研ぎ澄ませて。耳を傾けて。石でできたこの町は、風の音しかしないくらい静寂に満ちている。
だから私の耳には聞こえるのです。妖精の声が、精霊の声が。研ぎ澄ませて、研ぎ澄ませて、私は力を乞う。
美しき小さな天使様をお助けする力をお貸しください、と。
私と比較しても頭半分は小さな背はいつだって私の前にあります。私たちをお守りくださる麗しの戦士様は、無機質かつ無慈悲な像の繰り出す重い一撃を何度も受け止め、私ならばとうに逃げ出したくなるような傷を負っては癒され、決して膝をつきません。
しかし、こちらを振り返ることもなさいません。私たちを信頼してくださっているのです。気高い守護者の期待には応えなくては!
あぁ聞こえる、あんなに煩わしかったはずの声が頼もしく。ため息混じりに力を貸してくださる妖精の声が。ツンデレですか、それとも……?
妖精達のポルカ。
私の周りを色とりどりの妖精たちが踊り、歌い、力がみるみる溢れるようです。私の「必殺」に呼応するかのようにメルティーもミラクルゾーンを解放しました。魔力を気にしなくても良くなった瞬間、氷の呪文が連続で炸裂しはじめ、なんとも頼もしいですね。
凶悪なまでの破壊力を誇る番人は、私たちの「必殺」など全く気にするそぶりもなく、踏み潰すかのようにこちらを攻撃し、そのたびに地面がグラグラと揺れます。
家も町もすべてを破壊し尽くさん勢いで私たちを排除しようとするのです。明確に殺意が向いているのは私たち「侵入者」たちですが、だんだんなりふり構わずに襲い来るようになっていることに危機感を覚えます。制御のない人形に力を与えたような……そんな危うさなのです。
私たちは繰り返される攻撃に付随した揺れに必死に踏ん張りますが、そもそも天におわす存在であるアーミアスさんの足元は私たちと比べておぼつかないのも気になります。
えぇ、これは不敬であり、天使様に邪魔だてする行為です。許しはしません。天使様の手を煩わせる存在なんて! そうなってくると、わざわざ転職のために時間をとっていただいた自分をメッタ刺しにしなくてはなりませんが、ともあれこいつもガレキにしてやりますよ!
そう決意した私を狙う一撃に、滑り込むように割り込んだアーミアスさんが吹き飛びました。私は、私は、それがゆっくりと動いているように、見えました。時間がゆっくり動いているような。
私は守られている。ですから、私は、お返しをしなくてはならない。希望と光そのものである彼の矛にならなくては。高潔な天の盾に守られてばかりでは、いけないのです。救ってくださる存在が目の前にいらっしゃるのなら、できうる限りの恩返しが必要ですから!
私は何よりも彼を尊重する。私は、です。私はほかの誰が何を為そうと関係ない。私が私の道を往くのです。ですから、私は、私の持てる力をすべて使う。何であっても利用しましょう。
新たな得物である弓を引き絞ります。非力な腕がぎりぎりと、みしみしと軋むのも構わず。レンジャーとしての心得がなんとか使い慣れない弓を使わせます。
あぁ、狙え、目を狙えと黒き精霊が囁きます。力を貸してやろうと怪しい光をたたえた精霊が、穏やかな光の妖精たちを押しのけながら私をそそのかすのです。今だけは、助けてもくれない神の力の残滓の存在が、これまであんなに鬱陶しかったというのに、心地よく感じられました。
言われた通りに放つと、見事に像の目に突き刺さりました。私は特に弓を使ったことがあるわけではないのです。偶然でしょうか? いいえ、偶然で出来るはずはありません。ですから、これは、精霊の思し召し。
自然と心を通い合わせて、獣とともに生きるのがレンジャーなのでしょう。ですが、私が成り果てようとするのは……きっと、相手が闇だろうと光だろうと関係なく精霊と妖精の声を聴き、それを自分のために利用する邪悪なシャーマンです。
構いませんとも、ええ。灰髪の天使様のお役に立てるなら。ご迷惑はおかけしません。たとえこの身が堕ちたとしてもご迷惑はおかけしません。堕ちるならひとりで静かにしますから。
私は武器を魔法の補助具としてしか用いたことがありません。ですからこんなに腕を酷使したことはありません。回復魔法を唱えることは慣れたことですし、ベホイミだって容易なことですが、攻撃呪文を唱えた訳でもないのに魔へ対して直接攻撃を仕掛けているなんて、経験したことがないことです。
しかし、想定していたことよりも恐ろしくないですね。かつて魔法使いになりたかったように、別段殺生に対して忌避感が強いわけではないですし、相手が魔に属するものならなおさらです。
アーミアスさんの思い切りの良い剣のきらめきを恍惚と見つめつつ、私は腕が明日は使い物にならないだろうなと予想しながらも連撃を続けました。甘言を囁き続ける闇の精霊の、大いなる力を借りて命中させながら。
対価としてなにか要求されましたらなんとしてでも握り潰して差し上げます。精霊には困っておりませんので、一匹や二匹取り憑くのが減ってもむしろ万々歳ですよ。
愛想をつかされる日がくるならば、それはそれで普通の人間の目を手に入れることができますからそれでも良いですし。アーミアスさんのためにキリキリ働いてくださいね。私の力なので遠慮しません。
中級回復呪文は私にとってそう難しいものではありません。えぇ、お役に立てて、いますよね?!
