Angel Beats! ~First Love~ 作:ナナシの新人
今日は休日、時間を気にせずに眠っていられるはずが、妙な寝苦しさで、普段よりも早い時間に目が覚めてしまった。額には、べっとりとした寝汗。
――うわぁ......下着も。
襟を引っ張ってみると、胸元や下着まで湿っていた。
ベットを降りて、着替えを用意し、自室に備え付けのシャワールームで汗を流す。
『はぁ......』
少し低めに設定した水温のシャワーが、寝起きの気だるい身体を冷ましてくれた。バスタオルで、身体に付いた水滴を拭き取り、下着を身に付ける。
そのまま痛まないように髪をふいていると、部屋のドアがノックされた。
「ん? はーいっ」
急いでキャミソールとスカートを履いて、まだ濡れている頭にタオルを巻き付け、玄関のドアを開く。来客は、ゆりさんだった。
「おはよう。お風呂、入ってたの?」
「おはようございまーす。少し寝苦しかったので」
「昨夜、蒸し暑かったもんね」
とりあえず、上がってもらう。
ゆりさんは部屋の奥には行かずに、シャワールーム入っていった。脱衣所に用意しておいたドライヤーを持ってくると、ぽんぽんっと軽く勉強机の椅子を叩いて、私を呼ぶ。
「ここ座って、乾かしてあげる」
「ありがとーございまーす」
お礼を言って、椅子に座る。ドライヤーの熱風が髪をなびかせながら徐々に濡れた髪が乾いていくのを感じる。
「
「いえ、癖っ毛です」
「へぇ、ナチュラルウェーブなのね」
「ゆりさんや
「そう? あたしは好きよ。あなたの髪」
「それで今日は、どうしたんですか?」
「戦線の食券が、不足ぎみなの。それで今夜、トルネードを決行することにした」
――オペレーショントルネード。食堂で、生徒から食券を巻き上げるアレですね。
「そこであなたに、
「まあ、いいっすけど」
「ありがと、よろしくね」
ドライヤーの風を冷風に切り替えて、優しく髪を手ぐしで整えてくれる。火照った髪に、とても心地良い。
「ひとつ聞いてもいいっすか?」
「なーに?」
「どうして、食券を巻き上げるんですか? 奨学金がありますよね」
「......それはね。戦線の理念よっ!」
ゆりさんが提唱する、死んだ世界戦線の理念。
生前、理不尽な人生を敷いた神への復讐を掲げる死んだ戦線。生徒に用意された奨学金は、その神のほどこしを受けることになるとの理由で。自動的にではなく、能動的に動いて必要な物を手に入れる、を信念しているそうですが。けど、それは――。
「下着とか、必需品は?」
「もちろん、買うわ」
「それ、意味あるんっすか?」
「気持ちの問題よっ」
理念に理屈は関係ないらしい。
私たちは、そのまま一緒に食堂で朝ご飯を食べたあと女子寮の購買部に足を運んだ。
「何を買うの?」
「リボンです」
「ああ~、結局見つかってなかったのね」
「はい。まあヘアゴムでもいいんですけど、結構気に入っていたんで。すみませーん」
店内に並ぶ商品をぱっと見たところ、青いリボンが見当たらなかったため店員さんに尋ねる。
「このリボンで、青いのはありませんか?」
「ちょっと待ってね。在庫を調べて見るから」
店員さんは、後ろの棚を調べてくれた。
「ごめんなさいね、品切れみたい。来月には、入荷出来るようにしておくから」
「そうっすか。ありがとうございました」
