闊歩するは天使   作:四ヶ谷波浪

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72話 騎

 きらきらした鍵を掴む。別になんも言われない。何も起こらない。誰かが咎めてくることは無い。鍵を元の場所に戻す。それも何も起きない。もう一回鍵を掴んで、手に持ったまま太陽の下に出た。なんも起きない。怒られない。奪われない。咎められない。なら、貰っていいのかな。

 

 なんだか綺麗だし。魔法とか詳しくないおれでもなんとなく不思議な力を感じるんだ。何かの役に立つかもしれないし。

 

 ポケットにねじ込む。あとでアーミアスさんに見せたらなんて言うだろう?

 

 やっぱり、アーミアスさんとパラディンの女の人の方が気になるから、おそるおそるそっちの方に行ったらなにか、お話をしているみたいだった。

 

 屋上で流れてる水の音がなんとなく大きく聞こえたような気がして、一歩一歩近づいていく。

 

 ぱしゃんと、どこかにぶつかったのかな、跳ね返った水が飛び散っていく。パラディンの人をガトゥーザがものすごい目で睨んでる。メルティーは日陰まで下がってきて、暑そうに汗を拭った。メルティーは不思議なくらい興味がなさそうだった。

 

「意外な精霊ね。あなたは仲良くするでしょうけど」

「えぇ、俺を認めてくださるならば。俺がパラディンになれるのであれば」

「パラディンの素質は博愛。そして自己犠牲。それをあなたは見せたからこそ、精霊は宿ったの。その……少し、間抜けな精霊に見えるけどね」

 

 言いにくそうに、口ごもるみたいに言ってるけど……間抜けな精霊? 精霊に間抜けとか間抜けじゃないとかあるのかな?

 

 水がぱしゃん、とうるさい。

 

 精霊を見ようと思って二人の周りを目を凝らしてその辺を見てみたけど、でも、おれには何にも見えなかったし、聞こえもしなかった。ガトゥーザみたいに特別「目がいい」わけじゃないもの。

 

 そういうのは、やっぱりガトゥーザが詳しいんだろうけど、目をそらさずにすごく睨んでいてあんまり話しかけたくない。

 

 ぱしゃん、ぱしゃんと水が跳ねる。ああうるさいな、と思ってみてみれば、なんにもないのに水が跳ねてた。ね、なんにもないのに。誰も触っていないのに。精霊か、妖精か、分からないけど。

 

 精霊の話をしているからかな? 見えない何かが遊んでるみたい。ガトゥーザかなぁ。

 

「俺は、彼のひたむきなところを好ましく思いますので」

 

 ガトゥーザが突然崩れ落ちた。熱中症かなと思って日陰に引き摺ってくるとなぜか冷やす前からずぶ濡れだった。

 

「ご指導、ありがとうございました」

「いいえ、パラディンのレベル十五を越えたならまた来なさい。その時は勝負しましょう。今度は同じパラディンとしてね!」

 

 これで、アーミアスさんはパラディンかぁ。仲間を守る騎士様。なら、ますます魔物が動く前に全部倒しちゃいたい。もっと強くなって。そしたら、きっと、安心できるから。

 

 パラディンのチェインメイルの女の人。パラディンの人。なんとなく、似たような鎖帷子を着たアーミアスさんを想像する。そういえば、初めて会った時も鎖帷子を買おうとしてたんだっけ? あぁあ、よく似合っちゃう。そう思って、どれだけおれがどう思おうとも、アーミアスさんの後姿が見慣れているんだなあって。

 

 いつか、アーミアスさんが戦わなくてもいい日がくればいい。

 

 チェインメイルに埃が被って、アーミアスさんの剣は錆び付いて。おれはたまに彼のところに遊びに行く。すると優しい笑顔を浮かべたアーミアスさんは、幸せな日々を送りながらおれの来訪を歓迎する。

 

 おれの母親と違って、一途な大切な人と、誰かを大切にできるアーミアスさんが寄り添うんだ。

 

 赤い血なんて流れない。ひとりに凍える子どもはいない。どうしようもない空腹の夜はない。

 

 そうなれば。おれの狂った胸のときめきも、氷のように溶けるはず。

 

 あの白い首筋に、尖らせた爪を立てて絞めたなら。そんな甘い夢を見る日はない。そんな物騒なことを考える人間は平和になれば、凍え死ぬように、いなくなる、よね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早速ダーマで転職して防具やら武器やらを少々見直しておく。実にこれまで得物といえば剣一辺倒、つまり師匠の教えの発展系しか使う気がなかったから、俺の得物は剣のままだが。

 

 最初からゆくゆくはパラディンになりたいとか考えていたからな、その職にどう足掻いても真摯ではない俺がこれまでにまともに使った「その職らしいこと」といえば戦士の「かばう」くらいだし。

 

 これからはパラディン固有の博愛スキルと盾スキルも磨かなくてはならない。これ以上転職する気もないしな。武器はもう、ずっと剣でいいだろう。ぶっちゃけ俺が剣をふるうことなんてマティカの三分の一以下だろうが。

 

 とっとと「仁王立ち」を覚えて、仲間たちへの全ての攻撃をシャットアウトだ。それにはしばらくかかるだろうが、俺は努力を惜しむつもりはない。

 

「さて、次は『女神の果実』のことについてです。『黄金に光る果実』を知らないか、見たことはないか……手分けして聞き込みをお願いしますね。実物はご存知の通りですから、聞き方はなんでも構いません。情報は、どんなに些細なものでも構いません。

