最初の二行は前回入れ忘れたものです。しばらく経ったら向こうに移します。
そのとき、ナルトは『視た』。
ドスの体に巻き付き、その肩に牙を突き立てる、黒い縄のような姿の蛇を。
目の前の少女が構えたとき、ほんのわずかにチャクラのリズムが変わったのはわかった。心臓の脈拍も、それに合わせるように穏やかに変化していくのが聴こえた。
けれど、ドスが感じ取れたのはそれだけだった。
──?
あの我愛羅とかいう人柱力のような圧倒的なチャクラの奔流など微塵もない。むしろ周囲の空気に溶け込むかのように少女の気配が薄まっている。
威圧感もなく、殺気すらない。
意図が読めない。戦うつもりがないのかとも思ったが、それにしては構えのようなものはとっている。
これが九尾の人柱力の戦闘態勢とでもいうのだろうか。
ドスは思考を巡らせたが、やがて放棄した。
──まぁいいや。
少し前までの自分ならばもう少し疑問を巡らせたかもしれない。
けれど沸き上がり続ける暴力的な衝動が、他の細かいノイズをかき消した。
まずは目の前のこいつで力を試す。
そしてその次に、あの砂の人柱力に自分が味わった屈辱を倍にして返してやる。
本来の自分でも十分残酷な人間である自覚はあったが、けれど今の自分はそれにも増して黒い欲望を抑えきれない。
呪印が蠢いて、もっと力を開放しろと囁いてくる。
そしてそれはドスにとっても望むところだった。
踏み出す。
次は外さない。
今度は先ほどと同じように飛びすさっても躱しきれないほどの広範囲を、音で薙いでやろう。
あの程度の回避で対処できると高をくくっているならば、激痛にのたうちまわることになる。
果たして、少女は待ち構えたまま逃げなかった。
避け切れないと考え、あえて受け止める方に切り替えたか。
──馬鹿が。
ドスは嗤った。
音の振動は体を伝う。防御など意味をなさない。
ドスの腕に取り付けられたこの装甲は、なにも身を守るためだけのものではない。音を響かせる起点であり、そしてそれをチャクラで増幅、コントロールするための武器だ。防御した腕を伝って体のどこの部分でも壊すことができる。
もはやこの人柱力が尾獣の力を使っていようがいまいが、関係ない。
この一撃で致命傷を負えば、追い詰められたコイツは間違いなくその力を使ってくる。
たまたま幸運にも器に選ばれただけの凡夫が、最後にそれに縋らないはずがないからだ。
ゴミでも見るかのような目線で自分を見下ろす白髪の少年が、憎悪と共に脳裏に浮かび上がる。
次は自分が捻じ伏せて、地を舐めさせてやる。
至近距離で腕を振るうと、少女は柔らかく手を添えて遮った。
非力な防御だ。構わずに手を振り切る。
感触はなかった。
右腕を振り切った直後に、ドスは少女の姿を見失った。
「────────っ」
微かに足が地面を擦る音が聞こえて、慌てて視線を上げる。
少し先に、何事もなかったかのように少女が立っていた。
どういうことだ。
腕は、振り切った。チャクラも使った。
術から逃げ切れるはずがない。
ならば、自分が術の発動を誤ったのだろう。
確かに今の状態になったのはこれが『初めて』だ。
どうやらチャクラの出力の調整を間違えてしまったようだ。術を使わないまま、勢いで弾き飛ばしてしまったのだろう。そうでなければ説明がつかない。
運がよかったな、と内心で呟き、再び踏み込む。
チャクラを練り、術の発動に集中する。
腕を振り、そのままチャクラを腕の前腕部に集め、音を増幅し、そして目の前の空間に叩き付ける。
その寸前に、少女の掌がもう一度割り込んできた。
防ぐ、という言葉にも当てはまらないほどの微かな抵抗。呪印の強化を受けた腕の膂力には薄紙にも等しい。少女は力に抗うことなく、ふわりと後方へ下がる。
やはり触れた感触はほとんどなかった。
そして術は発動して、確かに音は鳴った。
ただし、ほんの微かに、だが。
少女の腕を一瞬だけ小さな音の振動が走り抜けたのが見えた。そしてそれがすべてだった。
動揺するドスに少女は踏み込んで軽く掌底をドスの胸元の中央に押し付けた。予想に反して重い衝撃が響いて、ドスは呻いた。
反射的に腕を振るう。
またしても音は鳴った。けれど、か細いそれは、決して攻撃と呼べる代物ではなかった。
少女はひらりと躱して、後ろに下がる。
効いたというよりも驚愕によって、ドスは追撃をかけることができなかった。
「……………………」
腕の装甲を確認するが、どこにも破損した様子は見当たらない。呪印も変わらず、全身のチャクラを強化し続けている。
ドスはその場に立ったまま、何もない空間に腕を叩きつけた。くわん、とその空間そのものが歪むような音波が撒き散らされて、辺り一面に無差別に衝撃が走った
「……………………」
ドスの術は問題なく発動している。
だからこそ、より不可解だった。
「──、ボクに何をした」
流石に警戒と困惑を覚えたドスの問いに、少女は何も返さなかった。
とん、と軽やかに地面を蹴ると、柔らかく手で空を払って、まるで体重など存在しないかのようにつま先が音もなく、地面に触れる。
見えない何かと戯れるように、くるくると回り、手で空を薙ぎ、地面を跳んで、なにかの拍子に合わせるように舞っている。
ドスに対する攻撃ではない。
目の前の少女は、ただゆったりとした動作で踊っている、ように見える。
その目は先ほどまでに感じた強い意思を宿した瞳ではなく、どこか茫洋として捉えどころがない。そしてそれゆえに意図が見えない。
ドスは眩暈を感じて、身をよろめかせた。
少女の掌に打たれた部分が火に当てられたように熱い。
「──────────―っ」
まさか、毒か?
