少女天誅行   作:M.M.M

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ナザリックの某女性達の娘の物語。
(この話の中ではスレイン法国はアインズ達がとっくに滅ぼした設定になっております。全4話になる予定。たぶん)


第1話、雨と共に来たる

誰でも一度負けるまでは無敗の王者だ。

自分達もそうだった。神人の血を受け継ぎ、人類の限界を極め、最高位冒険者にさえ勝てる自分達こそ人類の守護者だと信じていた。

そして……上には上がいた。私達は敗北し、半死半生だった私は麻痺状態にされ、数日間の拷問を受けた後に治癒され、牢屋に監禁され続けている。魔導国。そしてアインズ・ウール・ゴウン。彼らは相手にしてはならない怪物だった。第10位階魔法をいくつも使う一騎当千の怪物たち。そんなものにどうして自分達は勝てるなどと思っていたのだろう。

あれから10年以上経ったはずだ。昼夜もないここで時間を計る術はないが、鍛えた体感はそのくらいだと言っている。指にはめられたマジックアイテムの効果により食事や睡眠は必要ない。おかげで餓死することもない。いや、できない。10年以上暗い石の天井を見続けている重罰は何の罪に対してだろう。正気を保っていられるのはかつての鍛錬と信仰心のおかげだ。

どうして自分は生かされているか。理由はわかっている。スレイン法国も行う強い血統の維持だ。ここに収監されてから二人の女が何度か来た。どちらも絶世の美女だったが人間である気がしなかった。彼女たちは麻痺状態の私と何度か交わり、ある時から来なくなった。おそらく子ができたのだろう。その子供たちはどうなったのか。非道な実験に使われていないだろうか。すべてを失った自分だがそれだけが気がかりだった。

カコンッと音が鳴った。ギギギギと金属がこすれる音。

10年以上前に聞いた扉が開く音だ。

続いて鎧がすれる音と足音。久しぶりの来客らしい。

檻が開き、”それ”は自分を見下ろす。眼球はない。肉も皮もない。その種族の名はデスナイト。常人には災害級のアンデッドだが、自分にとっては容易い相手……だった。今や装備もなく、指一本も動かせない。まな板の上のなんとやらだ。

デスナイトは剣を抜いた。

私は理解した。彼らにとって自分はもう用済み。今から処分されるのだ。

私は心から歓喜した。

この時を待っていた。人類を守りきれず、ただ生かされるだけの日々。その罰がやっと終わる。

剣が振りあがる。

よし、そのまま振り下ろせ。首を切り落としてくれ。

ひょっとしたら処刑の真似をして自分をぬか喜びさせているのかも。そんな不安がふと頭を過ぎる。

しかし、デスナイトは剣を振り下ろした。

首に冷たい刃が触れる瞬間、私は動かせない口からこう言おうとした。

ありがとう。やっと死ねる。

 

 

「ルーちゃん、怪我してない?」

上半身を白、下半身を赤で統一した奇妙な宗教服を着た少女は石に腰掛けたまま言った。

「大丈夫。ムーちゃんは?」

白いクレリックローブとキャップを着た少女は血まみれのメイスを振った。一振りで血は霧となり、メイスには一滴も残らない。

「私は平気に決まってるでしょう。戦ってないんだから」

「そう?魔法とか矢とか飛んできたら言ってね。私がすぐ治すから」

ルルーはにっこりと笑った。足元には5つの死体。魔導国、そしてアインズ・ウール・ゴウンに槍を向けた民衆たちだ。どれだけ巧みな政治を行っても、どれだけ税を下げても、どれだけ衣食住を満たしても、どれだけ思想信条を保証しても、人間の欲は無限であり、有限の世界に不満を抱く。1%以下の割合で出てくる国家への反逆者たち。アンデッドに国を治められることへの本能的な忌避と恐怖も加わるせいか、彼らは反抗運動へと駆り立てられる。そんな者たちを炙り出し、狩るために彼女たちは村々を回っていた。

子供二人の旅など本来なら異常極まりないが魔導国ではそこまでおかしくない。野盗などはるか以前に魔導国の治安部隊が狩り尽くしてしまったし、猛獣やモンスターの動きも24時間体制で監視されている。それらが街道や集落に接近した瞬間、茂みや地中から出てきて追い払うのが治安部隊の役目だ。もはや丸腰で子供が旅をしても外部からの危険はない。

