ナルトくノ一忍法伝   作:五月ビー

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53『間』

 

 

 

 日が傾いてきたので、ナルトたちは足を止めて野営の準備をすることにした。

 このペースでは演習場の中央にある塔に着くころには完全に日が落ちてしまっている。

 本当ならば試験通過の条件をすでに揃えているのだからさっさとゴールしてしまいたいところだが、負傷者を抱えて暗闇の中を強行突破するのは賢明ではない。

 音忍を倒した直後ならばそのまま直行も可能だったかもしれないが、いまとなっては間違いなく他の忍が手ぐすね引いて待ち構えているだろう。

 早い段階でそう割り切って、河川のそばに簡単な野営地を設置して、火をおこして食事の用意をすることにした。

 ナルトは他の三人が準備をするのを尻目に、砂利の上に枝葉を積んだ簡素な下敷きの上に腰を下ろしていた。

 目の先では、ゆらゆらと焚火が揺れている。

 本当ならばナルトも手伝いたかったが、それができない理由があった。

 ちらり、と自分の腰に回された腕を見やった。

 その腕の主である紅い髪の少女は、ナルトの腰に顔をうずめたまま、地面に横たわっている。

 そう、未だにこの紅い髪の少女はナルトを離してくれていなかったのだ。

 一度サクラにも手伝ってもらって引きはがそうと試みたのだが、まるで本当は起きているのかと疑いたくなるほど必死にしがみついて離れなかった。しばらくためしてどうにもならないので、結局二人は諦めた。たぶん離れるよりも前にナルトの服が破れる。それにこれでは余計に体力を消耗するだけだ。

 影分身で野営を手伝うとは言ったが、サクラにはそこまではしなくていいと断られた。

 当てつけのような響きもあったが、どちらかというと疲労しているナルトを気遣った言葉に聞こえた。

 確かに、ナルトは肉体的にも精神的にも少し疲れていた。人一人背負って歩くだけでもこの体にはかなり堪えたし、なによりも今日はいつもよりもずっと精神的に疲れることが多かった。

 けれど人に作業させて自分はなにもしないのもまた、精神的には疲れるものがあった。

 しかしこの事態は自分のわがままが発端なので、誰にも責任転嫁することができない。

 せめて周囲の警戒ぐらいはやってしかるべきだろう。

 

「うぅ~……ん」

 

 くぐもった声が聞こえた。

 傍らに目を向けるが、焚火に照らされた少女の顔に意識が戻った様子はない。

 少女は時折うなされたようにくぐもった声を上げる。そうかと思えば安らかな顔で静かにしているときもある。

 夢でも見ているのだろうか。

 初めて会ったときはまるで親の仇とばかりの視線で睨まれていたので印象には残らなかったが、改めて見直してみると、少女は思ったよりも幼い顔をしていた。

 

 ────おかあさん、か。

 

 もしこの場にこの子の母親が居たとしたら、いったいどうやって接してあげるのだろうか。

 ナルトは少し考えてから、ゆっくりと手を伸ばしてぎこちなくだが少女の頭を撫でてやった。

 うめき声が一瞬止まった。

 そして、煩わしそうにナルトの手を片腕で振り払うと、ごろん、と横を向いて顔を背けてまた寝息を奏で始めた。

 

「………………」

 

 割と強めに弾かれてじんじんと痛む手を抱えて、ナルトは静かに少女を見下ろした。

 

 ────いやかわいくはねぇな、こいつ……。

 

 ナルトは慣れないことをするものじゃないという後悔を感じながら少女から視線を外した。

 

【同情心しかないのなら、それ以上踏み込むのはやめておけ小娘】

 

 ひやり、と突然九喇嘛は突き刺すように言った。

 

(そんなつもりじゃ…………)

 

 一瞬思考が止まり、つい言い返そうと口を開いたが、反論の言葉が続くことはなかった。

 

【なんだ? 違うのか?】

(………………いや)

