「さて、そろそろ行ってきます。手筈通りガトゥーザとメルティーは学生たちに気づかれないように後ろから着いてきていただくよう、お願いしますね」
「はい、勿論です」
「ところでさっきからメルティーはどうしたのですか?」
合流した頃には既にメルティーは目の焦点が合わず、こちらに反応はないがニコニコ笑っている。酔っ払っているわけではないらしいが、体調不良か?
いや……何故か幸せそうに見えるけどよ。
「お気になさらず。我が妹は普段控えめにしか摂取しない栄養素である『近しい人以外から得られるアーミアスさん評』を過剰摂取してしまい、激しい同意と過剰摂取による副反応で激しい同担拒否を発症し多少、頭の中が無茶苦茶になってしまったようです。戦闘には差し障りありませんから問題ありません。有事には我に返ります」
「はぁ……」
「このガトゥーザは精霊による擬似アーミアスさん評集積機構のそばに常にいるようなものですから、この手の栄養素に耐性があるのです。メルティーの手を引っ張る側になるとは新鮮でたまにはいいものですね」
「正直よく分かりませんが、メルティーに不調がないのはわかりました。ではお気を付けて後ろから来てくださいね」
多分分かったら負けだ、負け。俺の仲間たち、そういうところがある。
ともあれ。ぽかぽかしたマティカの手を引いて夜の学校を歩く。人気のない夜の学校なんて、幼い人間には恐怖があるかもしれねぇからな。
「夜」は天使にとって怖くない。幽霊が「出る」のは実際夜なんだが、霊感の強い人間にはそれがわかって怖いと感じたのかもしれねぇなあ。怪奇現象とかは多分人間には見えない何かが蹴っ躓いたんだろ、多分そこのドジっ子守護天使。
ま、天使は幽霊と同じで基本人間には見えねぇし、カテゴリー的には幽霊とか精霊と同じ側なもんで、むしろ光輪失って愛しい人間たちに見られるようになっているが……夜の学校を幼気な少年の手を引いて歩いている不審な守護天使アーミアスこそが新しい怪談になっている可能性がある。
ちゃんと制服姿だから転入生! 俺は転入生扱いだから! 人間に不審者だと思われたら星にもなれねぇ辛すぎて。悲しみのあまり爆散だ爆散、この世に塵も残さずサラサラ……と崩れ落ちるに違いねぇ。
ともあれ、守護天使の活動に昼も夜もない。人間ほどに眠る必要も食べる必要もないように創られた俺たち天使。何のために「そう」なのかって、間違いなく昼も夜もなく人間の助けになるよう働くためだ。
主に昼間活動する人間たちの助けになるため。夜、自分の死に気づかないでいる、あるいは未練を残して彷徨っている人間の魂を導くため。
てわけで、俺たちは不良たちとの約束通り、二階にある天使像の前に来た訳だが。
ワンチャンもないと思っていたがやはりここにも守護天使の気配はない。幽霊の気配……は今のところないが、幽霊は姿を消せるからもしかしたらいる、かもしれんが……わざわざマティカを怖がらせる必要はないだろ。
ぶっちゃけ人間が死んだことのない土地なんてないし、天使が訪れたことのない場所もない。
「おでこに触るんでしたよね」
「おれやるよ! ほら!」
ぺち、とマティカの手が天使像のおでこを軽く叩いた。
当然何も起きない。天使像なんてただのでかい石でできた物体でしかないからだ。
本物の天使のおでこをぺちっと叩いても同じだけどな。普通の天使ならまさか人間に見られているなんて思わないから「たまたま当たったような動きをしただけだろ」ってスルーするだろうし。あ、俺は姿が見えなかった頃からうっかり接触すると人間に触れられる喜びで身悶えさせて貰ってたが! 健やかな人間、健やかにのびのび動いて欲しい。
さて、俺も一応触っとくか。……ただの冷たい石だ。もちろん何も起きるはずがない。
そうしていると、いきなり後ろから話しかけられてマティカがぴょんと飛び上がった。
「……もう来てたのか、転入生。先に来てやろうと思っていたのに」
「さ、触ってみたけどなーんにも起きなかったよ。度胸試しなら夜に魔物を倒しに行くとか言えばよかったのに」
「マティカ、危ないことにわざわざ飛び込もうとしないでください」
「あ、ごめんなさい! ちょっと今、びっくりしちゃったから、当てつけ!」
びっくりして、当てつけて、正直に言って、何だこの人間は幼気でかわいすぎる。俺の仲間やっているのか? 危ないからここは天使に任せてベッドに戻すべきかもしれない。
「ま、まぁいいか。退いてくれよ、オレたちも『度胸試し』するんだから」
冷静に考えたらかわいい「度胸」すぎるぜ。気が済んだら幼き人間たち、健やかに早寝してくれないか。夜は寝ないと身長が伸びないぜ。
モザイオの手が天使像のデコに触れた。
「や、やっぱりなんにも起きねぇな。つまんね。あーあ、ユーレイが出たら俺の必殺メガトンパンチをお見舞いしてやろうと思っていたのに」
何も起きないよな。いや……なにか……違和感がある。
気候のせいじゃない冷たい空気、誰かがそこに立っているような気配……幽霊か?
