フーチ先生好きですよ。可愛くないですか、最新型の箒でテンション上がっちゃう先生なんて。
その日、ハリーと私は朝からひどく落胆することになった。次の木曜日──つまり3日後からスリザリンと合同の飛行訓練が始まるのだ。
掲示板に貼り出されたその知らせを見た瞬間、思わずハリーと顔を見合わせたほどだ。ハリーの顔にはひどい失望の色が浮かんでいた。
「そらきた。お望み通りさ。マルフォイの目の前で箒に乗って、きっと物笑いの種になるんだ」
ハリーは魔法使いが本当に箒で飛ぶということを知って楽しみにしていたせいもあり、あまりの処遇に吐き捨てるように言った。
「そんなに気を落とさないで、ハリー。彼だってそんなに上手くないわよ」
慰め程度だが、そんなことを言う。
「どうしてそんなことが言えるの?」
「だって、私たち魔法族はマグルの前で、魔法の存在が気付かれるようなことをしちゃいけないもの。マグルの乗ったヘリコプターなんてもっての外よ」
しかしそう言ってしまってから、ロンやシェーマスもドラコと同じように法螺を吹いていたことを思い出し、やってしまったとハリーを見たが、なんとも都合よく彼はそれには気付いていないようだった。
「そうなの?」
それから2日間、皆はひっきりなしにクィディッチや家で箒に乗った時の話をした。ハリーはそんな皆の法螺と思われる話を聞くたびに口を閉ざし、私を見るようになった。
正直蛇足だったかとも思ったが、ハリーは皆の嘘を咎めたい気持ちからそんな行動を取っていたわけではないということに、2日目にしてやっと気が付いた。
「皆、ほんとにそんなことやってたら捕まっちゃうよね?」
そんな中、純血家系であるはずのネビルが箒に乗ったことがないと知り、驚かされた。しかしそれは彼の祖母が彼を箒に近づけさせなかったためということを聞き、不覚にも納得してしまった自分に嫌気が差した。
一方でハーマイオニーは図書室の「クィディッチ今昔」で仕入れたクィディッチについての情報や箒に乗るときのコツ、飛行のコツなどありとあらゆる情報をインプットしてはアウトプットする、という作業を繰り返していた。
はじめは彼女の周りには飛行に不安のある1年生がわらわらと集まっていたのだが2日目にもなれば、彼女の話にしがみついているのはネビルだけだった。彼も彼女も必死だった。
そうしてすぐに、悪夢の木曜日はやってきた。私もハリーも、出るのは溜息ばかりだった。
朝食のテーブルが一段落付き始めた頃、頭上でふくろうが高く鳴く。ふくろう便の時間を知らせる声だ。
ハリーには何もない。ヘドウィグがすぃーっとやって来て、彼の指を甘噛みしてから彼の飲みかけのコップに嘴を突っ込み、また何処かへと飛び去っていく。ハグリッドからの手紙のあと、ずっと繰り返されている光景。しかし私も、ハリーのことは言えない身だ。
入学したあの夜にシリウスに宛てて手紙を出してから2週間が経とうとしているのにまだコレットは帰っていない。
ふと、近くの席から嬉しそうな声が聞こえた。ネビルだ。
「ばあちゃんからだ!なんだろう━━━━」
バリバリと包を破く音。ネビルの方を見てみれば彼の手の中には拳大の箱があった。
「…『思い出し玉』?もう…ばあちゃん、僕が忘れっぽいこと知ってるから……。何か忘れてると、この玉が教えてくれるんだ。見てて…こういうふうにギュッと握るんだ。もし赤くなったら━━━あれれ…?」
彼が取り出した、白い煙のようなものが詰まった、大きなビー玉程度の大きさのガラス玉を握ると、それは真っ赤に光り始めた。何かを忘れているのだ。
「……何かを忘れてるってことなんだけど…」
ネビルは愕然として、何を忘れているのがさえ忘れてしまったようで必死になってそれを思い出そうとしたが、『偶然』通りかかったドラコが、ネビルの手からそれを引ったくった。
ハリーとロンが弾けるように立ち上がる。
ロンはともかくハリーは、どこかドラコと喧嘩する口実を待っていたような節があったので今回は好都合というわけだった。しかしそう上手くは行かないもので、突然、マクゴナガル先生がサッと現れた。
いつもこういういざこざを見つけるのは彼女だ。
「どうしたんです?」
