「ポッター・ハリー!」
ついにハリーの名前が呼ばれ、広間にはざわめきが広がっていく。帽子へと向かう彼の足取りは重く、顔は真っ青だった。
「ああ、すごく気分が悪そうだわ」
思わずそう言ったが、誰も私の呟きを聞く人はおらず、みんなハリーをよく見ようと首を伸ばしていた。
ハリーも他の1年生同様、帽子によって目をすっぽりと覆われた。
中々寮名は叫ばれない。どんどんざわめきは大きくなっていく。そして、ついに──
「グリフィンドール!」
その叫びが終わるのを待たずに、グリフィンドールのテーブルが爆発した。どかん、と湧き上がる爆発的な歓喜の声、すぐ近くで双子が「ポッターを取った!」と連呼していた。
当のハリーは呆然としたままふらふらとテーブルまで歩いてきて、心ここにあらずのまま、パーシーときつく握手を交わしてからストン、と落ちるように私の隣に座った。
「僕……僕、グリフィンドールだ」
「ええ、そうね」
信じられない、とでも言うようにハリーは呆然としたまま言った。今だにハリーが戻って来ないので、戻ってくるまで放って置くことにしたのだが、彼の向かいに座っていたゴースト(さっきのタイツマンだ)が嬉しそうにハリーの手を軽く叩いたので、彼はあまりの冷たさに目が覚めたようだった。
「落ち着いた?」
「え……?あ、うん。なんだかすっきりしたよ」
「それはよかったわ」
そう言ってまた前を見た。視界の端でハグリッドが大きな親指を立ててグッドサインを送っていたが、たぶん、ハリーに対してだろう。
組み分けが済んでいないのはあと3人だった。
「ターピン・リサ」のあと、ロンの名前が呼ばれた。
ロンは今にも吐きそうなほどに青ざめていた。ハリーよりもひどい。しかし彼の組み分けは一瞬にして終わった。
「グリフィンドール!」
ハリーや他の寮生と共にロンに拍手を送り、彼を迎え入れた。パーシーが彼に勿体ぶって声をかけていた。
残る一人もすぐに組み分けられ、マクゴナガルはくるくると巻紙をしまい、帽子と椅子を片した。
隣でハリーが空っぽの金の皿を眺めていたが、まだその皿が食べ物によって満たされることはない。ダンブルドアが立ち上がった。上座のテーブルの真ん中に座っていたということも相まって、なんだか大きく見える。
彼はニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」
ダンブルドアはそのまま席につき、広間から拍手喝采が湧き起こった。ハリーは笑っていいのか悪いのか微妙な顔をしていたが、ロンはすっかり緊張も解けて大爆笑だった。
「君の言った通りの人だったね、ジーナ!」
「とても──素晴らしい魔法使いで、天才のはずなんだけど……不思議な人よね。それより2人とも、ポテトは食べる?」
いつの間にか沢山の料理で満たされていた目の前の大皿に手を伸ばしながら聞いた。ハリーはそこでやっとその料理たちに気が付いたようだ。
「うわぁ…僕の好きなものばっかりだ──貰うよ、ありがとう」
ホグワーツ特急内の車内販売のように、今度もハリーは、ハッカ入りキャンディ以外の沢山の料理たちを全部少しずつ取って食べ始めた。彼は案外欲張りなのかも、と思ったがやはり、彼は今までひどい場所に身を置いてきたのだからこういう反応は当たり前か、と思い直し、私も同じようにいくつかの料理を少しずつ皿に盛りつけた。
ハッカキャンディ?もちろん、食べる。ハッカは好きだ。前世ではよく食べていた。
ハリーは次々と料理を口にしては、美味しいねと微笑んだ。ロンもそれに同意して、リスのように口いっぱいにステーキを頬張りながら頷いた。彼の口の周りは残念ながら、ステーキのソースと肉汁に塗れていた。
「ロン、ソースが付いてるわ」
手元でステーキを細かく1口ほどに切り分けながら、そう指摘すれば、ロンは恥ずかしそうに手で口を拭いた。手で拭く辺り、彼らしい。
その時、ハリーの向かいに座っていたゴースト(さっきやっと名前を思い出した。確か、ほとんど首なしニックだ)がハリーのステーキを見て悲しそうに「美味しそうですね」と呟いた。
「食べられないの?」
「ハリー、ダメよ。ゴーストはこの世のものには干渉できないの。この世とあの世の狭間にいるから──」
ハリーを窘め、私自身も失言だったかもと口を閉ざしたが、彼は私がゴーストについてよく知っていたことが嬉しかったらしく、満足気に頷いている。
「その通りです、ミス・ブラック。私はかれこれ400年、何も食べておりません。…ああ、自己紹介がまだでしたね。ニコラス・ド・ミムジー−ポーピントン卿といいます。以後、お見知りおきを。グリフィンドールのゴーストです」
「僕、君のこと知ってるよ!」
ロンが口を挟んだ。突然声を発したのでちょうど口に含んでいたポテトのカスが飛んだ。
「ロン」
窘めるように言えば、彼は口を閉じ、口内に残ったそれらを飲み下した。
「──君、ほとんど首なしニックだよね?」
ロンの様子に、ニックは不服そうにした。
「むしろ、呼んでいただくのであれば、ニコラス・ド・ミムジー───」
