Angel Beats! ~First Love~ 作:ナナシの新人
朝起きると、指先に微かな痛みを感じた。
身体を起こして、昨晩カッターナイフで切った左の人差し指の腹を見る。血は止まっていたけど、傷口は残ったままだった。
右手の親指と人差し指で傷口を挟むようにして触れると、再び傷口が開き、赤い血が滲んだ。
「やっぱり治ってない......」
ベッドを降りて、指先の血をティッシュで拭き取る。
ここは、「死後の世界」。誰も死なないし、誰も病まない。
私の協力者である
あの日、部員集めを始めた翌日の放課後。校舎学習棟Aの屋上で運動部の活動を眺めながら、あと一人の部員の当てを探していた。
その時突如、私の前に現れた人が、生前からの顔見知りである
* * *
「よう」
「うん?」
突然、声を掛けられた。声がした方を見ると、どこか見覚えのあるような気がする男子が立っていた。彼は、顔が隠れる程の長い髪を結び右肩から前に垂らしている。顔は、イケメン。まあ、タイプじゃないっすけど。
「......どちら様ですか?」
「フッ、この姿で会うのは初めてだったな。“特殊能力発見の能力者”と言えば分かるか?」
髪を解いて、前髪で顔を隠した。
「おおっ、お前かっ! 渇いればイケメンだな......って、なんで
「それは、俺の台詞だ」
まさかの再会。
私たちは、お互いがこの世界に居ることを疑問に感じていた。
「俺は二週間ほど前に、ここへ来た。お前は?」
「あたしも、同じ時期です」
――そうか......と、やるせなさを感じさせる低いトーンで呟くように言う。
「でもよく、あたしが居ると分かりましたね」
「お前、能力を使っただろ?」
「ああ~......はい、お昼に一度だけ」
「ちょうど、その時だ。能力と能力者の居場所が分かった。探知した能力でまさか、とは思ったが。やっぱり、お前だった」
「なるほど......。そう言うことっすか」
――特殊能力。
それは、特定の人間が思春期の時にだけに掛かる病の様なもので、常人ではあり得ない力を発揮する。
私も、特殊能力者の一人。
私の特殊能力は、「
生前通っていた星ノ海学園では、その力を駆使し、特殊能力者を保護する活動を行っていたのですが。彼の特殊能力は、全身ずぶ濡れの状態でなければ使えない、という制約があったはず。聞いたところ、実は水を被る必要はなかったらしく、顔を隠すため毎回わざわざ水を被っていたそうです。
校舎内に設置されている自販機で飲み物を買って屋上に戻り、転落防止用のフェンスに両腕を乗せる。
「あなたは、この世界をどう思いますか?」
「俺にはお前と違って、死んだ自覚がある。にわかには信じ難いが、やはり“死後の世界”なんだろう」
「......ですよね」
昨夜、何者かに刺された男子生徒が生き返ったことを見ても。これはリアルな夢で、いつか、星ノ海学園の併設マンションのベッドの上で目を覚ます。ずっと、そう信じていたけど......。
死に際の記憶を持っている
やっぱり、私は――死んだんだ。
現実を受け入れた時、私の中でひとつの心残りが頭の中を駆け巡った。
「安心しろ。大丈夫だ」
「......はい、ありがとうございます」
私の想いを察した
目をつむり、深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、ある狙いを持って聞く。
「これから、どうするつもりですか?」
「さあな。お前は?」
狙い通り、逆に質問で返された。
おそらく、
「あたしは、部活動を始めようと思っています」
「部活?」
「はい。新しく報道部を新設して、この世界の秘密を探るつもりです」
予想外だったのか、彼は小さく笑った。
「なんですか? その、人を小馬鹿にするような笑いは」
「いや、面白そうだと思ってな」
「じゃあ、あなたも入ってください。ちょうど、あと一人分席が空いているんです」
部活動設立申請書をスカートのポケットから出して、
「ああ、いいだろう」
申請書を受け取った
「ありがとうございまーす。では、さっそく......」
一応、記入漏れが無いか確かめる。学年は、三年生。先輩だったんですね。因みに私の学年は一年。死んだ時の学年のままのようです。
