ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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31『砕氷』

「―――、上だと?」

「見るなよ。勘づかれるかも」

「む……」

 

 どのみち、見上げたところで今のサスケの写輪眼では見えないだろう。それは今までの結果が証明している。

 ナルトは自分と白を繋ぐ、半透明の手の幻視を、目で見ずして、見ていた。それは木々の高さを超え、霧を貫き、そして更にその遠く先まで伸びている。

 霧すら届かぬ、上空。

 白はそこから、ナルト達をずっと見ていたのだ。

 

 ―――そりゃあ、見つけられないってばよ。

 

 納得。そして感嘆。

 それは完全な意識の外だ。空間を二次元で捉え続けている限り、絶対に見つけることのできない場所だ。白はナルトの傍にいた。あるいはずっと、遠くにいた。どちらも正しい。

 これで数々の疑問も氷解していく。答えがわかった今では推察できる点はいくつもあったことにも気が付く。

 常に感じていた僅かな白の気配。一度に一箇所からしか出現しない分身。カカシから習った追跡術でも一向に見つからない白の痕跡。

 そこをもっと掘り下げることができれば、もしかしたらこの感覚が無くても同じ結論を導きだせたかもしれない。

 忍びの戦い。戦略。それはまだナルトには届かぬ領域だ。

 そういう意味で白はずっと上手だった。

 ナルトの超感覚での発見は、いわばその完璧な盤面をひっくり返すことでなかったことにしてしまった裏技。

 

「見なくていい。白は、オレ達の真上にいる」

「…………………」

「うん」

 

 サスケが首肯し、サクラが小さく呟いて同意を示す。

 

「届く距離なのか?」

「いや、普通にやったら無理だ。だからこれを使う」

 

 自分のではなく、サスケのバックパックから輪の付いた巨大な四組の鉄剣を取り出す。組み立て式の風魔手裏剣だ。

 それを手渡したとき、サスケはその感触からその意味を感じとったのか、目を見開いた。

 すぐに表情を引き締めると、疑問を呈した。

 

「この霧がある限り、オレにはアイツの正確な位置が掴めねえ。第一、何故自分で投げない」

「この距離で当てられるのがお前しかいないからだ」

「…………………だとしても、この霧をどうするつもりだ」

「それは、オレに任せろってばよ」

 

 霧は晴らす。だから当ててくれ。と、ナルトは押し付けた。無理だったらこのままカカシに合流するだけだ。一矢報いるという点では、霧を攻略した時点ですでに済んでいる。これはさらにもう一撃加えてやろうとしている、そういうことだ。

 サスケにできないなら、誰もできない。ナルトは無責任にそう放り投げた。

 やるか、やらないか。それだけを問う。

 プライドからサスケはそれ以上、否とは言わず手裏剣を受け取った。表情には女に男の矜持を盾に取られたとき特有の苦々しさが露わになっている。ナルトは見えないように小さく微笑んだ。

 これは中々に気持ちが良い。まあ、これを多用するのは良くないことだと、ちゃんとわきまえなくてはいけないことは知っている。その辺は、ナルトも男だからだ。

 白との戦いもこれで最後になるだろう。

 結果は、直ぐにわかる。 

 

 

 

 地上より数十メートルの高さで、白はナルトたちを追っていた。周囲の白い壁は、実際はさほどの質量を持たない。小さな粉粒のような氷の鏡と霧の合わさった物。これを用いて周囲の光景を映し出すことで敵の眼を欺く迷彩の役割を果たしていた。

