GURPSなのとら   作:春の七草

5 / 13
第五話『術理』

序、

 白露のころ、神咲邸での出来事だ。

 

 食欲の秋、読書の秋など色々形容されるこの季節だが、神咲家にとっては剣術の秋なのだろう。庭先で、薫姉さんが和音婆様に剣術を教わっていた。まあ、春夏秋冬いつであろうと姉さんは剣を振っているのだけど。

 

 小石を念入りに取り除かれた土の上、木刀を青眼に構えた姉さんが老婆を中心に円を描くように、隙を窺いながらすり足で動く。対する婆様はといえば油断も隙もないおっかない目つきのまま、その動きに合わせるように木刀の切っ先を向けている。

 

 昼前とはいえ、まだ9月になったばかり。じりじりと照りつける太陽の下での運動は、病弱(僕のような理不尽レベルではないにせよ、姉さんも充分病弱なのだ)な幼児にはつらいのだろう。姉さんの息は荒い。額からこぼれた汗が目に入ってもなお、目を閉じもせず婆様への視線を外さないのはさすがだと思うけど。

 和音婆様の方はといえば、既に1時間以上稽古をつけているにも拘らず、息を上げるどころか汗一つかいていない。何か霊的な術でも使っているんだろうか? OVAを見る限り、割と神咲家の霊術は多機能のようだけど。

 

 なお、日蔭になった縁側で見学している僕も辛い。直射日光にあたっているわけではないので、倒れたりはしないと思うけど。体のスペックが低すぎるからなのか、一定時間ごとに疲労点を消費しているっぽい。半年前までの僕ならそろそろ倒れていただろう。

 もっとも、現時点では練習している2人ではなく見学者が倒れるという珍妙な事態は起こりえない。最近習得した≪体力回復≫の呪文のおかげである。大人しくしている間は自動的に周囲のマナを疲労点に変換できるこの呪文のおかげで、僕は夏場外で座っていても昏倒せずに済むようになったのだ。……本当は呪文の使いすぎや強行軍で疲労した肉体を素早く回復させるための呪文であって、夏場日陰で倒れないための呪文ではないのだけれど。

 

 2人を観察しながらつらつらとあらぬことを考えていたら、相対する両者に変化が起きた。隙を見つけたのか、自棄になったのか。幼いなりに鋭い掛け声とともに、姉さんが婆様に打ちかかったのだ。

 人体の中心を縦に貫く線“正中線”をほぼずれない、実に安定した撃ちこみが老婆へと放たれる。木刀が相手に届く距離まで踏み込む、構えた状態から木刀を振りあげる、相手に刃を当てるために振り下ろす。3動作はひどく効率的に行われ、十分な速さをもって木製の鈍器が婆様へと叩きこまれた。5歳児の撃ちこみとしては、過分なまでに洗練されたものである。

 もっとも、相対する神咲一灯流現継承者にとっては何もかもが不足した一撃だったのだろう。知覚力18、野生動物をはるかに凌駕する僕の感覚器官が捉え難い速度で、老婆の木刀が跳ね上がる。姉さんの木刀が弾き飛ばされるのを見る暇もあらばこそ。間髪入れずに放たれた足払いが、姉さんをものの見事にひっくり返した。アスファルトではなく、手入れのされた土の上とはいえ。受け身も取れずに背中から落ちた衝撃は相当なものだろう。まだ小学生にもとどかない年齢の幼子は目をつむり、痛みをかみ殺す。それでもなお苦痛の声を上げないのは見事の一言では済まされまい。聊か、痛々しくさえある。

 もっとも、そう思っているのは僕だけだったらしい。

 

 大気を震わせる、凄まじいばかりの怒声が飛んだ。

 

 「痴れ者、目を閉じるな!」

 

 婆様の叱咤である。心と体を鍛える剣“道”ではなく、怪しげな魔物や霊との実戦を想定した剣“術”(?)の訓練である。転倒したからといって、状況を認識するための感覚器官を封じるなど許されないということか。

