GURPSなのとら   作:春の七草

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第一話『転生』

序、

 転生トラックによって轢殺された僕は、伝統と格式(あったのか、そんなもの)にのっとり、異世界へ転生することと相成った。うっかり僕を轢殺させてしまった超常存在に問うたところ、“リリカルなのは”の世界に転生するのだとか。

 

 リリカルなのは。

 つまりエロゲのシナリオか。何故素直にとらいあんぐるハートの世界と言わないのだろうか? 初っ端からヒドゥンが絡んでくるとか? 或いはハーヴェイ家に転生するのだろうか?

 いや、もしかしたら。ニ○ニコに大量に存在する、なのちゃんが破壊光線を撃ちまくる謎のアニメーションと何か関係があるのかもしれないが、いずれにせよ謎である。とらハの世界は主人公周りが思いのほか物騒である。変なところに転生しないといいのだが。

 

 

 

 

 

 結論から言えば、僕の心配は杞憂に終わった。取り立てて怪しげな場所に生れ落ちることも無く。僕は無事に、神咲家の子供として転生したらしい。まあ、退魔師なんてやってる家が怪しげでないかと問われれば、ちょっと答えかねるものがあるけれど。

 

 そんなわけで現在僕は病室で、“母親”に抱かれてぼんやりと周囲を観察中である。周囲はぼやけてあまり見えないし、嗅覚もほとんど利かない。体の動きも鈍い。が、きっとそれらは赤ん坊ゆえの問題なのだろう。赤ん坊の視力や嗅覚について詳しく知っているわけではないが。たしか新生児は感覚器官の点で貧弱であったはずだ。

 ちなみに“父親”に抱かれて不思議そうにこちらを見ている赤ん坊は、“薫”と呼ばれていた。会話を聞く限り、僕とは年子か。ともあれ、とらハ3本編開始は大分先の話になりそうだ。えー、24年後?

 

 いやはやしかし、それにしても。

 生まれてからまだ数分しかたっていないのに、しっかり頭が動く。

 赤ん坊の脳は成人のそれよりかなり小さく、神経系も未発達、そうであるがゆえにロースペックのはずなのだが。なんともはや、実に超常的である。

 これがいわゆるチート、転生者ゆえのスーパー能力ということか。人様の話に出てくる分には色々思うところがあったのだが。自分がそうなってみると素直にありがたい。

 

 ほかにもウルトラでスーパーな能力があったりするといいなと思う。ニコポやナデポのような洗脳系能力は歓迎できないけれど。超高効率の学習能力とか、敵もパワーバランスも粉砕するくらいの霊力とか、そのあたりなら大歓迎だ。実際のところ神咲家に生まれた以上、久遠や御架月とは事を構える可能性があるのだ。常人のままでいると命が危ない。

 せめて退魔士の家に生まれついたのだ。霊力くらいはあるといいのだが。抵抗力がないので悪霊に取り憑かれ、泣く泣く家族に切り殺されましたとかは嫌過ぎる最期だろう。どうにかなるといいのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 GURPSなのとら 第一話『転生』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一、

 頭蓋の内側で、割れ鐘を乱打されればこんな気分になるのだろうか。

 そんな益体もないことを考えつつ、僕は布団の中で震えていた。

 洒落にならないほど頭が痛い。夏だというのに、歯の根がかみ合わないほど寒い。世界はぐるぐる回っているし、遠近感はいっそすがすがしいまでに狂っている。僕の足の先は一体どこにある? 感覚的には数キロ先なのに、幼いままやせ細ったそれはシーツのしわを不快に感じている。額を冷やす氷嚢だけが、無理やり意識を現実に向けようとしているが。正直モスクワ制圧後のフランス軍よりも期待できない有様である。人も風景も、なにもかもがぐにゃぐにゃだ。そういえば、熱で視覚が狂ったときの恐怖が原因で怪異が現れるマンガがあったような気がする。はて、誰の作品だったのやら。

 

 

 

 転生したこの体は実に貧弱だった。生まれてから3年ほどたっているはずだが、元気によちよちと歩いた記憶が数えるほどしかない。活動可能時間の実に7割が、動けず布団の上で徒然と考えを巡らしていることと、熱によって魘されていることで占められているのだ。病弱にもほどがある。

 1つ上の姉である薫もさり気に病弱だったりするのだが。何だかんだで向こうは既に家業の退魔剣術を学び始めている。実に筋がよく、将来が楽しみなのだとか。さすがは原作ヒロイン。幼少時から高スペックならしい。

 

 まあ、腐るつもりはない。大叔母(最初は祖母だと思っていたが、違ったらしい)は頻繁にやってきては治癒の霊術らしきものをかけてくれるし、母も何かとこちらの面倒を優先して見ているようだ。まあ、授乳期を終えたら何か別のことに忙しそうだったが。うろ覚えだけど、薫姉さんが生まれている以上既に彼女は流派の継承には失敗していたはず。何に忙しいんだろうか?

