今までの話と矛盾しすぎないために原作イベントとの間に『あったかもしれない』幕間劇となっております。
アーシアのアンチ回ですので彼女のファンの方はお控えください。では、仕事行ってきますね。
僕は彼女を愛していた。
彼女だけを愛していた。彼女以外に愛せる物を見つけることが遂に出来なかった。
愛おしくて愛しくて愛しくて。
可哀想で可哀想で可哀想で。
無様で惨めで醜くて綺麗で汚くて。
狡くて卑怯で嘘偽りしか持ってはいない。自分が嘘つきである事にすら気づけない、愚かで哀れな傲慢きわまる聖女様。
彼女が愛しい。死にたいほどに。一緒に死んで欲しいと恋い焦がれて我慢できなくなるほどに。その為ならば家も領地も悪魔も天使も堕天使も、この世界全てを生け贄として燃やし尽くしたところで悔いなど微塵も抱かないと確信できてしまうほどに。
だから僕は準備した。彼女と過ごす最後の時を盛大に飾るために結婚式の用意をするのに苦労なんて感じる余地は欠片もない。蛇の関心を買うためにも親を隠居させて祖国を売り渡し、なんらの意義さえ見いだせない暴挙としか言い様のない無法な私戦に、貯め込んできた家門の資産の大半を注ぎ込みまでした。
そこまでやって、ようやく満足できる準備を整えることができた。彼女を迎え、彼女と最後の時を過ごす為の準備が整えられたんだ。
万感の想いを込め、僕は彼女に声をかける。
人間界の街角で偶然を装いながら話しかけた僕の言葉に振り返った彼女の瞳を見たとき。浚われて奪われることを恐れる色が浮かんだのを見た瞬間、僕は今の彼女が『満たされてしまっている』ことに気づいた。気づいてしまった。
こうして僕の全てを賭けて成立させようとした初恋は、始まる前にバッドエンドの終わりを迎えた。
全てを捨てて手に入れようとした最後の時すら失ってしまった空っぽの僕は、がらんどうの神殿で一人、日本で購入してきたお猪口と言うらしい杯を傾ける。
日本の花だとか言う桜が描かれた屏風を置いた玉座の間は僕の好みだ。気に入っている。
荘厳なだけで内実のない内装からは、醜悪きわまる虚仮威しが感じられてて良い。
広いだけで使用人の一人すら住まわせてない広大な空間には、空虚さで満たされているところが実に良い。
傅く家臣が絶対服従の眷属しかいない玉座から見る景色は最高だ。支配すべき民のいない裸の王様気分が心行くまで味わい尽くせる。
僕が最期の時間を無為に過ごすために、これほど相応しい場所も他にはないだろう。
満足感に浸りながら杯を口元へと運びかけると、空気を読まない闖入者が無粋な横やりをを入れてくる。
「ディオドラ・アスタロト。リアス・グレモリーの元へは赴いたのか?」
「シャルバ・ベルゼブブ・・・・・・」
僕は溜息を付きたくなる本心を押し殺しながら杯を傾け、酒気と一緒に吐息を吐き出すことで相手に抱いた侮蔑の念を覆い隠す。社交界にでた貴族であれば誰だろうと学んでいる処世術。
これを実践できないのが『真なる魔王の後継』を称している五大魔王の当主たちと、現魔王の妹君リアス・グレモリーだけしかいないのが悪魔貴族の種的衰退をもっとも明確に表してくれる証左ではないだろうか?