『おのれ。夜中に抜け出してくだらない悪さをしおって、ろくでもない、エルシオンの面汚しが……』
その時、モザイオの後ろに男の幽霊がいることに気づく。青い光を帯びた身体、突然現れたことからも間違いねぇ。
「あれ。なにか聞こえたような……」
「う、うわ、何だこの声!」
またもや飛び上がったマティカがビタッと俺の腕に張り付いた。
「な、何この声! ユーレイ? それとも天使さま? アーミアスさん、知ってる?」
「幽霊ですね。髭を蓄えた男性です。モザイオさんの後ろにいらっしゃいますよ」
「ひ、」
「あ、あぁ怖がらせたかった訳じゃないです! 気を確かに! 俺からしたら中年の幽霊もあなた方も等しく可愛い人間なんですよ!」
「ひぇ……」
幽霊の声を聞いて完全にパニックになっているモザイオたちに俺たちの会話は聞こえていないらしく、きょろきょろと見回して今にも逃げだしたいといった様子。
あ? 幽霊がモザイオの身体の方に進んでいって消えた。なにした?
『特別な躾の時間だ。私の教室に来なさい』
「『……ボクは、悪い子』」
もしかして、喋らされている?
つうことは憑依? 幽霊が? 生きている人間を霊魂が操れるなんて聞いたことがねぇよ! 待ってくれ、それだと話が変わってくる。幽霊は「もう死んだ人間」だ。死んだ人間で、自分の肉体もなく思考する。変化はなく「気づき」があるまでは彷徨う。あるいは自分で気づくこともあるかもしれねぇけど、どっちにしろ幽霊にあるのは「召される」ことだけだ。
どんな存在もそのまんま生き返るなんてできないし、生きている者に干渉することもできない。会話だけできるがだんだんとその霊魂はすり減っていく。早く「あるべきところ」へ行かなければ保持している記憶や人格さえすり減っていく。
だから俺たち天使は幽霊を見かけたら早めに自分が死んだことを気づかせてやるし、未練があるならそれを解決する手伝いをする。すり減って自分が何者かもわからなくなった幽霊は悲惨だ。最後は空気に溶けて消えていくのかもしれないが、そこに至るには天使から見ても長い長い時間がかかる。その間、ずっと生前の未練も分からず嘆き続けて、ただ孤独を彷徨う……。
どんな人間だって一生懸命に生きたのに、そんな末路は報われない。安らかな眠りこそ頑張った子らへ与えられるべきもの。
だから、「幽霊が生きている者に干渉できる」時点でもうそれは、幽霊ではない別のナニカ。変質してしまった霊魂が魔物になってしまったのか、それか、あるいは
石の町の彫刻家もサンマロウのマキナも、両方とも死者、いや死にゆく人間の願いの結果だったらしい。だが、外に願いを託すのではなく、幽霊本人が「願った」のなら?
「女神の果実」の貯えたチカラなんて未知数だ。ただ、その強大すぎるチカラがねじまがる。
ぎこちなく動く身体が急に、人間ではないようにビョンと不自然に高く飛び上がって天使像の上に乗る。そして、なにかぶつぶつとつぶやきながら、地上に向かってジャンプして……。
正気かよ、正気な訳はないか! 二階でも翼なき人間なら下手すりゃ死ぬぞ! なにしやがる!
「『ボクは、ろくでなし』」
「も、モザイオが飛び降りた!」
「ガトゥーザ!」
「はい、こちらに。彼に怪我はないようです。回復呪文はかき消されてしまいましたが」
「捕捉……できません。外すかもしれなませんが攻撃しますか?」
「メルティー、黒幕は彼じゃありません! 幽霊が彼の身体を乗っ取りました! 追いかけましょう!」
「お、おれこっから飛び降りて追っかけるよ!」
「危ないことはしないでよろしい!」
生徒行方不明事件の正体が幽霊なら、本当にまずい。あの男が死んでどれくらい経っているのか分からないが、できれば近年の死者であってくれ! 死んで長い幽霊であればあるほど人間時代を忘れていく。生きている人間は食べるし眠るし、……肉体を破損して「死ぬ」ってことを忘れている。
「憑依」して二階から生徒を飛び降りさせたところからして、結構前の死者か、悪意がある魂か。わかんねぇけど、とにかくまずい!
俺たちは校舎を駆け抜け、急いで外に出るとモザイオが歩いて行った方を追いかけていく。
そして、なんとか追いついた先にあった墓? らしき石碑を人間の者とは思えないチカラで動かしたモザイオは現れた隠し階段に躊躇なく足を踏み入れていった。
アノンちゃんはユリシスにご飯を用意しただろうけど、エルシオンは生徒たちが生理的限界を迎えさせかけていたので遅れていたら死者が出ていそう