「やあモモンさん、これ良かったら持って行ってください!」
「ありがとうございます、頂きます」
「ももんさま! お手紙かいてきたのでよんでください!」
「ああ、後で読ませてもらうよ」
「モモンさーん、今夜ウチに来なよぉ~。サービスしちゃうわっ」
「ど、どうも。憶えておきます」
歩いているだけで人々に囲まれる。できるだけ丁寧かつ紳士的に返事をするが、モモンガは内心で軽いため息をつく。初めこそ皆の賛辞に気を良くしていたが、毎日のようにこれでは流石にうんざりだ。
アンデッド大量発生の事件から数日。一部に傷を残してはいるが、エ・ランテルは平和と活気を取り戻していた。
(それにしても皆ミーハーだよなあ。確かに街を救った英雄かもしれないけど、顔を隠した得体のしれない男だぞ?)
自分だったらまず疑惑の目を向けるぞ、と思いつつも次から次へと掛けられる声へ丁寧に対処する。なんだかんだ悪い気はしなかったし、人気取りは仕事を受ける上でマイナスにはならないからだ。
「モモンさん」
(またか)
うんざりしながら声の方向へと振り向くと、見覚えのある顔がそこに居た。
「おや、ニニャさん」
「一週間ぶりですね、お元気そうで何よりです」
「そちらこそ。聞いてますよ、あの事件での活躍」
あの事件から数日、ほぼ自由が無く彼等とは接触出来なかったモモンガだが、漆黒の剣の功績は聞いていた。銀級とは思えない活躍をして、献身的に味方のカバーも行っていたと。チーム外の怪我人にも惜しみ無くポーションを分け与え、被害を大きく減らしたという点も、高評価の理由の一つだそうだ。
「いえいえ、全部モモンさんにお借りしたアイテムのお陰ですよ」
「大切なのは手にしたものをどうやって使うかです。漆黒の剣の評価は、正しく貴方達のものですよ」
確かに低いレベルでも良いアイテムがあれば通常より活躍はできるだろう。だが、それを正しく運用できるかは別の話だ。実際モモンはポーションをお気に入りのチームの為にと渡したつもりだったが、彼らは赤の他人を助けるためにも使用した。
話を聞いたときは少しムッとしたものだが、彼らの評価が高くなると言う事は自分の評価にも繋がる事だと、今は考えなおしていた。
「……やっぱりモモンさんは凄いなあ」
「私などまだまだですよ」
「ふふ……モモンさんに謙遜されちゃったら、この街の誰も胸を張れないじゃないですか」
「あー、そういうものですか?」
「はい、そういうものです」
少しの間だけ目を合わせて、二人はどちらともなく笑いあった。
「ところで、今お時間はよろしいですか?」
「ええ、今から宿へ帰るところでしたので」
「ではそこまでご一緒します」
「お借りした武具を返そうと思っていたのですが、お会いする機会が無くて」
「ああ、そういえば」
貸し出し扱いにしていたことをすっかり忘れていた。何せ倉庫の肥やしになっていた物なので、正直何の執着も無い。
「まさか、忘れていたとかいいませんよね?」
「……いやそんなまさか」
乾いた笑いで誤魔化す。未だにこの世界の金銭感覚が把握しきれていない。気を付けないと余計なトラブルを招きかねないのは明白だった。
「そうだ、よろしければ貸した武具はそのままお使い頂くのはどうですか」
「へっ!? な、何故ですか?」
「ほら、貴方がたはポーション代を払うと仰ってましたし、そうなると良い装備があった方が稼ぎも良いでしょう。返済が早まるのであればお互い気分も良いと思うのですが」
「価値を考えればお借りしている武具のレンタル料すら満足に返せそうも無いんですが……」
誤魔化しの為の適当な話が、新たな困惑を呼ぶ。モモンガが次の言葉を考えていると、ニニャが笑みを浮かべながらため息をついた。
「ようやく分かりました。モモンさんは遠慮や謙遜というより、自分の凄さを分かってないからそうなんですね」
浮世離れしてますよ、と不思議な注意をされる。モモンガとしても、何年も付き合ってきた常識が簡単に抜けるわけでもなく、心の内で苦笑いを浮かべた。
「武具については、モモンさんのご厚意に甘えてお借りしたいと思います。仲間にもそう伝えますが……ペテルが何と言うか……」
「ペテルさんが、ですか?」
モモンガは内心首をひねる。何か彼の気分を害するようなことをしただろうか?