「な、何事ですか!?」

村長たちが走ってやってきた。

「あ、どーも」

ルルーが気の抜けた挨拶をする。

「アインズ様に敵対する愚かな逆賊たちを殺しましたけど、何か?」

そう言いながら彼女は胸元に手を入れ、人間には入手不可能な金属で作った首飾りを取り出す。遅れてムツノカミも。

「そ、それは魔導王陛下の紋章!」

村長たちはその場にひれ伏し、額を地面に打ち付けた。

ドンと太鼓のような音が鳴る。

「どんな果物屋さんにも腐ったリンゴはあるよねー」

少女らは首飾りを仕舞うと村長の前に立った。顔を伏せても足音でわかるのだろう。全員が体を震わせている。

「ももももうしわけああありあり」

歯をカチカチとならしながら村長は謝罪する。

「ありあり?」

ルルーは首をかしげる。

「申し訳ありませんでしたああああ!!」

村長は再び額を打ちつけ、大地の太鼓を鳴らす。

「監督不行き届きだよねー。次から気をつけて」

「ほかの人たちによく言っておいてくださいね」

少女らはそう言うと背を向けた。

「へ?」

村長は気の抜けた返事をした。少女らは去ってゆく。

「お、お咎めはないのですか?」

「今回はないよー。でも、同じことがまたあったら……」

ルルーが振り向くと村長たちの顔に死相が浮かぶ。彼らは見た。口元がつり上がり、追い詰めた子ウサギを前にした狼の顔を。

「二度とこのようなことは起こしません!私どもの命に誓って!」

大地の太鼓が数度鳴った。

伏せる男たちの耳に小さな声が届いた。

「ったりまえでしょーが」

 

 

「うひゃーー」

馬の手綱を握るムツノカミは隣から雨音に混じるルルーの叫びを聞いた。

遠方に鼠色の雲があったため急ごうと彼女は言ったのだが、ルルーはまだまだ平気と気にしなかった。その報いを受けている最中だ。服は魔法で防水されているが、顔に当たる雨粒はどんどん服の中へ入り込み、不快感が増してゆく。

「お、やっと村だ!ライトメイト村だっけ?」

遠方の明かりを見てルルーが言った。

「どういう意味なんだろ?」

「わからない。早く行こう」

雨風を切りながら二人は会話する。

「今度の村は何も起きないといいね」

ムツノカミは呟く。

「そう?私は敵がいた方が嬉しいな。あ、でもそれじゃアインズ様の敵がたくさんいるってことになっちゃうか」

しとどに濡れながら二頭の馬は村の中に入った。

どんな村にも確実にあり、確実に人がいる酒場に馬を止めると二人は中に入った。

「ふいーー」

天候による一方的な攻撃が止み、ルルーが安堵の声を出す。外からはまだ雨粒の攻勢が聞こえてくる。

ムツノカミは酒場の人間を観察する。店主らしき男と客6人だ。全員が自分達のほうを向いている。部屋には甘い果実と酒の匂いが満ちている。

「巡回神官か?ずいぶん若いが」

店主が珍しそうに二人を眺める。神官には各地方を回って治癒魔法を施したり、墓地などを清める立場の者がいることは誰でも知っているが、ベテランのみが行い、若い神官が就くことはない。

「はい!ルルーって言います。こっちはムーちゃん。護衛の魔術師です」

ルルーはそう言って華のように笑う。

数年後には美貌という大輪が咲くであろう容姿に酒場の男たちは恍惚となった。

「はじめまして。あの、一泊したいのですけれど、どこか空いてますか?もちろん料金は払いますので」

ムツノカミも他所者への警戒心を解こうと笑顔を作る。

観光や商業が発達している都市と違い、普通の村は宿など建てない。客人が来たときは誰かの家の空き部屋を借りることになるが、相手が信用されない場合は馬小屋かテントで寝ることになる。そして馴染みの商人などでない限り普通は後者だ。他所者は詐欺師か泥棒であることが珍しくない。