いや、幻術、あるいは忍術?
それとも、単なる体術の一種なのか。
わからない。理解できない。
そもそも、何故、攻撃を続けてこない。隙はいくらでもあったはずだ。
余裕を見せつけているつもりか。
怒りに頭が染まりかけたとき、少女の動きが止まった。
遊びを止めて攻撃に転じたのかと思ったが、どうも様子が違う。
「………………」
左から右に払う途中の右腕を困惑したように揺らめかせて、首を傾げる。誰かにうかがうようにふらふらと不格好に斜め上に持ち上げて、そこで雷に打たれたかのように体を跳ねさせると慌てて右下に足を掠めるようにして掌を流す。
どうも、振り付けかなにかを間違えたようだ。
一瞬戦いを忘れて、なにをやっているんだ、と呆れた。
よく『聴けば』、舞のリズムもまだぎこちない。習得してからの日の浅さを感じさせた。
だが、その質は悪くは、ない。音に感情と表現がちゃんと乗っている。粗削りだが、すでに彼女は表現者ではあった。
他のなにがわからずとも、音に関しては間違えない自負がある。
これは技術だ。忍の技だ。
人柱力の力ではない。
それだけは、わかった。
そう理解したとき、ドスの胸に何かがよぎった気がしたが、それを自覚するよりも前に、肩口から黒い衝動が這いよって来た。
我に返るように思い出す。
自分にぼんやりしている時間などないことを。
大蛇丸の部下を名乗る眼鏡の男の顔を思い出す。
その男はハッキリとは言葉にはしなかった。だがその態度で、ドスは理解せざるを得なかった。
次はない、と。
どくん、と心臓が跳ねた。
自分には野望がある。
こんなところで躓くわけにはいかない。
そのためにリスクを取って『こんな力』にまで手を出したのだ。
誰かの指が自分の腕にそえられた気がした。
ドスはその指に引かれるように自身の右腕を体の真横に掲げた。
どんな小細工があるのか知らないが、呪印の力でねじ伏せてやればいい。
実際のところ、当然ナルトはただ踊っているわけではなかった。
かといって決まった型をただ繰り返していたわけでもなかった。
ナルトは修行中にキカザルに言われ続けたことがある。
『留めるな』、と。
すぐにわかったことだが、猿舞のすべては、この短い言葉に詰まっていた。
物体に宿る身体エネルギーと違って、形を持たない精神エネルギーはひどく不安定な力だ。
身体に入っても、一瞬たりとも留まりはしない。
彼らにとってナルトの身体はどこかに向かうための通り道のようなものにすぎず、すぐに伝っては流れ、別の場所に繋がって、次の場所に向かって立ち去っていく。
猿舞とは、いってしまえばその手助けをしているだけだ。
この場所から入って、こっちに流れて、あの場所に向かいたい。そう言われれば、そのようにしてやる。もちろんチャクラが本当にそう言うわけではなく、なんとなくそう言っているように感じる、ということだ。
あっち、こっち、そっち。流れて流れて流れて、流れ続ける。
心が絶えず移ろい続けるように、それが形のない精神チャクラというものの在り方なのだそうだ。
そしてだからこそ、ナルトは同じように、ただ延々とそれを続ける。
体の中の経絡系を通りたいと言われれば通してやり、体の外を通ってこの軌道に沿って流れたいと言われれば掌で空を描いて道を作ってやる。
それがなにを言っているのかよくわからなければ、よくわからないまま流す。
大体問題ないが、たまに怒られる。ごくまれに激怒される。
そんな感じだ。
怒ると表現したが、実はそれは正確な表現ではないのだが、その違いを言葉で説明するのは難しい。
彼らの感情は人のそれとは大きく異なっている。なので便宜上、ナルトがなんとなくで定義して、ラベル付けしているだけだ。
彼ら、と呼んでいるそれも、実態はよくわかっていない。
自然そのもののようなものだ、とキカザルは言っていた。
仙術チャクラの世界に潜れば潜るほど彼らの感覚に近づき、近づき過ぎれば戻ってこれなくなる、らしい。
よくわからない。
つまりは、死ぬ、ということなのだろう、とナルトはそう考えることにした。
近づき過ぎず、離れ過ぎず適度な距離を保ちつつ、仙術チャクラの世界に少しづつ精神を馴染ませていく。
それについては大分慣れてきた。
