ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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三章 憎愛の器
36『二周目』


 

 

 

 

 

「…………そうか、そういう、ことか」

 

 陶然と呟くと、少年は口を歪めた。

 まるで酩酊しているかのような心もとない足取りで、数歩前に進む。

 目を大きく見開き、歯をむき出して犬歯を晒す。

 それは脈絡のない突然の変貌であった。

 少なくともサスケはその変化に理解が追いつけなかった。

 砂漠の我愛羅、そう名乗ったときの落ち着きを払った理性的な様子などもはや微塵も感じられない狂人の相。

 

 

「お前は、オレと同じだ」

 

 少年の存在感が増していく。

 尋常の気配ではない。

 それは殺気などといいう副次的な力の余波でなく、もっと純粋な根源的な力の発露。

 底の見えない異常な量のチャクラが少年の周囲から湧き上がり続けていく。

 チャクラ量だけならば、あの再不斬ですら比較にできない。

 そしてこの少年の異常さはそれだけですら、ない。

 

「この世界で唯一人の」

 

 少年の背後に何かが、朧げに浮かび上がっている。

 サスケの不完全な写輪眼ではそれを捉えきれない。余りに密度の濃いチャクラの奔流に直視を続けるのも難しい。

 巨大な、怪物の影。 

 冷や汗が噴き出る。身体が震え、歯が勝手に音を立てる。

 チャクラの嵐を巻き起こす少年は身構えるサスケには意もくれず、その嵐の中心で何事もないかのように真っすぐに、ナルトを見据えていた。

 

「────オレの番の化け物」

 

 狂気じみた表情に反して、その言葉は甘く響き、どこか愛の告白に似ていた。

 サスケは、衝動的にナルトの横顔を見た。ナルトもまた目を見開いて同じように砂隠れの少年、我愛羅を見つめていた。ポニーテールを括っていた髪留めが音もなく外れ地面に落ちた。

 呼応するかのようにナルトの髪がゆらゆらと蠢く。

 そのナルトの背後にも目の前の少年と同じような、捉えきれない何かの気配が沸き上がっている。

 その表面上の圧力はこの少年と比ぶべくもなく微かだが、その写輪眼ですら見通せない底知れない何かを、確かに感じる。

 奇しくもあの少年の言葉を裏付けるように。

 我愛羅は笑みを深めた。

 サスケは半ば確信した。確かにこの二人には何かがある。他ならぬ写輪眼を持つサスケだからこそ、それが間違いないことを察することができてしまった。

 そしてそれがこのうずまきナルトという少女の根幹に関わる何かであるということも。

 思えば、この少女の謎は未だ誤魔化されたままだ。

 一度は抑えていた疑惑、疑念、それらが再び頭をもたげる。

 この数か月の間、いくらでも踏み込もうと思えばできたはずだ。それなのに自分はどうしてかその踏ん切りをつけることができなかった。

 それを暴くことで、イタチのいる高みへ這い上がるための何かを掴めたかもしれないというのに。

 復讐を果たすための力が目の前にぶら下っているのならば、手を伸ばさないでいる理由など存在しない。

 しない、はずなのに。

 

 ──―オレは今まで何をやっていた? 

 

 理由も意味もない、その停滞をサスケは悔いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木の葉隠れにて中忍選抜試験が開催されるより遡ること数か月前、木の葉隠れより砂隠れへ、ある一通の密書が極秘裏に届けられた。

 木の葉と砂の間に同盟が組まれて以来、一度として利用されることがなかった暗号通信文を利用したそれは、後に忍の世界そのものの流れを大きく変えることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波の国から帰還後、数日たったある日のこと。

 ナルトが何時もの様に修行場に訪れると、珍しいことにミザルだけではなく三代目火影こと猿飛ヒルゼンがそこで待っていた。足元には小さめの袋と、花と手桶、そして柄杓のような物が置いてある。

 

「まさか、本当に仙道が開いてしまうとはな……」

 

