「流石は探偵です! 誘拐された学生たちはみんな無事でしたし、これで私の首も飛ばずに済む! ささ、こちらの報酬を受け取ってください!」
「詳しい話はお聞きにならないのですか?」
「ははは、全ては噂になるでしょう! しかし、あくまでそれは噂なのです、探偵さん。子どもたちはエルシオン卿のことを恐れ、尊敬し、結果として非行は減る。それでいいじゃありませんか。エルシオン卿も今度こそぐっすり眠られることでしょう!」
ゴールドの入った袋を押し付けられるように渡されつつ。
首が飛ぶ、ねぇ。確かに保護者たちからすれば誘拐事件が起きてる学園に子どもをやりたくないだろうが……まぁ、女神の果実はもうないし、再発はしない。まさか初代学園長の幽霊が怒っていましたとは言えねぇよな。誰が信じるんだ。
立場上詰んでいたのか。かわいそうに。
職務に必死な人間にそれ以上どうこう言って困らせたくもない。とりあえずこれは受け取るとして、俺たちは借りていた制服を返そうとしたが突っ返され……どうすんだこれ?
まぁ、いいか。
俺たちは日常に戻った学生たちが教室に向かうのとは逆に門から出て、少し学園から離れたところで止まった。
「それではセントシュタインに戻ります。それで皆さんとはとりあえず契約解除ということになりますが……おっと」
「嫌だよアーミアスさん! まさか二度と戻ってこないなんて言わないよね? 待つよおれ、待つから……」
「マティカ。もちろん俺は戻ってきたいと思っています。そもそもウォルロ村の守護天使なのですからずっと天使界にいるわけにもいかないでしょう。しかし、」
天使界に戻って、オムイ様に報告して、女神の果実を渡して。
俺たちは今度こそ、「救い」を得るのか? 俺の救いは人間になることで、愛しい子らと地上で生きることだが……たいていの天使にとっては神の国に召し上げられることが至上だろうよ。
俺だけとりあえず地上に向かって投下してくれたらいいんだが。最悪振り切るにしてもだが、二回目の翼なしダイブは流石に死ぬだろ。流石に。天使は別に何しても死なないような頑丈じゃない。刺されたら死に、火傷でも死ぬ。
死んだらリッカたんを陰ながらペロペロできなくなるし、人間たちの日常を覗き込んでは嬉しくなるルーティンもできなくなる。俺はリッカたんの成長を見守り、お喋りできる幸運を喜び、心の中でペロリズムを解放しなきゃ耐えられねぇ!
じゃあサンディに頼み込んでなんとか亡命させてもらう……か? その前に追加の命令が入ったら逆らえねぇ俺にその時間はあるか? 割とこっちの事情とか考えちゃくれねぇし。
師匠のいない天使界にわりと用ないんだよな。師匠はいつ帰ってくるんだ?
「他の天使のことをみなさんはご存知ないので、俺のことを良く思ってくださっているのでしょう。そもそも俺は天使の中でも若輩者、翼も光輪も失い、自由に行き来することもできない。上からの命令には文字通り逆らえないようにできているのです。俺は女神の果実を集めるように命令され、そのようにしました。
俺を抱えて空から降りてくれるような優しい天使がいるか、箱舟を無断使用するか、どちらかがいなければ空から降りることもできない。そんな俺が再び地上に戻れるのはいつになるか……まぁ待たずに飛び降りてもいいんでしょうけど。実は一回落ちているんですが、この通り死ななかったので……」
「や、やめてよそれは……」
「やっぱり、じゃああのやけどは……」
「冗談ですよ。俺ももう一度上手く滝壺に落ちられるか自信がありません。そういう訳ですので、俺の事情であなたがたの人生を縛ることはできないのです。もし次に来る時が何十年も先ならどうするのです」
待っててくれようとする健気な姿につい嬉しくなるが、そこは弁えないとな。俺がちょっと二十年くらい天使界にいるだけで地上の人間たちは一変する。
二十年なんて天使からすればちょっとばかり季節が巡ったようなものだが、人間たちにとっては一世代進んでいてもおかしくないほど長い。
天使どもはわかっているのかわかっていないのか、時間感覚がアバウトで参っちまうぜ。一日二日でさえ、見逃した姿にソワソワしちまう俺がおかしいのか?
ウォルロ村であらゆる人間を見守るあまりストーカーと化していた時期もできるだけ地上に留まっていたが、野宿しようとする度師匠がどこからともなく現れて連れ戻されていたが……せめて屋内に留まれってな。
嫌じゃね? 知らない天使とひとつ屋根の下とかよ。俺からすればよく知っている可愛い人間だが、向こうからすれば不審だろ。
玄関マットの上に知らない間に天使がうずくまっていて、うっかり踏んで虚空がぐにゃっとするの嫌すぎるだろ!
