『素直になる呪い』
魔物の攻撃から味方を庇った。それは日常だ。だから、誰を庇ったのか、何から庇ったのか、もう定かではないのだが。それはいい。幼く愛しい子らが傷つかずに済んだのだ。俺だってかすり傷ひとつ負わせずにいられるなんて傲慢になっちゃあいねぇが、明らかに普通とは異なる魔力を帯びた一撃をみすみすと浴びせるものか。
しかし、だ。今回、ちょっとばかりだが、打ちどころが悪く、庇ったはいいが無様に気絶したらしい。気づけばリッカたんの宿屋に運び込まれ……内装を見た瞬間にもちろん分かる……ベッドの上におさめられていた。真っ青な顔色のガトゥーザがベッドサイドにいて、目覚めた俺の言葉が出る前に「遮って」、こう申告したのだ。
「アーミアスさんは、呪われてしまいました」
呪い? 聞き返しそうになる言葉をまたガトゥーザは遮った。珍しい。自己主張は……まぁ、どう言い繕っても激しいガトゥーザだが、言葉を遮るなんてことはしてこなかったのに。それほど焦っているのか。そんな、体が動かないとか痛みがあるとかそういうこともないし、どういう呪いなのか知らないが、気にしなくてもいいのによ。
むしろ予定よりも早くリッカたんのいる宿屋に戻ってこられたんだ。マイナス要素は何もねぇ。リッカたんが意識不明で担ぎ込まれてくる見知った顔にびっくりしたかもしれねぇけど、それは……まあ、リッカたんに恥ずかしいところを見せたっていう失態だがよ。
「私も神父も、今すぐに解くことはできません。『おはらい』を持ってしても丸一日、時間がかかかってしまいます……。
その呪いの名は恐らく、前例からすると『思ったことが口に出る呪い』というのです。あぁ自分が恥ずかしいです! 恩のあるアーミアスさんに、ともすれば辱めを……! うう、幸い、そこまで強い呪いではありませんから、言葉を遮ってしまえばアーミアスさんの『思ったこと』は口には出ないようですね。その点は良かったです! では、私は! これにて失礼致します! 一日、どうかどうか養生なさってくださいね! ご要件があればいつでも! 私でも妹でも少年でも呼びつけてくだされば! 隣の部屋に誰かいますから!」
早口にまくしたてたガトゥーザは勢いよく出ていき、後にはバタンとしまった扉が残される。塵一つない綺麗な、薄暗い一室。音は良く響く。
そんで俺はと言うと、『思ったことが口に出る呪い』についてのやばさについて考え、俺の上品とは言い難い脳内の本来の口調や、リッカたんを常にぺろっていることも全部口から出るのかと思い当たり、気が遠くなってきていた。
ガトゥーザは、本当にいい子だ。部屋に来ないほかのみんなもいい子だ。なるほど、なるほどなぁ。
しかし、思ったことが口に出る呪い、と言う割には考えても口から何も出ていないではないか。ガトゥーザが遮れば言葉が出なかったし、言っていた通りそんなに強い呪いではないのだろうな。例えば……今言葉が出ないのは、言葉を聞く相手がいないからでは? やべぇよ。
そう思った瞬間、勝手に口が動く。まさしく、いやそうなのだが、呪いのごとく。
「やば……」
……。
マジで、やべぇよ。俺がやばとか口走ったことがあったか? この天使生で? ない。一度もだ。神に誓ってない。絶対になかった。俺はずっとこの馬鹿みたいに丁寧な言葉で話してきた。
本当に小さい頃から俺は、少しでもいい子に見えるようにあり続けることで、誰よりも早く、誰よりも長く、地上に行きたかったからだ。ほんの僅かな可能性でも逃したくなかった。そのために同輩の天使より優秀に見えるようにしてきたからだ。それが、この俺だ。虚飾に彩った言動。幸い、この最高に「イカす」ほど薄い顔つきで判断されるほど天使界は顔を重んじていない。もしそうだったら今頃ハゲだがイケメンの師匠が一番偉くなってるに決まってっからな。
それはさておき……だから、やべぇよ。
ザッと血の気が引いていくのがわかる。これは! 俺の築き上げてきたものを一発で崩す呪いだ。丁寧な態度で、敬語であり続けるのは簡単な理由なのだ。
敬語の真面目ちゃんというのは比較的問題児よりは放任されるうえに信頼性が高い。つまり俺は好き勝手、ウィズ人間たちと。こんな本性バレたら俺のハッピーライフの障害になってしまうだろ!