「いえ、なんと言うか……どうもペテルはモモンさんに心酔しているみたいでして……こんな恩ばかり重なるようなことを受け入れられるだろうか、と」
ニニャが語るに、ペテルはあれから毎日自らを鍛え直しているそうだ。モモンに憧れ、いずれ対等な形で恩を返せるようにと、鬼気迫る勢いで特訓を行っているらしい。
「そんな熱血キャラでしたか……?」
「ああ見えて英雄譚とか好きなんですよ、彼」
さっぱりとした好青年のイメージが少し変わる。次に会ったときにはそれらしくした方が良いのだろうか……
「…………」
会話が止まる。モモンガが意図したものではなく、ニニャが突然押し黙り真剣な表情を見せたからだ。
「モモンさん」
やがて決意したのか、まっすぐ此方を見つめて口を開く。
「これだけ良くして頂いてこの上何をと思われるかも知れませんが……恥を忍んで、お願いがあります」
「なんでしょうか」
「僕をモモンさんの弟子にしていただけませんか」
(……んん!?)
「は? 弟子、ですか?」
「はい」
「……冒険者として、ではないですよね」
「
モモンガの混乱していた頭が、ゆっくりと回り始める。ニニャの言いたいことは判ったが、同時に疑問が浮かぶ。
「なぜ、私なのでしょうか。言うまでもありませんが、私は戦士です。貴方が師事するべき魔法詠唱者ではありません」
「そうですね、自分でもおかしいとは思っています。ですが、そのくらいモモンさんとの会話は僕にとって衝撃的だったんです。
低位の魔法は僕の方が詳しいかもしれませんが、第三位階魔法の実戦的な運用方法理論は目から鱗でした。<
話せば話す程、モモンさんからは僕の師よりも深く広い知識を感じました―――――もしかしたら、それ以上の何かを隠されているのではないか、と思うほどに」
「……」
静かに、驚く。
自らの不手際か、それともニニャの洞察力か。モモンガが隠しておいた事を、あっさりと見破られて……いや感じ取られている。
「何故、モモンさんが力をお隠しになっているかは分かりません。僕の見当違いの思い込みであるのならば、そう仰っていただければ二度とこの話題は致しません。
ですが、もしモモンさんがその力の片鱗だけでもご教示してくださるというのならば、僕は僕の全てを以て貴方に尽くします。だからどうか、どうかっ、考えて頂けませんでしょうか!」
その姿勢は、本物だ。何故かは判らないがニニャからは強い意思を感じる。だが、問題はそこではない。
(ふむ)
モモンガは考える。メリットとデメリットを天秤にかけて。つまりはニニャを危険視して消すか消さないかを、だ。
(まあ、まだ何とでもなるか)
まだ具体的なことは何も知られていない以上、どうとでもなると結論を保留にする。とりあえずは目先の事だ。
「一つ、聞いても良いでしょうか」
「はい」
「貴方は何故力を求めるのですか?」
「……それは」
「言いにくい話でしたら、構いませんが」
昨日同じようなやり取りをしたことを思い出す。ニニャにもまた暗い影は見られたが、クレマンティーヌよりもより強い憤りを感じさせる。
「いえ、話させてください。僕には、姉がいるんです。貴族に奪われた、かけがえのない家族が」
その話は、ありきたりな悲劇だった。強権にさらされ、犯罪者のように連れていかれた実姉。当たり前のように良い扱いを受けるはずがなく、拾った猫のように捨てられ行方知らず。
「姉を探しだし、奪い返すためにも僕には力が必要なんです」
「……なるほど」
その話を聞き、感じ入る―――事もなく、どうでもよいとさえ思うモモンガ。顔も知れないニニャの姉など、それこそ野良猫と変わらないとさえ思っていた。
「いいでしょう」
「ほ、本当ですか!?」
「ですが一つ条件があります」
だからこそ、自分にとってのメリットだけを考えてモモンガは答えた。
「この条件は、ニニャさんの一生を掛けても無理なことかも知れません。一つ間違えば、自分だけでなく誰かを巻き込む事すらありえます」
「……っ」
「それでも、やりますか?」
逡巡は、そう長くはなかった。
「気持ちは固いようですね。では条件を話します、これは貴方が私の指導を受けながら、最低限叶えるべき事です」
「……なんでしょうか」
「第六位階魔法を覚えて下さい」
「…………」
ニニャは口を開き、ポカンとした表情を浮かべる。先ほどの逡巡に比べて、今度は長かった。
「ええええ!?」
そして、叫ぶ。それも当然だろう、人類の限界に到達しろと言われたのだ。
「無理ですよ!」
「無理ならば、それまでです。私のアドバイスを受けてなお駄目なら、私は貴方を弟子とは認めないだけです」
「そ、そんな…………って、御教示して頂けるんですか?」
「そう言ったでしょう? 私の指導を受けながらと」
「た、確かにそうは言ってましたが……」
