第三十四話・平和な一日
アフリカでの出来事があった数日後、アークエンジェルは日本の自衛隊統合運用基地である伊豆基地にてドックに入っていた。
ただ、これは日本に接収されたわけではなく、損傷箇所の補修を兼ねて、どの程度日本から持ち出された技術が使われているのかを調査する目的もあった。
ただし、これは日本側の話であり、アークエンジェルの乗組員達は別のものに目を奪われていた。
ドックから見える試験場、あえて試験場が見えるドックを選定した日本は、彼らの母国、大西洋連邦に対する牽制の意味を込めてこの試験場に量産開始予定の陸戦型MSを配置していたのである。
彼らが見ているのは、陸自の配備予定の物で以下のものである。
試製零式装甲型歩行戦車重装甲型・栄光号甲型
同試製零式装甲型歩行戦車複座指揮官型・栄光号乙型(指揮官用・電子戦能力、多目標同時追尾可能多連装小型誘導弾搭載)
同試製零式装甲型歩行戦車複座偵察型・栄光号乙型改
同試製零式装甲型歩行戦車狙撃仕様・栄光号丙型
このほかにもいくつもの機体が並び、彼らにその姿を見せていた。
まあ、それは置いといて、その傍…ナタル・バジルール少尉は目撃してしまう…そう、遠目にだが、ポニーテールの女性士官と、男性兵士(ナタル視点での兵士)がいちゃいちゃしている姿を…つまり、ほっぺにチューをしたりしていたのである。
そして、ふと気になって横を見ると…少々気になっている男性士官…ムウ・ラ・フラガ大尉と、アークエンジェル艦長のラミアス大尉がいい雰囲気になっており、居たたまれなくなったナタルはそこを離れるのだった…。
そして、自室に戻り休もうとした彼女はその途中で基地内のみで上陸を許されたアークエンジェルの正規の乗員達が、至る所で問題を起こしたりしていて、その仲裁に追われてしまい、休むどころではなく…遂に疲れてベンチに腰掛けていた…。
「な、なぜ私がこんな目に…艦長はいちゃいちゃしてるし…普通は艦長も揉め事の仲裁とかするべきじゃ無いのか?」
と、一人で呟いていたら、声をかけて来たものがいた。
「あ、あの…大丈夫ですか?」
「あ、ああ大丈夫だ、少し疲れただけで…君は?」
「この基地内にある自衛隊病院に勤務している
そう言って彼女は七色に輝く液体の入った容器から、その液体を紙コップに入れ笑顔で差し出して来た。
これにはナタルも引きつった表情で固まる。
「こ、これは?」
「私の作った特性栄養ドリンクです!凄く効くんですよ?」
「そ、そうか…あ、ありがとう…も、貰うよ」
引きつった表情のナタルは、厚意を無下には出来ないとそれを受け取り、一瞬躊躇するが、意を決して一気に飲み干した。
その味は形容しがたい…言うなれば混沌、不味い…という言葉だけでは表すことのできないカオス…甘いのか苦いのか酸っぱいのか辛いのか、或いは全てか…その表現でいない味にナタルは打ちのめされた…。
「…ぐ、こ、コレ、は?」
「あ、あの…どうですか?」
意識が飛びかけたナタルは…その目を見てしまう…純真で、真っ直ぐな彼女の目を…彼女の目を見て、ナタルは根性で踏み止まり…何とか無理やり、限界を突破して言葉を発する。
「わ……悪く…無い」
「よかった!それでは失礼します!」
彼女が笑顔で立ち去るのを見届けてからナタルは足元から崩れ落ち、丁度通りかかった操舵手のノイマン曹長に発見される。
「だ、大丈夫ですかバジルール少尉!急いで医務室へ!」
慌てた様子でお姫様抱っこの様にナタルを抱き抱えてノイマン曹長が発したその言葉に、ナタルは動揺する、冷静に考えれば、アークエンジェルの医務室に彼女はいないのだが、この時のナタルは冷静ではなかった…。
「…だ、だめだ…医務室は…だめ……部屋に…自室に連れて行って…くれ」
その言葉に、今度はノイマン曹長が冷静ではなくなる。
「え、あ、はい!」
(バジルール少尉…なんか…いい匂いがするし、何というか…弱弱しいバジルール少尉ってなんかいつもとギャップがあって…て俺は何を…ていうかバジルール少尉柔らか…いやいや静まれ……)
と言うように冷静さを欠いていた…そしてなんとか自室へナタルを送ると、ナタルはそのまま気絶した様に(気絶です)眠り、ノイマン曹長はなんとなくムラムラして自室へと戻り、なんかしたのだった。
ちなみに、ナタルはこの後、目が覚めた際…お姫様抱っこされた事を思い出し、自室なベッドの上で恥ずかしさに身悶え、転げ回るのだった。
…この日はナタルにとって一番の厄日かもしれない。
所変わり、伊豆基地内自衛隊病院の一室、ここには、熊本の病院から転院して来た徳田 小春が入院していた。
その傍には、兄であり、現在では小春にとって、祖父母以外では唯一最も身近な肉親 徳田 新が医師と会話していた。
「小春さんの切断された足ですが…生体培養再生治療で何とか復元したいと思いますが…本人が拒否されてまして……その、費用面での心配がある様でして…」
医師が困った様な表情で告げる。
「そうですか…俺から説得して見ます…て、さっきから耳ピクピクして起きてるのバレバレだぞ…」
「……お兄…ただでさえ大変な時で負担になりたく無いんだけど…」
「費用は心配ないんだが?」
「……だって一千万だよ⁉︎保険効いても三百万…そんなん無理じゃん!」
今にも泣き出しそうな顔で小春は訴える。
ただ、そこで俺は思い至る、俺、給料のこと小春に話したこともなければ、しばらく会えなかったから、入院費用のこととか、話ししてなかったし、うわぁ、小春は多分俺の収入が以前と同じくらいと思ってるんじゃね?