子供の頃から思い続けて隠し続けてきた本心の疑問を、僕はこの時にも口に出すことなく心の中へと押し戻す。年若い未熟な若造としか見なされてない僕が言っていい事は周囲が思っているほど多くはなかったりするのが上に立つ者、貴族であるが故の弊害だから。
「さっき行ってきたばかりだよ。予定通りに挑発したし、赤龍帝とも挨拶を交わしてきた。・・・一人だけ想定外なおチビさんが混じっていたけどね・・・」
雪のような銀髪と、僕とソックリな『自分への失望』を小さな身体いっぱいに纏わせた人間の少女の姿と瞳を思い出しながら、僕は軽く首を振って酒気を飛ばす。
「彼女は多分、この計画そのものは妨害してこないと僕は予想させてもらう。
もしも彼女がイレギュラーになるとしたら計画中じゃなくて、計画が終わった後の話からだ。アーシアが爆発するにせよしないにせよ、そこまでの間に彼女は計画そのものにだけは手出ししてこないだろうと僕は思っているよ」
「ふむ・・・」
「あと、計画にあったとおりにグレモリー陣営へ、アーシア・アルジェントと僕のビショップをトレードする交渉を持ちかけるだけ持ちかけてはみたよ。僕が予想してたとおり断られたけどね。まぁ、こうなることは予想済みだ。気にするほどの誤差にもならないだろうさ」
「ほう・・・貴様としては予想通りの結末かもしれんが、私としては少々意外な念を禁じ得ん。レーディングゲームで勝利し続けるのが願いであれば、駒はより強力で数が揃えられる方が好ましい。
やはり偽りの魔王の血族でしかない小娘ごときに、我ら真の血統と同じ考えをしろと言うのが無理な話であったか」
「くっくっく・・・・・・」
声を抑えて低く笑う僕を見下ろし、シャルバ・ベルゼブブは不機嫌そうな表情を浮かべるが本心から不機嫌に感じているようにも見えない。単なる癖なのだろう。支配者として威厳ばかり気にし続けて威嚇が名門のあり方だと勘違いしている連中に、よく見られるパターンだ。
「シャルバ、それは当然のことじゃないのかな? 彼女たち現魔王派は、僕たち旧魔王派の言い分を認めず受け入れず、冥界を別の道へ進ませようとし始めたからこそ、僕たちは彼らとの武力衝突を決意したんだろう?
彼女たちが僕らと同じ考え方を普通に出来ていたのなら、僕たちが此処でこうして話をしている今はなかったはずだよ。
敵対する道を選んだ勢力の持つ考え方を、こちらの価値観だけで見ようとするのは危険きわまりない謝りに繋がりかねないと僕なんかは思っているけどね」
「・・・・・・・・・」
「尤も、これはグレモリーにも言えることだ。あの時の彼女は徹底さを欠いていた。彼女は僕の無礼きわまる申し出に対して大きな声で罵声をこそ放つべきだったんだ。
それが国内最大規模の高位にある、公爵という地位身分を継いで一勢力のトップとして君臨する者が果たすべき義務と責任なのだから。
それをしなかったのは、彼女もまた自分の価値観でしか僕たちを見てないのだと言う事実を如実に表していると取れないこともない」
敵対し、否定しあいながらも僕たち旧魔王派と彼女たち現魔王派との間には本質的には差が存在していない。違いだったらあるけどね。
双方ともに自分の価値観でしか相手を見ようとせず、『自分には理解できない“敵”という名前の生物』としか見ていない。だから本人としては妥協しているつもりでも、挑発にしかなっていないのだと思う。
要するに近親憎悪だ。似たもの同士であるからこそ、僅かな方向性の違いが気になって気になって仕方がない。
赤の他人同士として生まれていたらーーそれこそ“本当に敵同士として”生まれていたなら相手の自分と異なる部分を“違う生き物だから”で済ませられたのかもしれないのにね・・・・・・。
「だから彼女たちが僕たちの張った罠の中に進んでノコノコやってくる確率はそれなり以上に高いと僕は踏んでる。