陽の光にすかされて、灰色の髪が銀色に輝く美しい奇跡を見つめ、私は充足感に満たされて、幸せでした。
何回腕もげるかと思ったかわかんねぇぜ。だが、なんとか助かった。みんな無事だしな。まぁ、完全に俺だけダメージ食らったってわけじゃねぇけど、上出来だろう。反撃でちょいと斬りつけることも出来たし。
にしてもだ、なんだよあれ、あの番人は。俺みたいな平凡かヘボな戦闘力しかない天使だと盾で受けてるようで受けることが出来てねぇ。ハァー、危うく星になるかと思ったわ。
ガトゥーザがものすごい猛攻と回復を一手に引き受けて張り切ってくれて助かったぜ。今、完全に疲労で地面に倒れ込んでるが。本当にお疲れさん。
周りにあのスライム以外の魔物の気配は……今度こそないし、しばらく休んでいてもらうか。ありがとな。てかよ、なんか下心と欲望丸出しなのに、サンディ以外の妖精に好かれるなんて器用だなお前。あんなにポルカるレンジャーいないんじゃね?
これが生まれ持っての才能ってやつか……。俺もなんかトクベツな才能、欲しかったぜ。天使にも個体差あるし、気づいてないだけで俺だけの特徴とか、なんかねぇのかな。
師匠はハゲで親しみ深い才能があるだろ、ラフェット様は包み込むような優しさという才能が……ん? どう考えても両方後天的か。だがラヴィエル様の美貌は才能だ。維持は努力だが、天使はそんなに努力しなくなって容姿に変化がない。
あぁ、だが、上級天使はみんな、誰が見てもわかるような輝くような天使っぷり。より天使らしいというのも才能かもな。あんな天使らしさ、なくて良かった。オート天使バレは俺にもあるけど、俺にあるなら誰にでもあるだろ。
「皆さん、ご無事ですか?」
まぁピンピンしてるのは見たらわかるが、もしかしたらハイになってるだけでなんかあるかもしれない。
「守ってもらえたから!」
マティカも攻撃の手を緩めずに頼もしかったぜ。頭を撫でる。
「良かった。あまり俺からは攻められませんでしたから、本当に助かりました」
「なんてもったいない言葉! 私、私、もっと精進いたします! 全部敵を燃やしますし、爆破しますし、凍らせますね!」
ちょいとテンションが高いが、まぁ、いつも通りか。こっちも頭を撫でる。それを見ていたガトゥーザがビクンビクンしていて怖い。あれは……羨ましがってんのか?
しゃがんで撫でておく。髪の毛サラサラじゃねーか、羨ましいぜ。俺の髪の毛なんてどう足掻いてもふわふわして落ち着かねぇんだ。
それにしても向上心に溢れたメルティーは可愛い。無邪気なマティカは可愛い。やりきって伸びてるガトゥーザも可愛い。プリティーパラダイス、人間可愛い。今日も元気で何よりだ。
さて、すでにここにはなにもない。崩れ、光にのまれて既に石の番人は消失した。
で、俺は幽霊のおじいさんが地下への階段の方へ降りていくのを見逃さなかった。もう今更、危ないものは何も無いだろうし、仲間たちにはここで休んでもらって、彼を天へ導こう。
俺たちの住むところではなく、俺たち天使が成り果てる先でもなく、死者たちの集う、もっと穏やかで安らかな世界へ。
怖がりだが、幽霊は何故か怖くないらしいマティカが勇ましくついてくるらしいから、ガトゥーザのことはメルティーに任せるか。頼んだぜ。
地下特有のひんやりした空気が頬を撫でる。だだっ広いその場所には、一つの棺と、一人のおじいさん……だった幽霊だけがある。
青白い光に包まれた彼は、ぽつりぽつりと最期の贅沢として手に入れた金色の果実……まぁ現物見なくても女神の果実だろうと分かるな……を食べ、そしてあの石の番人が願いをいびつに叶えて過剰に侵入者を拒んだことを語ってくれた。
小さな友人を怖がらせるから、助かったと。そう言って、彼は消えていく。
俺がお節介に手出しする必要もなく、幽霊にまでなっていた彼の未練が何だったのか知ることも出来ずに。推測はできる。こんなに精緻でそっくりなエラフィタ村を作り上げるんだからな。
だが、見ず知らずの俺が踏み込んでいいことではないだろ。彼にとっての守護天使ですらないのだからな。……彼を守護する天使はエラフィタの天使か? 出張してくるのか? それともここにはここ専属でいるのか? 疑問だ。だが一人で住んでいる人間に守護天使はいないだろうな。
ともあれ。
彼は、小さな友人の安寧に喜んで消えて行く。あのスライムは寂しさを抱えながらきっとこれからもここにいる。
それで良いと思って、それでいいと天へ昇るなら、それでいい。
俺は、棺の上で静かに金色の輝きを放つ果実をそっと持ち上げた。
きらきらと人を、死者を、死にゆく者を誘惑するその果実はすましてそこにあった。女神の果実は美しい。奇跡を起こすエネルギー体だ。だが起こったことはどれも願った者の密やかな願いをどこか不自然に叶えているような気がしてならない。
しかし、これで「生き返る」ことはできないみたいだ。「命を与える」ことは出来そうなのに。
こんなもので、懸命に生きる幼い者たちを翻弄するなんて絶対に良くねぇよ。幼いゆえに純粋で、欲望にのまれるのはどんな存在でも一緒なんだから、幼ければ余計堪えられないことが多いだろう。
はやく、はやく全部回収しないとな。回収して師匠に報告できる日を俺は心待ちにしている。……リッカたんのところに戻ることの次くらいに。
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幼少期、天使(異変前)時代
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旅の途中(仲間中心)
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旅の途中(主リツ)
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if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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