ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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『幕間と本編は別々に投稿してはならない。何故なら読む人は本筋を読みたいのであって幕間はそれのおまけに過ぎないからだ』―――民明書房発行アドルフ・ヒトラー著『我が闘争』より抜粋


 すまねぇ、力尽きちまったよ…………幕間のしかも半分です。


幕間
幕間『幼狐の一日』①


 

 犬塚キバは何時も通り日が昇るよりも早くに赤丸の散歩に出かけていた。

 すがすがしい天気の朝。

 空に雲はほとんどなく、通りには清々しい風が柔らかく吹いている。ご機嫌な天気だ。

 しかし、それに反するようにキバの内心はあまり芳しくなかった。

 そしてその理由を、自分自身でも完全には理解できていない。

 ただ原因は分かっている。

 それは、ごく最近起こったとある出来事に起因していた。

 それは、ある人物に関連している。否、その人物そのものが原因だった。

 兄弟の微妙な内心などまるきり構うことなく、赤丸は周囲を縦横無尽に走りまわる。

 キバはその後ろを一歩下がった状態でやや俯き気味に、益体の無い思考をグルグルと回しながら歩く。

 しばらく歩くと、大通りに面した交差路が見えてきた。

 ふと、匂いがした。

 その匂いを嗅いだ瞬間、キバは鼓動が激しくなるのを感じた。

 犬塚一族であるキバは嗅覚がイヌ科の動物に等しい。目よりも早く、匂いで周囲の異変に気が付くことができる。今回もまたそうだった。

 

「あ、赤丸っ……!」

「?」

 

 大通りに向かって走る赤丸を追って捕まえると、交差路の入り口付近の壁の窪みに身を隠す。

 匂いが近づいてくる。一段と上がったキバの心臓の音が、静寂にうるさく響いた。

 間一髪だった。

 少し間を開けて大通りの道を歩く匂いの主が、キバが潜んでいる通りを横切った。

 特に立ち止まることはなくそのまま通り過ぎていく。

 間を開けてそっと物陰からその背に視線を向ける。

 軽やかな歩調で石畳の上を歩いていく柔らかな匂いの少女。

 その特徴的な明るい色のポニーテールを忌々しく睨んだ。

 

「グゥルル………」

 

 腕の中で赤丸が苦しそうにもがいた。

 キバは慌てて赤丸を抑えた。

 

「静かにしろ赤丸っ」

 

 気付かれたのではないか。キバは恐る恐る壁から顔を出した。

 少女の背はもう遠く、小さくなっている。ほっと息を吐く。

 

「わりぃわりぃ、赤丸」

 

 赤丸を開放すると、腕から飛び出すようにして赤丸は地面に降り立つと一度、抗議するように、ワンっ、と鳴いた。

 赤丸にもう一度謝りながらキバは何故自分がこのような真似をしなくてはいけないのかと理不尽に思っていた。

 あの少女に、会いたくない。だがどうしてか、気になってしょうがない。

 原因は分かっている。―――しかし、その理由がわからない。 

 任務を終えて里に帰って来たあの少女に会ったあの日から、キバの理解できない不調は始まったのだ。

 

  

 

 

 

 すがすがしい天気の朝。

 キバは毎朝の日課である赤丸の散歩に出かけたのだった。空気は程よく朝冷えしていて身が引き締まるような、ご機嫌な天気だ。それに伴ってキバの気分も絶好調だった。

 街中なので、幾分森でするよりも控えめに小便でマーキングをしている赤丸を視線の片隅に置きながらキバは薄っすらと雲が透けている、青々とした空の下、鼻歌を歌いながら歩いていた。

 道なりを歩き大通りに差し掛かる頃、ふとある古馴染みの匂いを感じた。

 数週間ぶりの匂いだ。ここ最近はよく早朝に会うことが多かった少女だが、しばらくは任務で里を出ていたせいでその匂いを嗅ぐことはなかった。

 帰ってきていたのか。

 気分を良くしながらキバはやや進路を変更する。もちろんその少女の方向へ、だ。

 基本的に寝起きがいいキバだったが、朝にあの少女をからかうことで更に良い気分で一日を始めることできるのだ。

 

「ワン!」 

 

 赤丸が吠えた声が曲がり角の先で聞こえた。

 

「よぉ、バサバサ女!」

 

