モモンガさま漫遊記   作:ryu-

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第6話

(そろそろ見る処も無くなってきたな)

 

 モモンガが王都に居を構えてから少々の時間が経ち、観光気分で色々と見て回ってきたものの彼は既に飽き始めていた。というのも、エ・ランテルに比べて歴史的価値の有りそうな施設は多いものの、流通品等はほぼ一緒な為に初めての感動という物が少ないのだ。

 

(拠点は確保できたし、本格的に自然ウォッチングに移行するかなあ。もしくは他の国を見に行くか。帝国は有りだな、王国より栄えてるみたいだし。法国……は保留だな。あそこはプレイヤーの気配がする)

 

 今後の方針を考えながらフラフラと路地裏へ入っていく。リアルでは危なくて出来ない事だが、常に新しいものを求めて出来るだけ知らない道を選ぶようにしていた。

 

(よし、まずは帝国に行こう。正直エ・ランテルの束縛が多くなってきたし、一つの処にとどまるつもりは無いという意思表示だな。帝国では冒険者としての活動を抑え、観光と自然観賞をメインにしよう)

 

 考えつつ歩いていた為に俯き気味だった視点を、よしと勢いをつけて上げる。すると、見窄らしい建物から出てくる一人の男が視界に入った。男は肩に背負っていた袋を打ち捨てるように路上へと下ろすと、そのままに出て来た建物へと戻る。

 モモンガはその打ち捨てられたモノを見つめる。彼はその袋にある気配を感じたのだ。魔法やスキルではない、この世界で活動するうちに目覚めた感覚なのか、オーバーロードとして持っていた基本能力なのかまでは不明な感覚器官。

 ―――――死の気配。

 

(いや。死にかけ、かな?)

 

 モモンガは無造作に近づくと、袋を少しだけ広げて中を見やる。そこには想像通り、死にかけた人間らしきものがいた。

 それと、目が合う。

 

「……」

 

 どちらも口は開かない。いや、少なくとも片方は開きたくても開かないだけかもしれなかった。それほど迄にその人間は疲弊し、傷と痣だらけの体だったのだ。

 

(奴隷……は確か禁止されてる筈だな。ってことは娼婦か犯罪者か)

 

 扱いを見て人間、たぶん女だろう者を何の感慨もなく観察する。モモンガにとって見知らぬ人間など興味の対象にはならない。この世界での出会いに色々と感情を動かされたが、アンデッドとしての骨子まではそう変わるものではなかった。ならば何故この女に近づいたのかと言われれば、単に街の中で死人がでるとしたらどんな経緯と事情があるのか気になった、程度の理由となる。

 関われば面倒事になるな、と立ち上がる。さっさと去ろうと足を動かすと、何かが引っ掛かった。

 欝血して痣だらけの腕が、モモンガの足を掴み、いや触れている。

 

「……」

 

 溜息をつき、振り払おうとしたところで不幸にも声がかかった。誰にとって、かは言うまでもないが。

 

「そこのアンタ、何してんだ」

 

 先ほどこの袋を路上に捨てた男が、建物の中から出てきていた。モモンガの鎧を見て少々ギョッとするが、何か後ろ盾でもあるのか高圧的な態度は変わらない。

 

「さっさと帰りな、ここに見るモノなんざねえよ」

 

 男の言うことはもっともだ。モモンガはこの女や男、そしてこの建物が“何であるか”など大体想像はつく。そしてそれは、彼にとってどうでもよいものだった。

 

「そうでもないぞ? 私はこの女と、この建物で行われている事に少々興味がある」

 

 だが、口を開いた言葉は真逆のものだった。果たしてそれは正義心なのか、はたまたモモンとしてのロールプレイの延長なのか、モモンガ本人にすら分からない事だったが。

 

「な、なんだと?」

 

「この建物……いや店と言った方が良いか? ここで行われている事が私の想像通りのモノだったら、私は多少の金と労力を掛けてもよいと思っている」

 

 モモンガは懐から出した小さな袋を放り投げる。男はあわててそれを受取ると、中を覗き込んで驚愕した。白金貨が数枚入っていたのだ。

 

「旦那、こ、こりゃあ……!」

 

「手付金、とでも言えばいいかな。君個人に渡そう。さて、私はこの店に紹介してもらえる人間だろうか?」

 

「もちろんでさあ! ささ、旦那、小汚い所で申し訳ねえがどうぞこちらへ」

 

「ああ、と、ちなみにこの女もいいか?」

 

「へ? 旦那、それはもう駄目ですぜ。使い物になりませんよ」

 

「私なら何とでもできるからな。もののついでだ、この女にも金を払ってもいい」

 

「へへ……旦那もモノ好きですねえ」

 

 女を引き連れ、二人は店の中へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 ――――その数刻後。

 

 

 

 

 

 

 

