闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

100 / 103
希望的(観測)


85話 希望的

 逃げてったマンドリルを見送って、アーミアスさんはほっと息を吐いた。それを聞いて、メルティーもガトゥーザも武器をすぐに下ろして走ってきた。おれは最後まで剣を構えてたけど、もうなんにもなかった。

 

「逃げてくれて助かりました。仮に手負いとなれば何をするか分かりませんし。あのマンドリルに多勢に無勢を理解する知性があったことは大変幸運なことですね」

「それもこれもアーミアスさんが素晴らしいからですね! 平伏します!」

「アーミアスさんの高い実力あるからこそですね! 祈ります!」

「ええと、俺の戦闘能力についてはどの程度かご存知のはずですが。どうかその、変な動きはその、控えてください」

「変な動きなどしていませんよ。ただ感動の涙が止まらないだけです」

「これは我が信仰心を具現化した、敬虔者の祈りです。日課のようなものです」

「……」

 

 じゃあどうして、あのマンドリルは人間の住んでいるところに入ってきたんだろう? 逃げれるくらい頭がいいのに、ぜーんぶ敵しかいないところにわざわざ来るかな? 一匹で? なんのために?

 

 とっても不思議だったけど、どうしてなんて分からなくておれは何も言わなかった。アーミアスさんも何か考えているみたい。あのマルドリル、ぜんぜん攻撃してこなかったもん。

 

 何か欲しいものでもあったのかな。この集落にしかないおいしいものが欲しかったとか? わからないや。目的はあったはずだよね?

 

「まぁとりあえずはよしとしましょう。手分けしてカルバドの集落の方々に怪我がないか確かめましょうか」

「はーい!」

 

 おれはそんなに頭良くないから、考えたってわかるわけないや。大事なことならきっと頭のいい誰かが気づいて教えてくれる。すっかり他人まかせな考えだけど、だってただでさえ頭の良くないおれが頭を使ったって、いっぺんにいろいろ考えることなんてできないから「できること」さえできなくなってしまうだけだもの。おれ以外はみんな、うんと頭がいいんだもの。

 

 考えるよりも、あっちへこっちへ駆けずり回ってケガ人を探すのはおれにも「できること」だから、やらなくっちゃ。

 

 でもすぐにわかった。びっくりして転んじゃった人がいたくらいで集落の人たちはみんな大丈夫だったってこと。それを一番偉い人……さっき話した人……に報告したアーミアスさんのことをすぐに気に入ったみたいだった。

 

「いやはやあの旅人たちときたら迅速で素晴らしい対応だ、シャルマナ。そなたはどう思う?」

「言うまでもなく。ほほほ……彼らがこのカルバドの住民であったらと思うほどよ」

 

 アーミアスさんが天使さまってこと、すぐにわかる人とそうじゃないひとがいるけどこの偉い人はわからないみたいだった。シャルマナさんはどうだろう? なんとなく、わかっているのかもしれない。でもイマイチ、どっちかわからなかった。

 

 シャルマナさんはなんだか「違う」んだ。なんだろう。「何」とは、分からないけれど。きれいな女の人だけど、雨の日の夜みたいに冷たい目の色をしている。まるで教会からはき出される時の箒のチクチクした痛みと、ありついた砂交じりの古いパンの味。

 

 ううん、シャルマナさんがそういうことをする冷たい人だとは思わないけど、シャルマナさんを見ているとなんでか昔を思い出した。泣き虫、ひとりぼっち、親なし、捨て子。

 

 思い出すだけでマヌケな泣き虫に戻ってしまいそう。おれはアーミアスさんの服の裾をぎゅっとつかんだ。するとぽんぽんと頭を撫でられる。アーミアスさんは優しい。

 

 そのまま外で立ち話もなんだとテントの方にまた案内された。外国の、お茶? らしい知らない味の飲み物を出されて、みんな一息つくと偉い人は大きなため息をついた。

 

「まったく、あなたがたにひきかえ我が息子は。全く嘆かわしい……」

 

 テントの奥の方で頭を抱えてうずくまっていたお兄さんが恐る恐る立ちあがった。黒い髪の毛を後ろで三つ編みにしていて、帽子をかぶっている。カルバドの他の人たちよりは服が綺麗だなあ。あっ、偉い人の息子だからか。

 

 おれよりはなんこかお兄さんだけど、メルティーやガトゥーザよりは年下に見える。アーミアスさんよりは年下だと思う。誰だってそうだもの。見た目だけなら……同じくらいかも。

 

「もう魔物はいませんか……?」

「いませんよ。こちらに危害を加えることなく、敵となる相手の数を恐れたのか逃げていきましたから。俺たちは居合わせただけです」

「そう、ですか。じゃあ、ボクはこれで……」

 

 それでどっかに行っちゃった。気まずかったのかな。戦うのが怖いなんてそんなに珍しいことでもないし、それにいきなりのことだったんだからそんなに怒らないでもいいのにね。外だったらいつでも覚悟があるけど、ここは普通、安全地帯じゃないか。不意打ちのことにそんなに怒るなんて怖いよ。