と、呼び名について改まって彼は言いかけたが、シェーマスが割り込んできた。
ああ、もう知らない。私は知らないよ。
ニコラスから目をそらし、またステーキの切り分けに取り掛かった。
「ほとんど首なし?どうしてほとんど首なしになれるの?」
「ちょっと、やめなさいよ。死因を聞くのは良くないわよ」
シェーマスにハーマイオニーが注意したが、ニックは少し怒ったようだ
「ほら、この通り」
腹立たしげなその声の後、ニチャっと嫌な音がした。続いて、彼を見ていた数人から「うわぁ…」という声が聞こえた。どうやら彼は頭を取り外したらしい。
だから見たくなかったのだ。首の切り口というのはきっと気持ち悪いだろうから、料理が美味しくなくなるだろうと思って顔をそらしたのに、音まではっきり聞こえてしまった。こうなるのなら耳も塞いでいた方がよかったかも知れない。さっきの音がもう耳にこびり付いていた。
「さて、グリフィンドール新入生諸君、今年こそ寮対抗優勝杯を獲得できるよう頑張ってくださるでしょうな?」
首を戻したらしい彼の言葉に顔を上げ、もちろんよ、と笑って見せれば彼は満足気に頷いた。
「グリフィンドールがこんなに長い間負け続けたことはない。スリザリンが6年連続で優勝杯を取っているのですぞ!『血みどろ男爵』はもう鼻持ちならない状態です……スリザリンのゴーストですがね」
私以外の誰もピンと来ていないようだったので彼はそう付け足した。
血みどろ男爵の横で居心地悪そうにしているマルフォイを見てハリーは嬉しそうに1人で微笑んでいた。
「どうして血みどろになったの?」
空気が読めないのか、シェーマスは興味津々に聞いたがニックは言葉を濁し、その質問には答えなかった。
それからすぐに、全員のお腹がいっぱいになる頃、目の前の大皿から料理が消え、皿がピカピカになったと思えば代わりに沢山のデザートが現れた。
料理にしてもデザートにしても、屋敷妖精は大変だろうなと思いつつ、今度おやつをもらいに行こうと心に決めた。
綺麗にヘタの取られたいちごをいくつか食べるうち、話題はニコラスから家族へと変わっていった。
シェーマスのことからネビルのこと、それからハリーも聞かれていたけど、わからないと答えていた。
ハーマイオニーはパーシーと授業について話していたが、ロンにすごい顔をされていた。
みんなが1通り食べ終わる頃、私は最後まで取っておいたハッカキャンディを舌の上で転がしていた。脂っこい料理が続いたあとの、こういうスッキリするものは格別だ。
隣のハリーは少し眠そうにしてぼんやりと教員席を見つめている。
「痛っ!」
突然彼は顔をしかめ自らの額をパシッと叩いた。ちょうど傷痕のところだ。
「ハリー?」
彼の顔を覗き込めば、ハリーは慌てて手を下ろした。
「な、なんでもないよ、痒かっただけ……」
クィレルか。教員席の彼を見れば、ちょうどスネイプと話をしていて後頭部がこちらに向いていた。恐らくハリーは彼のターバン越しにヴォルデモートと目が合ったのだろう。
「そう…」
たぶんアイツは原作とは変わらないだろう。霊魂にも満たないその存在のままクィレルに取り憑いて、一時的な復活を実現させるために賢者の石を狙っている……。
少し考え込んでいる間にハリーはパーシーにスネイプについて尋ねたらしく、彼らの声が耳に入ってくる。
「────クィレルの席を狙ってるって、みんな知ってるよ。闇の魔術にすごく詳しいんだ、スネイプって」
その声のしばらくあと、気が付けば広間は再び、しんと静まり返っていた。
いつの間にかダンブルドアが席を立っていた。
「オホン───全員がよく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また、二言三言。新学期に入るに辺り、いくつかお知らせをしておこうかの。1年生に注意しておくが、校内にある森に入ってはならぬ。これは上級生にも、何人かの生徒たちに特に注意しておきたいことじゃ」
ダンブルドアの青い目が私の背後で背筋を伸ばして話を聞いている双子を捉え、イタズラっぽくキラリと光る。
「管理人のフィルチさんから、授業の合間に廊下で魔法を使わないように。それから、今学期は2週目にクィディッチの予選があるので寮のチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡するように」
「…最後に、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱいは4階の右側の廊下に入らぬことじゃ」
ハリーを含め、数人の生徒が笑い声を漏らしたが、ダンブルドアの目が生徒たちを見回すと、それも消えた。
1年。その区切りがあるということはダンブルドアは1年後にはなんらかの理由でクィレルがここにいないということを確信しているということだ。それほどまでにヴォルデモート────もとい、就職に来た当時のトム・リドルの呪いは強力なのだろう。