 先に走っていった赤丸が吠えた匂いの主に、道を曲がりながら声を掛ける。

 しかし、その先には思い描いていたような人物は存在しなかった。

 道を曲がった先には、キバの見知らぬ少女が立っていた。

 黒とオレンジの忍び装束姿で、丁度キバと同世代ぐらいに見える。

 足元で赤丸にじゃれつかれて、少し屈んで相手をしていた。慌てた様子もなく、軽くじゃれてやっている姿はどこか大人びている。

 相手を間違えたか、キバは突然のことにやや混乱した。

 

「あ、ス、スンマセン」

「あん?」

 

 少女は、最初に感じた凛々しい雰囲気に反して粗雑な口調で応えると、背を伸ばし伏せていた目をキバに向けた。

 身長は、ややキバよりも高い。すらっとした均整の取れた体型。柔らかそうな金髪をハイポニーテールでまとめている。

 なにより、その真っすぐに力強いアーモンド形の眼が印象的な、そんな少女だ。

 若い中型の猟犬を思わせる、無駄のない立ち姿。

 

「あ、いやソイツ、オレの忍犬で……」

 

 気圧されながら応えつつ、再び匂いで相手を確認する。しかし、先ほどと寸分たがわず目の前の少女は旧い馴染みの知り合いだと告げていた。赤丸の反応も、初対面の人間に対するものではない。

 混乱を深めるキバは少女の頬に特徴的な斜線が三つ並んでいるのを視界の端に捉えた。

 まさか、キバは直観に導かれるまま口を開いた。

 

「………お前、もしかしてナルト、か?」

 

 少女は形の良い眉を片方上げて、左手を腰に当てた。

 

「見りゃわかんだろ」

「は………………」

 

 わかるかっ!! と叫びたい衝動にキバは襲われた。それをしなかったのは、単にそれ以上の衝撃を受けていたからに過ぎなかった。

 目の前の少女が『あの』うずまきナルトだと、頭の中で等号して処理できない。

 ……身長、抜かされてる。

 任務の間に伸びたのか、以前までは明らかにキバの方が高かった身長が、ほんのわずかにだが、明らかにナルトの方が高くなっている。

 その事実に予想外のダメージを負わされた。

 何時もは野暮ったい前髪に覆われていた真っすぐすぎる目に圧されて、視線を彷徨わせる。

 そういやこいつは女だった、などと今更ながら思い出した。

 

「はぁ、ふぅん……へぇ」

「なんだよ」

「いや………」

 

 正直、ほとんど別人だが元々顔立ちは悪くはなかった。

 驚いたが、有り得ない、とまでは思わない。

 圧されるものを感じながら、反面でそれではいけないと言う声が内心から響いた。

 ナルト如きにビビるなど、ましてや侮られるなど、あってはならない。ナルトは万年成績ドベで血統なしの落ちこぼれであり、自分はそんなナルトを見下しつつも、しかし最上位にはいけないことは弁えているそれなりに優秀な秘伝忍術継承者の忍なのだ。

 その階級の差は明らかであり、絶対の事実だ。

 多少見た目が変わろうと、その群れの順位が入れ替わるような道理はない。

 キバは努めて、何時も通りに振る舞うように言葉を探す。

 

「……ブスが着飾ってるなぁと思ってよ。ま、ちっとはマシになったんじゃねーの、ブスに変わりないけどな」

「あ?」

「しっかしお前の場合、見た目に気を遣う余裕があんなら、もっと修行とかした方がいーんじゃねぇか、なにせ成績万年ドベなんだからよ」

「………………………」

 

 ここでナルトが怒り出すから、その後は何時もの流れにもっていける。キバは長年で固定された関係性からそう予想していた。

 しかし、次に見たナルトの表情は完全に予想外だった。

 ナルトは、怒ってなどいなかった。

 悲しみもしなかった。呆れたり、殊更に無表情に努めていたりもしない。そんな虚勢は目で騙せてもキバの嗅覚までは誤魔化せない。故に嘘はない。

 それを例えるなら、街中で思いがけず知り合いに会った時のような、そんな素朴な表情だった。

 

 

「そういやお前は……」  

 

 反射的に身構える。

 

「な、なんだっ」

「お前は、…………前のときと全然、変わってないよなぁ」

 

 淡々と事実を述べるようにナルトはそう小さく呟いた。

 

「は?」

 

 馬鹿にしているとか挑発して言ったのだとしたら理解できる。しかしそれは、不自然なまでにぽっかりと穴が開いたように感情が乗らない声だった故に、キバがその言葉の意味を瞬時に理解しかねた。

