Fate/Grand Order ~Summer Night Carnival~   作:あーさぁ

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Act.0

 

 ある程度のレジャーランド施設もあり、オフィス街や工業区も存在する発展途上都市に一つの"噂"が蔓延していた。いわく"深夜に出没する数多の幽霊"という、さして珍しくも恐ろしくもない、とるに足らない噂。だが、この噂には面白い情報が寄せられている──それは、幽霊の風体について。何でも"中性の甲冑を着た騎士のような幽霊"を見た、"およそ人間とは思えぬ巨人の如き幽霊を見た"、"ローブを着た魔法使いのような風貌の幽霊を見た"といったように複数の証言が続出したのだ。

 

 そう、つまるところ──

 

 "深夜に出没する数多の幽霊"というのは、そういった信憑性のない複数の証言が固まって出来た"噂の集合形"であることが推測される──ともあれ、所詮は噂でしかない。幽霊に人が殺されたという事件は発生しなかった、誰かが行方不明になるというコトもなかった、故に当時の発展途上都市を運営していた行政機関も何一つ対策を取らなかった。

 

──当時の人々は、夢にも思わなかっただろう

 

──その"噂"が蔓延し始めてから数日が経過した、とある日

 

──その発展途上都市から、"全ての人間が消え去る"ことになろうとは

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

~AD:2002 Dimension Unknown~

 

 

 

 昼間の熱気も夜の帳によって緩み始めた丑三つ時、発展途上都市"飯宮町"。海と山に挟まれ、数多の道路が血管のように張り巡らされた中規模都市。人が寝静まるはずの深夜だというのに、発展途上という言葉を体現するかのように町の各所には明かりが点り、多数の工事車両が行き来していた。

 

 北を見れば複数の山々が連なり、夜空と大地の境界線を形作っている。南を見れば、海岸線を沿って昼間の如き光が長蛇のように続く工業区。天を突くように打ち立てられた煙突から白煙を吐き出す様相は、深夜にも関わらず工場が稼働している証──その近代的な街並みを一望できる場所、都市の中央区へ鎮座するは建設中のシンボルタワー。

 

 落下防止のために四方を金網で囲まれた屋上とタワーの内部を繋ぐ扉が開かれると、薄闇から現れたのは一人の女性。夏であるにも関わらず重々しい上着を羽織るその出で立ちは、異様というしかない。そんな彼女の名は、蒼崎橙子。稀代の人形師として"裏の世界"では高名であり、それ故に"機関"から追われる立場にある"はぐれ"魔術師である──彼女はドアから離れると、金網の方へと歩いていく。途中、懐から煙草とライターを取り出しながら。

 

「一夜にして全ての人間が消え去った町、か。そんな事件が起こったにも関わらず再び人をやって町として発展させようだなんて、正気の沙汰じゃないな。本来なら蹴るべき依頼だったが、妙にキナ臭いと思って来てみれば──チッ、まったくもって運が悪い。大当たり、だ」

 

 唇で挟んだ煙草から紫煙を吐き出しながら金網の向こうへ広がる飯宮町を見回していた橙子は、露骨に嫌な顔をして忌々しげに舌を打った。彼女は魔術師である、いわば"裏の世界"を知るモノ。だからこそ、彼女は"表の世界"で生きるモノには関知できない力の奔流を感じ取っていたからだ──先の事件、一夜にして人々が消え去った事件には"異質な力"が関わっているであろうことを。

 

 "裏の世界"が何らかの形で関わっている、それは間違いないだろうと彼女は確信した。だが、あまりにも情報が少ないとも感じていた──そもそも、この事件について調べて欲しいと言ってきた政治家の秘書は当前のことながら"表の世界"の住人。当時の資料の一部へ目は通したものの、それは主に警察によって作成された調書、つまりは"こういった事件があった"という事実しか記録されていない。つまるところ、"裏の世界"が関わっているという確証が足りない。

 

「まったく、式と黒桐が合わせて不在とは間の悪いことだ。やれやれ、気は乗らんが私が直々に情報を集めるしかあるまい。さしあたり──」

 

 踵を返した橙子は、くわえていた煙草を吐き捨てる。その吸殻が弧を描き屋上の床へと吸い込まれていく途中、彼女は歪に嗤った。そして目にも止まらぬ早さで腕を翻すと、"目に見えぬはずのモノ"を人指し指と中指で掴み取る──月光を浴びることで、ほんの僅かな光を反射させるだけの、極細という表現でも形容できないほどに細い糸のようなモノを。 

