封印術だと、とナルトは訝しんだ。
「……………………」
しばらく無言で考える。
傍目には深刻そうな顔に見えたかもしれないが、特に何かを察したわけではなかった。
ナルトが関係している封印術といえば九尾を封印したものだが、それは四代目火影によるものであり、うずまき一族は関係ないはずだ。
それ以上のことはナルトにはわからない。
しばらくして、ナルトは思った。
もったいぶった割にはよくわからないことを言われた、と。
というよりも目の前のこいつの腹の探り合いにはついていけない。
カカシのときもそうだが、相手がナルトを過信して会話のレベルを上げてくると、しばしばその流れから振り落とされることがある。
いくら多少は考えることができるようになったとはいえ、たかが数か月程度の変化でこの手の相手と対等に会話できるほど、察しがよくはなれない。
前は使えた馬鹿だから、と開き直ることですら、今はできない。
ついでに自分の直感は特に鋭いわけではないという残念な事実も発覚し、二重にしょうもなかった。
何かとんでもないかもしれないことを言われたようなのはわかった。
仕方ないのでナルトは相手に合わせて深刻そうな顔をしておくことにした。
カブトはニコリ、とナルトに意味ありげに微笑むと、さて、と言って話を切り上げるように立ち上がった。
「応急処置程度だけど、終わったよ」
そして、くい、と親指を後ろに向けて、少し向こうで並んで横になっている音忍二人を指し示した。
「それで、……ものの序でだし、一応、向こうの二人も診てきてもいいかい?」
「いいよ」
ナルトが素直にそれを許すと、カブトは肩透かしを喰らったように体の力を抜いた。
「あはは、いいんだ。キミ、変な子だなぁ」
お前にだけは言われたくない、とナルトは思った。
あの二人の行いは許せないが、個人的な憤りと人の生き死には話が別なだけだ。
それで死なずに済むのなら、それに越したことはない。
もっともカブトが本当に治療するのか、治療するにしてもそれだけで済ますのかは、ナルトの知るところではないが。
医術の知識がないナルトではそれは疑ってもどうしようもない。どちらかといえばまだ、助かる可能性のある選択なだけだ。
今この場で問題になるかもしれない行為はしない、と考えるしかない。相手はどうやらナルトの知能指数を勘違いしているようだし、下手な真似はしない、はずだ。
「…………あの人、本当にお人好しなのね」
こちらがひと段落したのを見届けたのか、サクラはナルトの方に近づいてくると、そう呆れたように囁いた。
何の利益もなく他の忍を助ける姿だけを見れば、確かにそのようにしか思えないだろう。
「………………どうかな」
ナルトは曖昧に答えた。
実際のところナルトの知る事実だけをみればカブトはただ悪人だった。けれど、それだけではないなにかを、かつての自分は心のどこかで感じていたような気がする。今となってはもうよくわからないけれど。
「ナルト、もしかしてカブトさんと何かあった?」
「────いや。なんで?」
「なんかアンタにしてはちょっと刺々しい、っていうか」
バレてた。
さすがに少しあからさま過ぎたか。
「試験中だからってだけだってばよ。まだよく知らない相手だから、少し警戒してるだけ」
「あ、…………そっか。そうよね、確かに」
自分の気が緩んでいたとでも思ったようで、サクラは少し緊張感を持って眉をひそめて視線を下げた。
それを横目に見ながら、慣れたはずのごまかすための曖昧な言葉の嫌な感覚が、久しぶりに舌の上に残る感じがした。
ぶるぶると首を横に振って意識から振り払う。
目下の問題は、それではない。
それはまさしく今ナルトの目の下に転がっている、一人の少女だった。
治療はした。窮地からも助けた。
成り行きで助けたならば、これ以上は、もう十分だろう。
ただ、ナルトがこの少女に関わったのは成り行きだけが理由じゃない。
異国の地で仲間の忍から見捨てられたこの少女を助ける者が、一人もいないと思ったからだ。
カブトから聞かされた情報は、ナルトのその想像の曖昧な部分を補強していた。
国が滅び、散り散りになった一族の末裔。
その扱いは、少なくとも草隠れにおいてはろくなものじゃなかったようだ。
そう考えて、ナルトは少し訂正した。
────草隠れにおいて『も』、か。
互いに状況は違うし、一概には言えないけれど。
少なくともナルトは、けして悪いことばかりというわけではなかった。
内心でそう区切ると、一旦、関係ない部分を思考から切り離す。
