ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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52『右か左か』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し経って、少女を連れて行くことの同意をサスケから得ると、ナルトたちはさっそく出発することにした。

 その際、カブトが同行を願い出てきた。

 うすうすそうなるのだろうな、と予想できていたので、不快感はあったが驚きはなかった。

 こんなところで一人にするなんていくらなんでもひどい、とか、ボク程度の忍をキミたちが警戒する意味なんてない、だとか、他の忍の情報もあるし絶対に役に立つ、などと必死な様子で三人に捲し立てて懇願したのだ。

 くだらない茶番だ。と思ったのはたぶんナルトだけだっただろう。

 勢いに押されたように、サクラは、私は構わないけど、とナルトの方に視線を向けた。

 サスケもカブトを改めて観察をしてはいるようだったが、結局、大した脅威ではない、と判断した様子だった。

 ナルトは少女を背負うのに集中している風を装って体を背けたまま、好きにすればいい、と投げやりにそう返した。

 どう頭をひねっても、不自然さもなくこの男から離れる方法が思いつけない。

 なぜなら今のカブトは、ナルト以外の二人には抜けたところのあるただのお人好しにしか見えていないからだ。

 ナルトが反対すればするほど、ただ不自然さが浮き彫りになるだけだ。

 カブトはほっとしたように微笑んだ。 

 

「いやー、やっぱりナルトさんは優しいひとだなぁ」

 

 ──たしかこういう奴は問答無用でぶん殴っていいって、里の法律かなんかで決まってなかったっけ? 

 

 木々の枝葉の間を縫って垣間見える暗鬱な空を見上げながら、ナルトは静かに夢想した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二次試験が開始してから、六時間が経過した。

 試験が始まったのが十四時半ばぐらいからなので、すでにもう空には黒い帳が下りきっていた。

 みたらしアンコは第44演習場の中央にある塔の中で、大きく伸びをして、首を左右にコキコキと鳴らした。

 

「………………結局、今回は記録更新はなしね」

 

 そう呟くと、手に持っていただんごの串をゴミ箱に投げ捨てて、少しぬるくなったおしるこをぐいっと一気にあおった。

 ゴミ箱から溢れかかっただんごの串の山を見て、近くのソファに座っていた、たたみイワシが、少しぞっとした顔でアンコの方に視線を向けた。

 

「………………これでも記録更新してないんですか、アンコさん」

 

 顔にはアンタいつか死にますよ、と書いてあった。

 些細な誤解が生まれている。

 アンコは慌てなかった。

 

「そっちじゃないわよ。こっちの、二次試験の方の話」

 

 イワシはほっとしていいのかどうかわからないといった表情で「……ああ、そっちですか」と静かに呟いた。

 まあ、確かにだんごの方も最高記録は更新してはいないが、誤解は誤解だ。アンコは多くは語らなかった。

 

「それに私、太らない体質だから」

「はぁ」

 

 アンコの肌にぴったりと沿った鎖帷子の中のウエストは、あれだけのだんごを詰め込んだというのに細いままだ。

 説得力があるんだかないんだかわからない話だが、あまりそこを突っ込んでも意味はないと判断したのだろう。

 イワシは自身の顎髭を撫でると、意識を切り替えた様子で話を戻した。

 

「たしか、この試験場での最速記録は、六時間弱ぐらい、でしたっけ」

「そう。正確には五時間四十二分」

「ま、そうそうレコード更新なんて起きないってことっすね」

「………………そうね。でも実は今回は結構期待してたんだけど」

 

 アンコの言葉に、イワシは疑問を挟むことなく頷くと、革張りのソファに座った体を前に倒して、膝の上で両手の指を組んだ。

 

「…………たしかに。今回は特に、『アレ』が参加してますからね」

 

 アンコは試験前日に起こったあの強烈なチャクラの衝突を脳裏に思い出していた。

 現場に居合わせなかったアンコですら、その余波に身の毛がよだったものだ。

 あれを、優れている、などといった生易しい表現では到底、表せない。

 上忍はおろか、たとえ三代目火影であろうと、同じ真似はきっとできない。

 いうなれば、異質。

 人柱力という存在の異質さに、大小はあれど、誰もが久しく忘れていた尾獣への恐怖を思い出していた。

 特にあの赤褐色の髪の少年の方は、より尾獣の力を引き出しているように感じた。

 いくら優秀であろうと、尾獣の力を開放した人柱力に抗える下忍は、そう多くない。

 試験官を務めている中忍以上の忍であっても、まともにやりあえる忍がどれほどれほどいるか、疑わしいところだ。

 だからこそ、今回の試験はあの二人のどちらかが、早々に試験を突破するとアンコは読んでいたのだ。

 けれどその読みは、どうやら外れてしまっていたようだった。

 未だ、この塔に辿り着いた受験者はおらず、その気配すらない。

 木々の枝葉が鳴らす音を除けば、静寂といってもいいぐらい、この塔の付近は静まりかえっていた。

 