俺は……どちらかといえば、おみ足のお恵みありがとうございます、だが……。
元気なおみ足! 毎日ちゃんと歩いてえらい! 踏みしめてもらえて嬉しい!
もちろんやらないが、リッカたんに踏まれたら嬉しすぎて蒸発したかもしれねぇ! 勿体ないことをした。もちろんリッカたんの家に勝手に泊まるとかやらねぇけど!
……考えが変な方向に飛びすぎたな。
「俺は地上が好きです。空の彼方で翼を持って無為に時間を過ごすより、ここであなた方と地面を歩いている方が好きです。もちろん帰りたくなどありません。でも、こんな危険なものを持ったまま留まっているのも嫌ですから。俺より女神の果実に対処に詳しい存在はいるでしょう。
いつまでに戻ると確約できないだけです。俺としては誰かにとっとと押し付けてやりたいと思っています」
俺が持っているだけなら何ともないようだが、そのうち俺の煩悩に反応して変に発動しても困る。
ここまで何も助けちゃくれなかったんだから後始末くらいはしっかりやれよ。そういう気持ちでぶん投げてやる。
俺がルイーダの酒場を利用したせいとはいえ、天使界の不始末にかわいいかわいい人間を巻き込んでおいて、ほとんど天使はノータッチ。ノータッチなのは人間を見守る時の正しい姿勢であって天使界の不始末はガッツリ干渉しろよ!
何故かほとんど気絶しかかっている兄妹と泣きそうなマティカという、絶対にしょっぴかれるのは不審天使な俺という危うい状況だがいつまでも寒いところにいても仕方がねぇ。
俺はセントシュタインにルーラした。
「ですから契約解除でお願いします」
「いえ待機扱いでお願いします」
「仲間を預けるという方法があります。私たちはルイーダの酒場の警備員のようなものです」
「勝手に警備員名乗られてもねぇ……」
アーミアスが帰ってきた。今日も泊まるのかな? そう思っていたけれど今は仕事中。カウンターの中でお客様を待つ。
だけど、隣でやっているからルイーダさんとの会話が聞こえちゃうわけで。
「戻ってきたならまた契約しましょう。とりあえずひとつの区切りをつけなくては。あなたたちを縛りたくないんです」
「雇用主はこう言っているけど?」
「いえ待機です。ずっと待ってます」
「他の方のお誘いを受けたら待たずにそっちに行ってくださいね」
「なんでそんなこというんですかぁ……絶対嫌です……私の呪文はすべてアーミアスさんのために……」
「修羅場ね」
あんなに仲が良さそうだったのに、契約解除?
なんでだろう。でも、また契約するとか言っているし喧嘩した訳でもないんだよね?
結局、アーミアスの仲間の三人は他の人には絶対に雇われたくないとものすごい駄々を捏ねて(ほとんど泣き落としだった)酒場を「待機」扱いにしてもらったようだったけど。
これまでのお給金の話をする時も規定より多く支払おうとするアーミアスとそれを固辞して逆に貢ぎ始める仲間たちでなんだかすごく話が長くなっていて、カウンターが詰まっちゃうから別室でしばらく話していたみたい。
しばらくして解散したのか、ちょっと疲れた顔をして出てきたアーミアスは、一人で宿に泊まるみたい。お部屋を手配する私をいつものように優しげな眼差しで見ていたけれど、アーミアスは決心したみたいに切り出した。
「リッカ、この後仕事が落ち着いた時間があれば少し話しませんか」
「もちろん、いいけど……どうしたの? さっきも仲間の人たちといろいろあったみたいだけど」
「ええと。俺の仕事に一区切りついたのです。だから、故郷に帰る前に少し話したくて」
故郷に帰る? 天使様の世界に?
「えっ、じゃあ帰ったらもう……」
「大丈夫です、もう二度と会えないなんてことは俺が耐えられないので絶対にありえません。なんならうっかりとわざと足を踏み外してまたここに来ます、宿屋の前に突き刺さったら邪魔ですよね、営業妨害ですよね。少し横に逸れるように努力しますので。そうだ、セントシュタインの外の花畑を狙います。それではまた後で……」
なんだか必死なアーミアスが部屋の方に消えると、今度はこの世の終わりみたいな顔をしたアーミアスの仲間たちが宿を取りに来たみたい。
「三人で……さん……三人だなんて?! もし四人と言ったらアーミアスさんの分も支払えます?!」
「ええと、そういうのは困りますお客様」
「そうですね?! すみません三人で。大部屋でも個室でも構いません」
ぐずぐずに泣いている仲間の中で一番小さい子が、鍵を持って、泣いてはいないけど躓いたり階段で引っかかって壁に激突したりしている大人たちが後に続く。
「だ、大丈夫かなぁ……」
なんだか全然大丈夫じゃなさそうだけど、思わず口から言葉が漏れる。
連載前から書きたかったシーンその1が迫っていて嬉しいです