壮大な城。しかし圧巻のそれに目を奪われる生徒たちは気付いていない。彼らが歓声を上げた瞬間、その声に竦み上がって湖の中へと消えた巨大なイカの足。きっと黒い湖に住み着いている大イカだろうが、かなり不気味だった。
ハグリッドは感動もそこそこに、1年生たちを誘導していった。
「4人ずつボートに乗れ!」
ハグリッドが指したのは、丁度子どもなら4人ほど乗れるであろう小さな船。まず私がそれに足をかけ、次にハリーとロンが続いた。
あと1人。そう思ったときに乗ってきたのは、ハリーとロンが期待していたネビルではなく、ふさふさの髪をさらにふわふわさせたハーマイオニーだった。
明らかに眉をひそめる2人。
「みんな乗ったか?」
2人に注意しようとした途端にハグリッドが大声を上げたのでそちらを見れば、彼は小舟に1人で乗っていた。それでも小さな船は沈みかけだ。
「よーし、進めぇ!」
ハグリッドの声と共に生徒を乗せた船団は湖面を滑るように動き出した。
誰も一言も言葉を発することなく、そびえる巨大なホグワーツ城を見上げていた。城に近づくにつれ、そのあまりの大きさに、まるで城がこちらにのしかかってきているように見える。
「頭を下げろ!」
ハグリッドに続いていた先頭の私達が乗るボートが城の真下に到着したとき、ハグリッドが声を上げた。ボートは減速する素振りも見せず、蔦のカーテンへと突っ込んでいく。
それを潜り(ネビルはそれに思いっきり顔をぶつけていた)、その後ろに空いた城の入り口へと進み、暗いトンネルを抜ける。
遥か後方で男の子の悲鳴が上がったが、ハグリッドは気付く様子もなく鼻歌まじりに前を見つめていた。
しばらくトンネルは続き、生徒たちがそろそろ不安になってきた頃、ボートは船着場に到着し、またも滑らかに着岸した。
ハグリッドの手を借りながら、全員が岩の上に降り立った。
生徒全員が到着したのを確認してからハグリッドはまた私たちに背を向け、ゴツゴツした岩の道を登る。進むに連れ、次第に足元は滑りやすい湿気た岩から、露に湿った滑らかな芝へと変わっていく。ちらりと横を見ると遠くに不気味にそり立つゴツゴツとした木が見えた。暴れ柳だ。
歩きやすい綺麗な石段を登り、ハグリッドは巨大な木の扉の前に立ち止まった。ぞろぞろと長く尾を引いていた生徒が小さく集まるのを確かめ、ハグリッドはその大きな拳を握り、城の扉を3回ノックした。
ふと思い出して、ハリーとロンの顔色を伺えばハリーは興奮に目をキラキラさせ、その扉を見上げていた。本番には強いタイプのようだ。対してロンの方はまだ青ざめ、絶望的に扉を見上げている。対照的過ぎて笑ってしまいそうだ。
ガゴン、と重い音がして私は扉の方に視線を戻せば、エメラルド色のローブに身を包んだマクゴナガルがハグリッドを見上げていた。見上げてはいるが、どこかハグリッドよりも大きく見えるような、厳格な雰囲気だ。
「マクゴナガル教授、イッチ年生を連れて来ました」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
彼女はそう言い、私たちを招き入れるように優雅に手を動かし城の中へといざなった。
広い玄関ホールは松明の炎に照らされ、天井はどこまでも高い。ハリーもロンもネビルも、皆上を見上げていた。
目の前には壮大な大理石の階段が上の階へと続いている。
マクゴナガルに導かれ、生徒たちは石畳のホールを横切った。玄関の右手側から何百人という単位のざわめきが聞こえた。たぶん、あそこが大広間だ。
しかし彼女は私たちをそちらに案内することはなくホールの脇の小さな空き部屋に案内した。小さな、と言ってもつ1年生50人程度がギリギリとは言え収容できているようなのでそこまで小さくはないはずだ。
生徒たちは突然こんな部屋に押し込まれ、不安そうにキョロキョロと辺りを見回していた。
「ホグワーツ入学おめでとうございます」
マクゴナガルが胸を張り、威厳たっぷりに挨拶をした。
「新入生歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席に着く前に、みなさんが入る寮を決めなくてはなりません。寮の組み分けはとても大切な儀式です。ホグワーツにいる間、寮生がみなさんの家族のようなものです。教室でも寮生と一緒に勉強し、寝るのも寮、自由時間は寮の談話室で過ごすことになります」
