少女天誅行   作:M.M.M

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ライトメイト村ってのはイビルアイと同じく「そういう風に自動翻訳されている」とお考えください。


第2話、敵意の矢

すれ違いざまに男の手へ小さな紙が渡された。

ちらりと見ると「狼が二頭出た」と書いてあった。

やはりそうだったか。

男は体の震えを抑える。狼は魔導国の調査員という意味だ。

彼女たちの馬を殺したのは今の人物だろう。

密告や魔法による監視を常に警戒していたが、いつか調査員がやってくることは覚悟していた。別地域の同志からの連絡が途切れたという知らせが送られてきたからだ。

馬を殺したことについて彼は責めるつもりがない。調査員の無能を信じてやり過ごすなどという選択肢はありえないのだ。調査員はおそらく支配の魔法を使えるだろうからあれを防ぐ手段はこちらにない。いや、唯一の対抗手段はあるが、それは本当にどうにもならなくなった時だけだ。調査が進む前に馬を殺して逃亡を防ぎ、応援が来る前に二人を襲撃して情報を引き出すよう試みる価値はある(村の馬は農作業に不可欠であり、貸すことはできない)。

なぜ夜間に襲撃しなかったのかなどとも彼は考えない。間諜や戦いに身を置く者は部屋に物理的または魔法的警報装置をいくつもかけるため屋外で活動している時より手が出しにくい。自分たちの家もそうしている。相手が夜間に魔法をかけて回らなかった理由も同じだろうと考えた。

紙には続きがあった。「槍が一本必要。すまない」と。彼は意味を理解する。襲撃が成功しようがしまいが生贄は必要だ。彼に単独犯として振舞えということだ。失敗すれば死ぬ。成功しても追われる身になって死ぬ。

どちらにしろ死ぬという無茶苦茶な指示だが、彼は同志の中では命の優先順位が低いし、こういう戦い方でしか勝機はないと知っている。自分たちはドラゴンに噛み付く小さな虫。一人でも生き残れたらその者が新たな計画を練る。生贄を作っても調査員に危害を加えたことで村人が皆殺しにされる可能性もあるが、それはそれで魔導国が邪悪であるという証明になり、他の地域の活動に役立つだろう。

幾分の諦めが混じった考え方は彼らにとって唯一の道だった。

 

 

偽装身分である巡回神官の仕事を終え、ルルーたちは暇ができた。

村人たちは曇天のなかで畑仕事に精を出す。子供も参加し、暇な人間など彼女たちの他にはいない。額に汗を流し、手をマメだらけにして畑を耕し続け、広げ続け、それでも天候次第で飢えの恐怖が襲い掛かる。それが農民の生活だ。

「それじゃ、スパイ活動してきまーす」

不可視化の魔法を使ったルルーがそう言ってどこかへ行ったのは4時間ほど前。村中の建物を捜索するのが彼女の役目。馬房や倉庫を除けば、普通の家は昼間に鍵などかけない。かかっていたら怪しいのでマジックアイテムで解錠して重点的に調べる予定だ。たまに侵入を察知する仕掛けや警報装置を作る家もあるが、彼女はそれらを無効化する魔法が使えるので全く無意味なことである。村人にはルルーは治癒魔法で疲労したのでしばらく部屋で休むと言ってある。

ムツノカミは畑を耕す村人たちをずっと眺めている。昨日の雨で土が濡れ、誰もが足を汚しているが気にする風もない。土や泥で汚れるのは当たり前だから。手足が綺麗なのは犯罪者の証と言われるほど彼らは汚れや傷を美徳とする。

そう思わないと惨めでやってられないんでしょ、とはルルーの言だが、本当にそうなのか彼女はよくわからない。自分の服を眺める。魔法の効果により汚れはすぐ落ちる。常に新品同様であり、傷やほつれも修復される。それが当たり前なので服を綺麗にするとか直すという概念がない。だからこそ新品の服を嬉しそうに着る人間を見て「いいなあ」と思うことがある。そんなことで喜べるのだから。綺麗な服、豪華な食事、贅沢な部屋。すべて当たり前のことで嬉しいと思ったことはない。自分とルルーが嬉しいのは母やその同僚たち、そしてあの御方に褒められた時だけ。そして自分たちの仕事はたいてい人間が死ぬ。褒められたいけどそれは好きになれなかった。