しかし、神官となれば話は別だ。

村人たちが目配せし合う。

本当に神官か。

胡散臭いぞ。

そんなことを言いたげだ。

「スヴェーク、指を怪我していただろ?治してもらえ」

「ああ」

店主に言われた男は二人の前に出る。指に小さな傷があり、普通なら治療費のかかる神官など呼ばない。あからさまな試験だが、余所者を警戒するのは当然のことであり、彼らを責めることはできない。

「はーい、指ですね」

ルルーがメイスをかざすと弱い光が生まれた。

「おお、本物の神官だ!」

スヴェークという男は自分の指を見て言った。

「1銅貨いただきまーす」

「すげえ」

「この若さで巡回神官か」

「大したもんだ」

警戒はすぐに解けた。

「ビスト、お前のところに泊めてやりなよ」

店主が一人の男に言った。

「え?俺か?」

そう言ったのは野獣の皮を着込み、獣が変身してるといえば信じそうな髭面の男だ。

「女房がなんて言うかな……」

ビストと呼ばれた男は考え込んだ。

「浮気とは思わないだろ」

一人の客の言葉に周りが爆笑した。

「あ、食事とかは自分達で何とかしますんで、雨風さえ防げるならどこでもいいですよー」

ルルーがニコニコして言った。

「一晩だけだろ?7銅貨でいいか?」

「はい。今日は雨ですので治療したい人は明日来てください」

ムツノカミはそう言って財布から銅貨を出す。その時、大人たちの視線が手に集まるのを彼女は感じた。あえて皮製の高級なものを使っている。普通の身分ではないとわからせるためだ。ちらりと金貨を見せようかと思ったが、そこまですると流石にわざとらしい。

彼女たちの仕事は魔導国に敵対する者の誅殺。殺人、強盗、強姦も国家の治安を乱す害悪として駆除していた。

「はいよ。じゃあ、もう行くか?それともここで何か飲んでいくか?」

「もう行きまーす。早く体拭きたいんで」

ルルーが急かした。

「女房に預けたらすぐ戻る。誰か、お嬢さんたちの馬を小屋に入れてくれ」

ビストは言い残して酒場を出た。

 

「まあ、可愛らしいお客さん」

ビストの妻、ヒュリが笑顔で出迎えた。

「はじめまして」

「お世話になりまーす」

二人が挨拶すると奥で草を編んでいる少年と目が合った。

年齢は二人と同じくらいだろう。

「トラ、挨拶しな」

ヒュリは息子に言った。

「え?うちに泊まるの?なんで?」

「じゃあ、二人を頼む」

そう言ってビストは酒場へ戻った。

「じゃあ、まずは部屋へ行こうかね。早く体を拭いたほうがいいよ」

「なあ、なんでうちにそいつらが泊まるんだ?なあ?」

はい、こっちだよ、とヒュリは二人を案内する。

「……なあ、なんで?」

トラと呼ばれた少年だけがぽつんと残った。

「本当に食事はいらないのかい?」

部屋に案内したヒュリが再び聞いた。

「はい、持ち合わせがあるので。食べずに腐らせたら神様に怒られます」

ムツノカミは礼儀正しく断り、ドアを閉めた。

「あーあ、テントで良かったのに」

ルルーは既に服を脱いで体を拭いている。

「仕方ないよ。私はこの部屋も悪くないと思うけど」

「げえ、信じらんない」

ルルーは奇怪なものを見る目をした。

テントは普通の意味ではなくグリーンシークレットハウスというマジックアイテムのことだ。内側は魔法の空間が形成され、この部屋より遥かに広い。間諜対策もしてあるが、ルルーがそちらを好む理由はただ一つ。ここが人間の住居だからだ。

人間蔑視。ナザリックにおいて大多数が持つ感情をルルーも持っており、普段は演技で巧妙に隠している。ムツノカミは「そんなに嫌な生き物かなあ」と思うだけだ。

彼女はこの部屋の持ち主は誰なのかを考える。簡易性のベッドが二つあり、農民が子供を一人しか作らないとは考えにくい。亡くなったのだろうか。あるいはこれから作る予定なのか。