彼女は彼女の価値基準から僕たち名門貴族を『自分と同じ名門としての義務を背負った悪魔貴族』として見ていたいと言う願望があるみたいだからね。この盲進を破るためには自分自身の目で僕たちの実状を目撃して、僕たちが貴族としての誇りを捨てた鬼畜外道なのだと自らの価値観を納得させなければならないだろうから」
「ふっ・・・。傲慢だな、さすがは現魔王陛下の腰巾着。
兄の七光りによって領地を他人の手に委ねても尚、地位と権力を保持していられる特権階級に定住してきた苦労知らずの箱入り娘か」
シャルバの嘲笑には悪意と見下しと憎悪が多分に盛り込まれていたけれど、僕はその中に微量ながらも“嫉妬”が混じっているのを感じ取った僕は思わず嗤ってしまいそうになる。
冥界は人間界の日本と違って彩り豊かな品物に溢れていない。奪い奪われ、古代の地球世界さながらの原始的な弱肉強食の掟が支配する荒野も同然のだだっ広い空間と、ごく一部の特権階級のみが住むことを許されている自然と実りと豊かさで満ちあふれた、猫の額程度の広さしか持たない都市部の二つに二極化されている。
なれば利の理として、現魔王陛下の妹君であらせられる我らがグレモリー嬢の領地には都市部と自然豊かな森しか存在していなくなると言う訳なのだが。
残念ながら僕たち名門貴族の有する広大な領地には、実りも何も期待できない茫漠たる大平原がいくつもいくつも点在している。そういった場所を有してしまうと必然的に人心は荒廃し治安は乱れ、力と恐怖の原始的理が支配する弱肉強食の社会が誕生するし、それらに住むことを悲願としたがるコカなんとか言う鴉どもが寄って来たがる。
その結果、冥界外周部に支配地域を与えられた偉大なる我らがご先祖様から地位と権力と無駄に広い荒れ野を引き攣がされる羽目になった僕たち名門貴族の元には、裏切り者予備軍と強者に媚びへつらうしか脳のない忠誠心0の無能しか集まってこなくなると言うわけだ。
僕だって今の彼と同じように、領地の運営を家臣に預けて豊かな日本でノホホンと暮らせているグレモリーを羨む気持ちを持ってないって訳じゃあないからね。気持ちは分かるさ。言わないけども。
心に浮かんだ皮肉な気持ちに思わずひん曲がってしまった口元を相手の視界から隠そうと、杯を近づけ一口あおり「そうだね。僕もそう思うよ」と適当な追従を口にしておく。それだけで彼らには充分すぎる対応なのだと、僕は幼い頃から知ってきてたから。
「ならば奴らは既に我らの掌の中で笛の音にあわせて踊り狂うだけの、哀れで滑稽な壊れかけの操り人形と化しているわけだな。実に結構。身の程を弁えるとはこう言うことを指して使うべきなのだからな。くっくっく・・・」
ーーほらね? 踊ってくれた。名門って奴らはどうしてこうも格下だと見下してる連中が遜ってみせるだけで満足し、矛を収めてくれるんだか。“卑しい身分の母親の”腹の中から引き吊り出されて生まれてきた僕には理解に苦しむ傲慢さだね。
ーーいや、だからこその名門か・・・・・・。
僕は思い直して相手を見つめ直すと、改めてなにか言おうかと口を開きかけたけど、今度も相手に先を越されてしまう。
こちらの事情に頓着しない所なんかはグレモリーと共通する居丈高で傲慢な、生まれながらに数々の特権を享受してていい立場にあった者特有の鈍感さが見え透いて反吐が出そうだけど、こんなのには慣れっこだ。屁でもない。
もとより彼らも彼女たちも初めて出会った瞬間から“こんな連中”だったのだから。
「・・・それで? 奴らは間違いなく貴様とのレーディングゲームに応じて、この神殿まで赴くのだろうな?」
「それは相手と相談しながら決めてくれ。僕は罠を張った側であって、こちらから相手の意志決定に介入する権利を放棄せざるを得ない側に立つ者でもある。
挑発ぐらいならいくらでも言いに行くけど、こちらから相手へ出陣してくるよう促すのは不可能なんだから」
僕の返しがお気に召さなかったらしいシャルバ・ベルゼブブの唇までもがひん曲がったけど、これは単なる癖でしかないことを僕は知っている。