 嘘だと疑っていたわけではないのだろうが、三代目はやや困惑した様子で独白した。

 岩に腰かけて顎に手を置く姿は喜んでいるというよりも、どうしたものか、とどこか悩んでいる様子に見えた。

 

「じいちゃんが習得してみろって言ったんじゃねーか」

「……それは少し、意味が異なる」

 

 三代目曰く、猿飛の術は元々は確かに仙術用の体術であったが、それは昔の話。仙術による感知を使えなくても猿飛の術を使う方法は幾らでもあるらしい。

 

「例えば写輪眼や白眼のように特殊な眼や感覚を持つ者たちがそうだ。常人の限界を超えた速度で動いても順応することができる。だが、たとえそれらがなくとも、体術とチャクラコントロールの訓練を繰り返すことで時間は掛かるが習得は可能なのだ。つまりワシはあくまでチャクラコントロールと体術の訓練のつもりでお前に猿飛の術を教えたのじゃ。まさかチャクラ放出で空間を覆うなどという裏技を使うとは思わなんだが、しかしそれでも使えるようになったことには変わりない」

「……ようするに?」

「お前は波の国に任務へ行く前に、既に猿飛の術を習得しておったということだ」

 

 ナルトは思わずミザルの方を向いた。そんなことは一言も聞いていないからだ。

 ミザルは肩をすくめた。

 

「だから言ったじゃないのよ。私は人間を訓練したことなんてないって。そんな事情知らないわよ」

 

 三代目は頭が痛いと言わんばかりの表情で額を揉んだ。

 

「…………そうだったのぅ」

 

 三代目の考える猿飛の術とミザルの考えるそれにはどうやら差異があったらしい。

 三代目はしばらくの間ミザルにナルトの訓練を任せっきりだった。それ故の齟齬だったようだが、実のところナルトはそのことにはあまり興味が湧かなかった。

 ナルトが気になっているのは、それとは別のことだ。

 

「まぁ結局、使えたのは一度きりなんだけどよ」

「……まぁ、そうだったとしても。よく」

 

 そこで三代目は少し言葉を切った。褒めてもらえるのだろうか、ナルトは心なしか僅かに胸を反らした。

 

「……よく、死ななかったな」

「ジジイテメェゴラぁっ!! やっぱアレ危険な術だったんじゃねーか!!」

 

 ナルトは反射的に三代目の胸倉に掴みかかった。

 猿飛の術の第三段階に至ったときに感じた意識が拡散していくようなあの恐ろしい感覚。あのとき感じた危機感は間違いではなかった。

 多少の齟齬があったとはいえ、教わった忍術を使っただけで死にかけるなどと、いくらなんでも杜撰が過ぎる。

 ナルトはとりあえず正当な復讐の権利として一発ぶん殴ることにした。

 

「ま、待て! 話を聞け!」

 

 三代目は慌てた様子でナルトの肩を押さえた。

 

「仙術使うの失敗してたらどうなってたんだってばよ!」

「それは仙術の種類によるわね。例えば、蝦蟇の仙術の場合は体が蛙になっていき最期には巨大な石になって死んでしまうわ。けれど狒々の仙術の場合は──」

「…………場合は?」

 

 ミザルは事も無げに答えた。

 

「意識が獣のようになっていって、最終的には自我が壊れて気が狂うの」

「ジジイ!!」

「そもそもお前の仙道が開くこと自体が異常なんじゃ!」

「言い訳するな! 責任取れクソジジイ!」

「そうではないっ。本来、人が仙術チャクラを修得しようとするならば、師の監視の下で仙獣の秘薬を用いて行うものであって断じて勝手に目覚めるようなものではない!」 

「……」

「蝦蟇は油、蝮は毒、蛞蝓は粘液、狒々は酒。幾つか種類はあれど、他力を必要とすることに変わりはなく、それはうずまきの血が流れていようが同じ、のはずだった」

 

 ワシが見誤ったことに関しては謝るが、と三代目は続けた。

 嘘は言っているようには見えない。

 

「……むぅ」

「そして、そう。──―これもまた、その内の一つだ」

 