恐ろしさのあまりめまいがした。俺がリッカたんの前で思ってること全部言っちまったら? あまりのことに嫌われるかもしれない! 自分で自分を追い詰めているのがわかる。だが、そうだろう? 出身の村の守護天使が自分のことを大変ぺろく思ってました、なんて誰が考えるよ?
リッカたんぺろ! ぺろぺろ! ぺろ! よし、口が回らないほど高速でぺろぺろしたら口からほとばしったりしないんだな、よし、ぺろぺろ! ぺろぺろ! リッカたん今日も元気? リッカたんのお手伝いしたいって俺の体が叫んでやがる、こんなことじゃなきゃとっくに部屋から飛び出してる!
そうじゃねえ!
言わぬが花、知られていないからこそ自由なのだ! リッカたんを前に今日も可愛い、大好き、うんとうんと長生きしてくれよ! あわよくばその人生の間、ずっと一緒にいたいぜ! 横で見守るだけじゃなくて、俺と過ごしてほしい! 真面目で働き者のリッカたん、信心深く純粋で、可愛いリッカたん。だれが好きにならないっていうんだ!
俺はリッカたんの!
「そばにいたい」
俺に話しかけてくれて、笑いかけてさえくれる君は、なんて綺麗なんだろうと、思う。だけど、俺は人間じゃねぇから、俺と過ごすよりもきっと、同じ人間と過ごした方がリッカたんにとっては幸せなんだろうな……なんて、そんな……もし、口走ったら俺はいろんな意味で星になっちまう。
そうなる前に。なんとかして。神のパワーかなにかで。
「人間になりたい……」
おうよ、全部口から出てるわ。
ということで、うっかりやらかして立ち直れなくなる前に、ガトゥーザの優しさに甘えることにした。今日はここに本当に閉じこもっていよう。
布団の中で大人しく寝てりゃ何も口走ることもないだろうし、一人なら何言ってもバレやしない。あぁ! 今ばっかりは人間たちに姿が見えず、声も聞こえずだったのが懐かしい! あの姿なら呪いがかかっていようが気兼ねなくリッカたんの隣に居れるのによお!
ま、ないものねだりをしてもしょうがねぇ。布団を鼻くらいまで被る。薄暗い部屋の中はしんと静かで、ちっとも眠くねぇけど頑張ったら眠れる気がしてきた。
目を閉じる。百年以上の習慣のうつ伏せではなく、翼が失ったからこそできる顔向けで。まだ少し慣れないが、なんて息がしやすいんだろうか。神はその点において少々、天使の設計をミスってるよな。
睡眠時間はそんなに長い方じゃないが、出来るだけ長く眠れるように祈って。
よし、おやすみなさい。
とんとんとん。優しいノックの音に意識が引き戻される。窓から差し込む光はまだ強く、そんなに寝ちゃいねぇっぽい。
「わぁ! 駄目ですよ、リッカさん! アーミアスさんは今お休みになってるはずなんです!」
リッカたん?! リッカたんが来てんの?!
俺は素早くベッドから降り、我ながら惚れ惚れする速度で鏡の前に滑り込んだ。そして髪の毛に変な寝癖がついていないか、顔に布の跡でもついてないか、ともかく身嗜みがおかしくないかを高速チェック。
服を見下ろしたが、こちらは休みの日に着てるような普通の服だ。パジャマなんてものは持ち合わせていないからこれを着せられたんだろう。ナイス俺。鎧から着せ替えてくれたのは誰だろうか、グッジョブ誰か。
さて、身嗜みは問題ない。リッカたんをスマートに出迎えよう。
足音もなく扉に向かった瞬間、メルティーの声で硬直した。
「リッカさん、今アーミアスさんはその、呪いを受けていまして、もしかしたら人前には出たくないと思っていらっしゃるかもしれないんです」
うっわ、そうだった。『思ったことが口から出る呪い』だったか?
だめだだめだ、リッカたんに俺みたいなやつの欲望の声を聞かせちゃならねぇ! 取り返しのつかないことになる前にベッドに戻るしかねぇ!