だから気にせず僕は続きを口にする。たぶん、相手は怒って怒鳴りつけてくるであろうと分かり切ってる忠告を。
「別にキミたちが分かっていないと思っている訳じゃないが、基本的なところをお温習いしておこうよ。
僕たちは相手をおびき寄せて罠の中へと引き吊り込んで、この神殿とともに跡形もなく吹き飛ばせる結末を最良の結果と見なしている。
もちろん、物語じゃないんだから最良の結果なんて早々もたらされるモノじゃあない。最悪、サーゼクスとアザゼルをアスモデウスたちが討ち取るまでの間グレモリーを足止めすることで、赤龍帝ともども主戦場に赴けなくできただけで御の字と考えておくべきだろう。
どちらにせよ、既にこちらのターンは終わっている。次は相手のターンだ。引くか進むか、あるいは僕たちの用意してない第三の選択肢を見つけだして選ぶかは相手の自由であり、相手の事情だ。こちらの預かり知らない事情が要因となって相手の行動が変化してしまう可能性にまでは僕にも保証しきれないねぇ」
「そんな事は言われずとも分かっておる!」
予想に違わず大音量による大叱責。
僕は首をすくめて見せることで恐縮したことをアピールしてから、無礼を詫びる言葉を口にし罪を謝する。相手の顔は怒り醒めやらぬと言った風情だったけど、僕の態度に上位者たる支配者としての自尊心をくすぐられたのか意外にアッサリと矛を収め、
「次はない」
ーーと、一言だけで済ませてしまった。
甘い、甘すぎるよシャルバ・ベルゼブブ。その程度の恐怖で相手を支配できるなんて思っているなら、キミも立派な苦労知らずの馬鹿息子だと言い切れる。
伊達に何人もの聖女たちを貶め苦しめ辱め、服従を強制してきた訳じゃあない。人の心を力と恐怖で支配する術の心得だったら、キミより僕の方が遙かに実績も経験も上回っている。
キミたち強者は力を見せることしかしないから。拳で岩をも砕けば相手は心の底から恐怖して、自分に従うしか生き延びる道はないと思い込んでしまうから。だからキミたちは、いつまで経っても半端なままなんだよシャルバ・ベルゼブブ。
生まれながらにして強いから、弱い立場で生まれたものの気持ちが分からない。分からないから勘違いして理解した気になって、取るに足らない小物相手に後れをとる羽目に陥るのさ。
僕ならもっと上手くやる。力と恐怖で人々を支配するなら幾らだって遣りようはある。僕にその気さえあれば冥界を恐怖で統一し、アスタロト政権を樹立するぐらいでいいなら然程難しくはなかったのだから。
ーー尤も、実際には僕にそれをやる気はなくて、実行してもこなかった以上は子供の妄想の域を越える程の代物じゃあ無いんだけれど。
実現性と可能性は=じゃない。僕が出来ると信じることと、実際にやってみて成功するかしないかはまったく別質の問題だ。こちらが遣ろうとしている事を、相手が大人しくされてやる義理などどこにもない。支配と服従の理にも同じ事が言えるだろう。
一方が相手を支配したいと望んでいても、相手が支配されたい服従したいと望んでいるのは非常に希なケースであることを何人もの女たちを堕とす過程で見てきたことで僕は知っている。
あらゆる手練手管でもって相手を籠絡し、傷つけ、辱め、プライドをズタズタに引き裂いてから絶望の淵にたたき込み、もう死んでしまい死なせてくださいと思わせても尚続く地獄の日々。
そうした地獄に落とされてこそ、差し伸べられた救いの手に価値が生まれる。それがどれほど薄汚くて穢らわしい、それまでの自分だったら吐き気がするほど気持ち悪い手であろうとも“今よりはマシ”な状況まで引き上げてくれる手を拒む奴は非常に少ない。
心が壊れるんじゃなくて、それまで自分が取るに足らない価値がないと心の奥底では見下していた対象と同じ立場に立たされたときに気づかされるからだ。
自分の醜さと、恵まれていた環境に。