 兵の詰め所に匿名で通報が入る。ある犯罪を行っている施設について、多数の証拠物件と共に詳細な情報が寄せられたのだ。それらは施設から直接持ち出しでもしない限り手に入りそうもない精度と信憑性のあるものだった。

 流石にいたずらと捨てる訳にもいかず、彼らは早急に調査隊を出す。ことにより荒事が考えられる為に武装も用意して、だ。しかしそれは杞憂に終わる事になる。

 施設は確かに有り、犯罪の証拠は現場からも多数押さえる事ができた。だが、そこには被害者の女性を除き、他に誰一人として居なかったのだ。施設内には争った形跡もなく、兵が乗り込む前に逃げたとしても何の隠ぺいもされてはいない。つい数時間前まで普通に稼働していたにも拘らず、消えるように突然いなくなったとしか思えなかった。

 ここで何が有ったのか、それは誰にもわからない。ただ、兵達の困惑した表情と、被害者達のすすり泣く声だけがそこには残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女の目が、覚める。

 視界に移るものはいつもの薄暗く四角い空ではなく、白を基調とした清潔な天井だった。

 だが、驚くべきことではない。結局は客が何処で“使う”かを決めるかであり、そういう部屋に連れ込まれた事も今まであった。ただ今日はこの部屋なのだろう、と彼女は思うだけだった。

 

「……」

 

 心地の良いまどろみに違和感を覚えつつも、まだ覚めきらない頭で周りを見やる。すると小奇麗な部屋の中に一人、美しい女性を見つける。長く少しハネ気味の髪をして、アイパッチをした女性……の石人形だ。

 触れようと手を伸ばしてみると、視界に入ってきた自らの腕を見て、気づく。綺麗なのだ。傷はなく、痣もない。何年も昔の記憶となってしまった、本来の自分の腕。

 よくみれば、小指に見知らぬ指輪が付いている。芸術品のように美しく、じっと見ていると力強さを感じる不思議な指輪だ。

 自分の腕や指輪を見つめていると、女は視線を感じた。意識をそちらへ向けると、石人形がこちらを見ていた。まさか動いているのだろうか―――とじっと見つめ返すと、あろう事か石人形は立ち上がって一礼し、音もなく部屋から出て行った。

 夢でも見ているのだろうかと、女はしばらくの間呆然とする。

 ……数分としないうちに部屋の中へノックの音が響いた。

 

「失礼します」

 

 男の声に、体が勝手に震えだす。ここは夢ではないが、結局は地獄のままなのではと気づいてしまったのだ。

 

「目を覚まされたのですね」

 

 声の主が部屋に入ってきた。男は、ヘルムだけをとった全身鎧に身を包んだ立派な体躯をした人物で、先ほどの石人形を後ろに引き連れている。

 

「さて、これ以上近寄ると怖いでしょうから、失礼ですがここからお話しさせて頂きます」

 

 男は石人形―――よく見ればメイドの姿をしている。彼女?だけを進ませてベッドの横へと座らせた。男は扉を開けてすぐのところで立ち止まり、女へ声を掛ける。

 

「今の状況は理解できていない、ですね?」

 

 女は軽く震えながら、首を縦に振る。

 

「では説明します。ここは私の家です。まず、私が貴方に危害を与えるつもりが無いことをご理解ください。

 貴方がいた店についてですが、あそこはもうありません。従業員……というのもアレですが、彼らももはやこの国に戻ってくる事はないでしょう。つまり、貴方はもうあの連中と関わる必要はありません」

 

 男の説明に、複雑に感情が湧き出る。疑問、困惑、怒り、悲しみ、喜び。感情がまとまらず、言葉がうまく出てこない。

 

「まだあの連中の組織までは片付いていないので、完全に自由とは言えません。ですが、貴方の安全はここにいる限り保障しましょう。この家は高度な魔法で護られていますので、追手の心配もありません。

 さて、病み上がりにいろいろとお話ししましたが、何か質問はありますか?」

 

 そこで初めて、女は男の顔をしっかりと見る。凡庸な顔立ちだが冷静で理性を感じさせた。あの店にいた者達のような下卑た感情は欠片も見えない。

 

「わた、しは……もう、おかさ、れない、の?」

 

「ええ」

 

「も、う。いたく、されない、の?」

 

「ええ、貴方を脅かす者はここにいません」

 

 男の声が、ただ淡々と事実を語る。

 ここで、ようやく自分は助かったのだと、女は認識した。

 

「あ、り……がと……ざい……す」

 

 久方ぶりに叫び以外の言葉を自らの口から発すると、女の目から涙が次から次へとあふれ出てきた。思ったよりも取り乱すことはなかったが、それでも涙は止まる事はなかった。乾きひび割れた大地を濡らすように。次々に。

 

「……『誰かが困っていたら助けるのがあたりまえ』ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉を後ろ手で閉め、部屋から離れる。耳をすまして女の様子に変化がなさそうな事を悟ると、ホッと息を吐く。