 そう言って三代目は思い出したように胸元から一つの小瓶を取り出した。ナルトは目を細めて胡乱気にそれを見やった。

 中には小さい黒色の丸薬が、瓶の中ほどまで入っている。

 

「……なにそれ?」

「醒心丸、と呼ばれる代物らしい。お前が見つけた麻薬プラントの植物、あれを原料に製造されていたもののようだ。……粗悪な代物だがな。大量に生産は出来るようじゃが、人の命を顧みてはおらん。仙獣の秘薬よりもさらにリスクを伴う上に、飲んで運よく生き延びて仙道を開けたとしても、仙術チャクラを引き出す度に肉体と精神に強い負担を強いる」

 

 ──―そしておそらくサスケはこれを飲んだのだ、と三代目は続けた。

 ナルトは息を呑んだ。

 

「呪印、肉体の変異、お前から聞いた内容から考えてまず間違いないだろう」

「じゃあ…………あれも仙術なのか?」

「うむ、酷く歪な使い方じゃがのう」

 

 終末の谷で見たあのサスケの恐ろしい形相が脳裏に浮かび上がった。呪印の力。それは力を求めたサスケが里を抜ける理由の一つだったはずだ。大蛇丸から与えられた呪印の行きついた先があの姿だったということなのだろう。

 また、胸がズキズキと痛んだ。

 

「……ダッセーな。そんなドーピングで強くなったつもりだったのかよ…………」

 

 身体の内をグルグルと渦巻く感情を言葉に出来なくて、ナルトはただそうやって悪態を吐き捨てる。

 

「ならサスケはもう、呪印でああなる心配はないのか?」

「そうはいかんじゃろうな。プラントが一つ潰れただけで、今まで製造した分までが無くなったわけではないからのう」

「…………そっか」

「だがこれで分かったじゃろう。お前が突然仙術チャクラを使えるようになったことの異常さが。本来、才能あるものが時間やリスクを伴って初めてそれが叶う術なのだ」

「んなこと言われてもよ…………」

 

 ナルトは頬を掻いた。自分がまた何かしてしまったのだろうか。生憎、全く心当たりはないが。

 

「──―その胸の傷のせい、かもね」

 

 ミザルがポツリと呟いた。

 

「えっ?」

「………………」

 

 三代目は少し考える風に眉を寄せてから、小さく、うむ、と呟いた。

 

「お前には話しておかなくてはならんことがある」

 

 胸の傷? ナルトは内心で首を捻った。そんな傷など存在しない。確かに前の時の記憶を思い出すと胸が痛み出すことはあるが、本当に傷跡があるわけではない。

 ナルトは服の襟元を下に引っ張って覗き込むが、やはり傷跡など見当たらない。

 

「いや、傷なんてないってばよ」

 

 頭を引っ叩かれた。

 

「やめんか、はしたない」

 

 そっちが変なことを言うせいだろうが、とナルトは不満を覚えたが話の先が気になったので渋々飲み込んだ。

 

「肉体の傷じゃないわ。わかり易く言うならチャクラの根幹、魂の傷、とでも言うべきかしら」

「…………魂?」

「そう。そして私がわざわざアンタに修行をつけていたのも、それが理由なのよ」

「?」

「アンタの身の上に起こったことは大体聞いているわ。でも、それがどういう状態なのかアンタは本当に理解しているのかしら」

「そりゃ、わかってるってばよ」

 

 終末の谷でサスケに殺され、目が覚めたら時間が巻き戻っていて性別が女に変わっていて、周囲の認識も自分が女だという認識に変わっていた。

 理解出来ないが、そうとしか説明できない。

 

「まあアンタ目線なら、そうなるのかもね」

「なんだよ、じゃあどういうことなんだってばよ?」

「それはわからないわ」

 

 肩透かしの解答にナルトは一瞬、脱力してしまった。

 