 ナルトは足元ではしゃいでいた赤丸を抱き上げると、また小さく呟く。

 

「お前も」

 

 忍犬である赤丸が、こうもあっさりと抵抗なく捕まったことに驚く余裕もなく、キバは困惑で固まっていた。ナルトから視線を剥がせない。 

 

「………ほい」

 

 気が付けば顔面に赤丸を乗せられていた。妙に湿った感触に意識を覚醒させる。そういえば、先ほど赤丸はマーキングしていたばかりだ。

 

「ばっ、ヤメロ!」

「じゃーな」

 

 赤丸をどけると、既にナルトは背を向けて歩いている。それを呆然と見送りながら、キバは自分が動揺していることを認めた。

 そこでやっと、先ほどのナルトの言葉が自分に対する罵倒であったと理解した。

 

「おいブスが調子乗んな! 何が変わってないだ。オレは変わった! 前よりも強くなった! アカデミーの頃よりももっと差は開いてんからな!」

 

 歩き去るその背に言葉をぶつける。

 反応しないだろうと予想したが、意外なことにナルトは足を止めると、キバの方に振り返った。

 蒼い双眸が、キバを射貫いた。

 

「っう」

「………そりゃ、良かったな」

 

 ナルトはただそう言って、ニッコリと笑った。

 

「ぐっ」

 

 その顔を見た瞬間、キバは何故か二の句を告げられなくなってしまった。頬が妙に熱い。ナルトを真っすぐに見れない。ナルトが去るまで、キバはその場を動けなかった。

 これでは完全に負け犬の遠吠えではないか。

 苛立ち冷めやらぬまま、キバは寄って来た赤丸に同調を求めた。

 

「………………ブスが調子に乗りやがってよぉ、なぁ赤丸っ」

「――クゥン?」

 

 妙に興奮する兄弟を赤丸は不思議そうに見上げるのだった。

 

 

 

 

 今思い返しても、理解できない。

 しかも、誰かに相談しようという気にもならない。鬱屈とした気持ちを溜めこんだまま、キバは長々とため息を吐いた。

 

「くそっ、オレはなにやってんだ……………」

 

 遠いナルトの背を睨みながらキバはぼやいた。

 

 

 

 

 

 木の葉の蒼い野獣ことロック・リーの朝は早い。

 日が昇る前に起床して軽く朝食前に木の葉の里の外周を走るランニングから、リーの一日は始まる。もちろん、本格的な修行前とはいえ気は抜かずに全力で走りに集中する。集中し過ぎてランニングは気絶するまで続けるし、なんなら気絶してもしばらくは走る。

 班員のテンテンからは『頭がオカシイ』、などと言われるが、リーは心外に思っていた。本当はもっと走りたいのだ。しかし任務に支障をきたすような真似はできないのでしょうがなく、この程度で納めている。

 ただ走り続けるだけ、それだけで持久力と根性が付く。こんなに素晴らしいことはないとリーは常々思うのだが、賛同者は少ない。

 雨の日も風の日も、この日課は欠かしたことはない。一日の始まりを告げる大事な時間。

 と、しばらく前まではそうだったのだが。

 ここ最近は少し事情が違っていた。

 リーが何時ものように木の葉の里を丁度一周したとき、木の葉大門の前に人影が見えた。

 軽くストレッチをしていたようだ。黒とオレンジの忍者装束の少女が何時も通りの時間に立っていた。

 リーは胸をときめかせながら、手を上げて挨拶をした。

 

「―――ナルトさんっ! お早うございます!」

 

 静寂に響き渡るリーの声に反応して少女が振り返った。ただそれだけの動作が、リーには光のエフェクトを伴っているように見えた。陽光を照り返す柔らかな金色の髪を揺らしながら少女は振り返ってリーの姿を認めると、優しく目を細めた。

 

「ああ、おはよー。ゲジ…………リーさん」

 

 金髪のポニーテールの可憐な少女が微笑みながら挨拶を返してくれた。

 うずまきナルト。ここ最近、早朝によく会う年下の忍の少女だ。

 大門を通り過ぎると、ナルトと二人で並んで軽くジョギングする。

 そうして、しばらく会話もなく静かに走る。リーはこっそりと横を窺う。ナルトは呼吸を整えるようにしながら、ポニーテールを規則的に左右に揺らして走っている。澄んだ色の蒼い瞳とそれに覆いかぶさる淡い色の睫毛が朝日に透かされてまるでガラス細工のように眩い。 