 ついでに足まで飛んだ。倒れた相手に対する踏撃である。転倒時には当たり判定が消えるテレビゲームじゃあるまいし、実際には倒れたところが一番の狙い目ということなのだろうが。容赦の2文字が行方不明との印象はぬぐえない。

 さすがに加減はしていたのだと思うけれど。すぐさま転がって難を逃れた姉さんの首ぎりぎりの場所に、和音婆様の踵が叩きこまれる。地面がえぐられ土くれが飛び散り、汗にまみれた姉さんの顔を彩る。

 それ以上の追撃がなかったのは、ここまでやってなおこれが稽古だからなのだろう。時々不安になるが、これは確かに稽古のはずなのだ。

 聊か離れた場所に落ちた木刀を走って取りに行く姉さんに、婆様からの追撃はない。代わりに木刀が上段に構えられ、鋭い声が飛ぶ。

 

 「薫、最後の1本じゃ。構えい!」

 「はぁっはぁっ……はいっ」

 

 どうにか息を整え、姉さんが構えなおす。両者の距離は10メートルちょっと。少なくとも、一歩踏み込めばすぐさま相手を叩き斬れる“一刀一足の間合い”とは言えない間隔が開けられている。明らかに、剣術の間合いではない。

 

 もっともそれは、退魔剣術である神咲一灯流の間合いでないことまでは意味しないのだけれど。

 

 「神気発勝!」

 

 萎びた喉を震わせ、その言葉が放たれると同時に。和音婆様の全身から湯気のように金色の光がにじみ出し、構えた木刀にまとわりつく。言霊によって自身の霊力を引き出し、武器にまとわせたということだ。霊刀がなくても、神咲一灯流の術が使えないわけではないのだ。

 黄金色のそれは別段激しくくねるわけでも、ばちばちと放電するわけでもないが。本当にエネルギー体かと疑いたくなるような重さと確かな存在感を周囲にふりまきつつ、ゆらゆらと婆様の周囲に滞空する。

 

 「し、しんきはっしょー!」

 

 舌足らずな、甲高い声で姉さんが叫ぶ。姉さんの体から、間欠泉のように金色の、しかし和音婆様のそれよりもやや希薄な光が放たれ……そのまま彼女の周囲を恐ろしい勢いで飛びまわる。明るく、バチバチと放電しているそれらは凄まじいばかりの速度で姉さんの周囲を乱舞しているが、婆様のものに比べると存在感が薄く、軽そうである。それでもなお、当たるとただでは済まなそうには見えるのだけれど。

 

 「行くぞぃ!」

 

 声と同時に、婆様がの木刀に光が集まる。必殺技のためにエネルギーをチャージしているとか、そのような状態なのだろうか? 

 間合いが離れている上に、態々姉さんに霊力の集中を命じたのだ。恐らくは神咲流の飛びどう……もとい奥義、“真威楓陣刃”あたりを使うつもりなのだろう。さすがに姉さんが使えるとも思えないので、相殺させるのではなく、防がせる気でいるのだろうけれど。

 霊力を使えるのであればアレは防げる技らしいので、恐らくはそうなのだろう。しかし、一撃で幽霊を打ち倒し、数百年にわたって神咲家に祟り続けてきた霊刀の精にダメージを与えられる技を、いまだ紐解きも済んでいない孫娘にぶちかまそうというのだろうか。“厳しい訓練”の一言では済まされない苛烈さが感じられる事態である。

 

 このまま見ていて、神咲流の超常的な技がどのようなものか見学したいところだが。ちらと見た時計は、既に僕の休憩時間が残り少ないことを示していた。そろそろ奥に引っ込んで、自分の学ぶべきことを学ぶ準備をすべきだろう。