「アンタはどう思うの?」

「どう、とは?」

「その『アレ』についてよ」

「………………それは、まぁ」

「いいじゃない。ここには今私しかいないんだし」

 

 人柱力の話は里の中ではある種のタブーとなっている。絶対の決まりではないが、どこか公には話しづらい雰囲気があった。特に若い忍にとって、この手の話はどこか気まずい感覚が強い。この話題が自分たちの上の世代にとっての特大の地雷原であることは経験からよく知っているからだ。

 イワシは気まずそうに組んだ両手で口元を隠して、溢すように呟いた。

 

「…………オレは、正直、頼もしいやつらが出てきたな、って思いました」

「へぇ」

 

 イワシは取り繕うように言葉を続けた。

 

「風の国は同盟国ですし、うずまきナルトだってもう、れっきとした木の葉の忍です。彼らがより有望であることは、里にとっても喜ばしいことでしょう?」

「そうね」

 

 アンコは静かに頷いた。

 尾獣に対する恐怖も、人柱力に対する感情や他里への認識も、世代によってそれぞれグラデーションが異なっている。

 イワシのような二十前半の若い忍にとっては、十二年前の九尾襲来は遥か昔の出来事であり、それはもはや風化しつつある記憶なのだ。

 また、戦争をほとんど経験していないせいか、同盟国に対しても明らかな悪感情はない。

 犠牲となった人を軽んじているわけではないのだろうが、アンコから見ても、若い世代の視点はより楽観的だ。

 彼らは、人柱力の力を恐れるよりも、単純な戦力としての評価に重きを置いている者が多い。

 故に、十二年前の事件で当事者だった者たちの苛烈な感情には、あまり共感できていないようだった。

 上の世代とイワシのような若い世代の、ちょうどあいだぐらいの歳のアンコは、そのどちらの論理も感情も理解できる立場にいた。

 

「親父の前じゃ言えないですけどね」

「………………」

「そりゃオレだって、なんとなく上の世代みたいに『狐のガキ』って呼んじゃうことはありますけど、それが正確な言葉じゃないのもわかってます。うずまきナルトは尾獣そのものではなく、木の葉の人柱力なんですから。…………尾獣が危険なのはわかりますが、あの子を憎んだって意味ないですよ」

 

 イワシの言葉は、半分は正しく、半分は正しくない。

 半分間違っているわけではない。半分だけ正しくないのだ。 

 彼の言葉には合理性がある。

 けれどそれは当事者の感情を計算に入れていない論理の上での、合理性だ。

 九尾、四代目火影、そして、うずまきの姓。それらの連なりは、わかる者にだけわかる一つの暗黙の答えを含んでいる。

 だからこそ、その憎悪は歪んではいたが、けっして、ただの八つ当たりだとも言い切れない彼らなりの真実があった。

 しかし、イワシがそのことを知らないのは、彼の責任ではない。

 知る必要がないからだ。

 

「もしかしたら、火影様もそう思ってるってことなのかもね」

「────、どういう意味ですか?」

「今回の中忍選抜試験で、里として、今後の人柱力をどのように扱うのか、より多くの大名や支援者に対してアピールする狙いがあるのかも」

「…………なるほど、たしかに三次試験では観客も来ますし、少なからず注目が集まる」

「そこで尾獣の力を使わなかったとしても、暴走せずに安定して戦う姿を見せるだけで、人柱力に対する印象が大きく変わるはずよ」

 

 あるいは、むしろ里の内側にこそ、それを誇示したいのかもしれない。と、アンコは心の中で思った。

 

「まぁ、それもすべて、うずまきナルトが二次試験を突破することが前提ですけどね」

「それはそうね」

 

 アンコは素直にイワシの言葉を認めた。

 

「中忍になれるだけの実力はありそうだったけど、試験に絶対はない」

 

 チャンスは平等であるべきだし、そのためにいるのがアンコたちのような試験官だ。

 試験中は誰も特別扱いはしないし、どんな忍だろうと差別することもない。

 試験官の誰もが、自身の誇りにかけてそれを保証するだろう。

 けれど彼らができるのはそこまでだ。

 実力や行動力があって、そして機会に巡り合ったとしても、ただ運が悪いだけでなにも得られないことがある。それが現実だ。

 どんな才能も、なにに足を取られて転んでしまうかはわからない。

 

「………………それにしても、本当に静かね」

 

 立ち上がって、小窓から外の景色を眺めて、アンコは半ば無意識に呟いた。そう口にした後で、自分がそこに小さく違和感を覚えていることに気が付いた。

 

「………………」

 

 アンコがにわかに目を鋭くした先で、暗い闇がなにもかもを飲み込むように横たわっていた。

 

 

 

 

 

 