「あまりに不可解すぎるのよ。死からの復活、過去への逆行、性別の転換、ひとつひとつなら説明が出来なくもないけどそれらすべてが同時に起こるなんて、考え難いわ」

「…………」

「一番シンプルなのはぜーんぶナルトちゃんの妄想だったってオチなんだけど」

「それはありえん。ナルトの未来の記憶は、妄想の類と片付けられるものではない。あまりに正確過ぎる」

「……自分の性別の認識を除いて、ね」

「だからよくわかんねーってばよ」

 

 頭が痛い。

 ナルトは三代目から離れると、切り株の上で胡坐をかきつつ抗議した。

 

「結局、何の話なんだってばよ」

「わかり易く言うと私はアンタの監視役だったってこと」

「!」

「アンタが何者なのか、それを見極めるためのね」

 

 衝撃の言葉がアッサリと投下された。唖然とするナルトに三代目はやや気まずそうにしていたが、発言したミザルはどうでもよさそうな態度のままだった。

 ナルトは驚いたものの、黙って監視されていたと知っても、不思議と裏切られたという感覚はなかった。

 他の『やるべきこと』が多すぎて、自分の体に起きたことについての原因など考えている余裕がなかったが、三代目がそれを警戒しなくてはいけないことは理解できる。

 

「…………………………」

「体を流れるチャクラとその痕跡を見れば、アンタが一体どういう状態なのか、それが解かるハズだったのよ。もしアンタの言う通り性別が入れ替わっていたのだとしたら、なおさらね」

「…………それで?」

「言ったでしょ? なにもわからなかったのよ。まるで変化なし。おかしなことに男女では大きく性質が違うハズの精神チャクラでさえアンタは女と変わらないのよ。でも、観察していて一つだけ小さな違和感があったわ。一体なんなのか、見極めるのに時間が掛かったけどそれが」

「…………胸の傷ってことか?」

「そう」

 

 ミザルは頷いた。ナルトは半ば無意識に胸の中央に手を当てた。そこには衣服の感触とその下の滑らかな肌の感触があるだけだ。だが、ナルトはそれだけではないことを知っている。  

 この胸は時折、ナルトを酷く苛み、焦らせるのだ。

 まるで、あの未来に辿り着いてはいけない、と言っているかのように。

 

「不思議な傷よ。古いようにもその逆にとても新しいようにも見える。ナルトちゃんのチャクラそのものについている傷。僅かにだけど六道の力も感じるわ。故にいくら人柱力だとしても簡単には癒えることがない」

「本当に、見えない傷がここにあるのか?」

「ええ、間違いなく。ナルトちゃんでも仙術チャクラの感知を鍛えれば感じとれるようになるかもね」

「………………」

 

 この胸の痛みはサスケの千鳥に貫かれたときの痛みに良く似ている。それは痛いだけではない。ズキズキと痛む度にどこからか昏い衝動が伝わってきて、ナルトの心に黒い影を落とす。

 これはサスケに殺されたときにできた傷なのだろうか。

 状況を見れば、そうとしか考えられないが。 

 なんとなく、そうだったなら嫌だな、とナルトは思った。

 たとえかつての自分と繋がる唯一の証拠だったとしても、この傷の痛みを好ましいとはナルトには思えない。

 この傷に教えてもらったこともある。失うことの痛み、そしてそれに対する恐怖。失敗をして弱さと臆病さを認めることで、見えるものは確かにあった。

 けれどこの胸の痛みを、ナルトはどうしてもあまり好きにはなれないのだ。

 

「黙っていたことを怒るか?」

 

 三代目が訊ねた。ナルトは首を振った。

 

「じいちゃんはオレを気遣ってくれたんだろ」

「……」

「別に子供じゃねーんだ。何でもかんでも話してくれなんて言わないってばよ」

 

 当然の事として、仙術で死にかけたことについては未だに納得いっていないけど、と付け加えておく。

 

「その傷は時々幻痛があるようね。どんなときにそうなるのかしら」

「前の時、特に…………サスケの事を思い出したときに痛むってばよ」

 