だがあまりにも焦っていた俺は踵を返してベッドに飛び込むのに間抜けにも足を滑らせてすっ転んだ。派手な音が外にも聞こえたらしい。恥ずかしすぎて布団に頭から突っ込みたくなる。
「だっ、大丈夫なの、アーミアス? でも人前に出たくないかもしれないって……もし何かあったら言ってね! お昼食べてないって聞いたから、軽食でもと思ったけど、また、後にするね!」
リッカたんに心配されちまった! リッカたんが俺のこと心配してる! 嬉しい! 恥ずかしい!
これで黙っていられるか!
俺は衝動のままに扉へ向かった。思えば、リッカたんに何がなんでも幻滅されたくないのにこんな行動に出たのも呪いなのだろうが、その時は頭に血が登りすぎていた。
そして扉を開けて……口からほとばしる言葉を止めようと理性は働かなかった。
「リッカ、大丈夫! ぼくは大丈夫だか……ら……」
目をまん丸にしたリッカたんとメルティー。可愛いなぁ、驚いてても可愛いな。ところで可愛い可愛いって思ってても口から出ないのは嬉しいんだが、俺が自分のことを幼子のように僕なんて言うものだから、顔がどんどん熱くなっていくのが分かるんだが。
ちょっと待ってくれ、もしかして、誤診なのか? 幼児退行する呪いなのか? 人間にとって何代も前、とても昔、子どもの頃。その頃の一人称だぜ? それとも心の奥底では僕のままなのか? まさか! 変えて百年は経つんだぞ!
「アーミアスさん……?」
「あぁ、元気そうでよかった! 気を失ったまま、ガトゥーザさんに背負われてきた時は本当にびっくりしたの。大丈夫よ、呪いなんでしょ、気を遣わなくていいの、ただお腹がすいてないかなって……差し出がましい事だったかもしれないけど」
「そんなこと……ないよ、ないですよ、嬉しかった、ありがとうございます。今、言葉を上手く制御出来ないみたいで、その、子どものときのようなたどたどしさでごめんなさい。でも、嬉しかったんだ……気に病まないで」
頬が熱い。だが余計なことは言ってないはず。言ってないんだがとんでもなく恥ずかしい! 下手に口調が出るより子どもっぽい分もっと恥ずかしいわ!
リッカたんは笑った。俺の心はそれでぽかぽかする。リッカたんパワー充電!
「えぇ、わかったわ。
アーミアスはどんな時でも変わらないね。ね、今日はゆっくり休んでね」
「うん、えぇ、もちろん、明日には治しますとも、リッカ」
治らなきゃ困る。こんなの毎日とか耐えられるわけがない。星になっちまう。
「そうだ、軽食……サンドイッチを持ってきたんだけど、どうかな? お腹減ってる?」
「食べます」
「良かった、食欲があるなら大丈夫だね」
リッカたんが作ったかは定かじゃないが、リッカたんが手渡してくれるサンドイッチを食べることは個人的に天使の理より余程重要なことだからな!
サンドイッチを受け取り、どこかあわあわとしながら俺を心配してくれたメルティーと、優しい笑顔を浮かべているリッカたんにお礼を言って部屋に引っ込む。
扉がしまる。扉の前から人の気配が消える。俺は震える手でサンドイッチを安全な机の上に避難させると、羞恥の頂点に達して布団に倒れ込んだ。
いつだって、嘘なんてついてない。心掛けているのは、癖となっているのは、言葉を丁寧に、穏やかに、それだけだ。だが、今日はそんなにも、どうしていっそ素直に言葉が口ついてしまうのか。幼子のように。そういう呪いなんだろうな。くそっ、恥ずかしい。
幸い、肉体的には何も問題がないし、意思疎通にも最低限問題ない。治ろうが治るまいが明日には発つ。俺は使命を果たさなくてはならない。とっとと終わらせてリッカたんの周りを守っていたい。
「ぅあー……はずかし」
ただ、今は、布団に頭突っ込んで羞恥にうめいていても、許してくれ。
とんとんとん。控えめなノック。ですが私たち三人には大変大きく響きました。マティカ少年がすっ飛んで扉を開けます。兄は驚きかなにかで胸を抑えて地面に蹲りましたが、まぁ大丈夫でしょう。どことなく恍惚としていましたので。
ですが、アーミアスさんに見られて不要なご心配をかけることもありませんから、目につかないようにベッドの下にでも潜り込んで欲しいものです。あら、元気よく起き上がりました。
「アーミアスさんっ」
「はい、ご心配を掛けています。ですが、その、体は元気で……有り体に言いますと、暇なんです。その……えっと……」
珍しく、どこかもじもじと、口ごもったアーミアスさん。ずっとずっと年上のはずなのに、どうしてでしょう、外見相応の少年のように。親しみ深く見えてしまいました。あぁ、失礼なことを。
ですが、ですが! 心に嘘はつけません。お可愛らしい!