 右か左か、そんな程度の違いだったと、香燐の母はよく言っていた。

 うずまき一族がまだ木ノ葉隠れとの交流をギリギリ保っていた時代の話だ。

 母の世代では、うずまき一族には二人の才能ある忍がいたらしい。

 一人は、私の母だった。

 そしてもう一人、別の少女がいたようだ。

 二人ともうずまきの血が色濃く、どちらも優れた封印術の才を持っていた。

 右か、左か、そんな程度の違いしかなかったのだ、と。

 想えば、それは母なりの私への謝罪の言葉だったのだろう。

 木ノ葉隠れとの盟約で、少女の内一人を木の葉に送ることに、ずっと前から決まっていた。

 母は、慣れ親しんだ自身の村を離れることを泣いて拒んだ。

 けれどもう一人の少女は、村のために己が身を、木ノ葉隠れに差し出した。

 契約を果たさねば、村が困窮することを知っていたからだ。

 果たして、その少女は木の葉に連れられて行った。その後の消息はわからないけれど、いまもきっと木ノ葉隠れで暮らしているはずだ。

 母はその後もその村で育ち、やがて結婚して子供を授かった。

 

 ──そして大国同士の戦火に巻き込まれ、村は滅びた。

 

 母と私は生き延びた。

 他の人は知らない。死んだのかそれとも落ち延びたのか。散り散りになってしまったいまでは忍の足取りなどわかるはずもない。

 母が身を寄せることになった草隠れでの待遇は、それは酷いものだった。けれど、あのときは生きる場所を選んでいる余裕などなかったのだ。

 母と私は運が悪かった。ただそれだけだ。

 一度、隠れ里に所属してしまえば、足抜けは許されない。

 母は、木ノ葉隠れとの盟約に触れるのを避けて、自身の力のほとんどを周囲から隠した。それが正しかったのかどうかは、私にはわからない。

 結果として、ただの便利な回復要員として母は酷使されて、やがて衰弱していった。

 右か左、そんな差しかなかったのだと、母は涙を流して言った。

 そんなことを言われてもどうしようもないことだ、と私は思っていたけれど、繰り返し言われるその言葉は、内心の奥底でべっとりとへばり付いて残った。

 母は考えが足りないひとだった。こんなことを聞かされた娘がどんな感情を持つのか、想像もできなかったのだろう。

 やがて母は死んだ。

 そして私の番が回ってきた。

 やがて母と同じように、自分の腕にも、名前も知らない誰かの歯形が刻まれていくのだろう。

 そうして、自身も母と同じように消費されて死んでいくのだと、心のどこかで諦めが芽生えた。

 そんなときに、ある日突然、木ノ葉隠れの里に行くことになった。

 各国合同の中忍選抜試験の参加者の一人として。

 私が参加者に選ばれた理由はただの医療忍者代わりの回復要員としてであって、間違っても私が中忍に選ばれることはないだろうが。

 けれど私の心は疼いた。

 木ノ葉隠れの里。

 そこにはもしかしたらまだ、母の言っていた同族の少女が生き残っているかもしれないから。

 右か左か。

 母と逆の道を選んだ少女の行く末が、いったいどうなったのか、どうしても知りたくなった。

 木ノ葉隠れの里は何度も大戦を経験している。尾獣による災害もあったと聞く。

 もうとっくに死んでしまっているかもしれない。

 そして、生き延びているのだとしたら、母と同年代ぐらいならばすでに子供がいてもおかしくない歳だ。

 もしかしたら、自分と同じぐらい年齢の子かもしれない。

 そう考えると期待と不安で胸が苦しくなった。

 その子はどんな暮らしをしているのだろう。

 大国の里なのだから、恵まれた生活をしているのだろうか。それとも少数の一族の出として、自分と同じように虐げられて苦しんでいるのだろうか。

 私はその答えを知るために、木の葉隠れの里へ向かった。

 そこで、そんな自分の小さな想像など、一瞬で吹き飛ばされてしまった。

 木ノ葉隠れの里で起こったあの巨大なチャクラの衝突した現場に、自分も居たのだ。

 その嵐の中心にその少女はいた。

 見た目ではわからなかった。けれど、その身に宿すチャクラの色がハッキリと告げていた。

 同族だと。

 その少女は、キラキラと輝いていた。

 身綺麗な恰好、整った容姿、そしてなによりも強い意思を宿した鋭い視線。まるで物語に登場する英雄のように堂々とした立ち振る舞い。

 狂気を宿した怪物を前に、臆することなく一歩も引かずに渡り合っていた。

 そして彼女は一人ではなかった。周りにはたくさんの仲間がいた。

 その少女はけっして孤独ではなかった。

 私は現実感もなく、まるで演劇の一シーンを見るかのようにその光景を見下ろしていた。

 そしてわかったのだ。

 あの子は、私とは違う。

 そしてそのときようやく、母の言葉が私の中で明確に呪いとなったのを感じた。

 右か左か。

 選んだ先など、知るべきではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 






 頼もしいやつ云々は、元々は原作ではアンコに付いてきた暗部の言葉でした。
 
 
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