 この暑さの中外で木刀を振るう姉さんと、今空調の利いた部屋へと戻ろうとしている自分。聊か思うところがないわけではないが。僕が姉さんと同じ場所で動けば間違いなく倒れるのだ。姉さんが剣をふるっているのなら、その姉さんができない部分で僕は努力すべきだろう。

 無為なやるせなさ、無力感を腹の中に押し込め、その場を立ち去る。

 

 

 

 

 

 「防げぃっ! 真威……楓陣刃ァッ!!」

 「っ~~~~~!!」

 

 

 

 

 

 和音婆様の怒声と、霊力放射時に放たれる奇怪な効果音。そして姉さんの、声にもならぬ悲鳴を背後で聞きながら。僕は部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 GURPSなのとら/第五話『術理』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一、

 「あら、早かったのね? もう“休憩”はいいの?」

 

 部屋に戻れば、小首をかしげて十六夜さんがそう問うてくる。休憩と言いつつ、僕が姉さんの稽古を見学していたことを踏まえての言葉だろう。見るのも、勉強だ。特に、僕のように自分でやることのできない立場の人間ならなおさらである。

 つまるところ、多少は普通に休んだらどうだと言外に提言してくれているわけだが。大人しく座って≪体力回復≫の呪文を稼働させていた以上、いまの僕は疲労していない。必要ないだろう。時間を有効に使いたいならむしろ、さっさと勉強を始めたほうが良い。

 

 否と応えれば、十六夜さんもそれ以上は勧めてはこなかった。頷いて、居住まいを正す。僕も乏しい筋肉に命令を下し、背筋を伸ばした。和室で正座して相対する、和装の女性と幼女。随分と時代錯誤な光景である。……まあ、十六夜さんは思いっきり西洋人な見かけ(実際、生前は確か西洋人だったはず)だから、妙なアンバランスさがあるのだけれど。

 

 「じゃあ始めましょうか。まずはさっきの続き、結界の構築のし方だけど……」

 

 僕の顔を見ているようで、少々ずれた方向に視線を向けたまま、十六夜さんの授業が再開される。結界の基本構造、構築方法。各種祟り、幽霊、魔物への封印の方法、種別、傾向。呪符の書き方、保管方法、霊術において呪符を使うことの長所と欠点……。

 莫大な情報を、片っぱしからこちらに伝えてくる。こちらはそれを言われる傍から記憶していき、覚えきれなかった所や怪しいところについては聞き返す。少なくとも300年間退魔業に就いてきた家の知識の集大成を、暗記していく。

 

 いわゆる、口伝である。

 

 別にノートにとるなという話ではない。僕自身、この“授業”が終われば教えられたことをノートにまとめるし、そもそも蔵には先代、先々代、先々々代……の残した覚書や書籍が大量に残っている。書物から学ぶことはたくさんある。

 それでも口伝の形式をとるのは、1つには目の前にいる女性の存在があるからである。神咲家が300年以上にわたって行ってきた退魔業のほぼすべてを、目前の刀精、十六夜さんはつぶさに見て……もとい聞いて……きているのだ。文字どおりの“生き字引”がいる以上、彼女から学ばない手などない。

 聞きながらノートを取ってはどうかと思うかもしれないが。そういうわけにもいかない。口伝の形式をとるもう1つの理由は、これが記憶術の習得も兼ねているからなのだ。

 

 

 

 妖怪や幽霊、祟りは出現地域の伝統や歴史、生活習慣などに密接なかかわりがある。

 例えば神隠しに遭った子供を捜し出す方法は、伝統的に大勢の人間が鉦や太鼓を鳴らして大声で呼ばわりながら練り歩く(捜し歩く)というものが代表的である。ここまでは大体どこの地域でも同じだ。

 しかし叩くものが鍋釜である場合もあるし、捜し歩く一団が手ぬぐいで互いの体を結びつける場合もある。

 呼ばわる文句もさまざまだ。“かやせかやせ(返せ返せ)”と叫ぶところもあれば、“南無阿弥陀仏”のところもある。歌を歌う場合だってあるし、その場合の歌は大抵の場合特定の何かだ。