「先生、マルフォイが僕の『思い出し玉』を取ったんです」
ネビルが言い、マクゴナガル先生は片眉を吊り上げた。流石に先生には何もできないらしく、ドラコは眉間にシワを寄せ素早くガラス玉をテーブルに置いた。
「見ていただけですよ」
そのままドラコは後ろに従えていたクラップとゴイルを引き連れて蛇のようにするりと逃げて行った。
ハリーは彼らの背中を憎々しげに一瞥し、マクゴナガル先生に会釈してからまた席に着いた。その時だった。
甲高い、ふくろう独特の鳴き声が頭上に響き渡った。とうにふくろう便の時間は終わったはずだが、残っていたのがいたのだろうか、と上を見上げれば天井近くの窓から比較的大きなふくろうがこちらに向かっと飛んでくるのが見えた。
ハリーはもしかしたらあのふくろうの咥える手紙は自分宛かも知れないとそわそわしたが、残念ながらそのふくろうが手紙を届けたのは、その隣に座っていた私だった。
「コレット!おかえりなさい、お疲れ様」
そっと彼女の頭を撫で、水を飲めるように手元にあったゴブレットを差し出しつつ、受け取った手紙を裏返し差し出し人を確認した。シリウスだ。迷わずその場で封を切った。
隣でハリーが羨ましげにそれを見ていたが、私は彼のその様子には気づかなかった。
白い封筒から取り出した紙は几帳面に折りたたまれ、シリウスの整った文字が並んでいた。
『親愛なる娘、レジーナ
まずは、改めて入学おめでとう。そして私と同じグリフィンドールに入ったことを誇りに思う。私は駅のホームで君に「どの寮に入ってもそこが1番だ」というようなことを言ったはずだがやはり、そこの卒業生としては我が寮が1番だと言いたい。
さて、突然だが、君がきちんとした友だちを作ってくれたとを喜ばねばなるまい。名指しで悪いが、クラップ、ゴイル、マルフォイという生徒がいるはずだが、彼らには関わらないでくれ。闇払いとして、彼らの親が危険であることを警告しておこう。父親としても、危険なことはして欲しくない。一度話して聞かせたような、私の学生時代のようなことはあまりしないでくれよ。もちろん、君の母さんのように当代のイタズラ仕掛け人たちを手伝うことも、だよ。
最後に、君の7年間が素晴らしいものになるよう、幸運を祈る。
愛を込めて、シリウス』
さらにその下の余白に続いていた。
『追伸 ハリーとは仲が良いのかい?』
うん、彼らしい。上の文はなんだが『父親』って感じが強くてあまりシリウスっぽくなかったけど、追伸になった途端、彼らしさが滲み出たようだ。
思わず口元が緩んでしまうのを必死に隠し、誤魔化しながらその紙をもう一度丁寧にたたみ直し、ローブに仕舞った。
コレットは手紙を読んでいる間にふくろう小屋に帰ったらしく、私の空の皿に彼女の茶色い羽が1枚落ちているだけだ。
「誰からなの?」
ハリーは興味津々、といったようで好奇心を隠し切れずそう尋ねた。
「父よ。少しだけ、心配症な気があるのよね」
くすりと笑い、心の中で彼の願いには沿えられないだろうなと苦笑した。
何せ私はこれから、恐らくは学生時代の彼がしたことよりずっと危険なことに首を突っ込もうとしているんだから。
それはお辞儀さんであったり、巨大な蛇の王であったりドラゴンであったり、できるだけは私は全部関わる気でいる。犠牲者も、ハリーへの負担も、全部減らす為だ。そんな風に危険の骨頂であるような目標を密かにではあるが掲げているのに、シリウスの願いに応えるなんてことは残念ながら、できそうにない。
心の中で少しだけ、彼に謝りながらハリー、ロンと共に朝食の席を立った。
━━━━━━
今日のメインとも言える飛行訓練が始まったのは午後三時半だった。
よく晴れ、少し風はあるが絶好の飛行日和だ。青々とした芝生が風を受け、さわさわと波打っていた。飛行訓練の会場となる校庭にはスリザリン生が既に到着し、ずらりと並んだ箒の前に整列していた。
目立つシルバーブロンドの髪を靡かせ、ドラコが自慢気に箒を品評しているのが見えた。多少なりとも学はあるらしい。
グリフィンドール生が到着するとすぐに、コーチであるマダム・フーチが現れた。白い髪を短く切り込み、まるで鷹のような鋭い眼光の黄色い目をしている。