わかりやすく混乱していたニニャは、当然の疑問を口に出した。
「その、さすがのモモンさんとはいえ、第六位階魔法まで教えられる知識がおありだとはとても……」
「ええ、ですので私はアドバイスをするだけです。これを読んでみてください」
「これは、魔導書ですか……! こ、これは……」
「理解できますか?」
「あの、見たことの無い文字で読めないのですが……」
「あ、ああ! すみません忘れてました。このモノクルを使って見て下さい」
「はい……凄い、読めるようになった。こんな貴重なアイテムまでお持ちなんですね」
「ええ、一品物なので長い間はお貸しできませんが。それで、どうです?」
「…………殆ど分かりません。ですが、とんでもないって事だけは分かります。モモンさん、貴方は一体何処でこんなものを」
「さて、とりあえずそれは置いておいて。ニニャさんにはまず此方を覚えて貰いましょう」
「他にも魔道書が……<
「まず早急に<伝言>を覚えてもらいます。これは私が遠くにいても質問に答えられるようにするためですね。それを終えたら第三位階、第四、第五と難易度をあげましょう。基本的にはそれと同じように魔導書で進めます」
「すごい、ですね。これだけ詳細が書かれている魔道書は初めて見ました」
渡された幾つかの書を流し見て、ニニャは興奮と戦慄を覚える。師の下にいた時ですら、これだけの書物を見た事は無かった。
そもそも、魔法は一部の大きな組織に保管されている物を除けば、殆ど一般に出回る事はない。それは悪用防止であり、利益の独占であり、そもそも絶対数が少ない事が理由に挙げられる。
ニニャも、習い事の殆どは師自らの口頭が殆どだった。
「これら一冊だけで、金貨数百枚に匹敵するような代物です。本当にお借りして宜しいんですか?」
(えええまじかよただのNPC販売アイテムなのに……)
「ええ、ですがもちろん内密にお願いします。あくまでニニャさんだからこそお貸しするものですから」
「……弟子入りをお願いしてなんですが、本当によろしいのですか? 確かに条件達成は難しいとは思いますが、これでは実質何も払っていないのに指導して頂いている様なものです」
「正直なところを言いますと、この話は私にとってもメリットがあっての提案でして。ニニャさんのタレントによる魔法の習得速度がどれ程の物なのか、気になっていたのですよ。
私の祖国には無かった力。それがどれほどのモノなのか私は知りたいのです。まあ、悪い言い方をすると実験ですね」
(―――それに人間の限界は本当に第六位階魔法なのか? その限界を知る為でもある)
「双方にメリットのあるお話だと?」
「ええ、私としても信用のできる人に協力を得られるのは幸運な事です。もちろん、ニニャさんの口が軽いようでしたら相応の対応はさせて貰いますが」
「だ、誰にも言いませんし、見せびらかしもしません」
「ええ、そう信じてますよ」
手を差し出す。協力者に対する改めての握手だ。
ニニャは戸惑いながらも此方の手をしっかりと握った。
「モモンさんの期待に応えられるように、必死で頑張ります」
「楽しみにしています。
そしてもし、ニニャさんが課題をクリアして正式に弟子入りとなりましたら――――より実戦的な魔法運用理論について、みっちりと教えましょう」
ニニャの笑顔がヒクリと歪む。モモンガの言葉に感じた凄みから、第六位階魔法などではなく『実戦的な魔法運用理論』こそが彼の真髄なのだと、感じたからだ。
「僕はとんでもない方に弟子入りしてしまったみたいですね……」
「今更後悔しても遅いですよ? 私も驚くような成長を期待しています」
「ははは……ガンバリマス」
「ところで、仮とはいえ弟子入りの身なので正直にお話ししたい事があるのですが……」
「なんですか?」
「僕……もといわたし、実は女です」
「――――ファッ!?」
モモンガ様にファッ!?っと言わせときゃええと思っとる人。
僕です。
【おまけ ケース1:ペテル】
「モモンさん!」
「おや、ペテルさん」
「―――――」
「――、―――」
「―――――!」
「―――――っ」
「流石はモモンさんです! 改めて尊敬しなおしました!」
(あ、暑苦しい……っ!)
【おまけ ケース2:ルクルット】
「よお! モモンさん!」
「おや、ルクルットさん」
「―――――!」
「――、―――」
「―――――?」
「―――――」
「でさあ、その店の娘がそりゃあ可愛くってさあ! モモンさんが一緒に来てくれれば成功率上がるから行こうぜ!」
(欲望に忠実な男だなあ……ペロロンチーノさんを思い出して何か落ち着く)
【おまけ ケース3:ダイン】
(…………常識人過ぎて逆に落ち着かん)
※追記:翻訳モノクル部分を追加
ご報告ありがとうございます。
あとはニニャが適当に写本を作るか頭に詰め込むかしてくれる筈です。