鐘の音で彼女は物思いから覚めた。村で任命された係が正午になったことを告げているのだ。といっても、本当の正午ではない。彼女が時計を見ると1時間も早い。都市ならば開発されたマジックアイテムを見て神殿が鐘を鳴らすので時間は正確だが、辺境の村々では非常にいい加減である。村というのはそれで構わないのだ。

村人たちが仕事を止め、食事と休憩を兼ねた昼休みが始まった。

彼女は人の気配がしたのでそちらを向くと建物の脇から子供たちがじっと見ていた。

「私に何か用?」

彼女はにっこりと笑って子供たちの警戒心を解く。効果は絶大だった。

子供たちがわらわらと集まってくる。

「お姉さん、村の外のこと聞かせて!」

「魔術師組合に入ってるの?あそこってどんな感じ?」

「私でも魔術師になれる?」

「冒険者に会ったことある?」

子供たちが目をキラキラさせて質問する。村の外の情報は基本的に外から来た人間からしか得られない。商人、吟遊詩人、興行師、冒険者、宣教師、その他様々な者が子供にとって未知の世界からの旅人だ。近づかれないのは親が嫌う徴税人くらいだろう。

「ええと、どれから答えたらいいの?」

ムツノカミは困る。

「俺の質問が先だ」

そう言ってやってきたのはトラだった。手には木剣を握っている。

「強い戦士に会った事はあるか?」

「戦士?」

彼女はすぐにアルベド、セバス、コキュートスを連想した。

「ありますけど」

世界最強の方々にね、と心の中でつぶやく。

「俺は戦士になりたいんだ。今から剣を振るから見てくれないか?」

彼は周囲の子供に離れるように言い、木剣を構えた。

「あの、私はそういうことを調べる異能や魔法を持っていないんだけど?」

ムツノカミは少年がどういうつもりか考える。彼女は魔術師だが実際は剣術の教育も受けている。純粋な戦士や剣士と比べればどうしても劣るが、剣だけで武装した人間の百人や二百人なら容易に皆殺しにできる力がある。だから戦士としての腕前を見ることもできるが、才能を見抜くスキルなどを持っているわけではない。

「いや、そうじゃない。その戦士と比べてどれくらい強そうか、単なる印象を聞きたいんだ。異能や才能を知りたいわけじゃない」

「ああ、そういうこと」

彼女は納得した。ただ感想を聞きたいだけなのだ。

「はあっ!」

トラは剣を振るう。気合のこもった一振りに彼女は少し驚いた。もちろん大人の専業戦士に比べればまだまだだが、とても子供のごっこ遊びではない。よく見れば手には剣だこができており、手足の筋肉も非常に発達してる。技術こそないが強い執念を感じた。

「すごい……」

彼女のつぶやきにトラは破顔した。

「本当か?」

「あ……うん。本当にすごいと思うよ」

彼女は一瞬躊躇した。確かに子供の割には強い執念と鍛錬を感じさせるが、あくまでも子供の割にだ。鍛えた大人と戦って勝ち目があるとは思えないし、ナザリックでは話にならない。しかし、そんなことを言うべきではないと考えた。

