Angel Beats! ~First Love~ 作:ナナシの新人
校長室で話しをしたカチューシャの女子は、私が目を覚ました校舎の昇降口前からグラウンドへと続く、大階段付近の花壇の影に身を隠す様にして、片膝を付いてしゃがんだ。
気づかれない様に物陰を利用して近づき、校舎の出っ張りから様子を探る。暗くてよく見えないけれど、彼女は肩に担いでいた黒い筒の様な物を花壇の横に置き、先端をグラウンドへ向けて担ぎ直した。その彼女の近くに、何か大きな影がある。
「あれは、なんですかね......?」
遠目の上に、曇り空の暗い夜。
もっと早く確かめておけばよかった、と少し後悔していると。雲に切れ間が生まれ、青白く光る満月が辺りを照らした。
彼女の近くに横たわっていた物陰は――人だった。
倒れている人を介抱する様子もなく、グラウンドへ顔を向けたまま動かない。そのまま五分ほどが経ち、倒れていた人が勢いよく上半身を起こした。
やや明るめの自然な赤茶色の髪、その背格好と着ている制服から男子生徒という事が判明。
「はあぁーっ!?」
起き上がった男子の方を見て、彼女が突然大声を上げた。どうやら二人は、背中越しに話しをしていたらしい。耳を澄ませてみても、ここからでは遠すぎて会話は聞き取れない。
「――っ!?」
もう少し近づこうとしたところで、後ろから早足で駆ける足音が聞こえた。誰かが来る。人の気配を感じ取った私は、咄嗟に隠れ直して息を潜めた。指定外の制服を着た男子が、二人に近寄って行く。手に、ライフルのような物を持って。
――モデルガン? なぜ、あんな物を。サバイバルゲームでもしているのでしょうか。けれど、好都合。男子の足音に紛れて、昇降口の雨よけを支えている柱の後ろへ移動。ここからなら、三人の会話を聞き取れる。
「おーい、ゆりっぺー! 新人の勧誘の手筈はどうなってんだっ? 人手が足りねぇ今、どんな汚い手を......あれ?」
「俺、あっち行くわ」
ライフルを持った男子の言葉を聞いた赤茶髪の男子は一人、階段を降りていった。まあ、あんな事を聞かされたら普通は距離を置こうと考えるでしょうし、当然といえば当然。
「ああーっ! 勧誘に失敗したーっ! くっそー!」
頭を抱え、大声で叫ぶ女子。
そして、彼女の怒りの矛先は必然的に、ライフルを持った男子へ向いた。
「あんたのせいで失敗したじゃないっ! あと一歩だったのよっ! どうしてくれんのよっ!?」
今にも胸ぐらを掴み上げそうな剣幕。
「悪かったって......おい、ゆりっぺ、あれっ!」
「誤魔化そうとしてんじゃないわよ!」
「違うっての! 見ろよっ、アイツを!」
「なによっ。って、ちょっと、あんなこと言ったらっ......!」
「あ~あ、
「はぁ~......撤収よ、撤収」
言い争っている時に落とした黒い筒、スナイパーライフルらしき物を拾い。来た道を戻っていく。
「いいのかよっ?」
「仕方ないじゃない、放っとおいてもじき起きるわよ」
「そりゃそうだけどさー」
ライフルを持った男子は渋々、彼女の後を追って行った。
彼女たちの姿が見えなくなったのを確認してから、私は赤髪の男子を探すためグラウンドへ降りる。
「なんすか、これ......?」
私は、目を疑った。
グラウンドの一部が、真っ赤に染まっていた。
その中心に先ほどの男子が、うつ伏せで倒れている。その姿に、一瞬で血の気がさーっと引くようなとてもイヤな感じがした。
私は気づくと、彼に駆け寄っていた。
「だ、大丈夫ですかっ?」
声を掛けながら、男子の身体を揺さぶる。
手に、生温くベトっとした感触。恐る恐る手のひらを見ると、私の両手は、グラウンドに出来た赤い水溜まりと同じ真っ赤に染まっていた。
目を閉じて、呼吸を整える。
よし。再び男子に目を戻すと、背中に刺された跡がある事がわかった。そして、絶望的な出血量。呼吸を確認する。彼の息は......既に無かった。
「どうして......」
――こんな事に。
私が思っていた以上に、この世界は物騒なのだろうか。
「大丈夫よ」
「た、
声に振り返ると、
「しばらくすれば気がつくわ。運ぶの手伝ってもらえる?」
「えっ? あ、はい......」
倒れた男子を、二人で保健室まで運びベッドに寝かせる。
「ありがとう」
「いえ。それで、どういう事なんですか......?」
「ん?」
「しばらくすれば気がつくって、脈は無いし、心臓も止まってる。この人はもう、亡くなってるんですよ......?」
「前に話したでしょ? ここは“死後の世界”。だから、誰も死なないし、誰も病まない。だって、もう死んでるんだから」
疑いの視線を向け続ける私に、彼女は「はぁ......」と小さくタメ息を付いた。
「実際に見た方が早いわね」
「何をするんですか?」
「こ、これっ!」
信じられない光景だった。
背中まで貫通していた深い傷が塞がりかけていて、呼吸も戻り、顔の血色も善くなっていた。
「どう?」
「......信じます」
目の前で起こっている普通ではあり得ない出来事に、私は信じるしかなかった。この世界は、普通じゃない。
「じゃあ、寮に帰りましょ」
「あ、はい。けど、いいんですか?」
寝ている男子に視線を向ける。
冷静になって見てみると、結構イケメンっすね。まあ、タイプではないですけど。
「居てもすることは無いから」
「キズは勝手に塞がるし」と言った
「そう言えば、こんな時間にあんなところで何をしていたの?」