「で、酒場はどう?」

「今、見てる」

ムツノカミは体を拭くこともせず魔法で酒場を監視している。自分達について村人たちがあれこれ話している最中だ。

「雨さえなければ私が盗聴するんだけどねー」

ルルーは悔しそうに言う。不可視化と持ち前の聴力を活かした隠密活動はルルーの得意とするところだが、雨になるとほぼ無能になる。水滴で姿は浮かび上がるし、声は雨音でかき消されるからだ。

「ルーちゃんはこの家の人をお願い」

「わかってるって。あのガキンチョはママとお喋り中。あ、ムーちゃんも拭いてあげるね」

そう言ってルルーはムツノカミの巫女服を脱がし始めた。

「ルーちゃん、くすぐったい」

「まあまあ。盗聴に集中して」

ムツノカミはため息を出しつつ酒場の会話に集中する。

いくらか時間が過ぎると彼女は魔法を解除した。

「おつかれー。どうだった?」

ベッドで横になって肘をつくルルーは聞いた。

彼女は首を横に振る。

「怪しい話は何もなかった。本当に神官か疑ってる人がまだいるけど、だからどうこうしようって話はない」

「そっか。まあ、調査の本番は明日だけどね」

「ところで、ルーちゃん、服を着せてくれたのはありがたいけど着せ方が変」

「あれ?おかしかった?」

ムツノカミは自分で結びなおす。

彼女は警報の魔法をかけてから指輪を外した。食事睡眠が不要になるマジックアイテムだが、あまり使いすぎるなと魔導王陛下から言われている。成長を阻害するかもしれないから。その心遣いが二人はたまらなく嬉しい。自分たちが大事に思われていると実感するから。

「今日はもう寝ましょう」

「はーい、おやすみー」

「おやすみなさい」

魔法もかけてあるし、シャドウデーモンが見張っているので夜中の襲撃は心配ない。

今度は何も起きずに村を出られたらいいな。

彼女はそう思いながら眠りについた。

 

 

翌朝、二人の馬が死んでいた。

「あれれー、おかしいなー。どうして馬が死んじゃったんだろー」

ルルーのわざとらしい口調。

「毒物ね。私たちをここに留めておきたいのかな?それとも脅し?」

ムツノカミは毒感知の魔法を使ってから言った。

「面白くなってきたじゃん」

ルルーはにやにやしている。こちらがナザリックの者だと知って牙をむいたのか、金持ちの旅人を狙った強盗なのかはわからないが、ここで誰かを殺すことになるのは間違いなさそうだ。

「どうして昨日の晩のうちに襲って来なかったんだろう?私達を警戒させるだけなのに」

「先に足を潰しておこうって思ったんじゃない?」

「それなら馬が死んだ直後に襲ってくるはず」

「ああ、そっか。うーん、なんでだろ」

二人が話していると村人たちがやってきた。

「こりゃどうしたんだ!?」

「よくわかりません。病気でしょうか?」

ムツノカミが不安そうに言った。

「昨日は元気だったぞ」

「ああ、間違いない」

「口から泡を吹いとる。村に来る前に毒草でも食べたんじゃないか?」

村人たちは口々に責任回避の弁をとる。村は預かった人間や馬にそれなりの保護責任を負う。馬の死亡が村の責任となれば馬二頭の弁償としてかなりの金額を請求されるだろう。巡回裁判所がどんな判決を出すかはまだわからないが。

「神殿にメッセージで代わりの馬を頼みましたが、少し時間がかかるそうです。すみませんが宿泊を延長しても構いませんか?もちろん料金は払います」

村人は断りようがない。不吉な事態を生じさせた客人だが、追い出そうにも馬がないのだから。

「ビスト、どうする?」

「どうしようもないだろ。馬が来るのにどれくらいかかりそうだ?」

「まだわかりません。でも最短でも5日くらいかかるでしょう」

「わかった。馬の件は俺たちのほうで調べる。ヨッシュ、昨日の夜中に変なことがなかったか皆に聞いてきてくれ」

頼まれた男はうなずいた。ここは治安官などいない小規模の村だ。大きな事件なら都市から兵士を呼ぶが、今はその段階ではない。

「さあ、犯人は誰かなー」

ルルーが楽しそうにつぶやき、ムツノカミは空模様と同じく暗雲たる気持ちになった。

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