Fate/Grand Order ~Summer Night Carnival~   作:あーさぁ

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Act.1

 

~AD:2015 Chaldea~

 

 

 

 ロマンへ呼び出されたので当人の元へ行ってみると、何やら頭を抱えてウンウン唸っていた。どうやら何か悩んでいるようだが、その雰囲気は話し掛けるのを躊躇わせる──さて、どうしたものか、と考え始めた頃、新たに部屋へ入ってきたのはマシュとフォウ。

 

「ドクター、お呼びですか?」

 

 小走りに駆け寄ってきたマシュはロマン話し掛け難い雰囲気など完全無視、頭を抱えモニターを注視していた彼へと駆け寄っていく。いやはや、天然とは恐ろしい。ともあれ、ロマンは自分が呼び立てた面々が揃っていることに気付くと重い腰を上げる──途中ふと気付けば、彼の目元にはクマが見て取れた。明らかに寝ていない、と一目で分かってしまう。

 

 焦燥し疲弊した様子も相成って、彼の動きは緩慢にして愚鈍。ちょっと目を話せば転んでしまうのではないか、と身構えてしまう程度には心配だった──が、そんな様子を隠すように彼は普段と変わらぬ、緩んだ笑みを浮かべ面々を見回した。

 

「ああ、実は新たな異常を観測してね、例の如く君達へ聖杯の回収を頼みたいんだけど、ちょっとばかり懸念事項があってさ──聖杯が原因だとは思うんだけど、どうにも腑に落ちないというか、妙なんだよねぇ……」

 

「はぁ……妙な、とは?」

 

「いや、確かに聖杯であろう反応は見えてるんだ、だけど存在を確認することができない。実在すると証明できない、と言い換えてもいい──それだけでも嫌な予感がするのに、その聖杯らしき反応がある時代と地域ってのが、これまた嫌な予感がする」

 

 はぁ、と溜め息混じりで大仰に肩を竦めるロマンに対して生返事のマシュ。二人の会話を聞いていた限りでは、ロマンの言葉はオブラートに包まれ過ぎていて、というより核心部分を言い淀んでいる様子。ぶっちゃけ、もったいつけ過ぎ──だいたい、いくらロマンが言葉を濁そうが関係ない。そもそも無視はできないのだ、聖杯らしき反応があるなら確認しに行かなければならない。これまでも、ずっとそうだったのだから。

 

「で、いつ、どこなんですかドクター?」

 

「あー、うん、時間は西暦2002年、場所は──日本だ」

 

 また日本か、と思ってしまったが、その感想はマシュも抱いたようだ。眉根を寄せ露骨に嫌そうな顔をしている。なにせ冬木町というターニングポイントに加え、最近では妙なマンションへサーヴァントが囚われてしまう、という異常事態に陥ったこともあった。あとは時代は違えど、これまた日本で鬼と戦った経緯さえ──マシュでなくとも、「またかよ」と思ってしまうのは仕方がない。

 

 何故こうも日本で異常が多発するのか、と原因を探り防止策を立てたくなる。だが、これは過去に起こっていることだ。この時代を生きる者達には"起きてしまった事実"でしかなく、それ以上でも以下でもない──そこへ"聖杯"という異物が入り込んだだけ、後手に回る他ない。

 

「他に分かっていることといえば、いつもより探索範囲は狭そうってことくらいだね。ロンドンより少し小さいくらい、かな──もはや恒例だけど、何が起きても不思議じゃないし無事に戻れる確証もない。それでも、行くかい?」

 

 どこか苦笑混じりに、ロマンが問い掛けてくる。ふと見ればマシュも同じように、口元を綻ばせていた。その笑顔の意味は、聞くまでもない、だ──どんな危険があるか分からない、無事に戻れるか分からない、それでも行かないという選択肢を選んだことは一度もない。今までがそうだったように、これからも、きっと行かない選択肢を選ぶことはないだろう。

 

 その意思をロマンへ告げると、彼は笑顔を変えぬまま「了解」とだけ呟くとコンソールの方へと向かった。その背中を見送ると、いつの間にかマシュが寄ってきている。どこか嬉しそうな、楽しそうな表情──頑張ろう、とだけ声を掛けて頭を撫でてやるとマシュは大きく、確固たる意思をもって返事をくれた。

 

「──はいっ、先輩は私が、必ず守ります……ッ!!」

 

──と。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

~AD:2002 Hotel The Touhou~

 

 

「──なるほど、タタリとやらの特性は理解した。あとは対策だが、さしあたり町の住人には避難してもらうよう依頼人へ掛け合うとして……問題はタタリが特定の地域へ留まる原因の究明、だな」

 