 神隠し一つとってもこれだけ色々なパターンがある。さらに問題なのは、これらが現代日本では行われていないということだ。精々、行われていて昭和中期までであり、戦後大分経ってからもこのような呪いが地域住民の手によって行われるということは(たぶん)ない。当然すでに誰も覚えていなかったり、記憶も定かでない地域の古老から聞きださなければならない場合だってある。

 覚えることや、思いだすことについて詳しく助言できないようでは、必要な術を学ぶことさえできない可能性があるのだ。

 

 退魔師は切羽詰まった状態で記憶を漁らなければならない事態も多い。

 これで封印できると思ってやったやり口がまったく通用せず、たけり狂う妖怪をあしらいながら、その場で別の封印方法について吟味しなければならない事態だってないわけではない。

 来るまでに調べたであろう、地域の歴史に関するあの自費出版の小冊子の内容は思い出せるだろうか? 一度だけ翁が歌ってくれたわらべ唄を、間違えずに歌うことはできるか? 寺の奥に打ち捨てられた屏風には短歌が書かれていたが、さて、下の句は何だっただろうか? そういえば天井に描かれた竜の絵は、おかしな方向を向いていた。どちらの方角だっただろうか?

 民俗学者ならもう一度行って確認するとか、録音テープを聞き返すという手もあるわけだが。退魔師にそれをやっている時間があるとは限らない。

 

 更には、霊的な術のいくつかは口伝のみで継承される場合がある。安易な拡散が危険な術や、強力極まりない術などにはよくおこなわれる手法である。おかげですでに失伝している術は、神咲流に限らず多くあるらしいが。これら術を伝統的なやり方で先々まで残したければ、最低でも口伝された人間がちゃんとそれを覚えておく必要がある。伝承されましたけど忘れちゃいました、ではそれまで伝えてきた人々も泣くに泣けないであろう。

 

 と、いうわけで。

 記憶力を高めるべく訓練を行うことは、退魔師にとっては必須の教養といえるであろう。

 

 幸いにして、僕は記憶力に関して不足がない。僕の持つ最も高い能力値は知力であり、この知力という能力値は記憶力の良さも司っているからだ。

 GURPS Who’s Whoを読み解く限り、僕の知力はアインシュタインの3歩先、人類最高の2歩手前、アイザック・ニュートンと同等であるそうだ。それがどの程度なのかと問われると今一分かりかねる部分はあるのだけれど。

 ともかく目標値18であるところの僕の知力は、史上に名前を残せるだけのスペックをいかんなく発揮し、十六夜さんの伝える情報を吸収している。

 

 

 

 

 

二、

 何度かの休憩をはさみつつ、十六夜さんからの口伝は続いていく。何でも明日から和音婆様との退魔業で遠出するらしく、普段よりも教わる量が多いのだ。

 

 時間がたてば周りの環境も変わってくる。

 障子から差す日の光が茜色に染まり、正座する僕の影法師が随分と長くなってきた。

 庭の方から幼い掛け声やしわがれた怒声が届くことは大分前からなくなっており、代わりにキリキリと囀るカワラヒラの声、気の早いスズムシの羽を擦り合わせる音などが、残暑の大気を震わせている。

 襖の向こう、廊下の彼方から、味噌と酒、それに少々潮の匂いが漂ってくる。夕食の用意であろう。魚を味噌漬けにでもしているのだろうか。……まあ今作っているならば、味噌漬けは今日のおかずではなかろうが。

 

 足音、呼吸音、ステンレスの流し台に置かれる調理器具がぶつかり合う音、水音。

 調味料の、魚の、野菜の、人の、消毒液の(稽古でできた傷のためだろう。たぶん、姉さんだ)匂い。

 音が、臭いが、感覚器官を介して僕の脳内に諸々の物体の位置情報を提示していく。

 今まさに魚をタッパーに漬けている母の立ち位置。その隣で大根を剥いているらしい和音婆様。移動する陶器の匂いは、足音から判断して多分姉さんが何か手伝っているのだろう。皿でも運んでいるのか。