対応してくれた店員さんにお礼を言ってから購買部を出る。
すると「買わないの?」と、ゆりさんは首をかしげた。
「もう一度探してみます。見つからなかった時は来月まで待つか、他の色のを買います」
「そう。じゃあ、探すの手伝うわ」
「いいんですか?」
「協力の前払いってことで。それに、河原は立ち入り禁止区域だから、もしかしたら、神への手懸かりが見つかるかも知れないしね」
と言ってくれたので、一緒に探すことになった。
先日と同じく、学生寮寄りの第一連絡橋沿いの階段から、川原に降りる。川釣りをしたのは、ここから少し上流のポイント。リボンが風に流されたのは第二連絡橋の近くのため、下流へ向かって歩く。
二つの橋の間に差し掛かった時「きえぇーいっ!」と奇妙な叫び声が聞こえた。奇声の出所の近くまで行くと、長い棒の様な物を振り回している、上半身裸の男子が居た。
――ひくなっ! 教室で脱ぎだした
「あら、
「ん? ゆ、ゆりっぺっ! な、なぜここにっ?」
奇声を上げる変態は、
それにしても、
「探し物をしているのよ。
ここで初めて、私の存在を認識。
そして「俺も手伝おう」と申し出た。
「鍛練は、いいの?」
「なに。ゆりっぺのためならっ!」
「そっ。とりあえず服きなさい」
ゆりさんに言われ、すぐに汗を拭いて上着を羽織った
「どうっすかー?」
「こっちはないわね。
「それらしき物は見当たらないぞ」
二人も見つからないみたい。
リボンを飛ばしたのは、もう数日前のこと。風に流されたか、川に落ちたのかもしれない。
「お二人とも、ありがとうございました」
「いいの?」
「はい。今度は、神への手がかりを探しましょう」
「そうね。
「もちろんだ! ゆりっぺ!」
大きな岩をひっぺ返したりしながら、野球場へ続く橋の下まで来た。そこで、不自然な風の流れを感じた私は、入念に調べて見ると、影と岩で隠された人工的な入口があるのを発見した。すぐに。ゆりさんを呼ぶ。
「ゆりさん、ここっ!」
「ん? ああ、そこは、ギルドへ降りる入口よ」
「ギルドへ?」
「対天使......。
この入口は、
しかし、体育館から遠く離れたこんな場所に出入口があるなんて、ギルドはかなりの広さがあるらしい。その後も、見落としがないようにくまなく探したが。結局、何も見つからなかった。第一連絡橋まで引き返して階段を上がり、大食堂で、一緒にリボンを探してくれたお礼で二人にお昼をごちそうして、食堂の入口で二人と別れた私は一人、ユイさんの取材へと向かった。
彼女は、いつもの様に体育館の近くの駐車場に居た。
「ユイさん」
「あっ、また来てくれたんですねーっ」
今日のユイさんはギターではなく、体操着姿で金属バットを握っていた。
「悪いんですけどー。今日は、路上ライブしてないんですよ」
「そうみたいっすね。野球の練習ですか?」
「その通りっ。さっきまで、ひなっち先輩に素振りを見てもらっていたんですよー」
「そうなんですかー」
――やっぱり仲いいんすね。
適当に相づちを打ちながら周りを見る。今日は、他の
「この間の続き、お願いできますか?」
「おっ、アレですねっ」
ユイさんは、ノリノリで取材に応じてくれた。
立ったままするのも何なので、校舎前のベンチに移動して取材開始。
「では、最初の質問でーす。路上ライブを始めたきっかけを教えていただけますか?」
「それはもちろん、ガルデモっ!