 可憐だ……。

 リーは内心で感嘆した。走る姿勢も良い。どことなく、同じ班員のネジを思わせる柔らかい走り方だ。一目で体のしなりが良いことがわかる。

 おそらく、体術の体系も柔拳の方に近いのではないだろうか。あまり忍の話はしていないがそんな気がした。両の手も戦いに備えた忍の手をしてはいるものの、打撃を多用する者特有の厚みのある拳ではない。

 

「ナルトさんは、なにか体術をなさっているのですか?」

「んー、今はやってるのは体術っていうか………………踊り、に近いかな」

「へぇっ、踊りですか」

「うん、結構難しいんだってばよ。決まった動きを覚えるだけじゃなくて、それを状況に合わせて使わなくちゃいけないんだ」

「それは…………、ボクも同じことを悩みます。型を習得することと、実戦で使うことには大きな差がありますからね。ボクの場合は練習あるのみですが」

「練習あるのみ、か。確かにそれしかねーか…………流石だな、ゲジ、じゃなくて、リーさんは」

「いえいえ全然っ、ボクにはそれしかありませんからっ」

 

 ナルトの素直に感心した様子に、リーは照れてしまった。

 女性と自然な世間話をしている。しかもかなり良い雰囲気で。 

 リーは内心で感動の涙を溢した。どころか実際に、走りながらナルトから顔を背けつつ涙を流しながら拳を握りしめた。

 リーとナルトの出会いは、今と同じようにリーが朝のランニングをしている時に、同じように走っているナルトに挨拶をしたのが始まりだ。

 ナルトは、初対面のリーに対して全く嫌悪感を示さなかった初めての女性だった。それどころか、最近では薄っすらと尊敬の念のようなものすら、時折感じてしまう。

 体術しか使えない忍というのは白い目で見られがちだし、そうでなくとも見た目や言動から女性に敬遠されるのは慣れていた。それを含めて自分で選んだことだ。そこに暗い気持など、今はない。

 けれど、ナルトはそうではなかった。最初からリーの見た目で判断して遠ざけたりせず、笑顔で会話してくれた。

 体術への熱いこだわりをうっかり熱弁してしまった時も目を輝かせて『カッコイイ』と本心から言ってくれた。

 今では、時間が合えば少しの間だけ一緒にウォーミングアップしながら会話するぐらい親しくなっていた。

 ただ、そうなるまでには実はリーは一つ、悩んだことはあった。

 リーは未だ修行の身だ。それなのに色恋に現を抜かして、あんなに張り切っていたランニングを中途半端にしていいのか、と。

 悩んだ末に担当上忍であるガイに相談したこともあった。

 ―――そのとき殴られた頬の痛みを、まだ覚えている。

 リーは心の中でガイに感謝しつつ殴られた左の頬を撫でた。

 

「どうしたってばよ?」

「あ、いえ。…………単なる青春の痛みです」

「??」

 

 不思議そうにこちらを眺めるナルトに曖昧に誤魔化す。流石に本人を前に語るには恥ずかしすぎる内容だ。

 それは数日前のことだ。

 

 

 

 

 

「バッカヤロ――――!!!」

 

 不可避の鉄拳を喰らい、リーはもんどり打って吹き飛んだ。修練場の硬い地面を転がり木人椿に頭をぶつけて止まる。衝撃が心身を駆け巡ってリーは体勢を立て直すことも出来ずにガイを見上げた。

 背後に青い炎の幻影が見えるぐらいに熱く燃え上がっている自分の担当上忍の姿が、そこにあった。

 突然の鉄拳に、リーは目を白黒させた。

 

「ガ、ガイ先生………」

「いいか、リーよく聞け」

 

 ガイはゆっくりとリーに歩み寄って来た。リーを見下ろせるぐらいの距離まで歩いてくると足を止め、リーを見た。

 

「青春は、けっしてお前を縛るものではないっ」

「えっ」

「青春とは、己のやりたいことに全力でぶつかっていくこと! 恋も青春! 修行も青春だ! どちらにも優劣などあるものか」

「………ガイ先生」

「いいか、大事なことは現状に満足せずに何事にも全力で挑み続けることだ。そうすれば、決してどちらも中途半端になどならない」

「…………」

「…………リーよ、間違うな。『青春』は、お前の可能性を狭めなどしない」

「っ」 

 