三代目からは、お前には才がある、とシンプルに褒められたが、──褒められ慣れてないのでことあるごとにその言葉を思い出すくらいに嬉しい言葉であったが──、この状態で敵を攻めることに関しては、まだ少し苦手意識があった。
受けや守りならば穏やかな流れのまま仙術を使えるのだが、明確に相手を攻撃しなくてはいけない場面では、闘志に起因する荒いチャクラの流れに強く精神を引っ張られてしまうからだ。
ナルト自身、闘争本能が強い方なので、その欲求には、抗い難い。
感覚的には九喇嘛のチャクラを使っているときと少し似ている。次から次へと暴力性が沸き上がって、自分では止められなくなる。
九喇嘛のチャクラの場合はそれでもあまり問題はなかったが、この術の場合は命にかかわる。
攻撃できなくはないのだが、慎重すぎて悪いこともあるまい。
だからこそ、ドスが自ら向かってきてくれたことは、ナルトにとっても好都合だった。
その動きは呪印に強化されて素早いが、ナルトの感覚はドスを捉え続けている。
人のチャクラは、自然に宿る意思を読み取るよりかは幾分かわかりやすい。
ドスは素早かったが、先が読めるならば、速さはさほど脅威とは感じなかった。
間合いに入るや否や、ドスは右腕を振るった。
芸がないが、当たれば一撃必殺ではある。
ナルトは合わせるように左の掌で柔らかく触れた。
猿舞の基本の技の一つ、『金鎖』。
これは自身のチャクラを打ち込む、ただそれだけの技だ。
威力は低く、殺傷能力はほぼない。
故にこれは、攻撃のためというよりは主に守りのための技だ。
チャクラの流れには波がある。
その波がもっとも弱い瞬間に合わせて、自分のチャクラを相手に与える。
異なるチャクラに流れを遮られたドスのチャクラは、一瞬滞り、その流れを止める。
凶悪なまでのチャクラ量だが、波が弱い瞬間ならば、ナルトのチャクラで一瞬止めるぐらいなら訳はない。
阻害出来る時間はホンのわずかしかないけれど、術の発動の邪魔をするだけなら、十分な時間だ。
完全に止めきれるわけではないので、小さく音が鳴って、ナルトの腕がわずかに震える。
力は相手が上回っている。抵抗することなく、また後ろに押し出される。
体勢を崩しながら、ドスが前進を続ける。
「──────―」
その目は完全に狂気に染まっていた。全身のチャクラの流れも荒れ狂っている。
今度は強引に左腕を振るった。
──そろそろいけるか。
ドスのチャクラのリズムはもう十分に観察した。
弱い波のとき、強い波のとき、そのどちらでもないとき。そのすべての前兆。どれももうわかる。
ナルトはドスの左腕に右の掌を合わせると、滑らせて手首を掴み、左手で腕の付け根を抑えた。
そしてドスのチャクラの最も強い波が来る直前に、自身のチャクラを合わせて外側に受け流してやった。
猿舞の基礎の技その二。『遁甲』。
相手のチャクラを阻害するのではなく、利用するための技だ。
二つのチャクラが合わさったその強大な流れを、ナルトは利用した。ドスが術を使うために流したはずのチャクラで、その体を投げ飛ばしてやる。
自身の勢いで回転する敵と共に空中に跳び上がってくるくると回り、堕ちる直前に腕を引いてやって、ドスを背中から地面に叩き付けた。
呪印の力が乗った投げ技は、腹に響く衝撃と共に、相手を地面にめり込ませた。
──わりぃな。
腕を離し、汗を拭い、白目を向いたドスを見下ろしながら、ナルトは息を吐いた。
──あんまし、ちょうどよくなかったな。
目の前の男は、決して雑魚ではなかった。
かつての自分だったなら、こんな風に圧倒することはできなかっただろう。
楽勝、とは思わなかったが、結果を見れば圧勝だ。
──思ったより仙術って、けっこう強かったりするのかな。
封印の檻の中で、九喇嘛が呆れたような溜息を吐いた。
本気で呆れているのが伝わってきたので、ナルトは少し驚きながら、なんだよ、と返した。
ドスの意識は完全に途切れている。
チャクラの流れも、それを物語っていた。
ナルトはそれを確認すると、背を向けてサスケの方角に足を進める。
「………………」
首筋に嫌な感触が触れた気がして、ナルトは後ろを振り返った。
数秒前と変わらない景色がそこにあるだけだ。
けれど、確かになにか嫌な予感がする。