ハリーとパーシーが立入禁止の理由や監督生たちへの処遇について意見を交わしているが気にせず、ダンブルドアを見つめた。彼はすっと杖を上げた。
「では、寝る前に校歌を歌おうかの」
彼が声を張り上げると同時に、周りの先生方の顔が強張った。
ダンブルドアは長い杖をひょい、とひと振り、長い金色のリボンを出現させて空中に文字を書いた。
「自分の好きなメロディで。では、さん、し、はい!」
歌詞はひとまず置いておくとして、メロディは統一しないとダメでしょ……。
そう思いつつ、適当に歌った。というか、歌詞を読んだ。
学校中が大声で、しかも低音で唸った。
訳のわからない歌詞をなぞり終われば、背後ではまだ双子が歌っている。とびきり遅い葬送行進曲だ。ダンブルドアもそれを楽しんでいるようで、最後の数小節分は彼らにあわせて杖を指揮棒のように振っていた。
やっと2人歌い終わったあと、彼は双子に向けて誰にも負けない拍手を送った。彼らは案外仲がいいのかも知れない。
「ああ、音楽とは何にも勝る魔法じゃ」
歌詞とメロディがきちんとしていれば、激しく同意するんですが。
ダンブルドアは何故か感激の涙を拭いながらそう言った。
「さあ、諸君、就寝時間じゃ。駆け足!」
その声を合図に、全校生が一斉に立ち上がった。私もすぐさま立ち上がる。
「ハリー、後で行くわ。パーシーか誰かに、ダンブルドア先生と話があるって、言っておいてくれない?」
「うん、いいよ。あとでね」
まだ立ち上がってすらにいないハリーに伝言を託し、出口へと殺到する流れを掻き分けながらみんなとは逆向きに、教員席を目指した。
他の先生方も退散し始める中、ダンブルドアだけがそこにいるのが人混みの向こうに見えた。半月眼鏡の奥の青い目が私を捉えている。
やっと人混みを突破すれば、教員席には最早ダンブルドアしかいなかった。
「───初めまして、ダンブルドア先生。レジーナ・ブラックです。お手紙で突然お時間を取らせてしまってすみません」
一応、そう謝ったが、彼は嫌な顔ひとつせず柔らかく微笑んだままだ。
「構わんよ。…して、お話とは何かな?」
「はい。実はペティグリューについてなのですが───」
転生についての記憶を閉ざしたまま、彼の目を見つめた。聡い彼のことだ。私の言葉の裏に、予見以上のものを見つけることなど容易いだろう。だがそれはまだ気付かれてはいけない。彼ほどの影響力ならば私の予見や予備知識など、風前の灯火に等しいのだ。
私はただ、ロンのネズミ…もとい、ペティグリューを彼と判断した材料とヴォルデモートの復活のことをダンブルドアに話して聞かせた。
「───このまま何もせず未来を迎えれば必ずペティグリューはここから逃げ出し、いずれヴォルデモートと合流して彼自身の復活にも繋がります。……先生なら、どうされますか」
私が言葉を切れば、彼は少し考えるように間を取ったがすぐに口を開いた。まだその視線と、私の視線は互いに交差したままだ。
「ふむ。そうじゃな……わしなら、一度彼の様子を見るじゃろう」
「…そうですか。ロンには、既にこのことは伝えてあります。その上で元のように接する約束もしました。それでいいでしょうか?」
「もちろんじゃ。…ところで、このことは君のお父上には……?」
彼の言葉に、思わずシリウスを思い浮かべた。無邪気で穏やか、それでいて優雅な立ち振る舞いの彼が親友の仇であるペティグリューの存在を知ったら、どうするだろうか。
今思い浮かべたその全てを、彼は捨ててしまいそうだ。意地でもペティグリューを殺しに来るだろう。今の彼には私という足枷がない。もうそうなったときはきっと止められないだろう。
「話していませんし、これからも話すつもりもありません。父の性格上、ハリーのご両親の仇を野放しにできるとは思えませんから…それに彼が犯罪者の道に踏み込むのは、娘として心苦しいですし」
ダンブルドアはゆっくりと頷いた。
「よい判断じゃ。ではレジーナ。君の話を踏まえて、わしから少し頼みがあるのじゃが」
彼の目がきらりと光る。
「これから先、ペティグリューが何か不穏な行動を起こした場合、逐一わしに報告してくれるかの」
「はい、わかりました」
こくりと頷いて見せれば、彼は柔らかく微笑んだ。
「では、わしの部屋は職員室の近くのガーゴイル像の奥じゃ。わしは大抵そこにおる。合言葉は───君専用のものを用意しよう───そうじゃな、『ハッカ入りキャンディ』はどうかの」
やっぱり合言葉はお菓子縛り…。
こんなときでも茶目っ気を忘れない彼に少し尊敬の念を送りながらまた頷いた。
「『ハッカ入りキャンディ』ですね、わかりました」
「ふむ、決定じゃな」
そう言って彼は杖を取り出し、ふい、と軽く振った。合言葉を追加したのだろう。
「合言葉は決して忘れるでないぞ。──では、君のことはグリフィンドール塔までわしが送ろうかの」
ペティグリューって意外と大切なとこにいますよね。
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