ナルトはおそらくカブトの話を聞かなかったとしても、この少女を放ってはおけなかっただろう。しかし、この少女が自分と同じうずまき一族とやらの血統に連なる者だと聞いた後では、事情はより一層複雑になってしまった気がする。
今まで自分の血縁を意識したことなどなかった。
生まれたときから家族がいなかった自分には、それに類するものは何一つ存在してないのだと、いつの間にかそう思い込んでいた。
だから、それが実は存在するのだと知った今は、正直、なんだか居心地が悪かった。
自分には、あまりに馴染まない言葉だからだ。
家族というものすらよくわからないナルトにとって、一族、などというものは、とうてい、理解の範疇を超えてしまっている。
知れてよかったとは思わなかった。
嬉しいとも、思わなかった。
むしろ、自分がこの少女を助けた理由に勝手にラベルを貼られて、決めつけられたような気さえしていた。
同じ一族だから助ける。血縁が近いから助ける。
それはきっと正しいことなのだろう。
ナルトにはその価値がまだよくわからないけれど、きっとそうなのだ。
しかし、今はまだ自分には関係のないことだ。
この少女からうずまき一族について聞きたい気持ちは当然ある。この子が生きてきた環境についても、もちろんそうだ。
だが、それらすべてが自分の内心で混ざり合った結果、嫌なノイズになってしまっているというのが、ナルトの偽らざる本音だった。
「………………ナルト、アンタは、この子、どうするつもり?」
サクラは視線の向きでナルトの考えていることを察したようだった。
「………………」
「…………私は、この子にこれ以上関わるのは反対」
先回りするようにサクラは言葉を続けた。
「あんなのに絡まれちゃったのには同情するけど、正直、私たちはもう十分助けてあげたわ。この子も自分で中忍試験を受けたわけだし、これ以上は私たちがなにかしてあげる必要はない、………………って、私は思う」
「………………」
キツイ言葉だな、と思った。そして、わざとそうしてくれていることも同時にわかった。
誰かが言わなくてはいけないからこそ、わざと嫌な役回りを買って出てくれたのだろう。
なぜ言わなくていけないかは、誰にでもわかる。
それが紛れもない正論だからだ。
「………………こいつは、たぶん、自分の意思でこの試験に参加したわけじゃない」
「え?」
「こいつと仲間の忍のやり取りを、試験前に見たんだってばよ。あれは、対等な仲間同士の態度にはみえなかった」
この少女が仲間からあっさり見捨てられたことで、それは間違っていなかったことが客観的にも証明されてしまった。
「だから、同情の余地があると思ってる」
余地、と言ったがナルトの内心は決まっていた。
だがそれは、第七班としての決定ではない。
第七班では、いつの間にかナルトが班長のようなポジションに座っているので、その発言には、ある程度の比重が置かれている。
なにかを言えば、よほど無茶なことではない限り優先されるし、無理やり押し通せば、おそらく大体のことは強行できるだろう。
もちろんそんなことはしない。緊急ではない限り意見は言っても、強行はしたくない。
むしろ二人には常に、どう思うか教えて欲しかった。
勘違いする余地もなく、二人の方が賢いからだ。
「だったら、どうするつもり?」
サクラは、すぐにはナルトの言葉を否定することなく、続きを促してきた。
前のときだったならば、「なに言ってるの馬鹿!」とは「こっちだって余裕ないのよ!」ぐらいは言われていただろう。
「とりあえず、目を覚ますまで一緒に連れて行きたい」
「怪我はどうするの? まさか治るまでずっとそばにいるつもり?」
それに関してはおそらく大丈夫だろう。カブトの説明を信じるならば、治癒するまでそう大した時間はかからないはずだ。
ナルトがそう説明すると、サクラは困惑したように眉を寄せた。
「この子、何者なの?」
「………………」
まぁ、当然の疑問か。
どうするか。
言うべきなのだろうか。カブトの言っていたことに確信はないし、話すことでむしろ変な勘繰りを生むかもしれない。血のつながりがどうとか、一族がどうとか。
そうでなかったとしても、反論できない都合のいい説得の材料として使っているように受け取られるかもしれない。
考えて、小さくひとつ息を吐く。
言うべきじゃない理由は今のところ見つからない。なんとなくナルトが言い辛い気がしているだけだ。
勘違いが生まれるなら、話して誤解を解けばいい。
言わない方が楽だから、という理由はあまりに自分らしくない。