 

「──"お前"、何か知っているか?」

 

僅かな光を反射させる橙子が反射的に受け止めた"糸のようなモノ"を追っていくと、橙子の瞳は屋上の更に上、縦横無尽に張り巡らされた鉄骨へと向けられた。闇夜に紛れてはいたが、そこには確かに人影があった。長身というほど大柄ではなく、頭部から背中側へ纏められているであろう髪が一本、そして体躯から推定するに、おそらくは女性であろう人影。

 

「ご無礼をお許し下さい、いま其方へ参ります──」

 

 夜の帳の向こう、鉄骨の上へ佇んでいた人影が発した言葉は、紛れもなく女性のモノ。どちらかと言えば、少女と呼べるかもしれない声質だった──その言葉を皮切りに、鉄骨の上へ佇んでいた人影は夜空に身を踊らせた。一本、また一本と躊躇なく、身軽な動作で鉄骨から鉄骨へ移り降りてくる姿は、まるで猫のようだ。

 

 さして時間を掛けることもなく、その人影は屋上へと降り立ってくる。闇夜から抜け出てきた人影、猫を思わせる身軽さを発揮した人物の正体が見た目10代の少女であることに橙子は少し驚いた──それと同時に直感した、いま目の前に降り立った彼女もまた、"裏の世界"の住人であることを。

 

「──お待たせしました、まずは謝罪致します、冠位の封印指定……蒼崎橙子女史。申し訳ありませんでした」

 

「御託は良い。結論から聞こう、お前は"関係者"か?」

 

 体を整え会釈する少女へ、欠片の興味もなく冷淡に問い掛けた橙子は僅かではあるが身構える。理由は、二つ。名乗ってもいないのに自分の素性を知っている、という点。そして、もう一つは、いま目の前に降り立ってきた少女が敵、または自分へ害を成すモノであった可能性を考慮したからだ──最初の接触(ファーストコンタクト)が、"目視不可能な糸のようなモノを向けられた"である以上、その判断は妥当だろう。いまだに彼女が指と指で挟んだソレの先が、その少女へと繋がっているのだから。

 

「まず断っておきますが、私は貴女に危害を加えるつもりはありません──次に質疑に関してですが、"関係者"ではありますが"実行犯"ではない、と言えば理解して頂けますか?」

 

「ほう、なら好都合だ。生憎と私は"ここ"に着いたばかりでね、概要は知ってるが詳細は一切が分からない──"実行犯"でないと言うなら、教えてほしいものだ。いったい"ここ"で何が起こった?」

 

 少女の回答は橙子にとっては予想の斜め上をいっていた、間違いなく目の前に居る少女は"裏の世界の住人"。しかし彼女は自分が事件の犯人ではないと主張した上で、"関係者"であることを認めた。その言葉の真偽はともかく、"ここで何が起こったのか?"という問題のヒントが得れるかもしれない──橙子は、そう考え至った。

 

「私の言葉の真偽を疑っていると推測します、よって先ずは私のコトをお話しましょう──私の名は、シオン・エルトナム・アトラシア。人々からは、霊子ハッカーと呼ばれるている錬金術師です」

 

「……っ…アトラシア、だと……まさか、"アトラス院"の?」

 

「はい、其方へ籍を置いています──」

 

 シオン・エルトナム・アトラシアと名乗った少女を見て、橙子は驚きを隠せない。アトラシア、という名は世界でも三つある魔術機関の名門の一つ、"アトラス院"と呼ばれる組織の長にのみ許される称号。余談だが、この組織の信条は"自らが最強である必要はない。最強であるものを作ればいい"。その機関は世界を滅ぼせるモノさえ創造した実績がある反面、その知識と技術の一切を隠匿するという矛盾を孕んだ一派──そんな組織の長の称号を冠する少女が目の前に居る、という事実は橙子を混乱させた。

 

「アトラス院の知識と技術は門外不出のはずだが、なぜ長が直々に、こんな辺境の島国へ?」

 

「──先日、この地域にて"死徒二十七祖"の発現を観測しました」

 

「二十七祖、だと……吸血鬼……ッ……まさかッ!?」

 

「はい、お察しの通り、この地域にて発生した此度の件の元凶は死徒二十七祖十三位、通称"タタリ"と呼ばれるモノです──」

 