そこで俺は小春にちゃんと話すことにした。
「小春…治療しよう…費用とかの心配なら、一括は無理だけど、分割なら余裕で払えるだけの収入はあるし、負担になる程でもないから…小春が前みたいに歩ける様になる方が嬉しい」
そんな俺の言葉に、小春は絞り出す様に言葉を口にする。
「…いいの?本当に負担じゃない?」
涙目でそう口にする小春に、俺はしっかりと頷く、そして、とうとう小春は泣き出してしまう。
俺の負担になるのが嫌で我慢していたのだろう。
医師の先生に目を向けると、先生は頷いて病室を後にした。
「小春…ちゃんと直そうな?」
「ゔん、わかった…ちゃんと治す。ありがとう…お兄」
泣き笑いというのか、そんな表情でお礼をいう妹を俺はしっかりと抱きしめる。
と、その時、病室の扉が開き、病室に入ってきた老人は俺たちの方を見るなり驚愕し、そして
「お前は何妹を泣かしとんのじゃ!このバカ孫がぁ!!!」
と、勢い良く俺にドロップキックをかましてきたこの老人こと祖父の乱入により、今までの雰囲気は完全に崩壊、小春は目を丸くして固まり、後から入ってきた祖母は、あらあらと微笑んでいる。
「いてえなクソじじい!別に泣かせてねえよ!!ハゲェ!」
「ハゲとは何じゃ!ハゲとは!お前もそのうちなるんじゃぞ!?」
「うるせー、俺ははげませんー!」
とまあ、こんな感じでしばらくは祖父との久々の口喧嘩に終始することとなる。
そして、その最中、なぜか俺に彼女が出来ない話になり、祖父が発した一言に空気が凍る
「大体わしはお前が自衛隊入るのは反対してたんじゃ!しかも自衛隊にいるもんだから彼女も出来んし、わしみたいにゴリラ見たいなのに捕まって……あ」
その言葉を発した瞬間、室内は氷点下の様な空気となり、静かに佇んでいた笑顔の祖母からは、背後に凄まじい怒気?オーラが吹き出している様に見え、祖父の顔色が土色に変色し更に悪くなっていく。
「あわわわわ、じょ、冗談じゃ、冗談!お、落ち着け!な?な?」
祖父が必死に弁解しようとするが、祖母の耳には入らない。
「…私はゴリラですか?新之助さん……貴方…そんな風に思っていたなんて…私と出会った頃とは大違いね…あれはいつだったかしら?」
「お、おいまさか、や、やめて、わしが、わしが悪かったからあの話だけは!何でもするから!」
「………本当に?なら新に謝りなさい、そして私には天元堂の小豆バーを毎日買ってちょうだい、貴方の小遣いで」
「そ、それは」
「……いい?小春、新、この人昔ね?私と出会った頃……」
「わーー!分かって!新よ!いきなり蹴ってすまん!そして雪絵!好きなだけ天元堂の小豆バー買ってやるから許してくれ!いや、許してください!」
「まあ、いいわ、許してあげる」
祖母が微笑みながらそう言ったことで、祖父もホッとした様だ…しかし天元堂の小豆バー…一本千五百円の超高級小豆バーだけど…爺さん大丈夫かね?
そんな感じで平和な一日が過ぎていく。
天元堂の小豆バー 一本千五百円、世界一美味しい小豆バーで、世界一硬いアイスバー。
伝説一・かの大戦の時、小豆バーを食べていた士官が長距離から狙撃されるが、銃弾が小豆バーに当たり弾かれ、生還した。
伝説二・敵の砲撃に倉庫が破壊された際、小豆バーだけ無事だった。
伝説三・天元堂の小豆バーで嫁をゲットした。
などが伝説として残る超高級小豆バー。