 家の構造上、角部屋であるこの部屋の調度反対側、家の中で最も遠い対角線上にある台所の状態が、脳裏に浮かぶ。

 

 この体、視力はともかく聴覚と嗅覚は凄まじいまでに鋭い。流石に音紋を判別したり、フェロモンを感知したりはできないが。単純な“音や臭いに感づく”能力だけなら野生動物より鋭敏である。特にその手の不利な特徴を取っていないので、香水を振りかけられたら悶絶する、などといった不利な事態も起きない。が、知覚範囲が広いため特徴的な音や匂いがあれば、見えない場所の状態に気を散らされることはある。

 

 「あら、まだ夕食には早いわよ」

 

 わずかに頭を上げた僕の所作をどう解釈したのか。少々笑みを含ませて十六夜さんが声をかけてくる。揶揄するような台詞だがさっぱり嫌味が感じられないのは、彼女の人柄ゆえか。

 盲しいた双眸の端を緩ませる彼女に、いえ、と硬く短く返す。

 食べ物の匂いを感知したのは間違いないが、別に空腹を感じてのことではない。食い意地を張っての反応と見られるのは不本意だ。聊か安っぽいが、矜持の問題というやつである。

 嫌味の有無以前の問題から、そっけなく返し、背筋を伸ばす。

 未だ“授業”の最中である。さ、先生、続けましょうと促して見せたわけである。稚気と見られても仕方がない対応である気がしなくもないが、理性と感情は別物であり、取り立てて強烈に理性が自己主張するような事態でもない。

 超スペックの意志力といえども、無駄なところで僕の精神を制御したりはしないのだ。と、いうか。四六時中カタログスペックどおりの意志力や知力が発現していたら、それはもはや僕という人間ではない。昆虫にも似た、効率のみを重視したただの生体ロボットである。

 そんなことを顰め面らしく考え居住まいを正した瞬間。

 

 

 

 くう、と。お腹が鳴った。

 

 

 

 僅かな、しかしそれが間であるとはっきり認識できる、奇妙な沈黙。

 

 静寂を振り払うかのように、“そうね続けましょう”と言う目前の刀霊の視線が生暖かい。というか、お願いだから十六夜さん。突っ込みさえ入れずにニコニコするのはやめてください。今日はちゃんと残さず御飯が食べれそうね、とか続けるのも勘弁してください。確かにこの身体だと、お腹一杯ご飯を食べるとかほぼ不可能なのだけれど。

 

 とはいえ。十六夜さんの何とも言えない反応もまあ、仕方があるまい。彼女の視点からすれば、どうも食べ物の匂いに勘付いたと推測される幼女が、“お腹すいてなんかないもん”と、つんと澄まして見せた次の瞬間、体は正直とばかりにお腹を鳴らしたのだ。

 言葉もしゃべれぬ時分からずっと見守ってきた幼子の、背伸びしたかのような振る舞いと、年相応の素直な肉体的反応。狙ったかのように起こったそれらによる連鎖に対し、彼女が微笑ましげに対応したからと言って誰に責められようか。

 抗議こそしないものの、話に乗ろうともしない僕に対し、ええ、勿論貴方が空腹で集中力を乱したなんて思ってないわ、本当よ。と取り繕うとしてくれているが、それはフォローになっていないと思う。顔から火が出るとは、まさにこのことだ。

 

 Qu'vatlh、畜生。別に僕のお腹が鳴ったことと、僕が空腹であることには、必ずしも因果関係があるとは言えないじゃないか。お腹が鳴るのは胃腸のガスが原因で、胃の中が空かどうかということとは別の問題だ。全力で僕は無罪を主張したいぞ。今自分の正当性を主張したところで、十六夜さんが納得するとは思えないから、黙っておくけれど。