上に立っていられたからこそ、自分は弱者にたいして救いの手を伸ばし、哀れみと救済の希望が『相手から見れば見下しと嘲笑でしかなかった事実』にようやく気づいて自分自身に絶望する。それまでの自分を否定するためにも僕の元に自ら赴き、自分自身を貶めることに精を出す。
聖女である自分が尊い者だ、綺麗な存在だ、穢れや淀みなんて一片たりとも纏っていてはいけないんだと自らを戒め、節制に励み続けてきた者たちほど内側からの濁りには弱い。外圧ばかりを気にしすぎるあまり、内側にある自分自身の醜さから目を背けすぎたからだ。
そんな生き物なら簡単に支配することが出来る。人も悪魔も天使も堕天使も所詮は意志を持つ生物に過ぎない以上は、光と闇の双方に至れる素質を生まれ持って来ている。
だからこそ、天使は堕天使へと堕ちれるのだ。
だからこそ、人は転生悪魔へ生まれ変われるのだ。
いずれは天使側も人間たちを、自分たちと同じ天使の位階にまで引き上げるように成るのかも知れないね。“生き延びるために”さ。
「よいか、ディオドラ・アスタロト。これは気持ちの問題なのだ。意志無きところに力は生じぬ。力ある者こそ強者であり、支配者なのだ。
故にこそ、真なる魔王の血統である私には、覇業を成し遂さんがための力と意志が生まれながらに備わっていたのだからな」
「生まれ持ってた強い力と、強い意志ね・・・」
シャルバ、それってもしかしなくてもさ。
ーー単に生まれ持ってただけで自分が手に入れるためには何もしてない、会ったこともなく名前も知らない誰かから与えられてた『機能』って言わないか?
僕は心に浮かんだ疑問にいつも通り蓋をして、気持ちよく演説しているシャルバの話に耳を傾ける“フリ”をする。
「そうだ! それこそが私こそ真なる魔王の後継に相応しい証ではないか! 魔王の地位にふさわしいのはサーゼクスではない! この私なのだよ! しからばーー」
シャルバの演説が続いている。
真なる魔王の後継っていう地位は、そんなに羨ましいものなんだろうか?
僕には分からない。
伝説によると太古の昔から僕たち悪魔と堕天使たちは冥界の覇権を争いあって、途中からは天使も介入し、三すくみによる殺し合いを続けてきていたらしい。
最古の魔王が『支配する者』だったとしたらだけど、その支配対象は当然ながら僕たち魔王以外の悪魔たちという事になるだろう。
支配して従わせる民あっての支配者だ。無人の荒野に君臨して王を名乗ったところで跪いて恐れ慄く弱者がいないんじゃあ、強者も空しい限りだろうからね。
当時の魔王だって堕天使を相手に戦争してでも冥界の支配権を手にしたかったのは、冥界を自分自身が支配する悪魔たちで独占したかったからだと僕は思ってる。
つまりは自分の支配している国の拡充だ。支配領域の隣に対等の外部勢力がいるのは煩わしいから取り除きたかっただけではないのか? 国を繁栄させるため、自らの支配権を確固とした物にするために、わざわざ種の存亡を賭けてまで敵種族と殲滅戦を繰り返す必要性はあったのだろうか?
しかも、天使に至っては途中から横やりを入れてきただけの第三勢力に過ぎない。天界がどういう場所かは知らないけれど、少なくとも僕たちのご先祖様たちが住みたがってたような場所じゃないことくらいは予想できる。だって悪魔だもん、僕たち。天使が尊いとする清い場所でなんか生きられるとは到底思えない。
天使を相手にどちらかが滅びるまで戦い続けたところで旨味はない、むしろ損しかしないだろう。
堕天使だって同じだ。人間を操り悪魔と戦わせたところで、自分たちが何か得しているとは思えない。愉悦のための殺し合いで自分たちが絶滅したんじゃ世話はない。
たぶん、僕たちの先祖はこの事を知っていたんだと思う。戦いの始まった理由と発端と『目的』とを忘却していなかったからこそ数千年間もの長きにわたり、延々と小競り合いを行い続けているだけだったのではないか?
