アーミアスさんの剣さばきは美しい。その神が創りたもうた美貌と同じように。
どれだけ乱戦になっても、どれだけご本人が傷を負った状態であろうとも骨の髄まで染み込んでいるかのような「忠実な」剣さばきが変わることはないのです。
幼少期からひたすら胡散臭く胡乱な呪術やら基礎的な魔術ばかりを仕込まれ、武術などからきしの私に剣術の善し悪しなんて分からないはず。だけど。
だけど、それでもなお、美しい剣さばきだと思うのです。
迷うことのない太刀筋。的確に最善手を選び続けている、というのでしょうか。動揺することのない真っ直ぐな剣が、子どもたちのために怒ってくださる優しい天使さまの裁きが、目の前で煌めいているのです。
薄暗くも狭い教室の中、軽やかな身のこなしで剣を振るう背中を見る。沢山の子どもたちが囚われている中、さすがに攻撃呪文を使えば巻き込んでしまう。だから、補助呪文で応戦しながらも……普段より少し心に余裕を持ってじっくりとアーミアスさんを見つめることができるのです。
攻撃がこちらに飛ぼうとする度に素早く広げられた腕が、後衛の私たちへ飛ぼうとする呪文を受け止める度、胸が痛むけれど……。
あぁ! このメルティー、是非とも「マホカンタ」を貼ってアーミアスさんの盾になりたいのですが! そうすれば全ての呪文を跳ね返して攻撃にも貢献できるのに……しかしながら、貧弱な身で前に割って入った挙句、あの狂った教師に本で往復ビンタなどされてしまったならきっと生きてはいないでしょう。
お優しいアーミアスさんの負担になりたいわけではないのです。お荷物になるくらいなら今の立場に甘んじます。
とはいえ、子どもたちを巻き込んでしまわなければ良いのですから。隙を見て子どもたちを逃がせばいいのです。それが出来なくてもせめて教室の隅に移動させれば危険度は下がります。アーミアスさんもきっとそれを望んでいるはず。
私は最前列に座る小柄な子どもを避難させようと抱きあげようとして……奇妙な事に、どれだけ引っ張っても持ち上がらず、それどころか腕さえ机にぴったり張り付いたようになっていて。
操られたように……いえ、まさしく操られている。教科書をめくる手は止まらず、ノートに何か書きつける指は動き続け、だけどその子は涙を流しながらそこに縫いとめられていたのです。
「助けて、神さま、天使さま……」
視線すら動かせないのでしょう。本をじっと見たまま、こちらを見ようともしない。だけどきっと耳は聞こえている。あの狂った教師とアーミアスさんの会話は聞こえていたし、今の状況も分かっているのでしょう。
身体を操り、だけど思考はそのまま。なんて残酷なのか!
「ふむ、精霊によると教室の床ごとくり抜いて外さないと動かせないようですね。呪いの一種でしょうか」
兄さんが手のひらで子どもたちを次々にぽんぽんと撫でています。いえ、あれは撫でているのではなく精霊にお願いして守ってもらっているのでしょう。
私にも目視できるほどのやわらかな光が子どもたちを包み込み、その瞬間兄さんの髪がいくらか不可視の刃に切断されてパラパラと散り……床に落ちる前に空中で掻き消えました。相変わらず虎視眈々と狙われているようですが、今回は望んで差し出したようでした。
その時、マティカ少年がこちらに吹っ飛ばされてきて、辛くも机と机の間に着地しました。
「思いっきり本の角で殴られたんだけど! おれの剣ってゼロ点らしいよ、めちゃくちゃ怒られた!」
「戦いながら採点をしているんですね、なんて悠長な。ほら回復して差し上げますから。兄さんが」
「……ほうほう」
「兄さん? 早く少年を回復してください。アーミアスさんだけを矢面に立たせるおつもりですか」
「あぁ、その、ちょっとあの教師の言葉を余すことなく聞いていたのです」
無言の回復呪文が掛けられるや、少年は再び教壇の方へ走っていきました。
さぁ、私はまた「ルカニ」を入れるなど、皆さんの補助を狙います。
「アーミアスさんの剣術はあの教師も知らない型のようですが、それはそれは見事なものだと。あとは教師に口答えしなければ良い、と……。いけませんねいけません、アーミアスさんに口答えしているのはあの教師の方じゃありませんか。ご存知ないとはいえ遥かに目上の方になんて口の利き方をしているのでしょう。
精霊よ、髪ならいくらでも伸びますから要りますか。今日はもういい? そうですか。爪はこの前ちょうどいい長さにしましたでしょう。なら他に捧げられるものはありませんが、ちょっとあの亡霊になにかしてくれませんか、精霊よ。あぁそうか、アーミアスさんに加護を与えていただき、そうすれば私の矢など当たりませんから自分でやれという訳ですね。アーミアスさんへの加護への対価は体重の半分?