彼女はそこで一旦言葉を切り、生徒たちを見回した。誰もが彼女の話に耳を傾け、一言も聞き漏らすまいとしていた。
その様子に彼女も満足気に微笑み、続けた。
「寮は4つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンです。それぞれの寮には輝かしい歴史があり、偉大な魔女や魔法使いが卒業しました。ホグワーツにいる間、みなさんの良い行いは自分の属する寮の得点になりますし、反対に規則に違反した場合は寮の減点になります。学年末には、最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。どの寮に入るにしても、みなさん一人ひとりが寮にとって誇りとなるよう望みます」
挨拶が終わったあとも、静けさは続き、まるで沈黙呪文でもかけられたかのように誰も口を開かなかった。
マクゴナガルは一瞬、ネビルの上着の結び目が左耳の下の方にズレているのに目をやった。
「まもなく全校列席の前で組み分けの儀式が始まります。待っている間、できるだけ身なりを整えておきなさい」
思わずネビルに、あなたのことよ、と囁いた。
彼はぼっと耳元を赤らめ、ぼそぼそと礼を言いながら結び目を直した。
「では、学校側の準備ができ次第戻って来ますから、静かに待っていてください」
彼女は私と目が合うとにっこりと微笑み、そしてくるりと踵を返して部屋を出て行った。どっとみんなの緊張感が溶けるのを感じた。
「一体どうやって寮を決めるんだろう」
ハリーが尋ねた。
「試験みたいなものじゃないかな…すごく痛いってフレッドが言ってたけど、きっと冗談だよ」
そう答えるロンの声音には、そうであってほしいという希望の色も滲んでいた。ハリーが不安そうに俯いた。
「大丈夫よ、試験ではないわ」
そう言うとハリーだけでなく、周りの数人も「ほんと?」と救われたような顔をした。
「ええ。私も詳しいことは知らないけど、生徒自身の性格や杖から、それぞれの寮の特性に合ったところに組み分けされるんだと思うわ。いきなり魔法のテストなんて、ひどすぎるもの」
「あ、そっか。そうだよね」
ハリーが納得したように息を吐いた瞬間、また後方から悲鳴が上がった。今度は男の子だけじゃない。複数の声だ。
思わず杖に手を伸ばした。いつでも反応できるように構えながら後ろを振り向くが、そこにいたのは真珠のように白く半透明なゴーストたちだった。何やら話し込んでいるらしく、1年生には目もくれず、スルスルと部屋の天井近くを横切っていった。
「もう許して忘れなされ。彼にもう一度だけチャンスを与えましょうぞ」
ピーブズのことだ。
太った修道士の意見に首を横に振るのは──えーっと…名前が出てこない。誰だっけ。
優しげなゴーストだった。ひだのある襟の服を着て、タイツを履いていた。
「修道士さん、ピーブズには、彼にとって十分過ぎるくらいのチャンスを与えたではありませんか。我々の面汚しですぞ。しかもご存知のようにやつは、本当のゴーストじゃない──おや、君たち、ここで何をしているんです?」
タイツのゴーストは急に1年生に気が付いて声をかけたが、怖気付いて誰も答えなかったので私が進んで答える。
「私たち1年生で、組み分けの儀式を待っているところなんです」
修道士は微笑んだ。優しげな人(ゴースト)だ。
「ほう!なら、ハッフルパフで会えるとよいな。わしはそこの卒業生じゃからの」
「さあ、行きますよ」
鋭い声が飛んだ。いつの間にかマクゴナガルがドアのところに立っていた。
「組み分けの儀式が始まります」
彼女の声に、ゴーストたちは一礼し、1人ずつスルスルと壁を抜けて部屋から出て行った。
「さ、一列になって。ついてきてください」
マクゴナガルに言われた通り、1年生の集団は列になり始めるが、案の定私が一番前に押し出された。その後ろにハリー、ロン、ネビル、ハーマイオニーと続く。
マクゴナガルの背中にくっついたまま、生徒たちは蟻のようにぞろぞろとまた玄関ホールへと戻り、そこから二重扉を潜って大広間に入った。
何百何千という蝋燭が宙に浮かび、4つの長テーブルを照らしている。テーブルには既にセットされた金色の、お皿とゴブレットが輝いていた。背後のハリーが興奮気味だ。
広間の上座には既に先生方がテーブルにつき、新入生に優しい笑みを向けていた。その中でただ一人、ハリーを睨みつけるスネイプだけを除いては、どの先生も優しそうだ。