それだけ追いつめられながら、それでも名目上にしか存在しない戦争を辞めなかった理由はなんなのだろうか?
ーー簡単だ。ただ単に辞めることを許してもらえなくなってただけだ。
悪魔の支配者である魔王の決定でさえ止めることが不可能なほどに、互いへの憎しみが高まり続けていたからだ。長すぎる戦争で生み出された憎悪と憎しみの総量は、負の感情を糧とできる悪魔をしてさえ御しかねるほど強大で凶暴で怨嗟の声に満ち満ちたおぞましい代物だったという事だろう。
そして今度は、長く続きすぎた小競り合いが互いの間に優越感と嘲りと無理解と見下しを生じさせ、強敵への恐怖と畏怖の念を忘却の縁へと追放してしまった。
今の彼らカオス・ブリゲードは敵を知らないまま、知ったような気になって戦争に勝てると思い込んでいる。相手あっての戦争を自分だけを見つめながら行おうとしている。
愚考の極地だ、馬鹿馬鹿しい。相手を屈服させ、自分たちのために利用しようと支配するなら分かるけど、根絶を目的とした殲滅戦に自らの支配地域を焦土に変えてまで望む支配者なんて無能にも程がありすぎるだろう。
でも、それを遂行するよう求められてきたのが魔王の地位だ。憎しみあう三種族の有力者たちから突き上げを食らい、開戦か停戦延長かを終生問われ続けなければならなかったのが今までの魔王と言う名の役職だ。手に入れた栄誉に酔ってる暇もないとは哀れなことだ。
サーゼクスはある意味で本道へと立ち返った久しぶりの魔王と言えるのかもしれない。種を存続させるためにも他の勢力と手を組んだんだからね。王としては正しい判断だったと言えるだろう。彼が『悪魔の王でさえなかったら』。
僕たちは悪魔だ。欲望を肯定し、善悪の別なく強い意志を力に返ることができる生き物だ。そんな僕たち悪魔が他の二つの勢力ーー天使と堕天使ーーと混じり合って生きていった先に『果たして悪魔は生き延びられているのだろうか?』
天界でも人間界でもなく、冥界を支配する対象と選んだ以上は、僕たち悪魔は闇の属する勢力だ。光の勢力には交われない。仮に天使と悪魔が交わったとしたら、そこから生まれてくるのはエノク書にある竜のような姿をした堕天使なのではないだろうか?