「仲間に入れて、もらっても?」
普段、無表情気味のアーミアスさん。優しく微笑むことはありますが、こんな眉を下げた困り顔なんてとってもレアです。
あぁ! まさしく! 天にも登る心地! 私、私、今敬愛する天使様のお可愛らしい姿を見ているのですね!
「もちろんですとも! ねぇ姉さん!」
「はい、ガトゥーザ! お茶とお菓子をお出しします! あの、既に一人部屋に三人もいるわけで、ちょっと狭いかもしれませんが!」
「アーミアスさん、こっちに座って!」
「もう一度『おはらい』を試させてもらいますね」
「はい、よろしくお願いします」
なんとか恍惚とした表情を消した兄さんが「おはらい」を再度試しましたが、結果は変わらず、もはや解くものは何も無い……つまり時間を置くしかないという結論に至り、もはや僧侶ではないものの修行が足りないと地面に沈みました。
「気にしないで、大丈夫です。真摯な子よ、大丈夫。その献身の意は伝わっていて……嬉しいので。明日には解けているんだよね、確かな腕を持つ君がそう言ってくれるなら、大丈夫」
いつもよりも柔らかな口調のアーミアスさん。私も慰められたいです。贅沢な兄さんはすぐに立ち直りました。
お茶とお菓子を手早く用意し、椅子はひとつしかないものですから、ベッドに三人座りました。もちろん、本調子ではないアーミアスさんのサイドを固めた形です。
兄さんは裏で繰り広げられたじゃんけんに敗北し、椅子に悲しそうに座りました。そこはそこでアーミアスさんを正面から見ることが出来るのですのでどこに座っても勝ちなのですけどね! 隣は譲りませんが。
「なんだか楽しいね!」
じゃんけん一抜けのマティカ少年が左側、つまりアーミアスさんの利き腕と逆の方向で言いました。利き腕側の私はアーミアスさんに邪魔に思われないように、そして悟られることなく過ごす高いスキルが必要になるのです。
「そうですね、なんだか……無垢の子、子どもたちの秘密基地ってこんな感じなのでしょうかね」
「……そうだよ、もっと人が多くて、もっと居心地悪いけど! 多分こっちのが楽しいよ!」
「なんてったって、美味しいおやつと安全が両立してますからね!」
どこか普段よりも柔らかく、幼いようなアーミアスさんと過ごす時間はとても楽しくて。あっという間に夕飯の時間になってしまい、私たちの語らいはそこで一旦終わることになりました。
連れ立って一階に夕食へ向かう時、窓から差し込む月明かりに銀に輝くアーミアスさんの御髪にうっとりと見とれます。
立ち止まった私に気づき、振り返ったアーミアスさんはお優しくも、微笑んでくださいました。
夜、仕事を終えて、外で星を見ていたら。よく晴れているからかな、静かに誰かがやってくる。振り返らなくたって誰かわかるの、こんなに星が綺麗な夜に会うのに相応しいひと。ひとじゃなくて、天使様だけど。
ほら、振り返ったら、その通りの人が穏やかに微笑んでそこにいた。
「あら、アーミアス。こんばんは、もうお加減はいいの?」
「こんばんは、リッカ。もう平気、ただ少し、まだ、言葉が拙いかもしれませんが……」
「そうなの? 拙いだなんて、思わないけど」
「『思ったことが口に出る呪い』だそうです。今日は誰にも隠し事ができないわけですよ。ちょっと……言葉遣いまで子どもっぽくなってしまうのは、恥ずかしい」
「どこかミステリアスなアーミアスの思ってることが分かっちゃうんだ」
「俺がミステリアス……? まさか! リッカ、ぼく……俺の、どの辺りが……いえ、いえ、聞いたら余計落ち込む気がします」
落ち込む気がします、だなんて普段のアーミアスならきっと言わないことだろうなあ。ちょっとあわあわしているアーミアス。綺麗で優しい守護天使様。今日の彼は「呪い」のせいでとっても近しく感じちゃう。
僕と俺を言い換えるなんて、ちょっと前のニードもそんなところあったじゃない!