マクゴナガルは上座の近くまで1年生を誘導し、上級生たちに顔を向けて先生方に背を向ける形で一列に並ばせた。
私たちを見つめる何百の顔という顔が、蝋燭のちらちらする不安定な光に照らされてランタンのように見えた。さっきは真珠色に見えたゴーストたちは今は、蝋燭の灯りに負けて銀色の霞のように見える。
隣でハリーが天井を見上げ始めたので肘で小突いた。
「不格好よ、ハリー」
「ごめん」
確かにこの天井が物珍しいのはわからなくもないが、今は前を見ているべきだろう。
マクゴナガルがどこからか取り出した四本脚のスツールを1年生の列の前に置き、その上には薄汚れ継ぎ接ぎだらけのとんがり帽が置かれた。
1年生も、上級生も全員がその帽子を見ていた。一瞬、広間は水を打ったように静かになる。すると帽子がピクピクと動き、そのつばの縁の破れ目がまるで口のように開いて歌い出した。
────私はきれいじゃないけれど
人は見かけによらぬもの
私をしのぐ賢い帽子
あるなら私は身を引こう
山高帽は真っ黒だ
シルクハットはすらりと高い
私はホグワーツ組み分け帽子
私は彼らの上をいく
君の頭に隠れたものを
組み分け帽子はお見通し
かぶれば君に教えよう
君が行くべき寮の名を
グリフィンドールに行くならば
勇気ある者が住まう寮
勇猛果敢な騎士道で
他とは違うグリフィンドール
ハッフルパフに行くならば
君は正しく忠実で
忍耐強く真実で
苦労を苦労と思わない
古き賢きレイブンクロー
君に意欲があるならば
機知と学びの友人を
ここで必ず得るだろう
スリザリンはもしかして
君はまことの友を得る
どんな手段を使っても
目的遂げる狡猾さ
かぶってごらん!恐れずに!
興奮せずに、お任せを!
君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)
だって私は考える帽子!──────
歌が終わると各テーブルから割れんばかりの拍手が鳴り響き、帽子はそれに応えるようにそれぞれのテーブルにお辞儀をして、また静かになった。
「ジーナの言う通りだ!僕たちはただ帽子を被れば良かったんだよ!フレッドのやつ、僕にトロールと取っ組み合いをさせられるって言ったんだ」
ロンが囁き、ハリーは笑ったが、その笑みは弱々しかった。自信がないのだろう。今のところ、見る限りではハリーはどの寮にも合う特徴は見せていない。少し気分が悪そうなくらいだ。
それに対して私はさして緊張もなければ不安もないあたり、どうかしてしまったのかと思ったが、昔から人前は得意だったなと思い直した。
そんな中、マクゴナガルが長い羊皮紙の巻紙を手に前に進み出た。
「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組み分けを受けてください」
ハリーとロンがまた少し縮こまるのを、視界の端で捉えたが気にせず、マクゴナガルを見つめた。
「アボット・ハンナ!」
ピンクの上気した頬に金髪のおさげが可愛らしい少女が転がるようにして前に出た。恐る恐るといった風に彼女は帽子を被るが、あまりに大き過ぎて目まで隠れてしまっていた。
一瞬の沈黙。次の瞬間、帽子が叫ぶ。
「ハッフルパフ!」
右端のテーブルから歓迎の声と拍手が上がる。
「ボーンズ・スーザン!」
彼女もハッフルパフ。
「ブート・テリー!」
彼はレイブンクローだった。
次はたぶん、私の番だ。すっと息を吸い込んだ。
「ブラック・レジーナ!」
列から一歩、前に踏み出す。スリザリンのテーブルがざわめくのを感じた。
ゆっくりと胸を張って組み分け帽子の前まで歩き、その帽子を取って座り、そして被った。それと同時に心の奥の扉を閉ざし、予見や転生、それに関する記憶と感情を遮断した。
この帽子はあまりに大きい。そして埃臭い。帽子はズルズルと落ちてきて私の視界を覆った。
「ふむ……」
低い声が耳朶を打った。
「難しい子が来たものだ。勇気に溢れ…友を大切にし、勉学にも優れ……あぁ、しかし平等性には欠けるようだ。ふむ、これだけは言っておこうか…君はハッフルパフ向きではない。して……どうしたものか」
ねぇ。
頭の中で帽子に話しかけた。
「なんだね」
私、グリフィンドールがいいわ。
「どうしてだね」
グリフィンドールがいいのよ。組み分け帽子は私の気持ちは酌んでくれないの?