「部活の勧誘です。人影が見えたので追っていったら、血塗れで倒れていたのでビックリしました」
私は、嘘をつきました。
学校指定外の制服を着た「ゆりっぺ」と呼ばれていたカチューシャの女子と、彼女を呼んだ男子。あの二人は、何かと戦っている。それはおそらく、グラウンドで血まみれで倒れていた男子を襲ったもの。この「死後の世界」に来て、色々な事を教えてくれた
「あと一人で、五人揃いますから」
「えっ、もう? スゴいわね」
「クラスの子たちが協力してくれたんです。けど、もう当てがなくて手当たり次第っすよ」
「そう......」
まあ何となくですけど。
* * *
翌朝、昨夜の男子の様子を見に保健室に行くと――。
「また......」
血塗れで倒れていました。
ベッドへ運んで、顔に付いた血をタオルで拭き、キズを確かめる。おそらく、今回彼を襲ったのは昨夜とは別のもの。なぜなら、心臓を一突きだった昨夜のキズとは違い、彼の身体には大小合わせて百近い切り傷と打撲痕が残っている。ただ命を奪う事が目的だったのなら無駄が多すぎる。まるで感情の赴くまま怒りをぶつけたような衝動的な行為、と言ったろころでしょうか。
「――って、殺す気かよっ!」
「うわぁっ、驚かさないでくださいっ」
ベッド脇にある椅子に座って考え事をしていると、寝ていた男子が大声を上げて飛び起きた。
「えっ、あっ、お前っ! また殺す気か!?」
「はあ? またって、いったいなんの事っすか?」
「えっ? ああ......悪い。人違いだ」
人違いという事は、刺したのは私に似てる人物なのだろうか。聞いてみますか。
「昨夜、あなたを刺したのは何者ですか?」
「......あんたと同じ制服を着た、女子生徒。だけど、あいつらは“天使”って呼んでいた」
「天使、ですか......」
指定外の制服を着た生徒たちが話していた存在。
ここが本当に「死後の世界」であるなら「天使」なんて者がいても違和感はないですけど。
「俺も聞きたい。ここは、何処なんだ?」
「“死後の世界”......らしいっすよ」
「らしい?」
「あたしも、この世界に来たばかりなんです。ですので、詳しい事はわかりません。ただ、普通じゃないのはわかります。あなたも、その自覚あるっしょ?」
彼は、少し考え込んで答えを出した。
「......ああ、普通じゃないよな。どう見積もっても......」
「そういうことっす。あたしはこれから、この世界の事を詳しく調査するつもりです。あなたは、どうしますか?」
「......わからない」
「まあ、そうでしょうね。では、あたしはこれで」
椅子から腰を上げて、保健室の出入り口に向かって歩みを進める。
「どこへ、行くんだ?」
「授業を受けに行くんですよ」
「えっ? 授業があるのか?」
「そりゃありますよ、普通の学校ですから。ああ、そうだ。これを差し上げます。どうぞー」
スクールバッグから、
「校内の案内図も載ってますんで、散策する時にでも使ってください。誰かに聞くより、自分の目で見た方が納得出来るっしょ?」
「あ、ああ......ありがとう。使わせてもらうよ」
「どういたしまして。それでは、あたしはこれで」
予鈴が鳴った。今居る保健室が入る医局棟は、校舎と寮のちょうど中間地点辺りに位置する。私は急いで保健室を後にして、教室へ向かった。
* * *
そして、昼休み。大食堂でクラスメイトの三人と昼食を食べながら部員勧誘の話し合いをしていると、今朝の話になった。
「今朝、遅かったね。寝坊?」
「いえ、保健室に寄っていたので遅くなりました」
「えっ? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ。用事で行っただけで、特にケガをしたわけではないので」
「そっか~......よかった」
三人とも安堵の
この世界が本当に「死後の世界」なのだとしたら、みんなも同じ様に亡くなって、ここに来たんですよね。自分のワガママに付き合わせていいのかと罪悪感を抱いてしまう。
「ごちそうさまでした。ではあたしは、部活の勧誘へ行ってきます」
「うん、私たちも聞いてみるね」
「ありがとうございます。あっ、そうだ、
少し席を離れたところで、隣に座っていた
「なーに? あれ?」
振り向いた彼女は、不思議そうに辺りを見回した。
「どうしたの?」
「
「うん?
「えっ? あれ、ホントだ」
一度二人の方を向いていた
「今朝は、予習出来なかったのでまとめておきました」
「あっ、うん。ありがとー」
食堂を出て教室に向かう。
――よし、実験成功っと。正直、これは嬉しい誤算。かなり大きな収穫。今後、必ず役に立ちます。
「ん?」
振り返る。他の生徒が私と同じ様に廊下を歩いている。気のせいでしょうか。何となく視線を感じたような気がしたけど、それらしき人は見当たらなかった。
* * *
放課後。私は一人、校舎の屋上に来ていた。
「はぁ~......」
大きなタメ息が出る。
あれから、クラスメイトにあったのだが全滅。結局、あと一人がどうしても見つからない。落下防止用のフェンスにもたれ掛かりながらグラウンドへ目を向けると、多くの運動部に所属している生徒が汗を流していた。その姿を見ているとふと、ある疑問が頭に浮かんだ。
「ここの運動部って、どこと試合するんすかね?」
そんな事を思いながら眺めていると、後ろから声を掛けられた。振り返る。
「よう」
「うん? あっ、あなたは......!」
そこには、どこか見覚えのある気がする男子生徒が立っていた。