 

 

 

 結局、十六夜さんの生暖かい視線は今日の“授業”が終わるまでずっと続き。その間僕は言語化できない、しかし憤懣やるかたないもやもやしたものを胸中に抱きつつ全力で学ぶ羽目となったのだった。

 この精神状態でも学ぶことに全く問題がないというのは実に不気味だが、気にしても仕方がないのだろう。常人が、人類の限界2歩手前の意志力や知性を持って生きていくということはこういうことなのだ。分不相応な能力を賦与されて転生されたんだなぁと、実に実感できる事態である。

 

 

 

 

 

 ところで、まあ。

 それはそれとして。

 

 

 

 

 

 現在の時刻と、普段のこの家の慣習を鑑みるに。

 夕食までは、推定であと2時間13分、7980秒である。このくらいならカウントダウンできそうだな。

 

 いや、特に何がしかの理由があってのことではないのだけれど。

 

 

 

 

 

 

三、

 僕が十六夜さんの授業によって得ているのは、以下の4つのものである。

 1つ、記憶力の特徴

 1つ、神秘学の技能

 1つ、職業技能/退魔師の技能

 1つ、除霊の技能

 である。

 

 記憶力の特徴は、通常なら吟遊詩人や語り部が持っている技能だ。意識を集中して覚え、かつ思い出すときに知力判定に成功すれば、結構な量の情報を細部に至るまで思い出すことができる。呪文やら儀式やら伝承やら、莫大な量の知識を頭に収める必要がある退魔師にとっては必須の特徴といえよう。

 なお、この記憶力という特徴。第三版では一定の種類の技能に費やしたCPを2~4倍して技能レベルを計算するという恐ろしい効果があったのだが。第四版ではさっくり削除されていた。恐らく、強力すぎたので削られたのだろう。

 

 神秘学、職業技能/退魔師の技能は大体想像がつくだろう。つまり魔物や妖怪、幽霊、祟り、魑魅魍魎の存在についての知識や、それらへの対処方法。はたまた退魔師としての社会とのかかわりや振舞い方。除霊を生業とするものとしてやっていいことと悪いこと、こっそりやった方がいいことなどの知識を習得する技能である。

 自前の霊力を用いない、既存のお札や注連縄などによる封印や結界もこれで運用する。イメージとしてはクトゥルフ系TRPGの超常能力を持たない探索者が、その場に既に存在する祭具や神像を用いて神話的生物を退散さる、といったところだろう。超常的なパワーがあるのは扱う人間ではなく、道具の方であるということだ。

 なお、僕はお札を自作できない。術式の理解のために作り方は学ぶが、実施するための超常的パワーを持っていないのだ。まあ、原作で薫姉さんも自作はできていなかった(態々持って来てもらっていたシーンがある)ので、別に問題はないのだろう。作る人は、神咲一族の別の家の人なのだ。

 どうしてもそれっぽいものを自作したければ、GURPSの霊薬や護符、マジックアイテムとして作るしかないが……尋常でなく手間がかかるのでやるかどうかはちょっと微妙である。

 

 除霊技能は宗教的なパワーによって霊や悪魔を取り付いた場所、人から退散させる技術だ。宗教ごとに効果があるかどうかは分かれているとされているので、キリスト教系の悪魔に憑依された子供にユタや歩き巫女の憑き物落としは効果がないし、狐憑きの人物にエクソシストが儀式を行っても効果はない。ポルターガイストや家鳴りについても同様だ。

 僕が学んでいるのは神道系の除霊技能のようだ。舶来ものの怪異にこれが通じるかどうかは微妙ということだ。まあ日本の妖怪相手なら、相手が仏教系でも密教系でも通じるだろうけど。