アーミアスは天使様、人間とは違う。でも男の子ってことには変わりないのね。そう思うと可愛く思えてしまう。失礼なことだろうけど、アーミアスはきっとそれを許してしまう。
「言わないでおくね」
「……はい」
「ねぇ、星が綺麗よ」
からかうなんて大それたことできないから、私は強引に話を変えた。きらめく星々、美しい月。疲れてたけど、この夜空を見るなら寝る時間が少し減っても構わない。
「そうですね……」
「今日は本当によく見えるわ」
「千の時を、万の時を、死後星々となり見守ってくださっている天使たちも、地上に生きる神の子らを、よく見ることが出来ているでしょう」
思わず振り返った。星を宿したようにきらきらしているアーミアスの目にも星々が映り込んでいて、優しく彼は微笑んでいた。
アーミアスは天使様。私が産まれる前から、お父さんが産まれる前から、おじいちゃんが産まれる前からずっとウォルロ村を見守ってきた人ならざる神の使い。
だけどもとっても親しみ深くて、今日なんて特にそう。触れられるほどそばにいる、誰よりも優しくて綺麗な天使様。
なのに、その、『思ったことが口に出る呪い』を受けた彼の口から出たのは、普段きっと彼が優しさでひた隠しにしているはずの、「とても天使様らしい言葉」だった。
私は彼が身近な男の子じゃなくって、私と同じくらいの歳に見える容姿のままずっと在り続ける天使様であることを思い出した。
そうよ、そうなの。アーミアスは優しいの。だから、普段は頼まれでもしない限り仰々しいことは言わないわ。天使様、優しい天使様。ほら、現実に、見守り、手を差し伸べてくださる天使様。
地上に落ちてきてもなお、光かげることなき、天使様。落ちる、だなんて天使様にとってはきっととっても良くないことのはずなのに。
彼はずっと地上にいる。私たちを好いてくれて、守ってくれて、そして、触れられるほど近くにいてくださるの。
だけど、本当なら、触れちゃいけない。神の使い、救いの主の、お使い。
「星は天使の死後の存在です。夜空であぁして俺たちを見守っているのですよ。俺が天使として遣わされる前にとっくに星だった天使ももちろんいます。永い時を見守っているのです。でも、……」
「でも?」
「俺、自信があるんですよ。どんな天使よりも……俺の方が人間が大好きだってね! それもずっとずっと!」
手の届かぬ天使様、私たちの、守護天使アーミアス様。
彼はあたかもティーンエイジャーのようににっこり笑ったの。
誇るように、自分の方が人間のことが好きだって星々に言って聞かせるように。
「リッカ、今日の星は格別に綺麗です。でも星を見るにはそろそろ風も冷たくなってきましたね。俺はあの星々よりもリッカのことが大切なので忠言させてください。そろそろ、室内に戻りませんか? 俺の方がリッカを守れるんですよ、見てるだけの奴らより!」
「ふふ……あはは! アーミアスったら、大真面目にそんなことを言うなんて! なんだか……とっても……」
「子供っぽいですか? 今日はそうなんですよ、リッカ。とっても恥ずかしい。でもリッカ、星にリッカの視線を奪われるのはちょっと惜しいんですよ」
「なぁにそれ」
月の光に透かされて、アーミアスの髪は煌めく銀に輝く。神々しくって、本当に綺麗。その顔も、まさしく神様が丁寧に丁寧に、丹精込めてつくりあげた天使様!
だけど、だけど、中身はこんなに……触れてもいいみたいに、優しくって、近しく思えてしまう。触れていいの? 私を誘う手にそっと手を重ねる。
その華奢な容姿からの想像よりもアーミアスの手のひらはずっと分厚かった。
守護天使様、だもんね。守ってくださってる。こうして。
なんとなくたくましさを感じて、どきどきした。
「そりゃあリッカ……あんなに君が熱烈に見るのなら……俺も、星になりたくなるんだ……」
そんなときに、彼は少し頬を染めてこんなことを言うものだから! 私の頬も釣られて熱くなる。
ロビーに戻ると、おやすみなさい、彼は早口で言う。いい夢を、健やかに。彼は本心からそう言う。いつだってそうだけど、その呪い、ううん、私にとっての祝福は彼の心の壁を取り去ってしまう。
天使様の優しい気遣いをそっと拭いとっていく。
私の胸は、しばらくドキドキしていた。
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幼少期、天使(異変前)時代
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