【いっときの優しさは、あるいは気休めにはなるかもしれん。だが救いにはならん】

 

 その言葉を聞いて、ナルトはかつての世界で白に言われたことを思い返した。

 ただ情けをかけることなど己惚れた勘違いだ、と。

 そのときの衝撃は、いまでもナルトの中に残っている。

 この世界でなにを変えようとも、かつての世界であったことが自分の中から消えてなくなるわけではない。

 だからこそ、その言葉はいまだナルトの指針の一つであり続けている。

 しかし、それでもしばしば自分の甘さからそれを失念してしまうことがあった。

 今もそうだ。

 九喇嘛の言葉通り、ナルトは少女の取り巻く状況から彼女の置かれた環境を勝手に推測して、同情していた。

 けれど、直接的な危害から遠ざける以上のことは、いまのナルトではどうやっても解決できない問題だ。

 そもそもそうするべきかどうかすら、わからない。

 同じ一族がどうのと言われると、それが余計に複雑に感じる。

 ナルトは少女に振り払われたその手で、近くに積まれた枝を拾って目の前の火に投げ入れた。

 火にあぶられたそれはまだ中に水分が残っていたのか、小さく弾ける音と共に生臭い煙をあげた。

 揺らぐ火の中には、波の国で会った人々と、中忍選抜試験を通して出会った他里の忍の顔が次々と浮かんでは消えた。そして最後に、自分と同じ人柱力である少年の顔が残った。

 

 里の外の世界。 

 

 自分が生きてきた世界とは違う世界。自分が知らない、知ってもどうにもできない、けれど確実に存在している世界。

 世界は広く、そして、自分はあまりに無知だった。

 未来の知識が通用しない状況では、自分にはなんら特別なことなどない。

 ちょっとしたことですぐに揺らぎ、考えこんで立ち止まり、ときには後戻りすらしてしまう。

 そういう意味では前のときのほうが、馬鹿ではあったが今よりずっと強かった。

 悩んでも、あるいは考えなしでも、とにかく前には突き進んでいけたのだから。

 疲れたせいだろうか。すこし考えがネガティブなほうによりすぎている気がする。

 少なくとも一つはこの少女を助けてよかったことがあった。

 この少女を見捨てて最速で塔を目指していた場合、我愛羅と鉢合わせていた可能性があるからだ。

 我愛羅たちは前のときに第二次試験を首位で突破していた。

 多少の誤差が出ることを考えると今日一日のあいだは我愛羅が塔の付近にいるかもしれないと予測して警戒するのは、なんら不自然じゃない。

 もしかすると我愛羅も自分と同じように他の忍に逃げられて巻物を集めるのに難儀しているかもしれない。

 そうだとすると、急いでゴールを目指せない現状の方がかえって危険が減っているのかもしれない。

 不意の接触を避け、危険な相手をやり過ごしてから、悠々と、とまではいかないかもしれないがゴールを目指せる。

 

 大蛇丸については、いったん脇に置いておくことにした。

 

 絶対にサスケに呪印を刻みに現れる。そう確信していたはずだが、音忍との一戦を経た今は正直よくわからなくなった。

 いまのところ接触してくる様子はないし、あんな化け物をずっと警戒し続けるのは神経を削る。状況が複雑になりすぎてもう対処はできなさそうなので、三代目を信じて試験の方に集中する方向に切り替えた。

 本音をいうと今までの実績から今一つ三代目を信じきれない自分がいたが、ナルトは無理やりその結論を飲み込んだ。

 

「やぁ」

 

 自分の分の仕事を終えたカブトが火に近づいてきた。感知で察知していたナルトは静かな声で最小限に応えた。

 この男も、いまのところ特に怪しい動きはみせていない。

 みせていないどころか、むしろあっという間に第七班に馴染んで溶け込んでいた。

 サスケやサクラも表面上はカブトを警戒しつつも、段々とそれが薄れていっているのが見て取れる。

 しかし裏側を知っているはずのナルトですら不意に気を許しそうになってしまうぐらいだ。二人を責めるのは酷だろう。

 カブトはナルトの傍らに胡坐をかいて座り、有難がるように火に向かって手をかざした。

 