 ホテルへ備え付けられたテーブル一面に資料をバラ撒いた橙子は、そのうち一枚の紙切れを持ち上げ溜め息を吐き捨てた。シオンから聞いたタタリという死徒の特性、在り方を知った彼女は辟易とした表情──しかし、それも仕方のないことだと言える。

 

 まず第一に、タタリが人間へ危害を加える方法に対処し切れそうにないという予感。聞けばタタリは、人々の不安や良からぬ噂を器として現れるという。そのこと自体は問題ないのだが、重要なのは発生するタイミングを見極めることができないという点。事前に防止策が取れない、即ち彼女等は発生した驚異を排除する方法しか取れない。有り体に言えば、後手に回るしかないという事実。

 

 第二に、タタリは現象である以上、こちらから手を出すことが極めて困難であることが挙げられる。ただ、これは第三者が介入している可能性や何らかの外的要因によるものだとすれば、それを排除してやればいいとも取れる。それだけで、おそらくタタリは霧散するであろうとはシオンの言、信憑性は高い──そうなってくると問題なのは、それ等の情報が現状では皆無である点。黒幕が居るならば倒せばいい、何らかの要因があるならソレを解消すればいい、だが何の情報もない今は闇雲に情報を集めるしかないという暗中模索状態。

 

 結果、歯がゆいとは感じつつも橙子とシオンが取れる行動は自ずと限られてくる。つまりは、"いつどこで発生するか分からない驚異を可能な限り素早く排除しながら、タタリが留まり続ける要因を突き止める"。これしか、今の彼女等に取れるアクションはない。

 

「日中の情報収集は私がやりましょう、エーテライトをもってすれば歩き回る必要はありません。首謀者、または関係者が引っ掛かればベストです──」

 

 その時、不意に横合いの扉、シャワールームへ続く扉が開くと、奥からバスローブを纏った風呂上がり姿のシオンが現れた。三つ編みにしていた腰を通り越すほど長い紫髪を下ろし、仄かに花の香りを漂わせながら彼女は橙子へ近付くと、どこかキョトンとした表情の橙子へ向かって小首を傾げた。

 

「…………何か?」

 

「い、いや、何でもない──ふむ、情報収集は任せたいが、そうも言っておれん。後者、つまりは第三者が介入していない場合も考慮すると、付近の霊地、パワースポットの調査も行っておいた方が良いと思うのだが?」

 

「たしかに、その通りですね。では日中の役割分担ですが、私が第三者が介入しているという方針で情報収集。橙子は偶発的な要因であるという推測で霊地の調査、及び行政機関との対応ということでお願いします──言うまでもないでしょうが、夜間は驚異の排除のため見回りです」

 

「ああ、承知した。やれやれ、これは暫くの間、満足に眠れそうにないな──シオン、少し煙草を吸ってくる。先に寝ていてくれて構わんぞ」

 

 手にしていた紙切れをテーブル上へ放り投げると橙子は部屋の出入り口へ向かって歩き始める。そして背中でシオンの視線と「分かりました、ではお先に」という言葉を受け止めてから、部屋を後にした。

 

 絨毯の引かれた廊下を行き、エレベーターホールを通過し、橙子が向かうのは"喫煙所"とプレートが下がっている四方をガラスで囲まれた隔離部屋。備え付けの灰皿が中央にポツンと置いてあるだけの簡素な空間、そこへ入るなり煙草へ火を着けた彼女は肺へ紫煙を溜め込み、ゆっくりと吐き出していく。

 

(まったく、妙なことになったものだ。たまたま金が必要な時に来た面白そうな依頼だと安請け合いしてしまったが、まさか虎の尻尾を踏む羽目になるとは思わなかった──だが、まぁ、アトラス院の長と既知の間柄になれたのは大きい。有事の際は、駆け込み寺として大いに活用させてもらうとしよう)

 

 橙子は自身を執拗に追い回す"魔術協会"の一派、"時計塔"と呼ばれる組織に現在の所在が知られるはずがないという確固たる自信があった。しかし、二十七祖が関わっているという事件に首を突っ込んでしまったのなら話は別だ。これだけの大事になってしまっては、万が一ということもありえる。彼女がシオンと知り合えたのは、まさに九死に一生を得たと言っても過言ではない。

 

 シオンが所属する機関、"アトラス院"は"時計塔"との交流を絶っている。さすがに追っ手も、まさか橙子が別の魔術協会に身を隠しているとは夢にも思うまい。煙草の煙を味わいながら今後の身の振り方を思案していた彼女だったが、次の瞬間──

 

 

 

──ギシッ、と"世界が歪んだ"

 

 

 

「………っ……………ッ!?」

 

