闊歩するは天使   作:ryure

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92話 年齢関係

「リッカ、おはようございます」

「おはよう! ねぇ、もう大丈夫なの?」

「大丈夫です、とても大丈夫ですから、どうか昨日の失態は忘れてください。あの、兜の隙間から顔を見ないでください、お願いです。昨日はよく眠れました。本当です」

「アーミアスが大丈夫って言うならそうなんだろうけど……ちょっと心配だっただけ。もう見ないから」

「やっぱり外します。今から朝ごはんなのでどっちにしても外しますから」

「……おかしなアーミアス」

「おかしい、ですよね。分かってます。昨日はご心配をおかけしました」

「ううん。私はなんとも思ってなくって」

「お恥ずかしい限りです。分かっていたことに取り乱すなんて……」

 

 きちんと装備を着込んで、パッと見はいつも通りのアーミアス。兜を外しても目が赤いとか、隈が出来てるとか、そういうことはなくて安心した。言葉通りよく眠れたみたい。

 

 だけどあからさまに目が泳いでいて、あっちこっちよそ見してはこっちをちらりと確認して、すぐに目を逸らして、いかにも気まずそう。

 

 アーミアスはアーミアスだって分かっているけれど、天使様も気まずいなんて思うんだ。ちょっとおかしい。

 

 優しい優しい私たちの守護天使様が、「おいていかないで」と思っていたのは、意外だった。

 

 ずっとずっと私たちを見ていてくれた天使様。私が産まれる前からずっとウォルロ村を守っていたアーミアス。だけど、「おいていかないで」って感情はなんだか想像上の天使様が考えていそうなことじゃなくて、なんだかとっても人間的。

 

 もちろん、こっちの勝手な想像と食い違っていただけだけど。

 

 ずっとずっと年上で、おじいちゃんよりも年上で、なのに知っている人間が自分より早く大人になるって、どんな気持ちなんだろう。分かっていたことだって言っているけど、分かっていてもなお、あんなにボロボロ泣いちゃうくらい悲しんで……そんなの、毎回毎回やってたらきっと心が壊れてしまう。

 

 一体いくつなんだろう、アーミアスは。ずっと年上の人と話しているみたいな気持ちになる時と、見た目通りの同い年くらいの人と話している気分の時と、年齢なんて測れもしない不思議な気持ちになる時と……色々あるけれど。

 

 聞いたら、ダメかな。ううんきっと、聞けば教えてくれるんだけど、アーミアスに悪いかな。私のいっときの好奇心で優しい天使様を傷つけるのは絶対に良くない、よね。

 

 仲間の人たちと食卓について、朝ごはんを食べている姿をちらりと見て、談笑している姿を見てちょっとだけ安心して、すっぱり仕事モードに切り替える。

 

 よーし、今日も頑張ろう!

 

 

 

 

 

 

「自戒しています。反省しています。昨日の醜態には触れないでいただけるとありがたいです。恥ずかしい限りです」

「分かりました」

「アーミアスさんがそう仰るならもちろんです」

「ねぇアーミアスさんって人間に直したらいくつなの?」

「お、あ、お馬鹿! なんてこと聞いているんですかマティカ!」

「姉ちゃん殴らなくってもいいじゃないかぁ……」

 

 気になるのでしっかり聞きますけれど!

 

 不敬は不敬ですので! だって! 年齢をお聞きするのは失礼なことなんでしょう? 一般的には! 

 

 このメルティー、実家では怪しげな呪術と詐欺の手口しか教えられなかったので世間一般的な感覚なんてわかりませんが!