警戒を緩めずにナルトが辺りを探っていると、ビクン、と突然ドスの身体が跳ねあがった。
その身体から呪印の模様が再び浮かび上がると、悲鳴を上げながら痛みにのたうち回るようにゴロゴロと地面を転がった。
表蓮華とはいわないまでも、相当な勢いで地面に叩きつけたはずだ。
すぐに動けるダメージではない。
それほどの激痛なのか、聞くに堪えない苦悶の声を上げて地面を掻きむしっている。
見ていられず、ナルトは思わずドスに歩み寄った。
声をかけながら近くまで戻ると、ふと、ドスの動きが止まった。
糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちて、今度こそ動かなくなった。
ナルトは数秒戸惑い、ややあって蹲ると、ドスの頬に手を添えた。
「―――」
かろうじて息はあるようだ。
損傷の具合まではわからないが、死んではいない。
その顔からはすでに呪印の模様は消えている。
蛇が肩に牙を突き立てていた姿を思い出して、ナルトはドスの肩を確認するが、そこには赤い跡のようなものがあるだけだ。かつてのサスケの肩口に刻まれたような呪印模様は、見つけることができなかった。
これはなんだ?
不気味な思いがしながら、ナルトは立ち上がった。
今はサスケの元に行かなくてはいけない。
ついでに見つけた試験用の巻物をバックパックにしまい、法印を閉じると、ナルトはこの場を立ち去った。
サスケのいる場所付近に向かうと、すでに戦闘は終了していた。
辺りの木々が数多く薙ぎ倒されており、ザクが相当暴れていたことがうかがえた。
見晴らしはよくなったので、それのおかげかすぐにサスケの姿を見つけることができた。
倒れたザクの傍に立っていたサスケは、無傷ではなかったが、致命的なダメージを負ったようにも見えなかった。
その顔は、どこか戸惑いが浮かんでいた。
ナルトが近づくと、こちらを向いて少し安堵したような表情を一瞬よぎらせて、また元の表情に戻った。
「倒したか」
「……ああ、まあな」
サスケが尋ね、ナルトが答えた。
「そっちも終わったみたいだな」
「………………ああ。だが、とどめを刺したのはオレじゃない」
サスケはザクが突然、蹲って苦しみだしたことを告げた。その後、辺り一面に無茶苦茶に術を放ち、急にそのままその場に倒れてしまったのだと。
ザクは目を見開いて、口を半分開けた状態で横たわっていた。
死んではいない。けれど、到底無事とも思えなかった。
「罠かとも思ったんだがな」
「………………」
「……これも呪印とやらの副作用かなにかか?」
「……………………わからない」
ナルトは困惑して答えた。
実際、ナルトは呪印について知っていることは少ない。こんな状態は見たことないのは確かだが、これが正常なのか異常なのかは判断できなかった。
前とは違う。ナルトが確実に断言できることはそれだけだ。
「……………………本当に何もわからないのか?」
サスケが探るような視線でこちらを見ていることに気が付いた。
何も知らないわけではない。呪印にはもう一つの段階があるらしいことは、知っている。けれど今それを言うことはできない。
ナルトが再度、同じように答えるとサスケはどこか納得していない様子でそうか、と呟いた。
あまりサスケに言い訳染みたことを言いたくなくてナルトが黙っていると、サクラの二人を呼ぶ声が聞こえた。
「……………………行くぞ」
「………………うん」
居心地悪い思いをしながら、ナルトはサクラと合流した。
怒るサクラにはしっかりと謝罪し、戦利品の巻物を見せることでなんとか許してもらった。
そこでナルトはふと、呪印を発動するまえにドスが小ビンのようなものを投げていたことを思い出した。
もしかすると呪印と関係ある物なのかもしれない。
あれが投げ出された辺りの草むらを探してみるが、目当ての物は見当たらなかった。
確かにこの辺りに投げ出されたはずなのだが。しかし戦闘中であったし、間違いない、とまでは言い切れない。
捜索範囲を広げると、キラリ、と光る何かを見つけて、ナルトは近寄った。
けれど拾い上げたそれは、ナルトが探していた物ではなかった。
「……………………これは」
それはレンズにヒビが入り、テンプルがおり曲がった、壊れかけの小さな眼鏡だった。