 

(ようやく上手くいった……)

 

 モモンガの安堵には理由がある。あの助けた女とのやりとりは、実は5回目なのだ。

 怪我や病気の治療、ちょっとした処置については容易かったのだが、いざ目覚めた彼女と対面すると泣くわ叫ぶわ発狂するわ。女性の扱い方など殆ど知らないモモンガでは、まともに会話すら成り立たなかった。

 しょうがないので魔法やアイテムで無理やり落ち着かせ、何度も対話の仕方を変えた。失敗する度に最高にMP効率の悪い記憶操作魔法を使う必要が有ったので、こちらも半泣き状態だったのだ。

 

(違法営業の店を潰すより女一人のアフターケアの方が大変だとは……慣れない事はするものじゃないな)

 

 そもそもモモンガとしてはここまでするつもりはなかった。やることをやったら憲兵に全てまる投げするつもりでいたのだ。

 

(それもこれもあの女の顔が悪いな)

 

 誤解なきように言うなれば、助けた女はそこそこに美人な部類だ。問題は、その顔つきがついこの前弟子にした魔法詠唱者(マジックキャスター)に似すぎているという点である。

 

(ツアレニーニャ・ベイロン、だったか)

 

 世界は狭いものだ、とモモンガはため息をつく。今日帰る道が別だとしたら、気まぐれで人助けなどしなければ、弟子の大切な姉はひっそりと死んでいたのだから。

 正直、実験対象でもある仮弟子にサービスしすぎだとは思うが、頑張った結果に報いが無いというのは少々可哀想な気がしたのだ。そうでなければアフターケアまでする事はなかっただろう。

 

「さて、問題はこの後だな……」

 

 あの店は既に攻略済み。“従業員”共はとっくに新しい自分(骨と腐肉の体)を手にいれているし、見つけた限りの証拠は分かりやすく配置してやったので憲兵が見つけただろう。しかし、そこで見ただけでも一つ店が潰れたぐらいで共倒れするような組織には見えなかった。

 モモンガが魔法詠唱者として全てを解決することは容易い。だが、それは何か違うと思うのだ。

 

「悩んだ時は、相談だな」

 

 こういう事に親身になってくれる男を思い浮かべ、家を出る。向かう足取りに迷いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男、ガゼフ・ストロノーフは、説明を聞くと想像通りに激怒した。静かに、だが顔に深くシワを刻み、体中の筋肉が一回り大きくなる程に。モモンガがちょっとビビる程に。

 

「許せん――――直ちに兵を集めて殲滅する!」

 

「ま、まてガゼフ殿! それが出来るような相手ではないのだろう? 少なくとも、あの店の利用者記録には貴族らしき名前が複数あった。下手をすれば貴方が犯罪者になるぞ!」

 

「ぐっ、しかし……!」

 

「落ち着いてくれ。私がガゼフ殿に相談したのは別に武力を当てにした訳ではない、分かるだろう?」

 

「……それは、確かに」

 

 ガゼフは思いとどまり、立ち上がった反動で倒した椅子を直して座り直す。

 モモンガの言葉で冷静になれたのは、自分よりも遥かに強い男が相談に来たという事を思い出したのだ。少なくとも、陽光聖典をあしらい謎の天使を打ち倒した男なら、この国の巨悪がどんなものであれ手こずる事はないだろう。

 

「つまりモモン殿は、この件を法の力に預けてくれるという訳ですな」

 

「ええ、流石に私も犯罪者になりたい訳ではありませんので」

 

「……モモン殿の理性的な判断には敬意すら覚えるな」

 

「私もガゼフ殿のような義に厚い生き方には憧れますよ」

 

 互いに小さく笑い合う。

 だがガゼフはすぐに渋い顔へと表情を変えると、申し訳無さそうな声を出す。

 

「ご期待頂いて応えられないのは辛いのだが、正直に言うと難しい」

 

「難しい、ですか」

 

「ああ、貴族がこれだけ絡んでいる時点でどんな証拠を突き付けても揉み消される可能性が高い」

 

「ガゼフ殿の立場か、国王への進言等ではどうにもならないと?」

 

「私の立場だが……正直政には疎くてな、恥ずかしい話だがどうすれば上手くいくのか分からない。

 王に進言というのも、誠実な方だし心を痛めて何とかしようとはしてくれるだろう。だが、ここにこうして『国王派閥』の貴族名まで書かれているとなると、手が出せない。下手をすれば表立った権力の二分化、国家の存亡に関わる事態になる」

 

 悔しそうに、ガゼフは答える。この国の情勢は悪い。貴族が力を持ちすぎ、腐り、もはや取り返しのつかない所まで堕ちている。たかだか平民上がりのガゼフではどうにもならないし、国王が動くにしても逆に規模が大きすぎる。これに介入して立つ波風は、王国に嵐を呼ぶことになる。

 