 日本の怪異の系統は割とあやふやな場合が多い。天狗はもともとは仏教僧への敵対者、堕落を誘うものだったはずなのに、時代が進むにつれていつの間にか特に密教系の存在との関わりが取り沙汰されるようになる。鬼だって本来ならば良いも悪いもない超自然的なパワーの顕現であったはずのものが、地獄で獄卒をやっていたりするのだ。おそらく多分、除霊に際して厳密に区分する必要などないのだろう。

 

 

 

 退魔師としての教育を本格的に受け始めてから、まだ1年ちょっと。健康上の問題もあって毎日受けられるわけでもなし、呪文の勉強だってある。結局教師のもとできちんと教育を受けているにもかかわらず、僕はそれらの技能に1CPずつしか割り振れていない。

 

 特徴に用いる分に至っては目標額にまったくとどいていないため、学習によって得たCPは未使用CPとしてプールされている状態である。つまり僕は、100時間以上記憶力についての教育を受けているにもかかわらず、さっぱり物覚えの程度が良くなっていない、進歩していないということだ。

 十六夜さんは笑って“ゆっくり覚えていけばいいのよ”と言ってくれているが、切歯扼腕とはまさにこのことか。非常に歯がゆい。

 

 まあ、技能の方はLv17、Lv16などといった状態に達しており、今すぐにでも専門家として振る舞えるだけの知識が身についているのだけれど。知力が高いとこういったことには有利である。

 

 とはいえそれら技能でさえ、300年にわたってこの手の技能を伸ばしてきたであろう十六夜さんや、戦前から退魔業に就いている和音婆様や亜弓さんに比べれば、お話にならないレベルの、程度の低いものにすぎない。

 転生者とはいえ生前学んだことのない知識についての話であり、更には肉体的には5歳児なのだから、仕方がないといえばその通りなのだろうけれど。

 

 

 

 一歩一歩、着実に学んでいくしかない。

 

 

 

 それは分かっている。分かっているのだ。

 しかしそれでも、気が急くのは事実である。

 日々の生活や家の手伝いによって、家事と礼儀作法にちょっとずつCPが割り振られたなどといった明るい話もないわけではないのだけれど。

 

 

 

 やらなければならないこと、考えなければならないことはたくさんある。

 例えばこの先習得すべき呪文についてだ。

 

 ≪病気治癒≫の呪文はもう少しで習得できる。一発で病気を快癒させることのできる呪文を習得すれば、状況は大分良くなるはずだ。病に伏せっている時間を大幅に短縮できるのだから当然である。

 ただ、≪病気治癒≫の呪文を覚えればもうほかの呪文を覚えなくてもいいというわけではない。効率よく学習ができるようになったのだから、他の呪文をどんどん覚えていくべきなのだ。

 では、そのときどんな呪文を覚えればよいのだろうか?

 やはり退魔師らしく死霊系の呪文を覚えるべきだろうか?

 死霊系はゾンビを作成するようなネクロマンサー的なものもあるが、死霊を打ち倒したり、話し合ったり、あるいは単純に普通は見えない幽霊を見えるようにする呪文などもある。これらを習得すれば“退魔師らしい”活動ができるようになるだろう。

 あるいはこのまま治癒系の呪文を習得するべきだろうか?

 今の僕は精々傷を癒すくらいしかできないけれど。治癒系の呪文は失った四肢や感覚器官を再生させたり、精神異常を治癒したり、はたまた死んだ人間を復活させたりする呪文も存在する。強力なものはどれもこれも行使に桁違いのエネルギーが必要とされるので、その点をどうにかしなければならないのだけれど。当面このまま治癒系の呪文を習得していくというのも、神咲家の人々の役に立つという点では良い判断かもしれない。

 はたまた知識系の呪文を学んでいくというのも悪い手ではないだろう。遠隔視やサイコメトリー、記憶喚起などの効果を持つ呪文は退魔業を行う上で強力な手段となり得るはずだ。

 それとも移動系を学ぶべき? 防御系の方が良い? いや、そもそも系統で考えるよりも、必要とされるであろう呪文とその前提呪文の組み合わせから逆算して効率よく複数系統の呪文を習得した方が……。

