危険な動植物の縄張りはないか確認していたサクラがチェックを終えて戻ってきたので、四人で軽く食事を取って、一息ついた。
ナルトは眼鏡の修理を、半ば食後の時間の手慰みついでにしつつも、続けていた。
カブトの指示に従って手を動かしていただけだが、しばらくやっていくうちに眼鏡のおおよその構造は多少理解できた。
最終的には、不格好ながら一応眼鏡と呼べなくもない代物にはなった。
「さて、それじゃ今のうちに今後の行動指針でも立てておこうか」
修理がひと段落したあたりでカブトが、パン、と軽く両手を合わせて朗らかに告げた。
「………………なんでカブトさんが仕切ってるんですか?」
怪訝そうな顔でサクラが尋ねた。
サスケは何も言わなかったが、シラケた雰囲気から同意していることがわかる。
ナルトもサクラとまったくの同意見だったので心の中で大きく賛同した。
「まぁまぁ、そう言わずに。もし他の忍について知りたいならボクは結構役に立てると思うよ」
そう言うとカブトは己のポーチから一束のカードを取り出した。
「試験の受験者の情報が詰まった、この忍識カードでね」
「──忍識カード?」
「簡単に言えば情報をチャクラで記号化して焼きつけてある札のことだよ」
ああ、そんなのあったな、とナルトは思った。
結局一回見たきりそれ以降はまったく目にしていなかったので実物を見るまでその存在を完全に忘れていた。
思い出したところでいまさらそこに知りたい情報が乗っているとも思えず、ナルトはあまり関心を持てなかった。
けれどナルトを除いた二人は、その札に興味を惹かれたようだった。
なんというか、この男は本当に話に乗せるのが上手い。
まんまと話の主導権を握ったカブトは得意げにふふん、と口の端を上げた。
「魚もご馳走になっちゃったし、そのお礼みたいなものさ」
「………………」
「それに、残っている忍は必然的により強敵だけになっていく。いくらキミたちでも油断していたら足元を掬われかねない」
「なるほどな。……ようするに自分が塔に辿り着くためにオレたちに倒れられては困るわけだ」
サスケが皮肉気に告げると、バレた、とばかりにカブトは後頭部に手をやって、「いやー、さすがに鋭いね」、と言って笑った。
「今は共同戦線みたいな状態だから、ボクが持っている情報でキミたちが有利になれば、それはボクにとってもメリットがある。だからといってそれは、キミたちにしてみても損ではない、だろ?」
「………………」
苛立ちを抑えてナルトは目を伏せた。
くだらない茶番だ。
なぜなら、この男にとって中忍選抜試験なんてまったくなんの価値もないのだから。
塔に辿り着けなくても、もっといえば中忍に選ばれなかったとしても、カブトにはなんの痛痒もない。
仮初めの真実を言い当てさせて、本当の真意を隠してサスケを嘲っている。
このやり取りはただ、試験に真剣に参加している者を馬鹿にしているだけだ。
そして、それがわかってしまう自分自身にも、どこか気色悪さを感じてしまっていた。
「試験に参加しているすべての忍の情報があるのか?」
サスケがたずねるとカブトは首を振った。
「当然、情報の多寡にバラつきはあるよ。この試験のために四年間近く準備してきたとはいえ、完全とはいかない」
サクラは一瞬、何か言いたそうな顔をしたが、それを言うべきではないと判断したのか、そのまま流した。
「とはいえ、聞いといて損はないと思うけどね」
「…………砂隠れの我愛羅と、木の葉のロック・リーってやつの情報はあるか?」
「そのふたりなら、──すぐ出せるよ」
カブトはカードデッキの上で掌を素早く横に滑らせた。するとその指には二枚のカードが挟まっていた。
「さて、どっちから先に知りたい?」
「………………我愛羅ってやつの方だ」
指に挟んだ二枚のカードの内の一枚を器用にくるりと表にするとカブトはそこにチャクラをこめてみせた。