「私が知ってる戦士の人と同じとまではいえないけど、貴方も強くなりそう」

「そうか?良かった……」

トラは希望が見えてきたという顔をする。

彼女は自分の嘘に心が痛んだ。このまま煽てて放置するのはまずい気がする。なにかアドバイスをしたほうがいいかもしれない。

「でも、持久力はつけてる?毎日走るとか」

「走る?」

「うん。すぐ疲労する体では戦闘で使い物にならないの。筋力トレーニングもしつつ、長距離走を取り入れて持久力と下半身の筋肉を強化するといいよ」

「走るか。ちょっと地味だな……」

トラは嫌そうな顔をした。

「速筋ばかり発達させると長期戦に持ち込まれた時に危険よ。有酸素運動といって……あ!」

彼女は口を押さえた。利用価値のない人間に知識や技術を教えるなと言われていたことを思い出したからだ。

「ゆうさんそ?」

「いえ、とにかく走った方がいいと思う!知り合いの剣士さんが言ってたから」

「そうなのか……本職が言うなら間違いないか」

トラは自分の鍛錬方法を考え直そうとしている。

「トラはチャンバラが好きだもんね」

「でもトラはサボり魔だからなー」

子供たちが笑った。

「冒険者になりたいの?」

彼女は興味本位で聞いてみた。

「違う。ただ強くなりたいんだ」

トラの目には憧憬の輝きがあった。誰かの英雄譚を聞いてそれを目指しているのだろうと彼女は考える。

「でもトラはお父さんの畑を継ぐんでしょう?」

一人の子供が言った。

「もちろんそうさ。だから強くなりたいんだ。父さんや母さんと畑を悪い奴らから守れるように」

「魔導王陛下が守ってくださるのに?」

彼女は疑問に思ったので聞いてみた。

「それは……ほら、守ってもらえるけど、それに甘えちゃいけないだろ?」

トラは一瞬言い淀んだが、微笑んで言った。

なるほどと彼女は思う。とても良い心がけだ。

「父さんがそう考えてるんだ。自分の宝物は自分で守るって。だから俺も同じ風にしたい」

「トラのお父さんはドルイドの魔法が使えるんだよねー」

「すごいよねー」

「ああ。でも俺はそっちの才能がないから」

彼は残念そうに言った。

彼女は少年の動機を理解した。吟遊詩人の詠う英雄譚ではなく父親への憧れから強くなろうとしているのだ。同じドルイドになれる見込みがないため戦士の道を模索しているのだろう。

(お父さん、かあ)

ムツノカミは母親に聞いたことがある。自分の父はどんな人だったのか。良い人だったとしか母は言わない。ルルーも同じらしい。病気でなくなったと聞かされ、自分たちは父親というものを知らない。もちろんナザリックの住人は皆が家族のようなもので孤独を感じたことはないし、不満などあるはずがない。ただ、父親はどんな人だったのだろうと考えることがある。

この少年には尊敬し、目指している父親がいる。

少しだけ羨ましかった。

「トラ、俺たちもお姉ちゃんと話がしたい!」

「一人だけずるーい」

「独り占めするなよー」

「ああ、ごめん!悪かったよ!」

トラは子供たちの抗議にひたすら謝る。

他の子供より明らかに強者である少年が詫びる光景に彼女は思わず笑った。

 

 

「あーあ、あまり仲良くしないほうがいいのに」

ムツノカミと子供たちの会話を上空から眺めるのは不可視化したルルーだ。

少し機嫌が悪い。家の捜索は面倒な作業だからだ。机の上にナザリックへの敵意や自分たちの馬を殺したことを示す証拠が置かれていれば話は早いが、そんなことはありえない。巧妙に隠された物品や手紙を見つけるのは魔法を使っても難しい。暗号などで偽装している場合もある。

村人に片っ端から支配の魔法をかけて尋問すれば楽なのだろうが、あれは記憶が残るので誰にでもかけていい魔法ではない。魔導国の評判を落とすわけにはいかない。では、魅了はどうかといえばあの魔法は対抗手段がけっこうある。最悪のケースは魅了にかかった振りをされて黒を白と断定することだ。

「二人とも姿が見えなかったらまずいとはいえ、なんかずるいなー」

ルルーは不満を口にしたが仕方がないと割り切り、次にどの家を捜索しようかと考える。

その時、二人組が森に入ってゆくのが目に留まった。狩りをしに行くような装備ではない。

「おやおや、これは怪しいぞ」

ルルーは尾行を開始する。

森の中に入ると木々の匂いと鳥の囀りが彼女を歓迎した。

(おお、こ、これはーーー!)

ルルーは自分の疑惑がまったくの空振りに終わったと理解した。二人組は若い男女であり、尾行してみれば単なる愛の一時を楽しんでいた。村落は家屋の中が大して清潔ではなく、人の目が気になるなら麦畑や森の中でひっそり済ませてしまうことは多いと彼女は聞いたことがあった。

男が女の服を脱がし、主導権を握っている。母親からそういう知識は与えられていたルルーだが、実際の行為を見るのは初めてだ。

(これは興味本位じゃない!逢瀬を重ねたように見せかけた情報交換かもしれないから。ね?ね?)

誰にというわけでもなく言い訳を考えながらルルーは男女を上から見下ろし、ふむふむと頷きながら動きを観察した。

(え?そんな所に?)

若いカップルは行為に没頭しており、ルルーもまた与えられた知識にない行為に戸惑いながら盛り上がる。もう耳年増とは言わせないぞ。そんなことを彼女は考えた。

その時、彼女の耳にきりきりと糸が引き絞られる音が聞こえた。

続いてひゅっと空気を切る音。

キンッと音を立ててルルーの背後で弾かれたのは木の矢だった。装備にかかっている魔法ウォール・オブ・プロテクション・フロム・アローズの効果だ。

ルルーの思考が一瞬で戦闘に切り替わり、相手を見つける。弓を構えた男が一人、敵意と恐怖のこもった目で彼女を見ていた。何らかの方法で不可視化を看破しているようだ。

(ぶっ殺す!)