 ナルトたちに使っていた幻術の、より精度が高い術であると表現するのが一番正しい。

 その術を用いて、白は常にナルトか、ナルトの分身の真上にいた。白が分身を操れる距離が丁度その程度までしかないからだ。 

 故に、遠くに離れすぎることはできない。

 氷分身は、チャクラをあまり使わない反面、一体一体が意思を持たない分、どうしても戦闘能力が低い。

 白にできることは、結界を維持し続けることだけだ。

 森の中にナルトを留めておく、それだけが白の勝利条件だった。しかしそれはもう叶わない。

 森を抜けられれば、もはや小さな幻術だけでは止めきれない。

 どうしようもない。

 どこで詰めを誤ったのか。考えても、白にはわからない。

 ふと、視線の先で、三人が急に停止した。

 理外の行動。白は一瞬思考が停止した。

 しかし直後に印を高速で組み替える。なんにせよこれはチャンスだ。分身をけしかけ、幻術を張り直し、少しでも時間を引き延ばす。

 その印の組み替えが終わったとき、一瞬、爆発が起こった。

 少なくとも白にはそう見えた。空気を震わす轟音が鳴り響き、そして霧が弾け飛ばされた。

 抉れた地面。薙がれて、辺り一面の木々の枝が大きく揺れる。

 一体何が起きたのか。何も分からず、白はただ下をのぞき込んだ。

 その中心で、黒髪の少年が、目を大きく見開いて真っすぐ真上を見据えていた。腕には、巨大な手裏剣が握られている。その頭が何かを探すように動き、そして止まる。

 白は目ではなく感覚で、あの特異な眼が、ぴたりと、こちらに焦点を合わせたのを感じた。

 ぞっ、と背筋に小さく悪寒が走る。

 直感と経験、両方が同時に警告を出した。しかし、それに即座に反応を返すには、白の身体はあまりにも疲労し過ぎていた。数呼吸分、体が揺らぐ。

 その間隙に、全てが終わっていた。サスケが身体を数回、回転させ、途中で体を倒し回転の軌道を変えて地面から垂直。その蓄えられた遠心力を余すことなくその手に握られた巨大な手裏剣に乗せた、まさに乾坤一擲の投擲。投げた勢いで体が宙を浮き、地面を転がっていく。

 その手裏剣は、恐るべき精確性をもって、白に向かって真っすぐに伸びてきた。

 ―――躱すことができたのは、幸運だったと云えよう。その手裏剣は白の氷霧に突き刺さり、引き裂いて、軌道を変えて、上空へ飛び上がっていった。霧が割け、己の姿が露わになる。足の真下には、口寄せ獣である鶴の巨鳥が、白日の下に晒される。

 手裏剣の行方を一瞬、視線で追ってしまった。故に、次の反応が僅かに遅れた。

 己の迂闊さを呪う暇すらなく、白は巨鳥の背を蹴って空中に躍り出た。

 巨鳥の肩口を切り裂いてもう一つの風魔手裏剣が白の真横を通り過ぎていった。

 

 ―――影風車の術か。

 

 同時に投げ、しかし片方は僅かに遅い速度で投げる技術だ。

 まさにギリギリだった。巨鳥の肩口に当たって軌道が僅かに逸れなければ、避けられなかったかもしれない。しかし、躱した。落下していく巨鳥の悲鳴を聴きながら白は油断なく下を見据えた。風が視界を遮るが、すぐさま対応し、順応する。黒髪の少年はまだ倒れている。追撃はない。ナルトは、止まったままだ。

 

「サクラ! 今だ!!」

「―――しゃ――んなろぉ――――!!!!」

 

 その声を聞いて、白はようやくもう一人の忍びがこの場にいることを思い出した。声の方に視線を向ける。一本の木に背を向けて踏ん張っているように見えた。 

 目を細めた白の真横でなにかが光った。

 

 ―――糸? 

 

 否、ワイヤーだ。緩んでいたワイヤーが張られたことで陽光を照り返してわずかに光ったのだ。それを呆然と辿り、真上を見上げた。

 白は、ナルトを調べる序でに見た資料の一つにあったうちは一族についての記述を思い出した。

 

 ―――操風車の術。

 

 ワイヤーに引かれ、一投目のあらぬ方向に飛んで行ったはずの風魔手裏剣が落ちてくる。その黒い影は遅く流れる時を切り裂きながら次第に白の視界の中で大きく膨れ上がっていく。避けるのは不可能。だが僅かに体の芯からズレている。身を捻れば致命傷は避けられそうだ。この期に及んで、白は冷静にそう分析した。死なず、そして戦い続けるために必要な行動。白は即座に左腕を体の前に差し出した。