申請書を折り畳んで、スカートのポケットにしまう。
「提出に行くのか?」
「いえ、これはまだ出しません。その前にぃ~、
私は、ニヤッと笑って提案を持ち掛けた。
「潜入?」
「はい、この学校に“死んだ世界戦線”なる組織があるのをご存知ですか?」
「ああー......。俺やお前とは違う、制服を着た連中のことか」
「そうです。その組織に加入して、情報収集をお願いします」
おそらくあの人たちは、私たちと同じ生前の記憶を持った人たち。先日来たばかりの私たちより、ずっと長い時間を過ごしている彼らなら、この世界の事を詳しく知っている可能性が高い。
「わかった」
「お願いしまーす。あっ、一応偽名を考えておいてください」
「偽名か......そうだな、
考えるのが面倒だったようで、私の恩人の名前だった。
「名字は?」
「
「
「ああ、そうだ」
「もしかして、
「実の兄だ」
「......えぇーっ!?」
正直、この世界に来て一番の驚きでした。
しっかし、似てない兄弟っすね。まあ、今はいいです。因みに、
「あとはこうすれば、バレないだろ?」
結んだ髪をほどき、前髪で完全に顔を覆った。
「はい、完璧です。あたしと話す時は、髪を結って制服の中にでも隠すせばいいと思います」
「ああ、そうするか」
話がまとまったところでフェンスから離れて、
「聞いてもいいですか?
「......そうだな。お前には、聞く権利ある」
言葉の意味が理解出来ず、私は小さく首を傾げる。
「んー? どういう意味ですか?」
「あれはお前に、最後の電話を掛けた時の事だ......」
組織の人間が海外のテロ組織に家族を人質に捕られ脅された。
その人は、
「悪かった」
「ん? なぜ、あなたが謝るんですか?」
「俺が、情報を吐きさえしなければ......」
「あなたは、悪くありません。悪いのは、特殊能力者を私利私欲のために利用しようとするヤツらです」
「そうか。そう言って貰えると、少し楽になった」
「はい、そうです。ではあたしは、そろそろ夕食に行きます」
「ああ、また連絡する」
「はーい。お願いしまーす」
屋上の扉を閉めた時、何かを言いかけていたような気がしましたけど。今日の夕食は、報道部設立に協力してくれた子たちと約束をしているので。また今度、聞こうと思います。
それにしても......私の死因は、建物の崩壊による事故死だったんですね......。
あの日の夜、二人組の男が部屋に入ってきた。気配の気付いた私は、ベッドから降りて寝室の死角で待ち伏せした。一人は、「
私の記憶は、ここで終わっている。
おそらく、気を失ったまま死を迎えたためなのでしょうね。けど私はてっきり、強盗殺人か強姦殺人のどちらかだと思っていたんですけど。そうじゃないと知れて、よかったような。でも死んでますし、複雑な心境です。
そして昨日の帰り際、先に
『俺の記憶では、お前は救えたと思ったんだがな......』
この言葉が正しいのなら、本当の死因は打ち所でも悪かったとかですかね。考えても仕方ないっすね。だって私には、死んだ自覚も、記憶も無いんですから。
「さて、朝ごはん行きますかー」
制服に着替えて、食堂に向かう前に保健室に立ち寄り、傷口を消毒して絆創膏を貼る。食堂で食券を朝ごはんに換え、私はトレイを持って、
彼女は今日も、四人掛けのテーブルに一人で座って、朝食を食べていた。
「おはようございまーす。相席いいですかー?」
「おはよう。どうぞ、ご自由に」
正面に座って、ご飯を食べながら昨日の事を訊ねる。
「この学校って、ケンカとかあるんですか?」
「もちろんあるわ、普通の学校だもの。主には、
「へぇ、そうですか」
この反応は、この食堂の三階で起きている暴行事件は知らないみたいですね。
「そう言えば、もうすぐ球技大会だそうですね」
「そうね。またあの人たちも、飛び入りで参戦するつもりかしら。ハァ、困ったものだわ。面倒な事にならなければいいのだけれど......」
そうそうと、今度は
「球技大会が終わったらテストよ」
「そうなんですか?」
「ええ。あなたは成績いいみたいだし、安心ね」
「
視線を落として無言で、
「じゃあ、今度一緒に勉強しませんか?」
私たちは今夜、一緒にテスト勉強をする事になった。