精霊よ、人間はそれをされると死ぬのですが。死ぬのは嫌ですけど」
なにか物騒なことが聞こえる中、教師のヒャダルコが発動するのが見え……最前列の子どもたちが危ない!
咄嗟に「マホカンタ」で弾き返しながら前へ出た時、ちょうどアーミアスさんの剣が狂った教師の本を叩き落とし、そのまま勢いよく体当たりして黒板に叩きつけました。
今です! 私は教師に「メラミ」をぶつけ、アーミアスさんにばっさりと斜めに身体を斬りつけられた邪悪な姿は……紫色の煙が立ち上ると共にみるみるうちに萎んでいったのでした。
「……おや、この感じは。若輩の身ですが、こうも何度も遭遇していれば流石に分かります」
剣を収めたアーミアスさんが煙に向かって手を伸ばされました。すると、眩しい光が弾け、次の瞬間には金色に輝く女神の果実がアーミアスさんの手の上に載っていました。
「幽霊が願うことで女神の果実によって間接的にチカラを得ていたツォでの一件や、死の間際の人間の願いが物品に宿った一件だった石の町やサンマロウ……此度は幽霊そのものですか。いやはや、天使であっても本来彼らに触れることさえできません。女神の果実の持つ強大なチカラは恐ろしいものですね。さっきまでの剣の手応えは嘘ではないでしょう。死者に肉体を与え、もともとの精神性をねじ曲げてしまう……」
「アーミアスさん?」
「失礼、エルシオンの幽霊はまだそこにいます。もう大したことは出来ないでしょうがお気をつけて」
煙が晴れると、そこには後ろが透けて見える中年男性の姿が見えました。髭を蓄え、フォーマルな衣装に身を包んだ厳格そうな姿。
女神の果実によって変貌していた影響でしょうか。子どもたちもざわめき、姿が見えているのは私だけではないようです。
「……ここは……教室か……おや、キミたちはエルシオンの子ではないか。どうしてそんなに辛そうな顔をして座っているのかね」
先程の記憶がないのでしょうか。「エルシオン」は子どもたちを心配し、机に教鞭と教科書を置きました。
「どうしても何も、そもそもここに閉じ込めたのはオッサンだろ!」
「早く……ここから出して……」
「お腹空いた……」
「もう漏れちゃうよ!」
口々にあがる子どもたちの悲鳴に、彼はよろめきました。全く記憶がないわけではないのでしょう。いや、子どもたちを直視して先程までの行動を思い出したのでしょうか。
「私が……キミたちを閉じ込めた、だと……」
その様子を見たアーミアスさんはそっと女神の果実を仕舞い込むと、まだ油断なく剣を構えていたマティカ少年に手を振って構えるのを辞めさせました。
「すまない……エルシオンの子たち。私は正気を失っていたようだ。
……しかし、どうしてあんなことをしたのかは分かる。私はなんとしてでもキミたちに更生して欲しかったのだよ。その理由が、わかるかな」
更生、ですか。
そういえば目の前で攫われたあの男子学生も不良でした。夜中に寮を抜け出して肝試し、なんてあからさまな校則違反をしていましたし。
狂っていたとはいえ無差別に攫っていた訳ではなく、ここに集められているのは所謂問題児なのでしょう。
「若いキミたちには無限の可能性がある。その才能の原石を磨けば何にでもなれるし、夢を叶えることもできる。いつか世界に羽ばたいていくキミたちは、次の世代にとっての憧れとなるだろう。
そして何より大人になったキミたちはもう子どもの頃には戻れない。時間を戻すことはできない……」