 左腕一本の犠牲なら、まだ戦える。

 痛みと衝撃に耐える為に歯を食いしばる。

 その白の目の前で、風魔手裏剣が、弾けた。

 そこから現れたのは、金髪の少女。

 視線が合った。

 会った時から変わらず、真っすぐ揺るがない視線。

 

「白ッ」

 

 ナルトが短く叫んだ。極限の圧縮された時間の中で白はその少女に見惚れた。

 長く伸びた髪が風にたなびき、太陽の光を乱反射して、まばゆく煌めいた。

 少女の顔には勝利の笑みなど浮かんではいない。ただ、戦う者としての厳しさが宿っていた。

 少女の身体から、氷も霧も打ち払うような凄まじい生命の力が燃えている。

 その姿は戦いによる傷や汚れに塗れ、まったく身綺麗などではない。しかし白はハッキリと比類なき美しさを感じていた。

 初めて会ったときから知っている。

 まるで太陽の化身のように強い光をその身に宿している。

 この少女は、美しい。

 ナルトの握った拳が、白の仮面に振り下ろされる瞬間まで、白は動けなかった。

 

 

 

 

 鳥が下敷きになってくれたおかげで、ナルトの受けた落下の衝撃は多少緩和された。白もまた、そうだっただろう。空から半ば砕けた仮面が遅れて落ちてきて、乾いた音を立てて地面を転がり、少し離れた場所で止まる。

 哀れな巨鳥は、損傷が限界を超えたのか、煙を上げ姿を消した。元居た場所に戻ったのだろう。

 ナルトは鳥の上から身を空に投げ出され、地面に衝突した。

 緩和されたとはいえ、あの高所からの墜落のダメージは大きい。ナルトは呻きながら、なんとか体を持ち上げた。この体は分身ではなく本体だ。

 影分身でよかったはずなのに、何故、本体で突っ込んだのか。そこに合理的な理由などない。単に、自分が自分だからだ。

 倒れ伏した白を見る。

 拳をぶつけた時、一瞬、白の記憶が見えた気がした。かつてサスケが言っていた。一流の忍び同士が拳を交えると、戦った相手の心が読めるという。

 サスケのときにも感じた感覚。だが、それよりもさらに深く、強く、白と繋がったような感覚があった。

 雪国の光景。優しい両親。自分の力を知った父に母を殺され、そして自分までもが殺されそうになり、逆に殺してしまう情景。それらがまるで己の記憶の如く、ナルトの中を流れていった。その強い想いも、一緒に伴って。

 これも猿飛の術の影響なのだろうか。

 

 ―――白…。

 

 ナルトはその感情に引っ張られるように涙を流した。そしてそれを直ぐに拭った。

 

「ナルト!」

 

 離れた距離からサスケとサクラが走り寄ってくる。霧が晴れていき、視界が通る。陽光が射し、寒々しい空気がほんの僅かに和らいだ気がした。

 その直後、ナルトの足元で止まっていた白の気配が、動いた。

 

「―――ぁぁぁぁああああああっ」

 

 指が動き、呻き声を上げながら体を起こす。

 

「アイツ、まだ………!!」

「ナルト、離れろ!」

 

 サクラが驚き、サスケが警戒の声上げる。

 ナルトはその二人を、手で制した。

 二人は驚いたように、止まった。ナルトは内心で詫びつつ、白を見守った。

 やがて体を起こした白は顔を手で押さえ、茫洋とした目で、辺りを見渡す。

 

「…………………仮面。ボクの仮面。アレがないと、ボクは……」

 

 視線がうろつき、直ぐに、砕けてほとんど用の成さない仮面に目を付けた。よろめくようにそこに近づいていく。伸ばされた手。その先にある仮面を、ナルトは蹴り飛ばした。

 白は、一瞬呆然とし、そしてナルトに視線を向けた。

 その目に映るのは、紛れもない―――、憎悪。

 それを受け止める。

 

「来いよ白。仮面なんて捨ててかかってこいってばよ!」

 

 

 

 

 




次回は精神漢、肉体男の子による女の子同士のキャットファイトです。

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