白紙のカードに我愛羅の姿と共にといくつかの文字列が浮かび上がってきた。
そこには我愛羅の能力のグラフと、達成した任務のランクが列挙されている。
任務の欄で特筆すべき点は、Bランクの任務を一度達成していることだろうか。
五角形のレーダーチャートの頂点にはそれぞれ『幻 体 忍 忍具 血』の項目が記されている。
グラフの形は歪で、『血』と『忍』がカンストしており他はすべてゼロになっている。
さらに特記事項として、血継限界と砂遁の文字が記されていた。
それを見たとき、ナルトはすこし驚いた。
──書いてある情報が前回のときよりも幾分か増えている。
「昨日あれだけのことがあったからね。急いで彼のことはさらに深く調べなおしたよ。そうしたら……、いやー、本当に驚いたよ」
ナルトの隣でサクラが、「血継限界って確か波の国のときのあのひとも……」と小さく呟いた。
「血継限界、砂遁、…………つまり砂を使う術ってことか?」
「そういうことらしいね」
なにか思い当たる節があったのだろう。サスケは口元に緩く握った拳を当てながら、なるほどな、と小さく呟いた。
ナルトは、二人とは別のところで疑問を浮かべていた。
カブトはなぜあえて前回よりもさらに情報を与えるような真似をしているのだろうか。
この男のその意図が、ナルトには気にかかった。
前回と違っているということは、違うなりに意味がある。ナルトは経験則でそれを学んでいた。
とはいえ、それを読み解けるかどうかはまた別の話だ。
「幻術とか忍具を使わないのはわかるんですけど、体術もゼロなんですか?」
「ボクが見たわけじゃないから詳しいことはわからないけれど、術がそうとう強力なんだろうね。体術が必要ないぐらいには」
この情報は正しい。
実際、我愛羅はほとんど体術を使わない。尾獣化が進めばパワー自体は増していったが、結局、肉弾戦の精度は低いままだった。
「でも、そんなことしていれば上忍でもすぐにチャクラが切れて動けなくなるはずです。ましてや強いといってもわたしたちと同じ下忍なのに」
「彼は特別なのさ」
なにせ、とカブトは言葉を区切るとさらりと続けた。
「彼は風影の息子だからね」
一瞬の間が空いて、えぇ!? とサクラが小さくない悲鳴を上げた。
釣られて、音に驚いたのか鳥の群れが騒々しい鳴き声を発しながら飛び立っていく。
飛び去って行く鳥の声が、それからしばらくのあいだ夜の帳のなかで響き続けていた。
カブトは口元に人差し指を押し当てて、やや焦ったように『静かに』のジェスチャーをした。
「ご、ごめんなさい……」
サクラは手で口を抑えながらいたたまれなさそうに、しゅん、と小さくなった。
ナルトは周りの気配を探ったが、いまのところ寄ってくる敵はいないようだった。
全員に、いま感知した結果をそのまま伝えておく。
サクラはホッとするどころかさらに小さく身を縮めたが、ナルトはそれ以上のフォローはしなかった。
「風影の息子……」
それはナルトも知らない事実だった。
いや、どこかで聞いた気もしないでもないが、ハッキリとは認知していなかった。
まぁ、知ったところで驚きはあれど、特にそれ以上の感想もないが。
火影の孫の後輩もいるし、そこに特別な感覚はあまりない。
「………………」
何故か三人の視線がナルトに集まっていた。
ナルトはなんでもない、と言って手を振った。実際、本当になんの意図もなく脳裏に流れた言葉をそのまま呟いただけだ。
普通に疲れているとき特有のアレでしかない。
ふと気が付くとカブトがじっとナルトのことを見つめていた。
ナルトが視線を合わせると、カブトはただ柔らかく微笑んだ。
「………………」
────気色わりぃな。
どういう笑顔だそれは。
不審なものを感じてナルトは眉をひそめた。
結局、ナルトはずっと目の前の男の意図がほとんど読めないままだった。