 その言葉を聞き、橙子は苦虫を噛み潰したような表情を見せる。その理由はシオンという少女の言葉へ含まれていた一部、"死徒二十七祖"という単語にあった。それは"裏の世界"でも有名、いや、むしろ知らない者は居ないとも言えるほどの知名度を誇る規格外の化け物(吸血鬼)の総称。欠番や捕獲されたモノが居るので正確には二十七には届かないものの、その総称をもって呼称される存在は畏怖と恐怖の対象なのだ。

 

 そんな規格外の存在が、今まさに自分が関わろうとしている事件の元凶であると公言されてしまった。真偽は不明だがアトラス院の長を名乗る者が言ったとなれば、かなり信憑性のある話──相手に悟られぬよう小さく舌を打った橙子は、努めて平静を装ってシオンへ質疑をぶつける。

 

「確かなのか、その推測とやらは?」

 

「アトラス院での観測結果は98%超、加えて、"教会"も水面下で動きを見せています。もはや、疑う余地はありません。ただ、此度の件は僅かばかり通例とは異なる不確定要素(イレギュラー)があると思われます──」

 

 不確定要素(イレギュラー)という単語を出したシオンが、どこか困惑しているような表情を見せた。あわせて、顎に手を当て何やら考えるような仕草。とてつもないスピードをもって仮定の算出、計算、あらゆる可能性を脳内で模索しているのだろう──数秒の思考の後、肺へ溜まっていた息を吐き出したシオンは小さく首を振る。

 

「おい、私にも分かるように説明しろ──」

 

「はい。"タタリ"は現象、そこに意思はなく人々の不安や良からぬ噂を具現化し血を得る死徒です。数日前に一度、この地域は"食われている"。にも関わらず、"タタリ"は消滅することなく、この地域に留まっている。しばらく残滓が残っていた事例はありますが、このケースは前例がありません。故に異質(イレギュラー)なのです」

 

 シオンは、"タタリ"が残留していることに疑問を感じていた。そもそも"タタリ"とは一定の条件下でしか発生しない、飯宮町が選ばれたのではなく、偶発的に飯宮町で発生してしまった、これは間違いない。だが発生、循環、捕食という一連の論理(ロジック)を"タタリ"は終えた。ならば消滅するのが道理であり通例、だが、そうはならなかった。

 

 例えるなら、通過するはずの台風が一定の地域へ留まっていることに近い。現状、"タタリ"は不変ではなく一時的な現象、災害に過ぎないのだ。そんなモノが不動のまま、一定の地域へ根を下ろすはずがない──

 

「よって、私が導き出した推測は"外的要因"によるもの。第三者の思惑なのか、何らかの理由で"タタリ"が留まってしまっているのか、そこまでは情報が足りませんでした──私がお話できるのは、ここまでです」

 

「なるほど、私へ接触してきたのは──」

 

「はい、お察しの通り、私と手を組んで頂きたいのです。偶然にも、ここへ貴女が来るのを事前に知ることが出来ましたので──貴女より多くの情報を有する私と手を組むのは、貴女にとっても有益だと推測しますが?」

 

 シオンの言う通りだ、橙子からすれば渡りに舟、これ以上ない味方となるだろう。だが、シオン側から見れば、話は違ってくる──橙子が自ら主張したように、彼女は現地に到着したばかりで情報など皆無。シオン側から見れば、手を組むに値しないはず。にも関わらず橙子と手を組みたいと持ちかけてくる彼女の深意が謎だった。

 

「ああ、確かに有益だよ……私はな。しかし、お前の方に益は無いだろう、さっきも言ったが私は来たばかりでね、何も分からないんだから──ああ、私の肩書き(封印指定)から戦力として数えるつもりなら、悪いことは言わんから止めておけ。私は弱い、他を当たった方が良いぞ?」

 

 そこで、そういえば、と橙子は思い出した。シオンは橙子の素性を知っていたことを──かつて魔術協会でも最上位である冠位を取得したことと、その卓越した能力を後世まで残すべく定められた人権無視の歪んだシステム、封印指定と呼ばれる、いわば指名手配を喰らっていることを。

 

 封印指定、それは優秀である証、または強者の証明だ。橙子は、どちらかと言えば前者による功績が評価されたが故の指定。彼女は知識や技術は豊富だが、彼女より強い者など、ごまんと居る──それこそ、無手ならば今目の前に居るシオンでさえ、易々と組み伏せることができるだろう。