 今のサスケの写輪眼を見たときにも若干痛む。ただしこの痛みは前の記憶を思い出しているときに比べればさほど強くはない。

 

「…………それだけ?」

 

 ミザルは少し拍子抜けしたように呟いた。

 それだけとはなんだ、とナルトは少し気分を害した。それだけでも結構辛いし、立っていられないほど痛むことだってあるのだ。

 

「ナルトちゃんの魂の傷そのものは大きくはないの。もしかしたら時間が経てば寛解するかもしれないと思っていたわ。むしろ伝えて意識させるよりそっちの方がいいかもしれない、そういう理由もあって黙っていたのもあるのよ。でもその傷、前より少しだけ広がっているように感じるの」

「ええっ?」

 

 むしろ、波の国の任務で自分と向き合うことで、目を逸らしていた問題を少しは決着をつけたつもりだったのだが。

 胸の傷というぐらいだから、トラウマ的ななにかではないのか。

 

「それって大丈夫なのかよ」

「さぁね。そもそも魂に傷を刻むなんて真似、六道の源流にある力、すなわち神の御業なのよ。それが一体どういう影響を及ぼすかなんて想像もつかないわね。むしろその程度で済んでいるなら良かったと思うべきよ」

「………………うーん」

 

 良かったとは、流石に思えないけれど。

 今すぐどうこうなる、と言う話ではないようだったが、しかし徒らに不安を煽られただけのようにも感じる。対処のしようがないのならば確かに知らない方がよかったかもしれない。三代目が黙っていた理由も理解できる。

 

「まぁ、よくわかんねーってことがわかったってばよ。けど、なんで急に黙っていたことを教えてくれる気になったんだよ?」

「これからワシはあることに集中せねばならん。今までよりもお前に気を配ることが難しくなるじゃろう。故に、不安要素は伝えておこうと思ってな」

「集中って──あっ」

「そうだ」

 

 ──中忍試験。

 

「中忍選抜試験は、『例年通りに開催される』ことになる」

 

 ナルトは肌がざわつくのを感じた。

 この意味がわかるな、と三代目の目が言っている。もちろん、ナルトはよくわかっていた。

 このまま前と同じように進めば、大蛇丸の襲撃と砂隠れの裏切りによる、木の葉崩しと呼ばれる戦乱が再び起こる。

 里が戦場になることで多くの被害が出る。

 そして、その結末が、三代目火影の死だった。

 

「ワシは大蛇丸を止めねばならん」

 

 強い意志を宿した瞳で三代目は胸の前で拳を握った。かつて見た死に顔とは似ても似つかない力強い瞳の光に安堵を感じ、それと同時にナルトはどこか薄ら寒い不安が胸をよぎっていた。

 

「それはサスケが里抜してしまう未来を変える、というお前の願いとも繋がるはずだ」

 

 それはそうだ。もし大蛇丸をここで止めることができれば、そもそもサスケが里を抜ける道理そのものがなくなるはずだ。

 無論、サスケの復讐が止まるわけではない。

 すべてが解決するわけではないが、しかし流れは大きく変わる。

 だが、そのリスクはあまりにも大きい。

 皮肉にも波の国の任務を何とか乗り越えたナルトだからこそ、三代目の言っていることの危険性がよくわかった。

 

「……危険は確かにある。しかし、目先の危機から逃れたとて、大蛇丸の脅威が消えて無くなってくれるわけではない。むしろお前の未来の記憶の優位性が失われる分、いずれより深刻な脅威となって立ちふさがってくる」

 

 それもまた波の国の任務のときにナルトが感じた事とまったく同じだ。そしてそれは間違いなく正論なのだ。

 未来で得た記憶は、なにもかもを解決するような万能の魔法などではない。けれど、使い方次第ではとても強力な武器になるのだ。

 だが、その優位性を加味してもなお、大蛇丸はあまりに危険すぎるのではないか。

 

「言って置くが今回ばかりは、お前の責任ではないぞ、ナルト。お前の記憶を頼ると決めたのは、あくまでワシ自身だ」

「…………だけど」

「いい加減にせい。たかだが一介の下忍風情がワシの決定に責任を感じるなどと、己惚れるのもたいがいにせんか」

 