「いいね。暖かい」

「………………」

 

 そののんきな顔は、ここがどこなのか忘れてしまっているのではないかと勘繰りたくなるほど穏やかだった。

 まぁ実際この男は警戒すべき相手ではあるが、ナルトも今はさほど危険を感じてはいない。前回のときも、この男がやったことといえばナルトたちが試験を突破できるように手助けしたことだけだ。

 いまは無意味に刺激せずにやり過ごした方がこっちとしても都合がいい。

 

「その子、随分とキミに懐いているね」

 

 カブトは眼鏡の中央を指で押し上げつつ、しげしげと興味深そうにナルトとその腰に抱き着く少女を眺めて呟いた。

 

「…………意識がないのに懐くもなにもないだろ」

「うずまき一族にはチャクラ感知が得意な者たちがいたらしいし、もしかしたらその子もそういう能力があるかもしれないよ。それで無意識に同族であるキミを頼っているんじゃないかな」

「………………へぇ」

 

 また一つ未確定の知識が増えた。

 

「ともあれ、キミがここまでしてあげたんだ。きっとその子もすごく感謝してくれるさ」

「……それはどうかな」

 

 初めて会ったときの少女の目つきには明らかな敵意が宿っていた。その理由まではまだわかっていない。しかし、少なくともちょっと助けただけで好意的になってくれると思うほど、ナルトは能天気にはなれなかった。

 

「それに、これはオレが勝手にやっただけだ」

「いやー、かっこいいね。それ」

 

 はは、とカブトは軽く笑った。

 単純に褒めただけにも、反対にどこか揶揄するようにも聞こえる絶妙な笑い方だった。

 かつての自分ならば素直に喜んでいただろう。

 ナルトはしばらくカブトの横顔を眺めていたが、特になにかを言うでもなく視線を外した。

 

「そういやアンタに聞きたいことがあったんだ」

「ん? なにかな?」

「………………アンタ、これ、直せる?」

 

 ナルトはバックパックから布でくるんだ壊れかけの眼鏡を出して、慎重に地面に広げた。

 

「うわ、これは酷いね。────、ちょっと、手に取って見てもいいかい?」

「ああ」

 

 ナルトが頷くとカブトは広げた布を両手で掬い上げて、顔の前まで持ち上げた。

 

「…………フレームはバラバラで、レンズにはヒビが入ってるけど、必要なパーツは大体揃ってる。組み立てて、テープかなにかで補強すれば、一応使えるようにはなると思うよ」

「そうか、良かった」

 

 ホッとしながらナルトが頷くと、そのままカブトが手に持ったそれをナルトの方に押しやった

 

「…………ん?」

「いやいや、やるのはボクじゃなくて、キミでしょ」

 

 そう言うと、カブトはにこにこと笑った。

 

「い、いやオレは──」

「助けたなら最後まで責任持たなきゃ。ボクの眼鏡修理キット貸してあげるから、やってみなよ」

 

 それは一理あるが、べつにナルトは面倒だからカブトに任せようとしたわけではない。

 ただ、確かな自己評価から自分ではできない理由があったからに過ぎない。

 

「っていうか修理キットとかあるのか…………」

「当然さ。眼鏡持ちの忍の必需品だからね」

 

 そう言うとカブトは眼鏡の縁を持ち上げてフフフっと不敵に笑った。

 ナルトが口をへの字に曲げてどうやって断ろうか考えたが、論理的にも精神的にもそれを回避する方法が浮かばなかった。

 自分だけ仕事量を少なくしてもらっている、という負い目もあった。

 この状況で無理やり我を通すほどナルトは厚顔無恥にはなれなかった。

 

「ほら」

「…………わかった」

 

 観念してナルトは受け取った。

 両の掌の上で広げられた布に乗っているバラバラの眼鏡を、ナルトは自信なさげに見下ろした。

 