 ガイは屈みこむと、未だ木人椿に寄りかかったままのリーの肩に力強く手を置いた。

 

「明日を照らす希望の灯―――、それこそがお前の目指す青春なのだ」

「―――ガイ先生っ」

 

 リーは躊躇わずガイの懐に飛び込んだ。相当な勢いで突っ込んだが、ガイもまた当然のようにリーを受け止めた。互いに強く抱きしめ合う。

 

「ガイ先生、ボクは、ボクは………!!」

「いいんだリー………、もう何も言うな」

 

 そうして師弟で青春の涙を流し合った。

 

「―――どうでもいいんだけどさ」

 

 声がした方を向くと、近くの材木置き場兼休憩場の丸太山に座っていた黒髪の少女、テンテンが冷めた目でこちらを見ていた。

 

「その女、普通に怪しくない?」

「何を言うんですかテンテン!」

 

 聞き捨てならないと、リーは立ち上がって抗議の意を示す。それを見下ろしながら、テンテンは組んだ足の上に顎肘をついて意に介さずに言葉を続ける。

 

「リーのその暑苦しいテンションにドン引きしない同年代の女の子が一人もいないとは私も言わないけどさ、でもそれが『この時期』な上に、その相手がそこそこ手練れそうな忍の女なのは、流石に出来過ぎじゃない?」

「ナルトさんはそんな人じゃありませんよ」

「ま、あんたはそう言うでしょうけど……」

 

 テンテンは呆れたように何か言ってやってくれという目線をガイに送った。

 

「うずまきナルト、…………カカシ班の子か。しかしカカシはそんな卑怯な真似をするような奴ではないし、教え子にもそう指導しているだろう」

「…………うーん、ガイ先生がそう言うなら」

 

 言葉ではそう言いつつ、どこかテンテンは納得いっていない様子だった。

 

「仮にそうだったとしても、その程度の策略一つでお前たち三人の力に打ち勝てはしないよ。自信を持て! お前たちは木の葉の下忍の中でも頭一つ抜けている」

「自信と過信は違いますから。……特に私は二人ほど飛びぬけた地力があるわけじゃないですし」

「そんなことありませんよ! テンテンはウチの班唯一の遠距離型ですし、頼りにしています」 

「話がズレてる………、ま、もういいわ。私の考える通りだったら一度は顔を合わせることになるから」

 

 見た目のお転婆感に漏れず、テンテンは中々頑固な側面がある。今日もまた他人の意見を鵜呑みにはせずに自分なりの結論を出して落ち着いたようだった。

 テンテンが班員として心配してくれているのは分かっているし、感謝もしていた。しかし、その心配は杞憂だとリーは言いたかった。

 とにかく、これで心の迷いは晴れた。リーは清々しい気分で夕日を見上げたのだった。

 

 

 

 

「じゃ、オレはこっちだから」

 

 別れ道でナルトが手を上げてそう言った。リーも返事を返し、その背を見送る。緊張が走り、運動とは別の汗が掌に滲む。それを服で拭って、リーは思い切って声を上げた。

 

「ナルトさん!」

「んー?」

 

 目を細めてリラックスした様子のナルトが振り返った。

 

「なんだ?」

「あ、あの。その、今度、ボクとよかったら―――」

「?」

「ボクとその、デ、デ、………組手でもどうですか」

 

 直前で意気地が足りなかった。臆病な自分が恨めしい。何も知らないナルトは嬉しそうに頷いた。

 

「もちろん! こっちこそお願いしたいぐらいだってばよ!」

 

 太陽もかくやという笑顔のナルトを前に、今更別のことを言いだせる雰囲気ではない。

 リーは未練を断ち切って、さっと諦めた。

 ニコニコと本当に嬉しそうなナルトを見ていると、これでよかったような気さえしてくる。

 

「―――今度約束な」

「ええ、もちろん」

 

 今度こそ去っていくナルトを見送って、リーは肩を落とした。

 誘えなかった。

 しかし、次の瞬間にはリーは再び燃え上がっていた。失敗なんて何度も経験してきた。これを糧に次こそはもっとスマートに誘って見せる。

 ぐっと拳を握りしめ、リーは静かに心を燃やした。

 

 ―――ガイ先生、今ボクは青春を謳歌しています!!

 

 

 

 

 

 


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