「まあ、想像はついていましたが面倒なものですね、柵というものは」

 

「……すまないモモン殿。この国を護る筈の一兵として、国の病巣に立ち向かうことも出来ない事を許して欲しい」

 

「……ははっ」

 

 モモンガが小さく笑う。それは乾いたものではなく、楽しさが感情に乗ったものだった。

 

「モモン殿?」

 

「ああ、いや。すみません、別にガゼフ殿を不快にさせたい訳ではないんです。ただ、ついこの間にも同じような言葉を言われてばかりでして」

 

 この国も捨てたものじゃない。そうモモンガは笑ったのだ。

 その言葉を聞いたガゼフにも、少しばかりの笑みが戻る。

 

「そう言っていただけると嬉しい。

 だが、このままやつらが何事もなしと事を納めるのは腹立たしい。一人、正しき心を持った知恵者に当てがある」

 

「ほう、それはどなたですか?」

 

「まだ会えるかどうかも分からないので……その時までの楽しみという事にしよう。きっと、モモン殿も驚かれる筈だ」

 

 そう言ってガゼフはニヤリと笑う。この国の宝ともいえる御仁、輝かしい黄金を思い浮かべて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クライムは日課の鍛錬に身を費やしていた。

 鎧相当の重りを着け、鍛錬用に刃を潰した剣を振るう。それだけなら今までと何も変わっていないが、見るものが見れば今までとの違いに気づけるだろう。

 クライムの目の前には“何か”がいた。その何かへ剣を振るい、何かからの攻撃をいなし、実際は一人にも拘らず確かに戦っていた。それは、いわゆるシャドーボクシングと言われるモノに近い。彼が過去に戦った相手を思い浮かべ、仮想敵とし剣を振るっていたのだ。

 

「――――っ!」

 

 避けきれず、敵の攻撃を受けてしまった後方へ剣が流される、流されたかのように動きを再現する。その決定的な隙を埋める為、流された勢いに逆らわずに転がって退がる。すぐさま起き上がると、敵は目の前だ。トドメとばかりに突撃してくる相手を見定め、ある武技を以てその攻撃を―――

 

「クライム!」

 

 ―――どうにかする前に、男の声で仮想敵が消える。集中しすぎて誰かが入ってくるのに気付かなかったようだ。

 

「ガゼフ様」

 

「すまんな、鍛錬の邪魔をして」

 

「いえ、気にしないでください」

 

 クライムは体中の汗を拭きとりながら、鍛錬場に入ってきたガゼフを見やる。成長して判った事だが、いまだ戦士長は自分の遥か先にいる。今のクライムは『どうすればいいのか分からないくらい強い相手』から『どうやっても勝てない強い相手』ぐらいにはガゼフの強さを測れるようになっていた。

 

「……それにしても、少し見ないうちに成長したな。正直もう限界だと思っていたんだが」

 

「まだまだです。事実、ガゼフ様には遠く及びません」

 

 それなら俺の隊でも一線級を張れるんだがな、とガゼフは笑う。憧れの男から聞けた言葉に、クライムは嬉しくなって自然と笑みを浮かべた。

 

「それで、だ。随分と集中して鍛錬をしていたようだが……一体誰を相手にしていたんだ?

 いきなり声を掛けてしまったのもお前が殺されると思ってしまったからだ。あれ程までに強く、容赦ない相手に俺は心当たりがない」

 

 クライムは硬直した。師からは内密にといわれている鍛錬方法に関わる話題だったからだ。だがまさか仮想敵との戦いを見られただけで、相手の力量を推し量られる等と想像の外にあった。

 対してガゼフは口ではああ言ったものの、相手の正体に心当たりがあった。何しろ、背を預けて敵と戦った相手なのだから、記憶からそう簡単に消えるものではない。

 

「……いえ、その……事情がありまして」

 

「いや、すまない。別にお前を探りに来たわけじゃないんだ。今のお前との手合わせも興味はあるが、今回は別件で来た」

 

「こちらこそ、申し訳ございません。別件とは?」

 

「うむ、まずは紹介したい御仁がいる。入ってきてくれ」

 

 入口から、一人の男が現れる。いや、その人物は体躯から男であろうと予想されるものの、全身鎧によって細かな体型は判らない為、真実までは判らない。だが、数十キロはあろう全身鎧をまるで負荷に感じていない自然な歩き方に、想像外の筋力と鍛錬を容易く理解させる偉丈夫だ。

 

「クライム、この方はモ「しっ……モモン様!?」モン殿、と言う方、なのだが……」

 

 クライムはまさかの再会に、動揺して軽く口を滑らす。師匠もといモモンガは頭を抱えたが、黙っている訳にもいかないので口を開いた。

 

「また会いましたね、クライムさん」

 

「顔見知りなのか」

 

「ええ、酔っ払いに絡まれた時に少し。それで、会わせたい者とはクライムさんの事ですか?」

 

