まだウルトラマンジャスティスは登場しません。
「春野ー? 今日も早く帰るのかー?」
「ゴメン! 弟を迎えに行かなくちゃ!」
と、当たり前のように決まり文句になってしまった理由を告げ、中学校の三年の教室で友達と別れた。三階の廊下を早歩きで通りながら窓から外を少し見てみる。すると皆が楽しそうに部活に励んでる様子が嫌でも映った。
(いけね…)
雑念にほんの一瞬でも意識が傾いたことに軽く自己嫌悪しつつ、俺はまっすぐに校門を目指した。
「春野」
「先生…」
下駄箱の前で、俺が上履きから靴へと履き替えていると担任の先生が少し困った表情で話しかけてきた。
「どうしたんですか?」
「い、いやなに…最近調子はどうかと思ってな?」
「は、はぁ…?」
いい大人に気を遣われ、俺は内心戸惑う。
〝原因〟がハッキリしている分、なかなか気まずい。
「ぶ、部活をやってみたくはないか?ほ、ほら! お前は運動神経がいいから、どの部でもきっと歓迎してくれるさ!」
きっとこの人なりの優しさだ。
でも、俺には部活なんてやってる暇はない。
俺にそんな暇があるわけねぇだろ…
「弟が待ってるんで…」
「ッ! そ、そうだよな! 時間取らせてスマンな!」
俺の両親は先月…交通事故で他界してしまった。
葬式などは親戚がこなし、俺は現実を受け入れるので精一杯の状態。弟はずっと泣いて、兄である自分がいつまでも泣くわけにはいかないという思いから、他人に見られないよう、隠れて泣いたのはまだ記憶に新しい。そして、親戚がウチに来ないか?と誘ってはくれたものの、俺…俺達はそれを頑なに拒否した。その誘いに乗るということは海鳴市から離れるという結果に繋がり、安易に実家に帰れなくなるということ。俺は無理を言ってるのを承知しつつ、なんとか親戚に懇願した。額を床に押し付け痕が残るくらいに土下座をした。その甲斐あってか、親戚は俺達の願いを承諾してくれたんだ。
「すいません! 正義居ます?」
それが俺の弟の名前だ。
「今日も早いわね。武蔵くん?」
「いえいえ、いつもより遅いくらいっスよね」
幼稚園の先生と軽く雑談しつつ、幼稚園の通路を歩いた。その間、俺は目で弟の姿を探す。でも肝心の弟は確認出来ず、とうとう遊戯室の前まで来てしまった。
おかしいな?
いつもなら真っ先に向こうから来るのに…。
「正義くーん、お兄ちゃんが迎えに…あら?」
「どうしました?」
先生の視線の先を自分も確認する。
すると弟をようやく発見することが出来た。
「まーくん、これなんて読むの?」
「なのはちゃん、これはね…」
なんと我が弟に女の子の友達が出来ていた。
普通なら当たり前のことかもしれないが、俺の弟は引っ込み思案というか、とにかく友達を自分から作れるような活発なタイプじゃない。それがあんなに楽しそうに女の子の友達と喋っているとは…。
「珍しいわ。普段1人で遊んでるのに…」
「少し俺も安心しました。ちょっと嬉しいっス」
「ちょっと…なのかしら?」
その問いかけには笑顔で応えた。
少しどころじゃない。本当はかなり嬉しい。両親が死んでから、弟は1人で遊ぶことが多かった。それがあんなに楽しそうに女の子と遊んでるなんて…。
「でも、何してるのかしら?」
「平仮名教えてるみたいっスね」
弟がしているのは落書き張にクレヨンで平仮名を書いて遊んでいた。最近文字を教えてくれとせがまれて教えていたけど、まさか女の子に平仮名を教えるために一生懸命になっていたとは…。将来は女たらしになるのだろうか?
「正義ー? いつの間に彼女が出来たんだよー?」
「ッ!?」
面白いネタを掴んだ俺はニヤニヤしながら弟に話しかけた。すると弟は落書き張の中身を見られたくないのか、必死に自分の身体で覆い被さって隠されてしまった。
「えぇ…」
そうまでして見られたくないものを書いたのか?