 

 ともあれ、継続的な超常能力の行使が面倒だからと病院に放り込まず、献身と異能をもってこちらを生かしておいてくれている人々がいるのだ。ごく当たり前のように呼吸ができなくなったりする体だからと、絶望していい道理はないだろう。

 それに、このまま死ぬまで病人をやっていることになるかといえば、そうではないと思う。少なくとも、事態を打開できる可能性はある、と思う。まあ、四六時中熱に煮えているような脳みそでの考えなので、これが正しい推論かどうかは果てしなく微妙なのだが。

 

 

 

 

 何だって“事態を打開できる可能性がある”などと考えたのかといえば、勿論理由がある。

 

 結論から言えば、僕には超常能力が賦与されていたからだ。

 正確には、超常能力を含んだ存在として“デザインされていた”ということになるのだろうが。

 一体どういうことかといえば、つまるところ。僕はGURPSのキャラクターとして構築されているようなのだ。どんな服を着ていても、洋装ならポケットに。和装なら袂か懐から“自分自身のキャラクターシート”が出現する。

 読んでいる僕を見た母親が、熱で幻覚でも……と呟いていたので、恐らく件のキャラクターシートは他人には見えていないのだろう。確かに、何も持っていない手元を見つつ、ぶつぶつ呟く幼女というのも問題があろう。特に、その娘がよく高熱で魘されているのであれば。自分自身のステータスの確認は、人目につかぬところで行うのが吉か。

 

 

 

 GURPSとは米国製TRPGシステムの1つだ。TRPGについての解説はしない。調べればすぐに分かる話だ。

 GURPSは“キャラクター作成時が最も楽しい時間”などと揶揄されるほど、複雑かつ自由度の高いキャラクター作成ルールを採用している。理論上は、スペックの分かっているキャラクターなら、どんなものでも再現できる。できるはずだ、たぶん。……できなかったとしても責任はとらないけど。

 キャラクターはCPと呼ばれる“予算”を使い、キャラクターの能力を購入する形で作成される。所謂ポイント制である。マイナスのCPを持つ能力もあるため、それらを取って不利な特徴を得る代わりに、予算を水増しすることもできる。

 大体一般人が25~50CP。科学者、億万長者、特殊部隊隊員、はたまた“冒険者”が100CP~200CP。叙事詩や民間伝承の主人公は300CP~500CPであるとされている。1000CP程度なら半神ということになる。

 ただし近代兵器の火力が割りと身も蓋もないので、例え1000CPの半神であっても1t爆弾の直撃には耐えられないのだが。

 

 そんなルールの中で、僕は302CPで構築されているらしい。中途半端なのは、恐らくサンプルキャラクターの平均値そのままだからだろう。……C31R07(サンプルキャラクターの一人。一人だけ飛びぬけて強力な戦闘ロボット)は無視されているようだが。

 

 

 

 ぐらぐらと煮えたぎる頭を氷嚢で冷やしつつ、自分のキャラクターシートを思い返す。高熱でほとんど動かないはずの脳みそは、それでも前世のそれをはるかに凌駕する性能でもって思考を進めていく。

 

 僕の性能は実にシンプルであった。本来かなりの書き込みがされるはずのGURPSのキャラクターシートには、随分と空欄が目立つ。

 

 

 

 GURPSのキャラクターは、能力値と、特徴。それに技能でもって構成される。

 能力値とは身体的なスペックを数値化したものであり、体力、敏捷力、知力、生命力の4つで構成される。

 特徴とは暗闇でものが見えるとか、運がいいとか、空が飛べるとか、或いは強欲であるとか。そういった普遍的な数値として表示しにくい能力を示す。

 最後の技能は、例えば長剣の扱いや礼儀作法、呪文の扱いなどにどれだけ習熟しているかといった技量を示す。

 

 

 

 僕の場合

 

 体力7(現在値2)、敏捷力7(現在値2)、知力18、生命力7

 容貌/美人、特殊な背景/魔法学習の機会を得る、魔法の素質Lv25、後援者/両親、放心、非常に不健康、視力が悪い/矯正可能、特異点、社会的弱者/未成年、財産/どん底

 

 ということになる。幾つかの能力値に現在値が記述されているのは、僕が子供だからだろう。GURPSのキャラクターは、そのキャラクターが成人している場合の能力値で作成されるため、あまりに幼い子供は未成熟であることによりペナルティを受ける。