サーゼクスは悪魔の血を絶やさぬ為に、悪魔を別の生き物へと変えてしまおうとしているのかもしれない。そのことに本能的な恐怖感を刺激された古き血筋をもつ魔王たちが反発して今回の戦争を招いたのかもしれない。
そういう視点で考えると、これから行われる三種族合同の大戦には別の側面が見えてくる。
次にくる時代に自分たちの種を引き継がせる為の生存競争。
その為の手段としてどれを選ぶかで揉めている、思想戦争。
今のまま生きて、悪魔としての滅びを迎えようとしている旧魔王派勢力。
別の生き物に生まれ変わってでも、新しい環境に適合しようとしている現魔王勢力。
旧来のまま、ただ遊び半分に殺し合いたいだけで危機感に乏しい堕天使勢力。
遙か昔に滅んでしまった主の教えにいつまでもしがみついて離れられない、ファザコン天使勢力。
「・・・・・・やれやれ、これは困ったな。どれが勝っても僕たち悪魔の未来は、お先真っ暗だ。こんな事ならもっと早くに本性を晒して父上に処刑されてた方が少しはマシだったかな?」
ーーそうしてさえいれば最低でも、アーシアのあんな目をした顔は見なくて済んでたかもしれない・・・。
あんな、なにもかも満たされて奪われる恐怖を知った彼女は見たくなかったし、彼女にも正常な人の心が残っているなんて事実は知りたくなかった。目を逸らしていたかった。夢だけ見て生きて、夢を見たまま夢の中で終わりを迎えたかった。
でも、全ては夢だ。もうどこにも残ってなんかいない。
朝日が昇ろうとしている。夜が明けるんだ。子供が子供として夢を見ていられる時間の終わりは目前まで迫ってきている。もう時間はほとんど残されてはいない・・・。
「ーー故に! 今こそ我ら正当なる魔王の後継が・・・!!! ・・・どうしたのだディオドラ・アスタロト。突然に立ち上がり、どこへと参る?」
気持ちよく演説していたところを遮られたシャルバが不機嫌そうな声を上げるけど、僕はそれについての謝罪はしなかった。
もう僕には、こんな奴らに拘らっていられる時間的余裕は残されていない。赤龍帝たちとともに吹き飛ばされて終わるか、あるいは彼らが生き延びてシャルバが降臨したときに自分の立てた作戦の失敗を糊塗するために見せしめとして殺されるかのどちらかしか未来の選択肢は残っていない。
ゲームでグレモリーに敗け、実力不足を痛感していた僕の肩をたたいて見せたシャルバの笑顔と瞳に浮かぶ感情を見た瞬間に僕は自分のたどる未来が予想できていた。
差し伸べられた手を取れば破滅しかないことを、何度も何度も他人に対して行ってきた僕には先刻承知の上だった。
そうして僕は彼らの手を取り、破滅の道を歩みだした。自らの最期を自業自得の破滅で終わらせるために。
「ーー別に。ただ戦場の下見と位置取りの確認をしてくるだけさ。確認するけど、手駒として与えられてる上級・中級悪魔たちの出現場所は僕の方で決めさせてもらっていいんだったよね?」
「あ、ああ。無論だとも、我が真なる魔王の後継たる同胞よ。ここは貴様の領地だ。奴らを待ち受け奇襲させるのに最適なポイントを、貴様なれば指定できるのであろう? さればーー」
「では、言ってくる。作戦の成功率を高めるためにも万全を期しておきたいんだよ。僕だってむざむざ敗れて『無駄死にするつもりはない』からね」
背後で何か言おうとしているシャルバを置いて廊下に出る。無意味に広いだけで価値のない、悪魔らしい浪費の象徴とでも呼ぶべき回廊を歩みながら僕が考えてたのは別のこと。
もう、僕には何もない。何一つとして残っていない。
いや、そもそも何かを手にした事なんて無い。当然だ。何かを掴もうと初めて努力したことさえ初めてなんだから。
生まれ持って恵まれてた機能で楽して生きてきた僕には、付け焼き刃の努力で手に出来る物なんて無いし、有ってもいけない。そんな物は直ぐに価値を感じなくなって壊して捨てるだけだと言うことを、僕は何度も何度も実践して知っているのだから。
ならば終わろう。無様に。見苦しく。味方の死体の山を築き上げて、誰も彼もから憎しみではなく軽蔑と嘲笑を得られるような死に様で。
「滅びの美学か・・・糞食らえだね。見苦しく生きただけの人生だったら、最期まで見苦しさに満ちた生き様を貫いてこそだろうに」