「正義くん、何を書いてたの?」
先生が優しく聞いてくれるも、弟は首を左右にブンブンと振り、決して落書き張の中身を見せようとはしなかった。
「絶対見せんもん!」
「あー、分かった分かった。もう見ないから」
「ホント?」
「ホントだ」
「嘘ついたら針…一億万本飲んでもらう…」
真剣な眼差しで無駄にスケールがデカイ恐ろしい所業を呟いた弟。先生は俺の横で吹き出すのを必死に我慢してた。だが当の本人は本気なので言及はしないが、一億もどうやって針を用意するのだ? 弟よ…。
「こ、こんにちは…」
「ん? 君は?」
少し弟の将来が心配になっていた矢先、不意に女の子から挨拶された。女の子の名札を確認してみると、女の子の名前は「たかまち なのは」というらしい。
「なのはちゃん…でいいのかな?」
「うん…」
「俺は正義のお兄ちゃんの春野 武蔵だよ」
なのはちゃんはどこか元気がなかった。
弟の後ろに移動し、弟の後ろから俺を観察している。
このままでも別にいいのだが、生憎とそういうのは好みじゃない。
「よろしくね?」
俺は弟の後ろに隠れるなのはちゃんに近寄り、握手を交わすため右手を優しく差し伸べた。少し警戒していたが、ゆっくりと小さい可愛い手で握り返してくれたときは心底安心した。嫌われ泣かれたらどうしよう…とか考えていたからな。
「すいません! なのはを迎えに来ました!」
なのはちゃんと握手していたタイミングで若い男の声が遊戯室に響いた。誰だと思い振り返ると、俺と同じくらいの男子中学生が此方を見ていた。
「いらっしゃい。なのはちゃん、お迎え…ちょっ!?」
先生が戸惑いの声をあげるのは無理はない。
何故なら男子中学生は鬼の形相で俺を目指して歩いてきたからだ。なにかヤバい予感を感じた俺はスッとなのはちゃんの手を離し、ズイズイと迫ってくる男子中学生の剣幕に圧され、遊戯室の壁に追い詰められてしまった。
「次に妹にちょっかい出してみろ。ブン殴るぞ」
「誤解だ! 何もしてねぇよ!」
「嘘つけ! 手を握ってただろうが!」
胸ぐらを掴まれ、俺はさらにピンチになる。
コイツ、かなりのシスコンじゃねぇか!と叫びたい。だが喉をきつく締め付けられてる状態になってるため、息をするのがやっとだった。
「き、恭也くん落ち着いて!!」
先生が慌ててシスコンを羽交い締めにして遠ざける。
そして先生が俺が人畜無害の一般人であると力説してくれた。
「すまない。どうも妹のことになると…」
「いいさ。でも二度とゴメンだからな」
あらぬ誤解が解け、目の前で頭を下げる高町 恭也。
人をロリコンと勘違いした罪は重いが許しておこう。
「さて、正義帰るぞ」
「うん…」
時計を確認するともう夕方の17時をとっくに過ぎていた。もうこれ以上は幼稚園に長居する訳にもいかず、弟の帰り支度を手早く済ませていく。すると高町が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「この後、少し時間あるか?」
「あるように見える?」
少し皮肉な感じで答えても高町は怯まなかった。
「さっきの詫びがしたい。俺の家に来ないか?」
「いいよ別に…」
帰ろうと1歩踏み出すと、今度は右肩を掴まれた。
「菓子をご馳走したいんだ。それでもダメか?」
「菓子?」
「恭也くんの家は喫茶店をしてるのよ。結構人気のね」
先生の説明で納得する。
なるほど。あの大人気の「翠屋」の人だったのか…。
「兄ちゃん…」
弟に呼ばれ視線を落とすと、弟が無垢な瞳で訴えていた。弟は菓子という単語を聞いた辺りから何かを期待してるらしい。視線を目の前の高町に戻すと真剣な眼差しで自分の納得のいく返事を待っていた。
「分かった。お前の家に呼ばれるよ…」
こうして俺と弟は高町家に案内された。
「おかえりー。あら?」
「ど、どうもです」
高町家の玄関を潜ると綺麗なお姉さんが出迎えてくれた。見たところなのはちゃんと似ているし、お姉さんに違いない。まぁ美人な人だから緊張してしまった。
「友達を連れてきたの?」
「ちょっとね…」
少し困ったように答える高町。
するとお姉さんが俺の後ろに居た弟に気付き、なのはちゃんと弟の顔を嬉々として交互に見ている。
「あら♪ あらあらあらあら♪」
「えっと…弟の正義です…」
弟の名前を教えると軽やかな足取りで弟に近付いてきた。弟は警戒しているのか俺の背から前に出ようとしない。でもそんなことはお構い無しにお姉さんは弟の顔をよく見ようとしている。
「なのはのお友達?」
「一緒の組ですね。僕も今日知って…」
「貴方は恭也のお友達?」
「あ! 僕は春野 武蔵って言います」
友達の件は答えるのに躊躇ったが、一応…と小声で答えた。
「こんな嬉しい日がくるなんて!」
「大袈裟だよ、母さん…」
「母さん!?」
高町が呟いた一言が俺に衝撃を与えた。
聞き間違えじゃなければ、今「母さん」って…。
「私は高町桃子。この子達の母親です♪」
「えぇ!?」
どう見ても中学生の息子がいる年齢に見えない。つーか、女子高生って言われたら間違いなく信じられるレベルだぞ!?