彼女は火属性の魔法を使いたい衝動を慌てて抑え、捕獲に切り替える。殺すのは情報を引き出した後だ。

男は彼女に背を向けて逃げ出した。

彼女は飛行で木々の間を避けながら進み、魔法による麻痺を試みた。

効いている様子はない。対策をとっているのだろう。

「めんどくせー」

彼女は勢いをつけて男の背中に飛び乗り、地面へ叩きつける。同時にメイスで右肩を砕いて利き腕を潰す。

メキメキと骨が折れ、男の口からぎゃあと悲鳴が漏れた。

「おじさーん、私達もいいことしよっか?」

彼女は舌なめずりをして反対の肩も砕いた。

再び悲鳴。

支配の魔法を使おうと彼女は考える。今は明らかにそれを使うことが許される状況だ。しかし、男は捕まることもその魔法も想定していたらしい。

「ぐえ」

男は奇怪な声を上げて口から白煙を出した。体が何度か痙攣し、すぐに動かなくなる。

「あ……」

ルルーは任務の失敗を理解する。おそらく口内に毒を仕込んでいたのだろう。魅了や支配に対する最大の対抗策がこれだ。死ねば情報は引き出せない。

鳥の囀りにルルーの「ちきしょー!」という声が混ざった。

 

 

「これはどういうことですか?」

死体を引きずって森から出てきたルルーを村人が見るなり大騒ぎになった。殺人となれば馬の死亡とはわけが違う。村長が呼ばれ、ルルーに詰問する。

「こーゆーこと」

ルルーは首飾りを出す。

「それは……」

村人たちが恐怖と驚きを顔に出した。魔導王の部下であることを証明する紋章。何人も逆らってはならない絶対権力の証だ。極端な話、この紋章を持つ者には殺人以外は何をされても我慢するしかない。

ひかえひかえーとルルーは紋章を見せ付ける。

「魔導王陛下にお仕えする方々でしたか。知らぬこととはいえご無礼の談お許しください」

村長は跪き、他の者も続く。誰もが震えていた。

ルルーの顔が得意気になるのをムツノカミは見る。人間は常にそうしていろという表情だ。

「私たちがここに来たのは本当にたまたまなんです。ルーちゃんが森を飛んでいたらこの人に襲われたそうです。ね?」

「そそ。こいつ、誰なの?」

「ヨッシュだ」

ビストが悔しそうに言った。

「よっしゅ?どこかで聞いたような……」

ルルーはどこかで聞いた名前だと思って記憶を手繰るが、出てこない。

「ルーちゃん、朝、馬小屋に来た人だよ」

ムツノカミが指摘する。

「そうだ。馬の件を調査してもらってたが、状況を考える限り、こいつが犯人だろう」

「なんてことだ」

村長が頭を抱えた。魔導王の部下への襲撃。共同体の責任者として首をくくれと命じられたらそうするしかない。

「神官様、この度の失態は……」

「あー、そういうのいいからこいつの家に案内してくれる?」

ルルーは死体を指して言った。

「か、畏まりました!」

村長その他がヨッシュの家まで先導する。

その間にムツノカミがひそひそと言った。

「お金が目的だったのかな?」

「まさか」

ルルーが呆れたように返す。

「こいつらには言わなかったけど、不可視化を見破られたの。それらしいマジックアイテムはなかったから魔法かな?魔術師が魔術師に強盗しに行くなんてありえないでしょ。確実にこっちの正体がわかってたはず。矢が頭や心臓じゃなくてお腹を狙ってたから殺す前に情報を引き出す気だったんだろうねー」

そう言いながら眉をぴくぴく動かすルルー。

とてつもなく機嫌が悪い証拠だ。

「どうしてわかったんだろう?部屋を魔法で覗かれたはずはないし……」

ムツノカミは可能性を考える。

魔法による透視や透聴なら彼女は感知できる。防御魔法や迎撃魔法を使っていないのは感知した上で偽情報を流すつもりだからだ。

「死ぬのはぜんぜん構わないけど、私に殺された後で死ねっつーの」

ルルーが恨み節を放った。

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