「ふむ、そうか。それでいいのかね?」
もちろんよ。
「なら……君は────」
ぎゅっと椅子の縁を握り締めた。
「グリフィンドール!」
帽子がそう叫ぶのを聞くなり、私は帽子を脱いで椅子に置いた。忘れずに彼に、ありがとうと囁き、そして大歓声を上げる左端のテーブルに向かう。
自然と笑顔が零れた。フレッドとジョージの近くに座り、彼らと握手を交わす。
「やあ、レジーナ。僕はフレッド」
「俺はジョージ。よろしく!」
2人は代わる代わるそう言ったが、どうもすっきりしない。
「こちらこそよろしくね。でも、初対面の人に自己紹介するのなら、自分の名前を名乗った方がいいかも知れないわね」
そう言えば、ジョージと名乗った方の双子の片割れが感心したように声を上げた。
「おっどろきー!君、僕らの見分けが付くのかい?……あれ?いや、そもそもどうして僕らが入れ替わってるって気付いたんだい?僕らとは初対面だろう?」
「ロンから少し聞いてたの。よろしくね、フレッド」
くすくすと笑い、彼らから目を離してまた組み分けに注意を向けた。
「フィンチ−フレッチリー・ジャスティン!」
この間に何人かの組み分けは進んでいたらしい。
彼もハッフルパフに決まった。
背後では双子による、見分けが付くか付かないかの言い争いがされていたが、パーシーによって鎮められた。
「フィネガン・シェーマス!」
黄土色の髪をした少年は決定に丸々1分かかったがやっと、帽子はグリフィンドールと宣言した。
「グレンジャー・ハーマイオニー!」
グリフィンドールだ。ロンがうめくのが見えた。
「ハーマイオニー!これからは同じ寮生ね」
「ええ!そうね、仲良くしましょう。ああ私、とっても緊張したわ…レジーナは凄いわね、緊張していないみたいだったわ」
ハーマイオニーは興奮したように言った。
「私は昔から人前は得意なのよ。それにハーマイオニー、私のことはジーナって呼んで。友だちでしょう?」
「ええ!そうね、そうするわ。ありがとう」
「それ、俺たちも呼んでいいかい?」
後ろからジョージが身を乗り出してきた。その拍子にゴブレットが食器にぶつかり、かちゃん、と耳障りな金属音を立てた。パーシーが睨むが彼は気にしなかった。
「いいわよ、改めてよろしくね。実は貴方たちのイタズラの興味があるのよ。今度話を聞かせてくれない?」
「「もちろんさ!とっておきのを用意しとくよ!」」
二人は双子らしく、見事にシンクロしてみせた。
ハーマイオニーとパーシーが『イタズラ』という単語に眉をひそめたが特に気にすることもなく、双子と再び握手を交わした。
これで、もう共犯者になることを宣言したのも同然だ。寮に行ったらシリウスに手紙を書こうと決めた。
組み分けはまだ続く。
「ムーン」…「ノット」…「パーキンソン」…「パチル」…「パークス」……。
そしてついに、ハリーの名前が呼ばれた。
「ポッター・ハリー!」
とてつもなく長くなりそうなのでここで切らせていただきました。
少しずつジーナ視点だったり彼女の感想、感性を織り交ぜてるつもりです。
閲覧ありがとうございます