ええと、それでは城下町の方を二人、城の方を二人で分けまして……」

「アーミアスさんはお城の方にお願いします!」

「城下町はこのガトゥーザとマティカが参ります! いいですよね、少年!」

「う、うん……」

 

 口々にそう言われる。兄妹が率先して分かれるのは珍しいが、メルティーも異論なく、むしろ元気よく頷いている。マティカは流されたようだが。行きたいほうに行っていいんだぞ。

 

「グビアナ城はなんというか、いけませんね! このガトゥーザ、妹と姉妹であればと悔やんだのは初めてですよ! 非常にけしからんですね」

「兄さん! 清らかなる天使様に向かってなんという世俗的な物言いですか! ただ単に、遥かなる空におわす尊き方にこの暑さはひどすぎるだけでしょう! お城の中であれば水も引かれていて、日光も遮られ、少しは涼しい。それ以上に何かあるでしょうか! ありませんね!」

「しかし少々女官が多すぎると兄は思います」

「そうですか。そうですよね。兄さんが単に初心すぎる、それ以上に何かあるわけもないのでした」

「生粋の教会育ちですからね」

「そういうことにしておきましょう」

 

 芝居のように次々と言葉が交わされる。つまり、二人は暑さでヘロヘロになった俺を見て心配してくれているってわけか。なんて気遣いのできる……とはいえ外は暑いだろうに。ガトゥーザとマティカこそ暑さで倒れたらどうするんだ!

 

「ご心配なく、城の中では精霊をおいそれとけしかけてはなんらかの攻撃を疑われましょうが、街中であれば少しはごまかしがききます。ええきっと。

少年と私は水の精霊や風の精霊にお願い申し上げて大変涼しく過ごしますので大丈夫です。ええ、きっとグビアナの真ん中でエルマニオン地方にいる気分を味わえることでしょう」

「えるまにおん?」

「雪国の一地方ですよ。砂漠のグビアナ、吹雪のエルマニオンです。エルシオン学園の近郊ですね」

「えるしおんがくえん……?」

「ええ、まあ、学校です。寄宿舎学校です。名門私立のね」

「きしゅく……?」

「わかりやすく言うならば寮です」

「りょうって?」

「……私は今、セントシュタインの教会に失望しています。誰しもに開き、教えを説き、学びを与える気はなかったというわけですか。これだから教会は……」

 

 まあでも、わざわざ教えられでもしない限り知らないだろそんな言葉。エルシオン学園はセントシュタインからすごく遠いしな。

 

 マティカを見る。まだ幼い少年と言っていい。もちろん、旅人をしていておかしい年齢かと言われると、ルイーダの酒場に登録可能な十六歳を超えているのでおかしくはないのだが、成人済の姉弟が隣にいて、百歳を超える天使から見れば幼い子どもだ。

 

 トントン拍子に残りの女神の果実が見つからない限り、エルシオン学園にもきっと聞き込みに行くだろう。その時、初めて寮生活をする同じくらいの年齢の子どもたちを見て、マティカも学び舎に入りたいとか、思うのだろうか?

 

 エルシオン学園では様々な戦闘技術をも学ぶと聞く。俺のように、いくら師匠から指導を受けてきたとはいえ皆伝したとは到底言えない剣士から学ぶよりもベテラン講師から学びたいと思うかもしれない。俺は剣スキルを極めたが、師匠の元で極めたわけじゃないからな、我流が過分に混じっている。純粋に王道で正統な剣術を学びたいかもしれない。

 

 もちろん、剣でなくても新しい武器に興味があるかもしれないし。斧とか、ハンマーとか、格闘技も。バトルマスターとして高みに至りたいなら、俺の元にいるのはもはや足踏みだろう。

 

 俺は全ての幼き神の子らの幸せを願っている。そうだ、マティカも、メルティーも、ガトゥーザも、旅をしてくれるのは得難き幸せだ。いつか、別れは来る。別れ、笑顔で送り出す日が。

 

 三人とも若い。まだまだ元気だ。だけど、別の別れも……。

 

 あぁ人間になりたい。人間になって、それで、それならばごく普通の別れも、俺の方が普通に先に死ぬかもしれないしそこまで寂しくないかもしれないのによ。

 

「ともかくお任せ下さい! 如何に砂漠の太陽が強くとも吹雪にして差し上げます!」

「ほどほどに、体調には気をつけて」

「もちろんですとも! あぁなんて私めを気遣ってくださる優しい言葉でしょう!」

 

 まぁ、今は大丈夫かな。ともかく情報を集めなくちゃな。もしかしたらここにはなくて、エルシオンにはあるのかもしれない。早く七つ集めなくては。きっと師匠も気を揉んでいるはずだ。

 

 メルティーを伴って城に入る。黄金の果実のことを聞き周りながら、色んなところで「ワガママな女王様」の話を聞く。

 

 女王様、ねえ。

 

 身分の高い人間。黄金の果実を手に入れられて、献上されるかもしれない人間。

 

 話を聞きに行く必要があるかもしれない。

 

 メルティーも同意見なのか、涼しい目元を凛々しくさせて、杖をぐっと握りしめていた。

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  • 幼少期、天使(異変前)時代
  • 旅の途中(仲間中心)
  • 旅の途中(主リツ)
  • if(「素直になる呪い」系統の与太話)
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