「いや、私が紹介したい方はクライムの主です。私が直接紹介するには難しい方ですので」

 

「あ、えっと、申し訳ございません。どういった御用件でしょうか」

 

 落ち着きを取り戻したクライムに、ガゼフが今回の件を説明する。案の定というべきか、少年は激しい怒りによって顔を歪ませる。正義の心がある者が聞けば当然眉を顰めるような話だが、この件は特にクライムを強い衝動に突き動かした。何しろ、愛する女性が民の為にと行った奴隷廃止制度の穴を抜けるようなやり方だったからだ。

 

「話は、分かりました。それで主に話を聞きたいと」

 

「ああ、難しいとは思うが繋いでもらえないだろうか」

 

 一国の王女に面会を求めるなど、そう簡単なことではない。たとえそれが国の大事だとしてもだ。

 クライムは押し黙る。モモンガとガゼフを見て、妙な表情でだ。

 

「……クライム、やはり無理か?」

 

「いえ、実は……王女から仰せつかっている事がありまして」

 

「王女から?」

 

「ええ……もし、ガゼフ様が見知らぬ魔法詠唱者、もしくは戦士を伴って頼みごとをしに来たのならば、可能な限り手を貸すべきだと」

 

 これがその状況なのか、クライムは悩む。

 その予言にも等しい話に、モモンガとガゼフは知らず顔を見合わせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、クライムったら私が倒れそうになったのを抱きとめてくれたのよ」

 

「あら、随分と大胆になったのね」

 

「そうなの! 前だったら無理にでも肩とか当り障りのないところを掴んできたのに」

 

「そういえば最近急に随分男らしくなったものね……戦士としても強くなってるし」

 

「前は濡れた子犬っぽくて監禁したい感じだったのだけれど、最近は大型犬みたいに嫌がるまで抱きしめたい感じになったのよ」

 

「ん? え? あ、そうなの?」

 

「そうなの! それがもう可愛いやら格好いいやら!」

 

 黄金なる異名を持つ王女ラナーの前で、王国でも有数となるアダマンタイト級冒険者であるラキュースはドン引きしていた。

 いつも通り呼ばれたラナーの部屋で、ここ最近依頼を受けていた仕事である『八本指』関連の話をすると思ったら突然恋バナを始められたのだ。

 冒険者とは言え、ラキュースも乙女である。例に漏れずノリノリで話を聞いていたのだが、今までの印象をぶち壊す発言をするラナーに辟易とし始めていた。

 

「……やっぱりこれは恋なのかしら」

 

「そうじゃない?」

 

「二度も同じ人に恋をするだなんて思わなかったわ……」

 

「そうね」

 

「前はゾクゾクしてたんだけど、今はドキドキするのよ。不思議ね」

 

「……あっ、はい」

 

 こんな感じでいつまでたっても終わらないのである。しかも知りたくもなかった友人のトンデモ性癖暴露付きで。普段の賢人染みていた友人の姿を思い出して困惑しつつも、変人ぞろいの『蒼の薔薇』に慣れているせいか逆に落ち着いている自分にラキュースは悲しくなっていった。

 

「ね、ねえ。クライムの話もいいんだけど、八本指について報告しなくてもいいのかしら」

 

「え? あ、そうね。そういえばそんな事もあったわね」

 

 友人のポンコツっぷりに頭を痛める。今のラキュースは目の前のラナーが中身だけ別人といわれても信じられそうなほどの衝撃を受けていた。

 

「それじゃ、麻薬を栽培していた村の話だけど―――」

 

 表情を引き締めたラナーにラキュースは語る。

 襲撃は成功して農園は壊滅に追い込んだ事、八本指に関する情報はほとんど得られなかった事。唯一得られたのは、暗号の書かれた羊皮紙一枚。

 

「換字式暗号ね」

 

 ラナーはそれを数分としない内に解読し、それが他の八本指7部門の重要な拠点を示している事を読み解いた。

 

「やっぱり黄金のラナーは伊達じゃないわね(さっきまでのは夢さっきまでのは夢)」

 

「時間が無いわね……」

 

「時間?」

 

「ラキュース、貴方あの娼館の話は知ってる?」

 

「ああ、あの胸糞悪いやつね」

 

「それが昨日、壊滅したわ」

 

「はあ!? 何が起きたのよ!」

 

「判らないわ。娼館には被害者を除き全員行方不明。争った形跡はなく、まともな隠蔽もされずに全てが残っていたそうよ」

 

「……本当に何が起きたかさっぱりわからないわね」

 

「もしこれが第三者の襲撃によるものだとして、貴方達に同じ事ができる?」

 

「もちろん壊滅するだけなら可能だけど……形跡を残さずっていうのは難しいわね。ティアティナとイビルアイならできないとは言わないけど」

 

「この場に幻魔のサキュロントが居たとしても?」

 

「無理ね」

 