 

 なんとなく、シンパシーを感じて、勝手におれが言い訳していた。ちょっと分かる気がしたから。

 

 なんだかここの偉い人はアーミアスさんに何か頼みたそうにしてたけど、メルティーとガトゥーザがとっても睨んでいたから出来なかったみたい。アーミアスさんは優しいから、頼みって大抵聞いてしまいそうだもんね。誰かが今すぐ危ないとかじゃないければ、なんでもかんでも頼まれたくはないよね。

 

 アーミアスさんにはもうやることがあるんだもの。

 

 偉い人のテントから出て、アーミアスさんは周囲を見回した。太陽はまだ頭の上。さっきよりちょっと暑いけど、涼しい空気がさあっと吹いている。

 

「さて、まだ日が高いですね。みなさんに余力があれば今日のところはさらにこの地方を探索したいところですが。……お元気そうですね。

 では、何か心当たりはありませんか?」

「はい! 遊牧民はその名の通り固定の拠点を持たないはず。しかもここまで大きな民族なら狩りのために各地に拠点を作るかと。ここがメインの居住拠点だとすればサブの拠点もあるはずです。そちらには会ってない方もいるでしょうし、追加の聞き込みはいかがでしょうか?」

「見識がありますね、メルティー。そうしますか。先ほどの聞き込みで北の方に別拠点があると小耳にはさみましたね」

「行こう行こう!」

「ええ。

 おや、おかえりなさいサンディー、あなたの探し物は見つかりましたか? ……そうですか。じゃあ一緒に行きましょう」

 

 みんなで北へ向かう。おれには見えていない妖精さんもいるけれど。

 

 戦いに夢中になって、おれはすっかりそれまで考えていたことを頭の中からどこかにやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何度目の当たりにしても、人間の思考はあんまし理解できない。やっぱりどうしたって天使と人間は感性が違うから仕方ないのか。そもそもの「違い」を見せつけられているようで悲しいが……。

 

 俺としては、愛しい子らが他の人間に「臆病」と呼ばれる性質(タチ)でもいいと思うんだが、より長く生き残れそうでよお。だが、なぜか一般的な人間は「勇敢」な人間の方を良しとする。「勇敢」な人間とかよ、「臆病」な人間よりすぐ死んじまうが? 死んじまうくらいなら「臆病」なくらいでいいよな? これが考え方の違いってやつだ。

 

 人間の考えもわかる。「勇敢」な人間は他の人間を守る場合もあるし、新しい何かを見つけてくることもあるし、「勇敢」な人間がいたからこそ今、世界中に人間がいるんだろうよ。

 

 だから「勇敢」ってのが悪いわけじゃないけどよ。「勇敢」な人間だって同じように可愛いけどよ! いいじゃないか魔物と戦いたくなくたって。

 

 いや考えても仕方ないか。

 

 てか、ここまで幸運にもサクサク女神の果実を見つけてきたけどよ、どこかで見かけたとかいう噂のひとつもないってことは今回こそうすうす考えていたみてえにこのだだっぴろい草原のどこかに落ちてるとかそんなことはねぇよな? カルバドの別の拠点とやらにも黄金の果実の噂ひとつなかったら俺は草原を駆け巡るしかないように思えてくる。先に魔物が拾って食ったらめちゃくちゃ危ないしな……手遅れじゃなかったらいいが。あーやだやだ。考えるだけでおぞましい手間だ。

 

 女神の果実を検知できる魔法でもありゃいいのに。確かめるすべがなくて辛い。見つかっていないほかの果実もそうなってそうでマジで怖い。普通に海に落ちていて魚が食ってたらどうしようか。ぬしさまみたいに運良く見つけられたらいいが、そうはうまくいきそうにない。リッカたん助けて! 俺、過労で星になっちまう!

 

 前途多難、どう考えてもぺーぺー天使ひとりに任せる仕事量じゃないだろ。せめてほかの天使にも同じ使命を課して区域を分担させて欲しかった。単純に天使手が足りねぇよ、どう考えても圧倒的に足りねぇよ。なあ?!

 

 だからこそ、師匠が俺に下った命令を聞いてひっそり手伝ってくれていると信じるぞ。師匠はマジで合理的だから、ひよっこぴよぴよ天使にはこの命令がどれだけ荷が重いと分かってオムイ様を見事に説得し、自分も華麗に女神の果実探しに参加してくださっているに違いねぇぜ。そこらへんの天使とはひと味もふた味も違う素晴らしいハゲだからな!

 

 無理くりポジティブに自分を励ましていると、遠くになにやら人工物が見えてきた。テントっぽいな、あれか。

 

「あ! あそこに馬が見える! 人がいるみたいだね、アーミアスさん!」

「目がいいですねマティカ。もぬけの殻でなくて助かりました。それでは聞き込みと参りましょうか」

 

 せめて誰か、少しくらい情報を持っててくれよ。頼むからさ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。