 あまりにも唐突に訪れた未知の感覚、頭頂から足の指先へ突き抜けていく悪寒に橙子は自身の口から煙草が滑り落ちていったことさえ気付けない。瞬時に体を翻すと、彼女は喫煙所から飛び出して行った。エレベーターホールを走り抜け、部屋の扉を破壊する勢いでシオンが居るはずの部屋へ飛び込むと、そこには──

 

「橙子、貴女も感じたようですね──」

 

 足元へ脱ぎ捨てられたバスローブをそのままに、初めて会った時に着ていた紫色の軍服に似た衣服を身に付けているシオンの姿。おまけに、流してあった長すぎる紫髪も綺麗に三つ編みに整えられていた──いつ結ったんだ、とツッコミを入れたくもあったが、今はそれどころではない。

 

「ああ、まさか……タタリか……?」

 

「その可能性もあります、しかし演算するにしても情報が足りな過ぎる。今の我々に出来ることは、先ほどの"感覚"が何なのかを確かめることだけです」

 

 シオンの言葉を聞くや否や、橙子はテーブル上へ放り投げられていた愛車のキーをひったくり部屋を出ていった。そんな彼女を見送ったシオンは部屋の中、窓の向こうへ映る夜空へ空いた月を見上げる──どこか赤みを帯びた、黒の夜空を彩る不気味な紅月を。

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

~AD : 2002 Dimension Unknown~

 

 

 

 目を開くと、そこは見慣れない場所。舗装された地面、明らかに人工物であろう巨大な建物が道を挟んで左右で壁のような威圧感を放つ、そして極めつけは視界の先へ見える何百メートルはあろうかという巨大なビルディングだった。

 

「無事に到着したようですね、先輩──ドクター、応答を」

 

 周囲の様子を探っていると、傍らへ並び立つマシュが虚空へ言葉を投げる。いつもなら瞬時にロマンから返事があるはずだが、待てども待てども彼の声は聞こえない。もしかして、というか、やはり、というべきか、カルデアとの通信は不可のようだ──となると、まず行わなければならないのは二つ。当座の拠点の確保と、サーヴァント召喚に必要なターミナルを設置することだ。

 

 幸いにもレイ・シフト先は人口密集地のようだし、環境も蒸し暑い程度、いきなり死ぬようなことはないだろう。だから前者の方は何とかなるかもしれないが、後者はそうもいかない。いつ、どこで襲われるか分かったものではない、だからこそ戦力安定化は最優先事項──

 

「……っ……先輩……ッ!!」

 

 そこで、マシュは声を張り上げ戦闘体勢に入った。どうやら敵性反応に気付いたらしい、彼女と同じく身構えると何やら物音。ジッ、ジッ、と一定周期で響くノイズにも似た害音──その音は一つだけではない、耳を澄ますと周囲から聞こえてくる。

 

 その時、何もない虚空へ黒い魔力の渦が見えた。螺旋を描き、徐々に形を成していく不気味な影、それは腕を、足を、顔を形作っていく。そして──

 

「──────────」

 

──黒い魔力の渦から抜け落ちるように出てきたのは

 

「──────────」

 

──人の形に蠢く、数体の影

 

「──────────」

 

──手にするのは剣のようなモノ、槍のようなモノ、斧のようなモノ

 

「──────────」

 

 その影は、見慣れた敵。いつの時代、どの国へ赴いても出現してきた聖杯への行く手を阻むモノ。人の形をした影、シャドウサーヴァントだ──原型もなく、正体もなく、英霊へ至ることのできなかったモノ、または強烈な残留思念が固まることで形を成した異形。

 

「………ッ………クッ、先輩、下がって……ッ!!」

 

 対峙するシャドウサーヴァントの群れの前へ身を踊らすマシュは、手にしていた盾を持ち上げる。今にも飛び掛かってきそうなシャドウサーヴァント達は、目に見えているだけでも4体──明らかに、劣勢だ。

 

 いくらマシュでも、この数のシャドウサーヴァントへ一斉に攻撃されては対処し切れないだろう。せめてサーヴァントを召喚できれば、とも思うが不可能だ、援軍などない。では、どうするか──

 

──戦うか、撤退するか

 

──思考に没頭していた時、ふと鼓膜を不協和音が叩く

 

──小気味良い、パァンッ、と何かが弾けたような音だ

 

──それが銃声であると気付いたのは

 

──対峙していたシャドウサーヴァントの一体が

 

──まるで横合いから殴られたように吹っ飛んでいく光景を目の当たりにした後

 

──そして、同時に……

 

 

 

「……動くな、安全は保証します」

 

 

 

──その魔弾の射手が、少女であることに驚いた

 

 

 

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