 

「俺ですか。実年齢ではなく人間に直したら……難しい質問です。十は越えているでしょうが、二十は超えていませんね。肉体年齢なら十三……十四……十五……まだ十六歳には見えません、よね? ううん……中身も成熟した大人とは言い難いですし、声変わりもしていません。自分ではリッカと同じくらいだと思っていましたが……」

「こ、困らせたかったわけじゃなくって。ごめんなさい」

「いいえ。謝ることではありません。むしろ当然の疑問かと思います。参考までに実年齢は、」

「そ、それは私どものような人間が聞いても構わないものなのでしょうか?」

「師匠にも長老にも人間たちへ言ってはならないとは言われていませんが……あぁ、そうですね、実年齢と見た目が乖離しすぎてて、この身の得体の知れなさにびっくりしてしまうかもしれません。やめておきます」

 

 その途端、兄さんがいきなり自分の耳を塞ごうとして失敗し、頭を抱えました。

 

 もしかして聞いてしまいましたか。お節介な精霊から。アーミアスさんがやめると判断されたのに……しかし、コントロールできない方向から教えられたのなら仕方ありませんね。

 

 ……あとでこっそりマティカ少年と聞いてもいいですかね。いいですよね。

 

「あの、ガトゥーザ? 大丈夫ですか?」

「……はい。すみません、精霊から聞こえてしまいました。このガトゥーザ、責任を取って腹を切ります」

「やめてください。別に知られて困るものではありませんし、事実なんですから」

「はい、アーミアスさんがそう仰るなら」

 

 忙しく矢尻を自分の腹に向けたり矢筒に戻したりしている兄さんは、今度は矢筒ごと落としそうになっていたので受け止めました。

 

 何やっているんですか。今度は何を聞いてしまったんです?

 

「ほ、本来地上にいないお歳なんですか? そんなに天使様の中では、おさな、お若い方なんですか?」

「若いのは確かですが、地上に行くのを許されない歳というわけではありませんが。初めて地上に降り立ったのは確か三十くらいでしたし」

「精霊いわく、アーミアスさんは本来親代わりの師の元にいる年齢だと……」

「……そうかもしれませんね。見かけ通りまだまだ俺は子どもです。人間の年齢に当てはめれば大変なお爺さんかもしれませんが、若輩者なんです。決して皆さんが買い被るほどの存在じゃありませんよ。俺の故郷にはもっと優れた方がいるのですから」

「でも、地上に降りて手を差し伸べてくださったのはアーミアスさんです。他の天使様じゃありません。私の前に立ち、私を仲間にしてくださり、導いてくださったのもアーミアスさんです」

「見えないだけですよ。俺は光輪を失ったので人間の目に見えるようになったようなんです。普通ではないことで、得難い幸運です。俺の方こそ皆さんには感謝しかありません。

感謝し合う……良い連鎖ではありませんか?」

 

 優しい目をして、アーミアスさんは私たちの顔を順々に見てくださいます。

 

 星のように煌めく瞳は愛おしそうに細められ、優しい微笑みがそこにありました。

 

「昨日は取り乱してしまいましたが。俺は、心から皆さんの成長が嬉しいのですよ」

 

 ああ!

 

 今日もアーミアスさんのご尊顔が眩しい! 時折見せてくださる微笑みはメラゾーマよりも威力がありますね! 心臓が三つくらいあれば良かったのですが、人間にはひとつしかないのでこれは大変なことですよ!

 

 

 

 

 

 

 アーミアスさんが部屋に荷物を取りに戻られた瞬間、私たちはアーミアスさんの部屋から一番遠い部屋……つまりその日はじゃんけんで負けた私の使っていた部屋に三人でなだれ込み、椅子に兄さんを座らせました。

 

「さぁ、吐いてください。すぐに」

「はい。アーミアスさんの年齢は百と少しだそうです」

「少し?」

「教えてくださった精霊も精霊なので……大抵は数百年、長ければ数千年は存在しています。十数年は細かい差すぎて分からないみたいです」

「百……本当にアーミアスさんはずっと見てたんだ」

 

 百を超えているなら、最低でも三世代は見守っていたんですね。

 

 なら、リッカさんの成長に対するあの反応は……。

 