「エルシオン」は子どもたちひとりひとりの顔をじっくりと見つめながら、言葉を続けました。
ふと見ると、アーミアスさんはエルシオン卿の言葉に何度も深く頷かれていました。なるほど。
正気の彼の思想はアーミアスさんに近しいものなのかもしれません。ここはしっかりと聞いておかなければ。
「なのにキミたちは努力をしない……だから私はあの金色の果実に願った。前途ある若者たちに教育をするチカラが欲しいと……。
だがまさか魔物になってしまうとは。行き過ぎた教育への熱意が暴走してしまったようだ。
すまない……私が間違っていたよ」
再び謝ったエルシオン卿は、今度はアーミアスさんの方に振り返りました。
「学友たちのために命をかけてここまで助けに来るとは。キミの名前はなんと言うのかね?」
アーミアスさんは返事に迷ったようでした。本当の学生ではないのですから当然です。しかし、アーミアスさんは私たちや今まで訪れてきた様々な場所の人間たちに接するのと同じように、優しく穏やかな声で言いました。
「おれの名前はアーミアスといいます、
「アーミアス、アーミアスか……風変わりだが良い名前だ。私はキミを誇りに思うぞ。
これほど素晴らしい学生がいるのなら私も安心して眠ることができる。あぁ心配など、」
次第に姿が薄れゆくエルシオン卿は、目に焼きつけるように子どもたちを見やりました。
「心配など、する必要がなかったな……」
清浄な光が弾け、眩さに目を細めたその瞬間。エルシオン卿の幽霊の姿はどこにもなく。
もう思い残すことはなかったのでしょう。
「先生、死んでもボクたちのことを心配していたんだな……これからは真面目に授業、受けようかな」
「怖かったし閉じ込められたけど、磨けば光る原石か……。私たちのことをそう思ってやった事だったんだ」
「ちぇっ、それなら最初からそう言えってんだ。全く心配性なじいさんだったな」
子どもたちが次々にそう言うと、はたと気づいて立ち上がりました。呪縛が解けているようです。
ならば皆で帰らなければ。この大人数で「リレミト」は難しいので、道中の露払いをしなくては……なんて私が考えた時には子どもたちは一斉に教室を飛び出していました。
な、なんて元気なんでしょうか。さっき閉じ込められたばかりの男子学生はともかく、他の子たちは何日も飲まず食わずだったのでは?
それとも案外エルシオン卿は食事を用意していたのでしょうか。真偽はもはや分かりませんが……。
「さて、おれたちも戻りましょう。学園長に報告してもう誘拐が起きないことをお伝えしなくては」
アーミアスさんは少しだけ、と前置きして私の「リレミト」を止めました。そしてこちらを振り返らずに仰ったのです。
「これで行方不明になっていた女神の果実がすべて揃いました。……『名残惜しい』ですが、天使界に戻らなければいけません」
途端、私たちは頭から冷水を派手に浴びせられたような気持ちになったのです。
そうでした、私たちはそもそも生きる世界が違うのでした……お優しくも慈悲深いアーミアスさんとて目的もなしに世界を旅して回っていたわけではありません。
泣き出しそうになった少年がアーミアスさんの背にひしと抱きついたのを見て、私だってできるならそうしたいと思いながら……「リレミト」で旧校舎を後にしたのでした。
ドラクエ10バージョン6履修してきましたが、徹頭徹尾アーミアスがキレてそうですごかったです おすすめ
そういえば10周年ですね(8/20で迎えたようです)
まだ読んでくださる方、ありがとうございます!