サスケを観察するためなのは間違いないはずなのだ。
けれど、その割には妙に自分にくっついてくる。
もしかすると、やはり自分になにか不審なものを感じているのかもしれない。
やはり、あのときカブトを呼び込んだことは失敗だったかもしれなかった。
ナルトはもはや何度目かわからない後悔に襲われた。
けれど、この紅い髪の少女を治療するためにはあのとき他にやりようがなかったのだ。結局、そのすぐ後に治療そのものが特に必要なかったことが判明するのだが。
頭が痛い。
数時間前のことを思い返して苦悩していたナルトは、もう一つ気になっていたことを思い出した。
そういえば、音隠れの忍たちもすこし気になることを言っていたような。
戦いが始まる直前のことだ。
確か……、とナルトはドスとザクの言葉を記憶から掘り返した。
『──ザク、人柱力のガキはボクがやるよ』
『──ああ、いいぜ。そっちは譲ってやるよ』
普段なら聞き流してしまいそうな何気ないこの二人の会話に、ナルトはわずかに違和感を覚えていた。
なぜなら、大蛇丸の命令でこの二人が狙っていたのはサスケのはずだったからだ。
ならば、『譲る』のはドスの方ではないのか。
ドスが我愛羅に一蹴された件については聞いている。だからこの男の方は、人柱力という存在に執着していても違和感はない。
だがザクはそうではない。
我愛羅とやり合ってはいないし、ナルトとも特に因縁はない。
むしろザクは自分の腕を折った張本人であるサスケと、戦いたかったはずだ。
だからザクの『譲る』という言葉は、明確な間違いではないのかもしれないが、やはり違和感はある。
大蛇丸のサスケを狙う指令は変わらずにあったように思う。そんな感じのことを言葉の節々に滲ませていた。
ならばやはり敵の本命はサスケだったはずだ。
そうであれば、標的を譲る立場なのは、どう考えてもドスのほうだ。
無論、これはあまりに神経質すぎる疑問だ。
戦闘前の緊迫感のある場面だ。言葉選びに多少の誤謬ぐらいあってもまったくおかしくない。
単にナルトが、サスケと比較されることに関しては非常に敏感なだけだ。
ただ、この疑問が解消されることがないのは、もうわかっている。すくなくともこの二次試験が終わるまでは。
あの三人からは、もう聞き出すタイミングがないからだ。
まあ仮に聞けたところで気にしすぎだというオチがつくだけなのだろうが。
ナルトが意識を内面に集中しているあいだに、カブトによるロック・リーについての解説は終わっていて、すでにその他の有力そうな忍の紹介に移っていた。
どうやら忍具の扱いが得意な忍たちだそうだ。
一人は、雨隠れのカラ傘組とかいう奴らのリーダーで千本使いのシグレ。
もう一人は、草隠れの忍でかつて大蛇丸に顔を剥がれて殺されたくノ一の忍。クナイ術による暗殺が得意らしい。
最後に滝隠れの忍で、忍者刀の扱いが非常に上手い忍のようだ。名前は聞いたのだが、疲れているせいか記憶に残らなかった。
カブト曰くなんと彼らは『忍武器術三本柱』候補の忍たちで、試験突破の最有力候補の一角と呼び声高いらしい。
そもそもナルトは忍武器術三本柱を存じ上げなかったが、どうやらサクラだけは知っていたようで、ごくり、と唾を飲んで聞き入っていた。
地面に置かれた三枚のカードを見下ろしながら、ナルトはぼんやりと頬をかいた。
──―こいつら前回の第三試験の予選にすらいなかったけどなぁ……。
まぁ、三人のうち二人は、今回で新たに参加した奴らなのかもしれない。
大蛇丸に殺された忍に関しても、相手が悪かったのは間違いない。
それを考慮すれば、その実力は未知数といえる。
それに草隠れの忍なのだから、この紅い髪の少女と同郷ということになる。
今回は大蛇丸に成り代わられていないのはすでに確認済みだ。
なにかの役に立つかもしれないので、一応、記憶しておいたほうがいいだろう。
