざけんな――……」
「それよりも、この話をわし以外の誰かにしたか?」
「え?」
「お前の言う未来についての話をだ」
「えーっと。したけど、誰も信じてくれなかったてばよ。医者とかイルカ先生とか……イルカ先生とか」
「……二回言わんでいい。しかし………ふーむ、そうか」
腕を組みながら机の一点を凝視する。腕を組み、しばしの静止。その間、ナルトは全く信用してくれなかったイルカを思い出して愚痴を言っていたが、三代目の耳に入った様子はなかった。
「ナルト。よいか、これよりこの事を口外することを禁ずる」
「え、なんで?」
「理屈がどうあれ、未来の内容が分かるなどと吹聴してみろ。変人扱いならまだいいが、もっと質が悪いのは信じられてしまった場合だ」
――騒動に発展するじゃろうな。
三代目は確定的な未来を語るように告げた。
「それほど未来の情報とは得難く重要な意味を持つ。周囲の人間にも危険が及ぶ可能性もある。よいか、未来の内容を知っているということはわしとお前の秘密にすべきだろう。決して口外するでない。もちろんイルカにもだ」
「………性別が男だって周囲に言うのもダメ?」
「それをどうやって証明するつもりだ」
「うぅ」
「諦めろ。おい、恨めしそうにワシを見るな」
「…………」
「周囲にとってはお前は最初から女だったという認識なのだ。それは無論ワシもだが。それを今どうこうはできん。まあ、ワシも一応手立てがないか考える」
「……はあ、わかったってばよ」
「ともかくワシはお前の言った内容を少ししっかりと精査しようと思う。お前も一旦は病院に戻れ。昨日今日では騒ぎになってもおかしくない」
「……押忍」
ナルトが去った後、部屋で三代目はポツリと呟いた。
「木の葉崩し、か。それが本当に起こりうるならば……」
しばしの沈黙。
「………これは面倒なことになったのう」
アガサ三代目「ワシじゃよ、ナルト……」