きっかけになった出来事を満面の笑顔で話してくれていたユイさんでしたが、その
「でも、急に
ぽつり、と呟いた後。勢いよく顔を上げて、両手で握り拳を作る。
「あたし、すぐに
ベンチに手を付いて、ずいっと顔を寄せてきた。
しっかし、感情表現が豊かと言いますか、コロコロ表情が変わる人っすね。
「ガルデモのボーカルをやって欲しい、ですか?」
「その通りっ! もちろん最初は、そんなの無理無理っ! あたしなんかに、
私から離れると腕を組んで、うんうんっと一人で納得して頷いている。
「それで正式に、二代目のボーカルとして認めて貰うために戦線本部へ乗り込んだんですか?」
「はい。気がついたら、ギターとラジカセ抱えて乗り込んでましたーっ」
ユイさんを見ていると、その時の光景が目に浮かぶ。
それで調子に乗りすぎた結果が、悶絶パフォーマンス、と。これで、
「ユイーっ」
「おーいっ、練習するぞーっ」
「早く来ーいっ。ひさ子さんに殺されるぞーっ」
次の話を聞こうとしたところで、頭上から彼女を呼ぶ三つ声が聞こえてた。
「はーいっ。今、行きまーっす!」
学習棟A最上階のベランダから顔を出すガルデモメンバーにユイさんは、手を振って答えた。昇降口へ駆けていくユイさんを見送って、私は図書館へ足を運んだ。
館内に入り、何か手がかりになる文書はないかと郷土資料を捲る。何冊か調べて見たが、一般的な郷土資料のそれといっていい内容で、特に気になる記事はない。資料を片付けて館外に出る、すると――。
「
「あ、どもっす」
バッタリ、
彼女は早足で寄って来て心配するように「“
「今、ここに居る。それが答えになりませんか?」
「あ、ああ。そうだな、安心した」
――まあ、実際は部屋のパソコンで聴いてるんですけど。新曲を聴いた時の様な異変は起こっていないで問題無いと思います。
「あたしは、郷土資料を調べていたんですが。
「ピアノの弾き方を調べに来たんだ」
「ピアノですか?」
ロックにピアノ......意外な組合わせ。まるで――。
「ポストロックですね」
「そう、まさにそれだっ。“
「そうですか。一緒に探しますよ」
「ああ、ありがとな。じゃあ、行こうぜ」
図書館に戻る。
「ふーん......」
しばらく流し読んで、ぱたんっと静かに本を閉じた。読み始めて僅か五分足らずの出来事。こんなに早く読み終わるなんて、音楽に携わっている人は違いますね、と感心していると。
「ふぅ......さっぱりわからない。
本を受け取って開く。はっきり言って、分からない。長年音楽を演奏してきた
「弾ける人に教わった方が、早いと思いますよ?」
「だな。けど、ガルデモにはキーボードとかシンセサイザー使えるヤツいないし。誰か知らないか?」
「う~ん......」
――あの子たちの中に、ピアノを弾ける子居るかな? 聞いてみるか。
「明日、知り合いに聞いてみます」
「悪いな」
「いいえ」
教員棟の前で
「こんにちはー」
「ん? あっ、
そのまま手伝いをしながら、もしかしたら知っているかもと思いダメ元で聞いてみた。
「
「居るわ」
「マジっすかっ、紹介していただけませんか?」
手を止めて、状況が飲み込めていない
「ありがとうございます」
「別に構わないわ。音楽室で待ってて、あとで行くから」
――はいっ、と返事をし、切りの良いところで作業を切り上げて、空き教室に居る
指定された音楽室の扉に手を掛けと、反動があった。どうやら、ドアにはカギが掛かっている。しばらくして、
「お待たせ」
「天使っ? いや、元天使か......」
「さあ、始めましょう」
不思議に思った私は、
「え~と、もしかして、ピアノを弾ける方とは......」
「うん。私」
「マジかっ!?」
私より先に、
「一曲弾いて見せてくれ」
椅子に座って、鍵盤に手を添える。一呼吸間を置き、演奏が始まった。
ピアノの柔らかな音色が音楽室に響く。
この曲、聞いたことがある。演奏に合わせて、
「どうかしら?」
演奏が終わると、
「体育館のライブで聴いただけだよな?」
「うん」
「そっか......完璧だった!」
「そう。よかったわ」
「頼む! あたしに、お前の力を貸してくれ!」
「最初から、そのつもりだけど?」
私からも
「一応、消灯時間まで許可をもらっておいたわ」
「だそうですが。
「消灯まで頼む!」
「無理。ご飯食べたいし、お風呂にも入りたい」
どうしても、そこは譲れないみたいです。
「でしたら、消灯一時間前まででいかがですか? 夕食は、あたしが用意しますので」
「あたしは、
「仕方ないか、わかった。あたしも、それでいい」
「決まりですね。では、夕食を用意してきます」
踵を返して、音楽室の扉に手を掛ける。
もう既に、鍵盤の音と二人の話し声が聞こえた。
扉を閉めて、廊下に出る。そう言えば、ちょうどトルネード回避になりましたね。