 ラキュースは即答する。アダマンタイト級と言われる六腕の一人が居るとなると、イビルアイの精神系魔法やティアとティアの隠密技術を使っても形跡ぐらいは残ってしまう。

 

「ちょっと待って、それを成し遂げた誰かが居るって事?」

 

「状況を判断すると、ね。憲兵が押収した証拠は八本指に殆ど再回収されてるし、少なくとも仲間割れって事は無いと思うわ」

 

「だとしたらとんでもない奴等ね……」

 

 ラキュースは同じことが出来そうな者達を思い浮かべる。帝国のフールーダ・パラダイン、暗殺者集団イジャニーヤ。少なくともマトモな相手は思い付かない。

 

「はたして集団なのかしら」

 

「これをやったのが一人だっていうの?」

 

「正確にはこれを出来てもおかしくなさそうな者、かしらね」

 

「随分と持って回った言い方するわね……誰よ?」

 

「さあ……ラキュースも知っていると思うし」

 

 ―――コンコン

 

「今日会えるかもしれないわ」

 

 部屋の外から声が上がる。ラナー唯一の臣下が帰ってきた。

 

「入りなさい」

 

「失礼します」

 

「お帰りなさい、クライム」

 

「只今戻りました」

 

「こんにちは、クライム」

 

「いらっしゃいませ、ラキュース様。

 お二人のお話の最中に申し訳ございませんが、至急の連絡があり戻ってきました」

 

「……もしかして、ガゼフ様かしら?」

 

 ラナーの予想に、クライムは小さく驚く。そして気高く美しい王女の思慮深さに再度敬愛を覚えた。

 

「ええ、その通りです。ガゼフ様がとある方を伴って私を訪ねてきました。ラナー様のお目通りを求められています」

 

「分かりました。ちなみにそのもう一人はどなたですか?」

 

「もしかしたら御存じかもしれませんが。エ・ランテルの冒険者で名高いモモン様です」

 

「モモン!」

 

 ラキュースが軽く腰を浮かせる。最近台頭してきたアダマンタイト級の冒険者だ、当然彼女もある程度の情報を抑えていた。

 

「そう、用件については何か仰っていましたか?」

 

「それなのですが――――」

 

 クライムは重い口を開いてガゼフ達に聞いた事の説明をする。それを聞いたラナーは真剣な表情を作り、ラキュースは驚きを浮かべていた。

 

「なるほど。分かりました。クライム、二人をここへお連れしてください」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

 思わぬ快諾に、逆に聞き返してしまうクライム。一国の王女が臣下でもない男を部屋に入れるだけでも大事だが、戦士長たるガセフはともかく冒険者のモモンは流石に難しいのでは、と思っていたのだ。

 

「ええ、その方は敬意を持って相対するべき方です。本来なら私から伺うべきだと思うくらいには」

 

 ラキュースとクライムに何度目かの衝撃が走る。一体、モモンとは何者なのだろうかと。

 ただあの地獄のような訓練を受けたクライムには、少々納得できる事ではあったが。

 

「分かりました、早急にお連れします」

 

 一礼し、速足で部屋から出ていくクライム。それを見送ったラキュースは、再びラナーへと問いかけた。

 

「ねえ、そのモモンって何者なの? そもそもこの件に何処まで関わってるのよ……」

 

「さあ、それは私にも判らないわ。ただ伝え聞いただけの情報では確かな実力と、娼館の件を成せるかもしれない力を持つ者、そう推測しただけ」

 

 城に閉じこもっている少女が、はたしてどうやってその結論に至ったのか。ラキュースは心強さと同時に、内心で恐れも抱いた。

 

「ほんと、トンデモ無いわね貴方」

 

「普通よ……それにしても」

 

「今度は何?」

 

「やっぱりクライム格好よくなってるわ! 見たでしょ? あの精悍な顔つき! 昔は足を舐めて欲しかったけど今なら踏まれてもいいわ!」

 

「アッ、ハイ」

 

 都合1時間。

 ただ待つだけの時間を、不幸なことにラキュースはクライム達が戻ってくるまでに親友(だと思っていた)少女の変態的な嗜好を聞き続ける事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はじめましてモモン様。私はラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフです」

 

 王女とラキュース。そしてクライムが連れてきたガゼフにモモンガ。王女の部屋に5人が集まった会談は、王女の自己紹介から始まった。

 

「御会い頂き光栄です。私はモモン、エ・ランテルでしがない冒険者をしている者です」

 

 内心で無い心臓が破裂しそうなモモンガが、思いつく限りの丁寧な言葉遣いからの一礼をする。リアル時代の営業トークと、アンデッド特有の精神安定が無ければ逃げ出していたかもしれない。

 ちなみに当事者を除く三人はモモンガの立ち振舞に感心を抱いていた。宮仕えでもない限りただの戦士が丁寧な立ち振舞を取得出来るものではなく、もしかしたらモモンガは高貴な血族の出なのではないか、と誤解すら抱いていた。

