次なる目的地はビタリ山。故郷とはそれなりに近いところですが、直接訪れるのは初めてです。名前を地図で知っていた程度ですね。メルティーもそれは同じでしょう。
山の麓には小さな小屋が一軒あり、おや人が住んでいるのかと思えば、お留守だとか。訪ねてきた人はいるようですが、どうもまだ戻っていらっしゃらない。話を聞くと、どうやら芸術家のおじいさんの一人暮らしのようです。
孤独死、という嫌な予感がしましたが、単に集中して山の上で作品を作られているのかもしれませんから考えるのはやめましょう。
そして、彼のことよりも今は優先すべきことがあるのです。
それは、アーミアスさんの崇高なる使命である、世界中のどこかにある女神の果実の探索。残りは五つとなりましたが、依然情報もありません。私としては、このビタリ山で見当たらないようでしたらカラコタ橋まで引き返しまして、情報収集すべきたと思っています。
ええ、アーミアスさんは何か私たちには見えない何かをご覧になってからセントシュタインで休養され、その後は橋をただ通り抜けただけでして、あの場所では買い物をしただけなのです。
どうやら長居をなさりたくなかったようですが、それはどうしてなのでしょう? さっさと通り過ぎてしまいました。私たちとしては周囲に気を配るだけでしたから特にいつもと変わらないのですが、えぇ。
アーミアスさんを一人にするわけにはいかない、というのは普段でもそうです。しかし、理由がなければ迷惑でしょうから泣く泣くしないだけで。
堂々と行えるという意味では、あの治安はすべてにおいて悪でもないようですね。
……声が聞こえます。私にだけ聞こえる声が。それがビタリ山に近づくに連れ、だんだん大きくなっていきます。
幼い頃、このことを声に出せば薄汚い欲望に駆られた人間たちは神託だといい、それを自分たちの都合のいいように言い換え、儲けてきたあの親族たちのことを思い出し、だんだんと気分も悪くなってきました。
しかし、「声」に罪がないのもまた、分かっているのです。この声は子どものように気まぐれで、しかし「自然」です。「善意」も「悪意」もなく、ただあるままにある。
風のように駆け抜けて、叫びます。悲しみを。どこかの悲劇を伝えます、誰かの誕生を喜ぶ嬉声がそれに混じります。渦巻いて、渦巻いて、こんなに大きな声を聞いていれば私はますます何も見えなくなってしまい、すべてを間違えてしまうに違いないのです。
私の手を引くメルティーが振り返ります。すでに色とりどりの「声」に取り囲まれた私は、それをかろうじて理解しても、
なんとか足を動かすと、「声」は少し散ります。
縋るように手を握ると、誰かの悪心を嫌うような叫びが駆け抜けて、耳がキーンと遠くなり、優しい「声」の囁きが周りの誰もが敵ではないと伝えます。
「ガトゥーザ」
あぁ優しい「声」。この「声」なら聞いていても心が掻き乱されることはないのに。「声」に惑わされることも、利用されることもないだろうに。囁きを聞かないふりして、その声にすがります。
メルティーの手は、おずおずと離されました。しかし私は怖くなかった。道しるべを失っても、お導きを受けている私には何も怖くありません。
かたくかたく杖を握りしめつつも、優しい「声」にすがればなんだってやれる気がします。
「聞こえますか?」
「聞こえますとも!」
視界が少し晴れました。目の前には天使様がいました。天使様の近くにいると、「声」も風も何も聞こえなくなる。だって、天使様は私を救ってくださる。こうして、遠ざけてくださる。
あぁ、優しい「声」は「声」ではなく、アーミアスさんの救いの手でした。
「あそこに少女がいるのが分かりますか?」
「はい、アーミアスさん」
私は見もせずに言いました。見えなくたって分かります。数多の「声」は少女の居場所も叫んでいましたから。
「恐らく呼ばれているのです、ガトゥーザ。なにかに呼ばれていませんでしたか?