「やはりアーミアスさんは特別に素晴らしい天使様なんでしょうね。人が老い、死んでいくなんて当たり前のことですし既に何人も見送って来られたはず。それであんなに……涙を流すほど感情移入をされるなんて」

 

 でも、それはアーミアスさんの負担にしかなっていないと、人間の勝手な目線ですが思います。人の成長ひとつひとつを喜び、悲しみ、死を悼む……素晴らしいことですが、天使様の長い長い生の中それを繰り返していれば心がすり減ってしまうのではないですか。

 

 特に、こんなにも人間を想ってくださるアーミアスさんなら。

 

 アーミアスさんは天使としてまだお若いそうですね。だから、まだ、私たちの知る姿は「すり減る前」なのではないですか。百と少しなら人間でもありえる年齢、つまり……。

 

「つまりですね、少年。あなたは早く大きくなって立派な成長を喜んでもらえるようにならねばなりませんね。いつまでも強くたくましくあればきっと悲しませることもないでしょう。そういうわけで、頼みましたよ。出来れば少しも老いずに寿命になったらスパッと行方をくらましなさい」

「なんだかすごいむちゃくちゃ言われてるけど、わかった!」

「私もどうにかして不老の呪文を編み出さなければ……最悪、肉体を捨てて物質に宿ればいいと思うんですよね。賢者になれば叶うでしょうか……」

 

 私が少年と話している間に兄さんに夢心地のままでした。精霊と直接会話して引っ張られているのでしょうか。

 

 とりあえず放置して少年に自分の荷物と兄さんの荷物を持ってきてもらうように頼みました。

 

 なんだかブツブツ言っていますが、気にしてはいけません。

 

「……はぁ。あのように透き通るほどお美しい天使様が……これから何百年、何千年と存在されるそうですね。ずっと私たち人間を見守ってくださるのでしょうか。光輪がないから人間も視認できる……つまり、我々にも視認できるアーミアスさんこそが唯一の天使であり、神の代弁者だと将来は崇められることになるのでしょうか。できればアーミアスさんの自由を担保し、我々矮小なる人間は陰ながらこっそりとその慈悲深いお姿を拝ませていただくくらいに留めたいところですが、やはりあの輝くまでに天使様であるお姿であれば誰しも放っておきませんよね。アーミアスさんに協力し、あの透き通る声で命令していただき、幸せを味わいながら最後は天使様の国に戻られるのを見送るのがいちばん丸いのでしょうか。それとも優しいアーミアスさんは女神の果実を集める使命を全うされた後も時折は地上に降りてこられるのでしょうか。天使様として百を越えたところというのは精霊いわくは赤ん坊ではないけれど幼児が少年になったところではあると。つまり、つまり本当の意味で天使様の無垢なる慈悲に触れているのではないでしょうか。ああ、アーミアスさんは今後も翼がなくとも、あの箱舟を使って行き来してくださるのでしょうか。それとも他の天使様が天界に留め置かれてしまうかもしれません。アーミアスさんを悲しませることは絶対にあってはなりませんが欲を言うなら私の死を見送り霊魂を導いてくださるのはアーミアスさんであって欲しいのですが、決して決してアーミアスさんの負担になってはいけません。目指すべきは不老不死の秘術? それとも精霊の手を取り人間を辞めてしまいましょうか、最終手段にはなりますけれど、あの微笑みに看取られたいのも山々ですが、」

「兄さん。アーミアスさんをお待たせしてしまいますよ。いつまでひとりで喋ってるんです」

「はい、今行きますよメルティー」

 

 とりあえず、私たちにできることなど何もありはしません。いつもの事です。

 

 そして、昨日流れてしまった打ち合わせを行い、今度は雪におおわれたエルマニオン、ひいてはエルシオン学園に向かうことになったのでした。




135年生きてる人外が10代半ばの少女にガチ恋してるのは怖いのかもしれないけど純愛なので
そして本当の精神年齢だと年齢差が逆転してしまう模様
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