 

「こちらこそ光栄ですわ、モモン様のご活躍は聞き及んでいます。

 まずは此方へお座りください。本当なら色々と冒険譚をお聞きしたいのですが、事は急を要します。早速本題に入りましょう」

 

 ラナーのモモンガを下にも置かない扱いも、彼らに誤解を招く原因の一つだ。モモンガ自身、何故こうも歓迎されているのか不思議に思っていた。

 

「さて、クライムから話は伺っております。私の結論としましては、法的な裁きではなく、秘密裏に八本指の重要拠点を叩くつもりです」

 

「し、失礼ながらお待ちくださいラナー殿下。業腹な事ですがあの施設には王国派の貴族も関係しております。八本指と戦う事については賛成ですが、王に不利益をもたらす事になるのでは?」

 

「それについてはある方の力をお借りします。その貴族自ら手を引かせるように動かせば混乱も最小限に抑えられるでしょう」

 

「そんな事が出来て、都合良い事に話が分かる奴がいるの?」

 

「貴方もよく知っている方よ、ラキュース」

 

 心当たりがないのか、首をひねる友人を見て笑顔を浮かべるラナー。

 

「問題は戦力です。ここにいるラキュース……そういえば自己紹介をしていないわね」

 

「今更? はじめましてモモンさん、『蒼の薔薇』のラキュースよ。同じアダマンタイト級冒険者としてよろしくお願いします」

 

「はじめまして、ラキュースさん。ちなみに貴方がここにいる理由をお聞きしても?」

 

「ラキュースは貴族の出身で、昔からの親友なの。力の無い私の依頼を受けて、協力してくれているわ」

 

 信頼できる相手です、と続けて紹介される。モモンガはエ・ランテルで暮らす際に強者の情報はある程度集めていたので蒼の薔薇については知っていたが、貴族出身とまでは知らなかった。

 

「『蒼の薔薇』のラキュースさんがここにいて、我々と直ぐ会って頂けたという事は……もしかして御二方は以前より八本指潰しに動かれていたのですか?」

 

「御慧眼ですわね。仰る通り、私達は打倒八本指に動いていました。

 とはいえ私はお飾りの王女、権力はなく協力してくれるのはクライムとラキュースぐらいです。八本指に対しても大きな対処はとれていませんでした」

 

「それで私達との会合を開いて頂いたという訳ですか」

 

「ええ、戦士長のガゼフ様は言うまでもありませんが、アダマンタイト級であるモモン様のお力添えを頂ければこれほど心強い事はありませんわ」

 

 ラナーは変わらず笑顔だ。それに対してモモンガはいくつかの疑問を覚えていた。例えば、いくら協力できそうな相手だとはいえ会った事もない男を迎え入れて、このように重要な話をしてしまうだろうか、等。

 

「……ちなみにラナー殿下はあの娼館で起こった事の何処まで御存じですか?」

 

 モモンガ達はクライムに概要しか話していない。おぞましい商売が行われていた娼館から女性を助け出し保護している、程度の情報だ。

 

「そうですね、あの娼館で行われていた行為から、匿名の通報からの摘発、回収された証拠物件の内容と、八本指による証拠隠滅で動いた人員について、といったところでしょうか」

 

 モモンガは戦慄を覚える。

 娼館の殲滅と通報はつい昨日の事なのに、その証拠隠滅をすでに済まされているという事は驚きだ。だが、それ以上にここまでの情報を目の前の少女が手に入れているという事が最も恐ろしい。よほどの情報網を有しているのか、モモンガの知らぬ魔法かタレントなのか……モモンガはこの少女が自分の正体にまで至るのではないかと警戒レベルを引き上げた。

 それはそれとして、ラナーの言葉にモモンガはひとつの記憶を思い起こす。

 

『敵に対して何か行動を起こす時には、その行動が敵をどう動かすかを想像するべきだよ、モモンガさん』

 

 ギルドにおける軍師の言葉を思い出し、自らの過失に思い至る。

 

「もしかして、私の行動で八本指は大きく証拠隠滅に動きますか? それでラナー殿下は対処を急がれているとか」

 

 今度はラナーが驚き、とは言わないまでも感心を抱いた。実力者であることは疑いもしていなかったが、先を見通す理知的な面まであるとは思っていなかった。今まで入手していたモモンガの行動に場当たり的な面を感じていた分しょうがない話だが、ラナーは武力ではなく知力面でもモモンガに対する評価を上げる。

 

「はい、多分数日と経たずに重要な拠点のいくつかは移転されるでしょう。そうなるとせっかくラキュースが手に入れてくれた拠点情報も無駄になります」

 

 机上の王都マップに記されたマークを見やりながら、モモンガは考える。

 

「動けるのなら、早ければ早いほどいい」

 

「その通りです。私は今夜の襲撃を提案します」

 