俺は人ならざるものを見ることができますが、『精霊』となると波長が違うのか見ることはできません。声も、聞こえません」
「……精霊?」
「たまにいます。人間の中には、『聞こえる』人が。研ぎ澄ませることができればもっといるでしょう。もしかしたら俺も。そのような純粋で強力な耳の持ち主は初めて見ますが。さぁ、行ってご覧なさい。なにか変わるかもしれません」
いつの間にか山の入口付近にいました。そこで壁にもたれるようにして立っている、毛皮をかぶった同年代の少女のもとへ背中を押された私は、「声」に耳を傾けているらしい彼女の前に立ちました。
彼女は隣の子どもに話しかけるように言い、私はくすくす笑う声に囲まれながら、子どもに話しかけました。
……犬か狼のように吠えられましたが。完全に威嚇されています。だけども、彼女には想定内のようでした。
「お前、都会の人間だな」
「そうですけど……」
「珍しい、強い耳をしている。声、聞こえるか?」
「認識が一致してるなら嫌というほど」
「なるほど、レンジャーになりたいか?」
「レンジャー?」
それは「声」を聞き、自然を駆け抜ける職業。
彼女は薄く微笑んで言いました。
道が一本、私の前に光り輝いて現れたような気がしました。
「お前、素質を持て余す。なるか?」
「それでアーミアスさんのお役に立てるなら……」
「違う。お前、あの天使のこと、ただの『身代わり』に使うだけ。お前が『声』を聞き分けて、お前がなる」
相変わらず渦巻く「声」は笑いながら私の体の周りをぐるぐる回っていました。この「声」を聞き分けることが出来るなら、えぇ、悩まずに済み、私が……風に攫われないでいられるなら。
私は頷いていました。
気づくと、仏頂面のメルティーが私にナイフを握らせようとして装備できずに失敗し、果てしなく嫌そうな顔でメイジキメラを猛毒で倒し続ける作業が始まっていました。
私に課せられたはずの試練なのですが、これは誰が倒してもいいのだとか。ようはその戦闘を共にこなせば良いと。私は皆さんの体力にいつも以上に気を配り、そして「声」は晴れやかに笑って受け止めました。えぇ、あんなに自然の多いここを飛び交っていた声がだんだん静まってくるように感じたのです。
いいえ、「声」ではありません。精霊、というそうです。世界に宿るその大いなる存在の僅かな一端と、幸か不幸か重なって生まれた私は僅かな一部を聞いてきたとか。
彼らの囁きを見ないようにすることも、聞こうとすることも、少女は教えてくれました。そして、課された試練をこなすと。
「レンジャー、なりたいか?」
「えぇ」
私は、やっと自分の道を見つけたのです。
すべてを埋め尽くす「声」から解放されて、取って返したダーマ神殿で職業を変えて、そして、私は初めて明るい視界で近しいメルティーを見ました。紫の髪の少女はいつもと変わらずツンとして、ですが、なんとなく安心したようでした。
私を導いてくださったアーミアスさんにもお礼を……と思ったところ、「声」に付随する光という遮蔽物のないありのままの美貌を目に受け、灰色のふわふわの髪と、滑らかな白い肌と、星屑を閉じ込めたような美しい目と形の良い唇をいっぺんに目に収めた私はダーマでけたたましい叫び声をあげることなりました。
もちろんメルティーにしこたま叱られて、アーミアスさんは慌てて。マティカ少年が手で思いっきり口を塞いでくださいましたから、迷惑はそれ以上かけずに済みましたが。
しかし、私がそれでも興奮収まらずに……とはいえ人生初めての障害物のない視界に収めた麗しくも純粋であり、寛大で偉大な天使様を見た反応ということでは私に否はありませんが……叫ぶので、ダーマからたたき出されました。
いえ、自ら階段を転がりおりました。室内では喜びを表現しきれないと思ったからです。
「あぁあああううううう麗しのてててて天使様ァァァァァァァァァアア!」
「どうか、どうかお静かに」
「お美しい! お麗しい! あぁ、てて天使様ァァァ! そのような、あぁ、そのようなお顔で、そのような、そのような華奢な体でいらっしゃったのですね! 不肖ガトゥーザ、初めてハッキリ見えております! 『精霊』越しでもあのお美しさでしたから、今の私には刺激が強すぎます! えぇ、ありがとうございます!」
吹き出す鼻血も構わず、しかし鼻血には気づきましたのでもちろんアーミアスさんから少し距離を取りました。万が一にも天使様を汚さないように、です。
私はまた転げ回って喜びを表現したかった。しかし少しの理性もありましたから、そうせずにただ叫びました。気づくと頭に大きなたんこぶを作って、粗末な布団に寝かされていましたが。
えぇ、何が起きたのかいまいちわかりませんが世界の光が減るとこんなに見えるのですね。私の世界は見えすぎていたようです。視界が丁度いいと細部が良く見えますとも。
私はこれで、返し難く、有難い恩を受けました。ですから、勿論これからもお仕えさせていただきたいと思います。形としては雇用ですが、ゆくゆくはもっと親密な……親密な奴隷になりたい。
アーケードゲームを見たアーミアス「スピンオフ作品って大抵羽根と輪っかが再生していて非常に遺憾である」
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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