死を飾る趣味はない。死だけ飾ったところで何の意味もない。そんな卑怯卑劣な人でなしの風上にも置けないゴミ野郎にまで成り下がってやった覚えは微塵もないんだよ。
人でなしには人でなしなりの矜持と誇りがある。他人に理解を求める類のものではないし、理解しなきゃいけないものでもない。と言って、『理解されないからこそ価値がある』なんて自己陶酔に浸るのは死んだってゴメンだけれどね。
僕たち人でなしが“それ”を守り貫き通すのは、単に破ってしまった自分が自分でなくなることを知っていて恐れているからに過ぎない。
美辞麗句で自己正当化して卑怯な手段に酔いしれてる自分なんて、想像しただけで怖気が走る。僕たちは世間のルールから外れた人でなしだからこそ、自らに課したルールと節度と理だけは破っちゃいけないんだ。
それを犯してしまった奴は、人でなしですらなくなってしまうから。
「その程度のことを弁えられないから、キミたち強者は弱いんだよベルゼブブ。心がね。
卑怯な手段で得た勝利を『使い捨ての小細工に過ぎない』と笑い飛ばせない君では赤龍帝には勝てないと思うけど、まぁ頑張ってみてくれ。あの世から応援していてやるからさ。死んだ後なら誰を応援したところで僕には関係ないんだし」
背後の扉に向かって嘲笑混じりに我慢していた本音の一部を晒け出してから、僕はアーシアを浚ったときに聞かせる嘘を何にしようかと考えてみる。
どのみち今のアーシアは、僕の知るアーシアではなくなっている。傷つけたところで何の痛痒も感じはしないけど、出来るなら僕の愛したアーシアを彷彿させてくれるような目をしてくれる嘘がいい。
あの時、あの場所で、傷ついた僕を癒してくれようと近寄ってきてくれた時に君が浮かべた瞳の色。今思い出してもゾクゾクする。
それは人の歴史の中で何千何回も繰り返されてきたであろう、平凡きわまる救済の言葉。皆から聖女と称えられる神に愛された少女が、苦しむ人々に対して尤も多く放つであろう救いの祝詞。
「大丈夫ですか? 今助けてあげますからね?」
ああ、あの時の君の言葉と瞳に浮かぶ色は本当に、本当に最高だった。最高にーー無様で醜くて穢くて綺麗で美しかった。
「『助けてあげます』・・・この言葉を『助けてください』と聞き間違えたのは君の時だけだアーシア・アルジェント。僕が出会ってきたあ聖女の中で君だけは、人の抱える事情を解ってあげようとはしていなかった」
ただ自分が救われたくて人を救っていた。誰かを救済をすることで自分自身が誰かに救済して欲しかった。救って欲しいから救いまくってた。誰でもいいから自分を拾い上げて欲しいと手を伸ばし続けてた。
それこそ悪魔である僕の手を取り『救ってもらえるかもしれない』と言う極小以下の0に等しい可能性に縋りついてまで祈り願い信じようとしていた足掻き。
それこそ君が、神の奴隷でしかない聖女たちとは違う、利己的な理由から人を救いたいと欲する『人間の聖女』足り得ていた証だったのに・・・。
「聖女様さえ堕落させてしまう悪魔は、やっぱり人を惑わすだけの生き物だね。反吐が出るよ。汚くて綺麗なものまで、周囲と同じ色に染めてしまう必要性も無かろうに」
そう呟いて、僕というこの世界の異物は終わりへと続く道を歩んでいく。
「不死ではないから人の国家は滅ぶという。でも、悪魔だって不老不死というわけじゃない。老いもするし死にもする。人より長く生きれるだけの生物が作った国なのだから、冥界が人の国より長く永くのは必然だ」
でもーー
「永続はしない。永遠はない。オーフィスだって、きっといつかは死が訪れる。今まで死ななかっただけで不死だなんて保証になるものか。必ず滅ぶ。滅びの時は誰しも必ず訪れる」
だからーーだからこそ
「滅びるときには、それまでの生に相応しい死に様と滅亡を。
数多の同族たちの死体の上に立てられた冥界に相応しい滅びを。
生には生を。死には死を。滅びをもたらしてきたものに、絶対的に不可避な滅亡を。
おお、我らが偉大なるクソッタレな悪魔の神よ。クソッタレな悪魔社会に災いを授けたまえ。
ドゥ・アズ・ファッキンゴッド・ディスボーゼス」
つづく