「………………よくわかんねーけど、うずまき一族っていうやつらしい」
「えっ」
ナルトが素直にそう答えるとサクラがやはり驚いたように口を噤んだ。
「さっきアイツから聞いたんだ」
「……………………うずまきって、それってつまり」
「さぁな。ほんとかどうかもよくわかんないし」
サクラの言葉を遮ってナルトはそう返した。
そうは言ったものの、たぶんカブトは、嘘はついていないだろうとは思っていた。
そして案の定、サクラはすぐに難しい顔をしだした。
サクラの考えていることは、おそらくナルトの想像通りだろう。
「言っておくけど、それは関係ないってばよ」
ナルトはハッキリと答えた。
「…………」
「こいつがうずまき一族とかだから助けるわけじゃない。ただ、オレがそうしたかっただけだってばよ」
そもそも今さっきまで知らなったことだ。この少女が気になっていた理由は、もしかしたらそれが関係していたのかもしれないが、それだけだ。
ナルトはただ、この赤い髪の少女が、仲間からあまりにも粗末に扱われているのが腹立たしかっただけだ。
だが、サクラが信じてくれるかどうかは、確信が持てなかった。
それはサクラを信じられないからではなく、ナルトには他人にとって血縁がどのような価値を持っているのかが、まったくわからないからだ。
「…………」
サクラは黙っていたが、ふと微笑んで、顔を上げた。
「わかってるわよ。アンタはそういうやつ」
「………………」
「で、連れてくって言ったって具体的にどうするの?」
「…………うん。うん、そうだな。えっと、とりあえずはオレが背負って行くってばよ。いざってときには影分身で戦えば、戦闘にあまり支障はでない、はず」
「そう。それがよさそうね。まぁ、少しぐらいなら私も手伝うわ」
じゃあそれで、とサクラはあっさりと言うとサスケに話してくると告げて、離れた。サスケが反対しているようだったら、また話し合おうとのこと。
去っていくその背に、ナルトは思わず呼びかけた。
「サクラ」
「なに」
「………………ありがとう」
サクラは前を向いて表情を隠すと、手をひら、っと一度振った。
「いいわよ。だいたいこのままだとアンタとサスケくんが強すぎだったし、これぐらいが丁度いいハンデなんじゃない?」
そう言うと、今度こそ離れていく。
その背を見送りながら、ナルトは心の中で再び感謝した。
怖がらずにちゃんと話すと決めてよかった。
そう思った。
なにか誤解があろうと、言葉でしっかりと伝えれば、分かり合えるのだ。
言えないことはあるにせよ、話せることは伝えていくべきなのだろう。
あんなに格好良かったのにサスケと会話した瞬間にふにゃふにゃしだしたサクラは見なかったことにして、ナルトは赤い髪の少女の近くに膝をついて座った。
影分身の術で二人に分かれると、片方にサポートしてもらい、背負ってみることにした。
なるべく傷口に障らないように慎重に持ち上げて、背に乗せる。
痩せた小柄な少女とはいえ、しっかり人一人の重さがあった。意識がないからなおさら重く感じる。運ぶときは紐かなにかで固定した方がよいだろう。
「………………重たい」
これをしばらく運ぶのか、とナルトはさっそく少し後悔した。
影分身に運ばせてもいいが、疲労は結局自分に返ってくるので意味はない。疲労感を把握できない分、デメリットの方が大きいだろう。
ふらふらと不安定なのでいったん降ろそうとナルトが力を緩めたときに、突然少女の腕にぐっと力が入った。
意識が戻ったのか、と一瞬思ったがどうやらそうではないらしい。
相変わらず微かな呼吸で、少女は体の力は抜けたままだ。
ただ腕だけにはぎゅっと力をこめられていて、しっかりとナルトにしがみついて離さない。バランスを崩しかけて、影分身に助けられながら慌てて立ちなおす。
ナルトは背負ったままで、少女の顔を振り返って覗き込んだ。
やはり、目は閉じられている。けれど、何か聞こえた気がした。
苦しそうに眉を寄せて、ほんのわずかに開いた口から小さな、聞き逃してしまいそうなほど薄っすらと声が聞こえたのだ。
ナルトが耳を澄ますと、ほどなくして少女がなにを言っているのかがわかった。
彼女はこう言っていたのだ。
────『おかあさん』、と。
ナルトは少女を背から降ろすのを諦めて、そおっと背負いなおすと、立ち尽くした。
なんとなく、確証がなくてもわかることもある。
そうでなかったらいいが、たぶんきっとそうなのだろう。
深く息を吐く。
「………………重たいな」
少女の体重を背に感じながら、ナルトはなんと言っていいかわからずに、再びそう呟いた。