こいし探訪   作:チャーシューメン

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はさみ

 

 都会の空は四角い。

 誰が言った言葉だったかは分からないが、それは現代社会の孤独と冷酷さを端的に表現している。都会の人の流れの早さは、この広大な空すらをも無機質にしてしまうのだろうか。

 だが見慣れれば、そんな無機質も乙なものである。四角い空を丸く切り取るのは、自分の心でやればいい。心の自由だけは、どんな支配者でも縛ることは出来ない。

 ふらりふらりと、幻想の檻を抜け出して。

 手すりにもたれ、駅のバルコニーから、古明地こいしはぼうとして見下ろしていた。駅に向かう人々の流れを。

 星の瞬く夜だと言うのに、こんなにも多くの人間たちが活発に動き回っている。それが珍しいのだ。妖怪の跳梁跋扈する幻想郷では考えられない事である。

 季節は移り、もう息が白む事もない。少しだけ肌寒さを残した風が、街を吹き抜けて行く。

 春。

 幻想郷であれば、冬の終わりに駆けずり回っていた春告精が一休みをする頃合いである。これからどんどん暖かくなってゆくのだ。

 そんなウキウキする季節だと言うのに、道行く人々は皆俯き加減だ。ネオンサインに照らされながら、くたびれた顔で足早に通り過ぎて行く影たち。こいしには知る由も無いが、残業帰りで満身創痍の企業戦士達なのだから仕方も無い。だが、こいしにとっては少しばかり不満がある光景だ。外の世界はもっと煌びやかで、楽しい事に満ち溢れていると思っていたのに。早々に飽きたこいしは、帰途に着く人々の流れに逆らって、階段を降りて行った。

 ふらりふらりと、こいしは気ままに歩いた。人にぶつかっても気にしない。赤信号も気にしない。クラクションだって気にしない。こいしの心を、都会のルールで縛る事は出来ない。

 ふと、こいしの顔に何かがペタリと張り付いた。

 手で摘んで見てみると、それは桜の花びらだった。

 釣られるように上を見上げる。そこにはライトアップされた桜の木が、自慢のその花びらを満開にしていた。

 その時。少し強めの春風が吹いて、花びらが空へ舞った。

 武骨なビル影に四角く切り取られた夜空の、その黒をキャンバスにして、桜の花が舞い狂う。キラキラ、キラキラと、地上の光を浴びて輝きながら。

「わあ」

 降り注ぐ花びらの中。こいしは思わず声を上げ、手を叩いていた。

「きれい」

 道行く人の流れは止めどない。

 だが、中には足を止める者もいた。こいしと同じように空を見上げ、ほっと笑みを浮かべている。ほんの束の間の出来事。だがそれだけで彼らは、きっと明日も戦える。

 四角い空も悪くはない。それを切り取る、心のはさみ次第だろう。

 

 

「ただいま、お姉ちゃん」

「あら、こいし。お帰りなさい」姉のさとりはパッと顔を明るくしたが、すぐに眉をくねらせてしまった。「あんた何処行ってたのよ、まったく。桜の花びらだらけじゃない」

 さとりは手箒を取り出して、こいしの肩や帽子の上に積もった花びらを払い除けようとしたが、こいしは首を振った。

「お姉ちゃん違うの。これ、おみやげ」

「おみやげ」

「いいでしょ、都会の桜だよ。お姉ちゃん、おみやげは都会っぽいものが良いって言ってたもんね」

 にっこりと微笑むこいしとは対照的に、さとりは困惑した。こんなおみやげ、聞いた事ない。

「あんた、ホント自由ねえ」

 釈然としないさとりは、何か小言でも言ってやろうと考えたが、

「……ま、いっか。ありがとう。ポプリにでもするわ」

 こいしの屈託無い笑顔を見ていたら、その気も失せたのだった。

 それから暫く、地霊殿は桜の香りに包まれていた。

 

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