 三代目らしからぬ強い叱責の声に、ナルトはハッとなって顔を上げた。

 

「木の葉隠れの里のあらゆる決定と責任は総てがワシが背負うべきものだ。そのワシがお前の記憶を利用して大蛇丸を討つと決めた。その結果にいかなる被害が出ようとも、それは他の誰でもなく木の葉隠れ三代目火影たるこのワシが、受け止めなければならんことだろう」

「……………………」

「お前はお前の為すべきことを為せ。それがお前のやるべきことじゃろう」

「…………そうだな。わるい、じいちゃんの言う通りだ」

 

 ナルトは素直に己の誤謬を認めた。

 三代目の言う通りだ。自分のどうしようもないことで悩んでいる暇などナルトにはないのだ。ただ自分ができることを今は全力でやるしかない。

 大蛇丸のことは三代目に任せる。

 ナルトはそう決心した。

 そうであるならば、ナルトがするべきことはただ一つ。

 修行だ。強くなることだ。

 

「それでいい」

 

 三代目は満足そうに頷いた。

 

「………………お前にはこれを渡しておく」

 

 そう言って三代目は下に置いてあった袋から一つの白いお面のようなものを取り出した。

 狐を模した形の白面で、青と赤の紋様で彩られている。

 

「?」

 

 ナルトは手渡された仮面を眺め透かしながら疑問符を飛ばした。これは一体なんだろう。

 

「本来なら右腕に刺青も入れねばならんが、…………まぁ、今は構わんだろう」

「じいちゃん、これは?」

「なんだ、知らんのか? これは暗部の面だ」

「暗部…………?」

「まさか暗部も知らんと言うわけじゃなかろうな」

 

 三代目が呆れた視線を向けてきた。失敬な、とナルトは憤慨した。それぐらいは知っている。カカシが前にいた部署で、里の裏の仕事的な何かを請け負っている謎の組織的な場所的な何かだ。

 

「……まぁ、お前にしては知っている方じゃな」

 

 言葉とは裏腹に露骨に蔑みの目をしつつ、三代目は頷いた。

 

「その暗部の身分を保証する面だ。他にも必要な衣装は後で渡してやる」

「ちょ、ちょっと待ってくれってばよ。なんで急にオレが暗部なんかに入らなくちゃいけないんだってばよ」

「なんだ、意外に嫌そうじゃな。お前はこういう、いかにもな闇の組織とかに憧れそうなタイプだろうに」

 

 確かに、以前カカシがさも凄そうな組織のように語っていたのを聞いてからは、ナルトは暗部に対して少しだけ憧れのような感情を抱いてはいたが。

 だが、最近発達しつつあるナルトの警戒心センサーがバリバリに警戒音を鳴らしているのだ。

 

「言ったであろうが。ワシはこれからあまりお前にばかり構っている暇がないと」

「だからそれがなんだってんだよ」

「暗部には幾つかの権限が与えられるが主だったものは二つ。一つは特別上忍相当の権限、これはたとえば里の内外への通行の自由や、禁書へのアクセス権限などがある。そしてもう一つ、こちらが重要なのだが、暗部に指定された忍は火影の許可なしに拘束することができなくなるのだ」

「…………つってもオレなんかを誰が拘束するんだってばよ」

「その話もせねばなるまいな」

 

 三代目は足元に置いてあった手桶と花束を持ち上げて、ナルトについてくるように指示した。

 

「前に、この場所が火影直属の暗部しか知らない場所だというのは伝えたな」

「……………………………………………………うん」

「……まぁいい。今からその理由を教えてやろう」

 

 そう言って三代目はすたすたと歩きだした。

 ナルトはその後を首を傾げながら追いかけた。

 

 

 





 引用した設定

 魂に干渉できるのは六道の力←屍鬼封尽で口寄せする死神やペインの六道の地獄道の閻魔の力等を参照


 

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