「……どうやら私は考え無しに行動してしまったようですね。申し訳ありませんラナー殿下、貴方の計画を邪魔してしまったようだ」

 

「そんな事は無いぞ、モモン殿! 貴方の成された事は称賛される事はあっても卑下するような事は断じて無い!」

 

 モモンガの謝罪に、激しく反発するガゼフ。クライムやラキュースも同意らしく、ガゼフの言葉に深く頷いていた。

 

「ガゼフ様の言うとおりです。それに、あの娼館から得られた八本指関連の情報はかなり有益です。おかげで事を早く進められます」

 

「そう言って頂けますと救われます」

 

「このチャンスを無駄にしない為にも……ラキュース」

 

「ええ、蒼の薔薇は総力を挙げての協力を誓うわ」

 

「ガゼフ様」

 

「はい、王に進言してからとはなるでしょうが、後顧の憂いが無いのなら、私も尽力致します」

 

「クライム」

 

「ラナー様の御心のままに」

 

「モモン様」

 

「もちろん、ご協力いたします。ただ、一つ条件を出してもよろしいでしょうか」

 

「何でしょうか。報酬の事でしたら、冒険者としての適正な値段をお約束しますが」

 

「いえ、報酬は要りません。代わりと言ってはなんですが、私が娼館から連れ出した女性の社会的立場を保障していただきたいのです。このままでは王国を出ない限り債務者か犯罪者扱いですから」

 

「分かっております、元より違法な手順で与えられた借金でしょう。その女性の身柄は王族の血にかけて保証いたします」

 

 モモンガの金になびかず一人の女性を救うその崇高さに、またラナーの一市民に過ぎない女性を気遣う優しさに、二人を除く全員が感銘を受ける。

 だがこの会話をもう少し冷めた目で見られる者がいれば、内容に違和感を覚えたかもしれない。

 モモンガもラナーも、他にいるであろう被害者については何も触れていないのだ。そして、金銭のやり取りを無くしたのも貸し借りを無くしたビジネス的な関係の確認に他ならないと。

 ただ、彼らの目的はごく個人的なものであり、結果的に世の中の為になってはいるのでこの話に限れば問題視する必要もないのかもしれない。

 ――――そのまま彼らは打ち合わせを続け、戦力の割り当てや襲撃時間を決める。

 

「さて、じゃあ私は一度宿に戻ってチームの皆と打ち合わせてくるわ」

 

「それならそのままそこにいて、ラキュース。最終的な集合場所はそこにしましょう」

 

「分かったわ」

 

 部屋を出ていくラキュースを見送ると、ラナーは次の手を打つべくクライムに目を合わせる。

 

「クライム、レエブン侯をお呼びして下さい」

 

「はっ」

 

「……お待ちくださいラナー殿下、まさか話が分かる方とはレエブン侯なのですか?」

 

「ええ、あの方は蝙蝠等と言われておりますが、真に王国の安定を望んでいる御方ですよ」

 

「侯が……分かりました。身を弁えぬ発言、申し訳ございません」

 

「いえ、そう印象づけるように立ち振る舞っているのはあの方ですから」

 

 ガゼフとしてはレエブン侯は信用の置けない相手だが、少なくともラナーの言葉を否定するほど付き合いが深いわけではない。不安は抱えつつも、ラナーの言う事を信じる事にした。

 

「それでは、私も王に一度ご報告に参ります」

 

「私も蒼の薔薇がいる宿に向かいます、先に顔合わせをした方が都合がよいでしょう」

 

 そう言ってガゼフとモモンガが立ち上がると、ラナーの手がそれを制止する。

 

「お待ちください。ガゼフ様とモモン様にはまだお話があります。もう少々こちらに残ってはいただけませんか?」

 

 二人は疑問を浮かべつつも、浮かした腰を再び下ろす。二人と同時に部屋を出ようとしていたクライムもまた、足を止めた。

 

「クライム、こちらは構いませんので務めを果たして下さい」

 

「はっ、いやしかし……」

 

 クライムの逡巡も当然だ。いかに信頼できる相手だとはいえ、ラキュースのような貴族の女性ならともかく彼らを置いて部屋を出られない。

 

「大丈夫よクライム。それともガゼフ様が信じられない?」

 

「そのような事は決して……!」

 

 焦ってしどろもどろになるクライムと、無言で微笑むラナー。助け船を求めてガゼフを見れば、同じく困惑顔を見せていた。

 

「……分かりました。それではガゼフ様、モモン様、失礼させて頂きます」

 

 結局クライムは折れて部屋から退室する。戦士として、人として成長したとはいえ、主の意向に逆らうような男ではないので当然と言えば当然だろう。

 

「それでは、人には聞かせられないお話をしましょうか」

 

 ラナーの言葉に、知らず残った二人は身を引き締めた。




投稿文字数限界なので歯切れ悪いですがここまで。
次回、「八本指死す」ご期待ください。

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