「…………」

「まずはパーツを大まかに分類しようか。フレームは──」

 

 カブトは張り切って解説している。それを聞きながら、ナルトは汗を垂らしつつ無言で言われるがままに手を動かした。

 

「テンプルとリムさえくっついていればあとは何とかなるから、まずはそこをテープで固定するために、いったん仮組みをしようか」

 

 ナルトは手をプルプルと震わせながら集中してパーツを触れ合わせた。しかし力を入れすぎたせいか、接合部からビキっと嫌な音が小さく響いた。

 

「あ、ちょ、ちょっと!」

 

 咄嗟にといった様子でカブトがナルトを止めようとこちらに手を伸ばしたのが、視界の端に見えた。

 瞬間、ナルトは半ば無意識に沸き上がる敵意と共に、カブトの腕を払いのけた。

 

「あ」

 

 弾いた勢いで手から離れた眼鏡のパーツがクルクルと弧を描いて焚火に向かって落ちていく。

 ナルトが茫然と見送る先で、それは無常にも慣性のままにゆっくりと落下して、赤い火口に消えていく寸前で、ぎりぎりでカブトが素早くその手で掴み取った。

 

「………………」

「…………………………」

 

 ドクドクと、心臓が鼓動を早めている。それは安堵が、あるいは失態ゆえか、自分でも判断できない。

 こちらを振り向いたカブトの顔には、なんらおかしなところはなかった。

 火に横から照らされたその顔はどこか呆れたように、口の端を片方持ち上げた表情。

 

「キミ、思ったより意外と不器用なんだねぇ」

 

 囁くような声。

 ほら、と差し出された欠片をナルトは掌で受け取った。

 

「気を付けなよ」

 

 カブトは年長者らしい口調でそう柔らかに窘めた。

 ナルトの発した明らかな敵意には、なんら明確に言及することなく。

 なにかを思ったはずだ。しかしナルトには読み解けない。

 油断した。

 カブトの手が、敵を壊す凶器足りうることを知ってしまっていたからこそ、ナルトは意識の外からきたそれに過敏に反応してしまった。

 嫌な音が鳴る心臓をナルトは必死に抑えつけた。

 動揺するな。これ以上反応する方が不味い。

 ナルトが自身の安定を取り戻そうとやっきになっている間に、別の気配がこちらに近づいてきているのがわかった。

 無論、敵ではない。

 これはサスケの気配だ。

 食材集めを担当していたサスケが、川魚をいくらか獲って戻ってきたらしい。

 すでに川辺で大体の処理してきたようで、それらはすでに枝串に刺してある。

 サスケは一瞬ナルトに視線を向け、焚火に視線を移し、そのまま串を持って火の傍に近付こうとして、ふと足を止めた。

 振り返った黒い双眸がナルトをじっと見つめた。

 

「──どうした」

「え?」

 

 どこか驚いたような様子でサスケは呟いた。

 

「何か、あったか?」

 

 その言葉に驚き、そしてサスケに察せられるほど動揺していたのかとそこにも驚いて、ナルトはぐるん、と自分の思考が空回りするのを感じた。

 言葉を探すナルトを遮るように、カブトが手を広げてサスケに答えた。

 

「──ああ。今、ナルトさんに頼まれて眼鏡の修理を手伝っていたんだよ」

「………………メガネ?」

「そこの赤い髪の子のなんだってさ」

 

 嘘ではない。

 なおかつそれは、眼鏡を直そうとしてうっかり火に投げ込もうとしてしまったナルトの失敗を隠してくれているようにも聞こえた。

 

「ね?」

「…………、まぁ」

 

 これを訂正して自分の失敗を告げたところでなにか意味があるわけでもない。

 理由も理屈もないので、ナルトはただ頷いた。

 サスケは訝しむように、じっとしばらくナルトたちを見下ろしていた。

 





 ちょっと短いけどここまで。
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