「何をボヤボヤとしているんですか」
はきはきと彼女は私たちを叱咤し、箒の隣に立つように言った。
みんなは先生に言われたようにぞろぞろと並んでいく。私は比較的安全そうな箒を選び、隣に立った。ハリーは私の隣の箒を選んだが、それはひどく古い箒で、小枝が何本かとんでもない方向に飛び出していた。
あれで上手く飛ぶのはハリーのような天才でもない限り無理だろう。
「右手を箒の前に突き出して」
スリザリンもグリフィンドールも、互いに何かを言い合うひまもなくいつの間にか訓練は始まっていた。全員がその声に従い右手を箒にかざした。
「そして、『上がれ』と命令しなさい」
途端に校庭はみんなの『上がれ』と言う声で溢れた。
ハリーと私、先生は一発で箒を手にすることができたが他の生徒たちは苦戦していた。特にネビルは、箒が眠っているのではないかと思うほどに微動だにせず、途方に暮れていた。
少し向こうのハーマイオニーの箒はコロコロと地面を転がるだけで一向に上がっては来ないし、ハリーの向こうのロンの箒は3度目くらいの呼び掛けに反応したは良いのだが、元気が良すぎてロンに頭突きをかましていた。
数分後、やっと全員が箒を手にしたことを確認してから(私とハリーはネビルを含め、数人が先生の目を盗み手で箒を持ち上げるのを目撃してしまった)、箒から滑り落ちない乗り方を説明し、次に生徒の周りを歩き回ってそれぞれに箒の正しい持ち方を教えていった。
当然のようにハリーと私、そして事前勉強に命をかけていたハーマイオニーは持ち方をこれでもかというほどに褒めに褒められ、反対にドラコは間違った持ち方を矯正され顔を真っ赤にしていた。これにはハリーもロンも大喜びだった。
直後、同じように間違いを指摘されたロンも赤くなったがドラコは自分のことに精一杯で気付いていないようだった。
「さあ、私が笛を吹いたら地面を強く蹴ってください。箒がぐらつかないように押さえ、2mほど浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきなさい。笛を吹いたらですよ───1、2の──」
ところがネビルは極度の緊張や、みんなに後れを取りたくない気持ちから焦り、マダム・フーチの唇が笛に触れる前に思いっきり地面を蹴ってしまった。
「ミスター・ロングボトム!戻って来なさい!」
どんどん上昇していく彼と彼を乗せた箒は減速する気配はない。
戻って来いと言っても無理な話だ。彼は今、完全に怖気づいてしまっている。そんな状態の彼の命令を聞くような箒ではないことくらい、誰にでもわかる。ネビルの顔は真っ青だ。
彼はぐんぐんと離れていく地面を見下ろし、声にならない悲鳴を上げた。
原作通りなら彼はこのまま地面に真っ逆さまだ。ここから見る限り、高さは7mほどあるだろう。落ちれば骨折は免れない。
ローブに仕舞っていた杖に手を伸ばす。それとほぼ同時にネビルはついにバランスを崩し、ぐらりと揺らいだ。数人の女子が甲高い悲鳴を上げ、目を覆う。
「アレスト・モメンタム!」
ネビルに杖を向け、叫んだ。薄い白の閃光が飛び、ネビルに当たったその瞬間、彼の身体はその場で静止した。地上僅か30cmだった。刹那、ネビルに掛かっていた魔法が解け、彼の身体はまた重力に従い地面に落ちたが、ドッという鈍い音と彼の呻き声が聞こえただけだった。彼は動かない。
すぐさまマダム・フーチが彼に駆け寄り、彼の身体を調べた。
「なんとまぁ……気絶しているだけのようね…。今の呪文は誰が放ったものですか?」
周りの目が一斉に私へと向く。ハーマイオニーが口を開いた。
「レジーナです」
アレスト・モメンタム、今まで『アレイスト・モメンタム』だと思ってました。
さて、今回こんなちょこっとだけ改変した理由はひとつだけ。
ネビルが可哀想。
入学初日にペットに逃げられ、組み分けでは公開処刑並に時間を掛けられ晒し者、色んな授業でやらかし、今度は初めての飛行訓練で手首ポッキリなんて不憫過ぎて。これからも彼の可哀想な展開は少しずつでもフラグを追っていきたいですね。
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