 能力値は、平均的な成人はすべて10となる。13~14が例外的な能力であり、20が人類の限界であるとされる。低い方では7が機能を残した最低限の能力であり、それ以下は通常のキャラクターに設定することは禁止されている。

 

 僕がこの三年ほど、四六時中床に伏せているのは、つまるところ上記のような存在としてデザインされているからだろう。知力以外の能力はすべて最低レベル。おまけに“非常に不健康”の特徴を持っているため病気に対してほぼ抵抗できない。

 

 例えば僕がそれほど悪性ではないインフルエンザに罹患した場合。発症から12時間でほぼ確実に意識不明の重態となり、48時間後にはやはりほぼ確実に死亡する。無論、治療を受けられればその限りではないが(というかそうでないと既に死んでいる身だが)、それにしても凄まじいばかりの病弱っぷりである。

 

 

 

 

 

 いっそ清清しいまでの病弱っぷりをさらしているにも拘らず、僕が“どうにかなる”と考えているのには、2つの理由がある。

 1つは想像の付く話だろう。僕はまだ肉体的には3歳児であり、代謝性が安定していないのだ。知恵袋的なお婆ちゃんに話を聞くとか、或いは発達心理学関係の書籍や育児書などに目を通せば分かると思うが。人類は大体5~6歳くらいで第1回目の肉体的な安定期を迎える。代謝系が多少は安定し、骨格や神経系も一応モノになっていき、内分泌系もある程度マシな状態になる。周りを見たり、保護者に話を聞けば、“小学校に入ったとたん丈夫になった”子供など簡単に見つかるはずである。

 

 また、GURPSのルールにおいても。成人に近づくにつれて幾つかの能力値は上昇する。

 現在の僕のヒットポイントは2点であり、病で4点のダメージを受けると死亡する可能性が出てくるわけだが。この状態は年々緩和され、15歳時点でヒットポイントは約4倍の7点まで上昇する。そうすれば14点のダメージを受けるまでは死ぬ心配はなくなり、平均的人類を明らかに下回るものではあるものの、今と比べれば大幅な頑健さを得られることになる。年を重ねたところで病弱なことに変わりはないものの。風邪が当たり前のように死病のルビを振られるような事態はあと10年程度で終了するはずである。

 

 

 

 もう1つの理由は、GURPSのキャラクターとしてデザインされた僕自身に準拠するものである。

 

 知力18、魔法の素質Lv25―――――

 

 以前の版ならレオナルド・ダ・ヴィンチと同値というトンデモな知力。3レベルまでに規制するべきですとのルールブックの提言を綺麗に無視し、割と現実的にクトゥルフ神の知力抵抗を打ち砕ける狂ったレベルの魔法の才能。

 

 転生した僕は、明らかに魔法使いとしてデザインされている。現在魔法は1つも使えないのが問題だが。超高レベルの魔法使いとなれるだけの素養を、最初から持っているのは間違いない。

 勿論、呪文を1つも覚えていない現在においてはほとんど意味を成さない能力ではある。が、特殊な背景という形で僕は魔法を学べる何らかの機会を得られるようでもある。神咲家にあるのかどうかはともかく、僕が発見できる場所に呪文書なり教師なりが存在するのだろう。

 

 そしてこのGURPSの呪文には病気を治癒する魔法も存在するし、生命力を活性化する魔法も存在する。地道に魔法を覚えていけば。この体の成長とあわせて、病弱さを多少緩和することは可能だろう。

 僕が極度に病弱であるという事態は憂慮すべき話ではある。が、そこまで悲観するべき話でもない。

 

 

 

 

 

 きっとそうだ。こんな熱に四六時中魘され、延々家族に介護されるだけの状態など、あと何年もすれば解消されるは……ず……。

 

 

 

 

 

 それにしても、……あれ? なんだって視界がゆれているのだろうか?

 

 「―――、ちゃんと寝とるかい? って、ちょっと。あんた顔が真っ青じゃぞ!」

 

 様子を見に来た大叔母の声が、妙に遠く聞こえる。はて、僕は寝ていたんだっけ。身を起こしていたんだっけ? そのあたりからして、さっぱり分からな……。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 あとで亜弓さん(大叔母だ)に聞いたところ、僕はこの後2日ほど昏睡状態となったらしい。発熱状態で頭を動かしすぎたのがまずかったのか。意識が回復した後、家族全員に怒られる羽目となった。

 

 

 

 

 

 しかし姉さん、つまるところ薫姉さん。倒れるから考えるのも駄目とか、それはちょっと無理難題じゃないかなと思います。4歳になったばかりのあなたが、精一杯お姉さんぶってこちらを怒る姿はとってもかわいいんですけど。

(続く)


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