幸か不幸かカブトの語り口は上手く、聴衆を引き込む能力に長けていたので、ナルトは眠い目を擦りながらもその解説を最後まで聞き続けたのだった。
第二試験二日目の昼、犬塚キバはすでに目的地である塔の付近までやってきていた。
無論、すでに巻物は一対で揃えてある。
一日目で同じ里の先輩の忍を倒して巻物を奪い、夜間での行動のリスクとリターンを考えた結果、二日目の朝方に安全にゴールしよう、と三人で合意していたのであった。
そう、朝方だ。
いまはすでに太陽は頂点に上っていた。
本来ならばすでに塔の内部で他の受験者を見下ろしながら悠々と体を休めている頃合いだったが、キバたちは未だ塔付近の木の上に身を潜めたまま、動けずにいた。
理由は、すぐ先の景色に広がっている。
「嘘だろ……、アイツらも、かなり強い忍だったのによ」
キバは戦慄と共に小さく呟いた。
その言葉に間違いはなく、視線の先にいる忍たちは、下忍の中では強者の部類に入る忍たちであった。
それが三組。
千本を無数に扱う唐笠を持った忍。
複雑なクナイ操作を駆使する黒髪のくノ一。
そして電光石火の刀使いの青い髪の忍。
それぞれ別の里の忍であり、通常ならば手を組むはずもなかった者たちだ。
異常な事態が起こらない限りは。
それそのものが、キバたちが足止めを喰らっている理由でもあったのだ。
──―砂が、広がっていた。
小さな粒が擦れる音が絶えず周囲から鳴り続けている。
まるでさざ波のように。
キバの視線の先では砂の波が絶えず寄せては返し、渦巻いて、うねって、蠢き続けている。
森の中央に建つ塔を完全に包囲して、樹海すらも侵食し、砂の海が、すべてを飲み込んですり潰してしまっていた。
砂の黄褐色の海の一角に、一部ノイズのようにポツポツと黒い点が見えた。
クナイや、千本などの、忍具だ。
それは、微かに残った戦いの残滓であり、ほんの些細だが反抗の証でもあった。
けれど、それすらもあっというまに砂に飲まれて見えなくなってしまう。
残ったのは砂に覆われて動けなくなった忍たち。
そして相対する、赤茶けた髪の少年だった。
ただ、無造作に立っている。
遠くからでもわかる、ぞっとするような悍ましい気配を漂わせて。
「な、なんでなんだよ!?」
顔以外を砂に覆われた忍の一人が叫んだ。
「お前は巻物をすでに集め終えてんだろ!? なのになぜこんな真似をするんだ!? いったいなぜ!?」
悲痛な叫びに、応える声はない。
遠くから観察していたキバも、あいにくそれに対する答えを持ち合わせていなかった。
早朝に、キバたち第八班が塔に向かったときにはすでに状況は同じだったからだ。
一面に広がる砂の海。
そして、あの少年。
突破は、考慮すらしなかった。
絶対に不可能だと本能が告げていた。
かといってどこに行けるわけでもない。
三人と一匹に決断できることはなにもなかった。
できることは、そのまま時間を浪費し、ただ何かが起こることを期待して潜伏し続けることだけだ。
変化が起こったのは昼前。
業を煮やしたように三組の忍が赤茶けた髪色の少年の前に躍り出た。
事前に何かしらの取り決めがあったのだろう。額当てに掲げる印は違えど、三組は完璧に連携して動いていた。
繰り出されたのは、並みの下忍ならばあっという間に肉片に変わっているだろう、凄まじい波状攻撃だった。
勝ちを確信したのか勝利の雄たけびが響いた。
砂煙が、晴れるまでは。
そして、その結末が目の前のこれだ。
少年は無傷。いや、そもそも一歩も動いていない。
それですべて事足りていた。
戦いは、起こってすらいなかった。
目を反らした先で、悲痛な叫びが鳴りやまない。
気の毒には思うが、キバはここを動くつもりは一切なかった。
おそろしさに震えが止まらなかった。
中忍選抜試験第二試験二日目、時間正午前後。快晴。
試験突破者、いまだ零。
なるとがんばえー