「で、二人をどうしたの? 恭也?」
「少し迷惑かけてしまって、夕食をご馳走したいんだ」
「え? そんな話だったっけ?」
あれぇ…? 菓子だけだったはずなのに…。
「勿論いいわよ。でも、春野くんの両親はなんて…」
「あ、大丈夫です。きっと許してくれるんで…」
楽しい雰囲気を壊す訳にはいかず、後で電話すると誤魔化した。
「ならいいわ♪ 急いで準備しないと!」
都合が噛み合ったことを確認した桃子さんは、急いでキッチンへと向かい、鼻唄混じりで料理を始めた。
「本当にいいんですか?」
「何言ってるの。今日はご馳走になって頂戴♪」
どうやら拒否権は消え去ったようだ。
「正義くん、さっきの続きやろ?」
「う、うん。いいよ」
さっきの続きと言うと、幼稚園で書いてた平仮名のことか。なのはちゃんは自分から弟の手を引き、二階へと上がっていった。
「積極的ねぇ♪」
「母さん、美由希は?」
「道場で一汗流すって」
「分かった。なら俺も…」
「道場?」
道場なんてあるのか? ここには?
「じゃあ、見学するか?」
と、言う訳で…
「ハァ!」
「フッ!」
木刀と木刀がぶつかり合う音が道場に木霊していく。
俺は正座し、そう歳が変わらない奴等の動きにポカーンとしながら黙って稽古の様子を見ている。そして見学を通じて決めたことがある。
絶対に高町恭也には喧嘩なんて売らない。瞬殺される…。
「ふぅ~」
「ハァハァ…。お兄ちゃんに勝てる気しないんだけど…」
余裕を残した高町に対し、高町の妹の美由希ちゃんは今にも倒れそうな感じで木刀を杖代わりにして身体を支えていた。
「えっと、武蔵さんでしたっけ?」
「な、なに?」
「お兄ちゃん、何か迷惑かけませんでした?」
高町の眉がピクッと反応したのを俺は見逃さなかった。
「幼稚園で首を締……」
チクろうとしたら、鬼のような眼差しで威圧された。
「?」
「なんでもないです…」
「さ、後片付けをして夕食を食べよう」
な、何事もなかったかのように…。
結局、高町の犯行を美由希ちゃんにチクることは叶わず時間は過ぎ、夕食の時間となった。テーブルに並べられたレベル高過ぎメニューに驚きつつ、俺と弟は高町家の夕食にお邪魔する形になった。
「美味しい…」
「ありがとう♪」
お世辞抜きで桃子さんの料理は美味しかった。
俺も家庭の事情から自分で料理をするのだが、レベルがまるで違う。
「美味しい? 正義くん?」
もきゅもきゅもきゅ……
美味しいのは死ぬ程共感するけど、返事くらいしなさい。あとよく噛んでから呑み込みなさい。喉を詰まらせるぞ…たく…。
「ご馳走様でした。ほら?」
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
弟にもちゃんと礼を言わせ、俺達は帰る支度をする。
するとなのはちゃんが正義に近付き、耳元で何かを伝えていた。
「もうあんなに仲良しになったのね」
「そうですね。僕としても嬉しいんですけど…」
桃子さんとそう話しつつ、横目で高町を見てみた。
「まさか、なのはに好きな奴がもう現れるなんて…」
障らぬ
俺は今見た
「じゃお世話になりました」
「またいらっしゃいね?」
高町家の人達に見送られ、夜道を弟の手を引き歩く。
いつか弟が書いてるのを知れたらいいなと思う。
でも、このときは予想していなかった。
弟が書き綴っていたのが手紙だったということを…。