 

 呪文の習得についてだけでもこれだけ考えるべきことがあり、学ぶべきものがある。

 技能についてだってそうだ。僕の意志力は高いが、その意志力で何もかもの超常識的な術理に抵抗できるとは考えにくい。テレパシー的な効果を実に原始的な方法で防ぐ“思考防御”や、気合で相手の術を防ぐ“強靭精神”のような技能は習得しておいた方が良いような気がしなくもない。

 誰かと交渉することがこの先あるなら、“外交”や“言いくるめ”は必須だろうし、幻術を学ぶ気があるなら“美術/幻影”の技能は取っておくべきだ。さらに言うなら、魔法使いとして成長していくつもりなのだから“魔法理論”や“錬金術”は取らないという選択肢自体がありえない。

 

 実生活についてだって懸案事項がないわけではない。

 例えば姉さんの人間関係についてだ。

 一応両親に折を見て“姉さんっていつ友達と遊んでいるんですか”と首をかしげて言ってはみたのだけれど。それで姉さんの行動パターンが変わったようには見受けられない。薫姉さんは相変わらず修行と学業に明け暮れており、友達と外で遊んでくる、などといったことはしていない。少なくとも僕はそんな現場を目撃したことがない。

 大体、姉さんは幼稚園にも行っていない。はたして姉さんには友達がいるんだろうか? 健康上の都合で家と病院以外に行ったことのない僕ならともかく、姉さんまでもが僕並に世間が狭いってことはないと思うのだけれど。もう少し気にした方がいいのだろうか? いやでも。あまり姉さんのことばかり言いたてるのも、思いあがりという気もするしなぁ。

 

 ついでに言うならば。

 現状では優先度が低いが、御架月や久遠のことも気になる。

 御架月は現在行方不明、久遠は絶賛封印中のようだが。もう少しちゃんと動けるようになったら、一応それらを確認してくる必要はあると思う。最終的に彼らに対しどう対処するのかについては、今だ悩んでいるのだけれど。長期的には、両者について無策というわけにはいかないのだ。

 

 

 

 兎にも角にも、僕には学ばねばならぬこと、考えねばならぬこと、決断しなければならないことが無数にある。焦っている暇など、どこにもない。

 病に倒れたなら、全力で大人しくする。

 一応動けるなら、呪文を学び、或いは退魔師としての技能を学ぶ。

 ずっと学ぶべきではないと指摘されたなら、家事を手伝い。

 機会があり、姉さんがそれを求めるならば、姉さんと一緒に遊ぶ。

 

 気を急かしたり、わが身の不幸を嘆いたり、薄らぼんやりとしていることが許される時間など、かけらも存在しない。して良いはずがない。

 折角例えば“別のことを思考” しながら、“目前のことに集中できる”ほどの高いスペックを与えられているのだ。この転生によって得られた、分不相応にハイスペックなおつむを十全に活用して、自身を高めていかねばならない。

 

 十六夜さんからの口伝を片っぱしから記憶しつつ、僕はそう、考えをまとめた。

<続く>




 神咲の退魔の術がどんなものか……は劇中でも重点的に語られることは無かったので、基本的に捏造です。
 そもそもこの人たち、結界とか張れるんだろうか?
 OVAでお札でドア閉めたり十六夜さんを封じたりはしていますけど。じゃあマクー空間や封絶みたいな隔絶した空間は、というとよく分かりません。
 このお話ではほいほい使えるものではないけれど、一応存在し、建造物にかけられていたり、退魔師や妖怪が運用することもある。としています。

 和音と薫の霊的なオーラの色が間違っていたのを修正。小説版、OVA版ともに彼女たちの霊力は金色の光を放つようです。

 第七話以降はいくつか完成していますが、第六話が完成していないので、次の更新はちょっと先になります。
 それでわ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。