 

 さて、どう出るか、と橙子が身構えた時、ふとシオンの様子がおかしいことに気付く。シオンは僅かに頬を朱に染め、どこか落ち着きなく視線を迷わせている。明らかに挙動不審、だが彼女は何度か口を開閉した後──言葉を淀ませ、ぼそぼそ、と小さく呟いた。

 

「……ゃ、あの……私は、その……この国のことが、良く分からないと言いますか……っ……勝手が分からないと言いますか……つ、つまり……ですね……」

 

──弛緩し始めた空気の中

 

──どこからともなく、小さな、だが確かに聞こえた

 

──きゅうぅっ、と、どこか可愛らしい、小動物が鳴いたような音

 

──橙子の聞き間違いでなければ、それは俗に、"腹の虫"と言う

 

「………ッ……、………っ…………ッ!!」

 

 その音の出所は特定できなかったが、推測はできた。だいたい、ここ(屋上)に居るのは橙子とシオン、二人きり。自分ではないのなら、その腹の虫は、つまるところシオンの腹部から聞こえてきたに決まっている──ふと見ればシオンは両手で腹部を掻き抱くように押さえていた、わざとやっているのかと疑ってしまうほど、その行為は分かりやすかった。

 

──と、そこで橙子は一つの仮説を立てた

 

 先ほどの話題、シオンが手を組みたいと申し出てきた理由の話だ。その時の様子は、一言で表すなら気恥ずかしそうだった。つまり、言い淀んでいたのは彼女が理由を明かすことに羞恥を感じていた、ということに他ならない。それを踏まえた上で、先ほど聞こえた腹の虫。となれば、おそらくシオンは空腹なのだろう。飲食など僅かな金銭を出せば事足りる、にも関わらず彼女が空腹を満たせない理由。それは──

 

「もしかして、お前さん……文無しか?」

 

「………っ……………ッ!!」

 

 げんなりとした表情の橙子が指摘した瞬間、面白いほどシオンの肩が跳ねた。顔を俯かせているので表情は分からないが、やはり頬は赤い。さらによく見れば、小刻みに震えているようにも見える──それは、その指摘が肯定である証だろう。それを察した橙子は、無意識に口の端が吊り上がっていくのを抑えることができなかった。

 

「はっはっは、アトラス院の長が日本くんだりまで来て文無しかい、そりゃ言い難いだろうな──ぷふっ……っ……くくっ、あーっはっはっ……ッ!!」

 

 つまるところ、シオンが橙子へ手を組む話を持ち掛けた理由は金銭的な話。ままならない衣食住を解消するためには助けが必要だが、今のシオンには援助してもらうアテなどない──だからこそ、橙子へ助力を要請した。極端な話、金銭的な援助をしてもらえるなら誰でも良かった。ただ偶然にも事件の真相を求める、同じく"裏の世界"を知る橙子ならば話が早いと踏んだに過ぎなかったのだ。

 

──ビルの屋上へ、橙子の笑い声が響き渡る

 

──いまだ赤面し肩を震わせるシオンは、何も言わず佇むだけ

 

──そして、たっぷり数十秒が経過した頃

 

 ようやく爆笑から解放された橙子は懐から煙草を取りだし火を着けると、ゆっくりと歩き出した。足が向けられているのは、彼女が屋上へ上がってくる時に潜ったビルの内部へ続く扉──その背中を黙って見送るシオンは、どこか沈んだ表情をしていた。

 

──交渉は、決裂した

 

──もはやここに居る意味はない

 

──そう思い至ったシオンが屋上から飛び立とうとした

 

──瞬間、彼女の背中へ声が掛けられた

 

「おい、さっさと来な、まずは食事だ──」

 

「…………え?」

 

 シオンが振り返れば、ドアを開けたまま佇む橙子の姿が見えた。

 

「来ないって言うなら置いて行くぞ、こちとら何時間も車を走らせて疲れてるんだ──さっさと宿へ行ってワインでも飲みたいんだが?」

 

「……っ……い、行きますっ、待ってください……ッ!!」

 

──ドアの向こうへ消えていく橙子の背を、シオンは追う

 

──これから始まるであろう波乱

 

──その幕が上がったことなど、知る由もなく

 

 

 

~chapter end~

 

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