Angel Beats! ~First Love~   作:ナナシの新人

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Episode32 ~存在~

「ゆりさんっ!?」

 

 オールドギルドに入ると、ゆりさんの身体が全身、黒い(カゲ)に覆われいた。既に身体の1/3近くが、地面に飲み込まれている。すぐに駆け寄って、彼女の身体を抱き、持ち上げようと力を込めた。

 

「くぅ~っ、あ、あがらないーっ!」

 

 彼女の身体は、まるで鉛のように重く、思い切り力を入れてもびくともしない。むしろ、少しずつ確実に引きずり込まれていく。どうすればいいか思考を巡らせていると、ドンッ! と近くで大きな音がした。音のした方を見ると、先へ進むためのはしごの近くで砂煙が舞っていた。

 ――(カゲ)っ? こんな時に!? 

 気を取られた瞬間、ゆりさんの身体が一気に沈んだ。

 

「んぅーん! 神を倒すんっしょっ? こんなところで終わっていいんすかっ!?」

 

 神という言葉に、ぴくっと反応した。

 ――行ける! そう思った時、私の肩に何かが触れた。ゆっくりと振り返る。

 

「......か、(かなで)さん?」

「ゆりは?」

「ゆりっぺっ? どうなってんだよっ? 音無(おとなし)、手伝え!」

「ああ、(かなで)! 直井(なおい)!」

 

 正体は、(かなで)さんたちだった。

 想わぬ援軍と共に、ゆりさんの引き上げに取りかかる。

 

「ゆりっぺぇーっ!」

「ゆり! 戻ってこいっ!」

 

 ズズッと、少し身体が持ち上がった。

 虚ろだった瞳にも、光が戻りかけている。あと一息。

 

奈緒(なお)、ゆりのほっぺ叩いて」

「えっ? は、はい、わかりましたっ!」

 

 少し距離を取って、思い切り右手を振り抜く。

 ――パァン! と、気持ちのいい乾いた音がオールドギルド中に響き渡った。

 

「うわぁ......すげぇー痛そうな音だ......」

「食らいたくねぇ......」

「あっ、音無(おとなし)さんっ!?」

 

 ビンタで、(カゲ)が少し飛散し飲み込む力が弱まった。

 

「よしっ! 今だ、引けーっ!」

 

 音無(おとなし)さんの声を合図に思い切り引き上げる。

 ゆりさんの身体は抵抗なく持ち上がり、全身を覆っていた黒い(カゲ)も飛散して消え去った。

 

「ん......」

 

 ゆりさんが気がついた。そっと、壁に寄りかからせる。

 

「大丈夫ですか?」

「......奈緒(なお)ちゃん? ......ほっぺが、すごい痛い」

 

 真っ赤に染まった左の頬に手を添えて痛そうに擦った。思い切り叩きすぎたかも。乱れている、ゆりさんの服を直しながら心の中で謝っておく。

 

「ゆり、大丈夫か?」

「どうにか、間に合ったみたいだな」

音無(おとなし)くん、日向(ひなた)くんも?」

「僕も居るんだが......?」

 

 二人の後ろで、直井(なおい)さんが呟く。

 

「戻って来れたんだ......。でも、どうして?」

「ゆりの感情が爆発してるって。(かなで)が、ここまで連れて来てくれたんだ」

(かなで)ちゃんが?」

「うん」

 

 (かなで)さんは、音無(おとなし)さんの後ろからひょいっと顔を出した。

 

(かなで)ちゃん......。地上は?」

「安心していい。ギルドから上がって来たみんなが奮闘してる」

「今まで地下に居た分、鬱憤が溜まってみてーでよ。チャーの指揮の元、(カゲ)を相手にハイテンションで銃をぶっぱなして、戦争(ドンパチ)を楽しんでんぜ。相当な戦力だ、元はミリオタってのも相まってなぁ」

「そう。それで、あたしを助けに来たの?」

「いや、一緒に戦いに来たんだよ」

 

 音無(おとなし)さんの言葉を聞いて、ゆりさんは小さく笑った。

 

「同じじゃない。バカね」

「まぁ、そうだけどよ。ゆりっぺは、心配だからな~」

「何よ、それ......」

「ゆりさん、下は自分で直してください」

「へっ? うっわぁーっ!?」

 

 私たちに背中を向けたゆりさんは、乱れたスカートとソックスを慌てて直して立ち上がった。

 

「さあ、行くわよっ!」

 

 頬を赤く染めて、銃を担いで先に進もうとしたゆりさんを呼び止める。

 

「ちょっと待ってください。補給をしていきましょう」

「......そうね。そうしましょ」

 

 置いてきたバッグから抜いておいた最後の弾薬を補充し、はしごを上って、オールドギルドの更に先の奥へと進む。

 

「そう言えば、どうやって来たんすか? こっちから戻って来たみたいですけど」

「ああ~、橋の下の出入口からだ」

「えっ? あそこ、チャーさんが爆破したはずでは?」

「元天使ちゃんが、馬鹿力で塞いでた岩を吹き飛ばしたんだよ」

「馬鹿力って......」

 

 (かなで)さんは、日向さんに向かって小さく非難めいた声で呟いた。でも、何となくその光景が想像できてしまうのが恐ろしいところ。

 

「んで、はしごを無視して飛び降りた」

「あんな高い所から? よく生きてますね」

(かなで)の羽のお陰だよ。俺たちを担いで飛んで、着地点で羽ばたいて、衝撃を和らげてくれたんだ」

「まあ、そういうことだな」

 

 羽は飾りと聞いていましたけど、そんな使い方があったんですね。

 

「お喋りはそこまでよ。見なさい」

 

 ゆりさんが、指を差した方を見る。

 今までにない程の(カゲ)が、通路を多い尽くしていた。

 

「なあ、なんかあそこを守ってる気がしないか?」

「まあ~、奇遇ね。あたしもそう思うわ」

「けど、あんなの絨毯爆撃でもしないことには......」

「じゃあ、行ってくるわ」

 

 ゆっくりと立ち上がった(かなで)さんが、(カゲ)の中へ飛び込んだ。そして、彼女が飲み込まれてた刹那――(カゲ)が全てが消し飛んだ。

 

「アレの戦闘力は、爆撃機クラスかっ!?」

「行くわよっ!」

 

 (かなで)さんと合流する。更に奥から、(カゲ)の大群がこちらに向かって押し寄せて来た。

 

「ここは任せろ! ゆりたちは行け!」

 

 音無(おとなし)さんは申し出を受け、私とゆりさんは先へと進んだ。

 

「どうやら、あそこが本丸みたいですね」

「ええ。これが最後の一発、これで一掃する......!」

 

 チャーさんから託されたショットガンを、人工的な扉を守る(カゲ)を目標に狙撃。一瞬で数体の(カゲ)が消し飛び、残党をハンドガンで仕留めて、ドアの前までやって来た。

 ドアの上には「第二コンピューター室」と、これ見よがしにプレートが掲げられていた。

 

「......バカにしてるわね」

「罠っすかね?」

「さあ~? けど、今度こそ――」

 

 ゆりさんはドアノブには手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。

 

 

         * * *

 

 

 室内は、無数のパソコンが無造作に設置されていた。

 立ち上げられて全てのパソコンのディスプレイには「Angel(エンジェル) Prayer(プレイヤー)」のソフトウェアが起動されている。更に、グラウンドで見た一般生徒(NPC)(カゲ)に変異した時の録画映像が再生されていた。

 やはり、あれは「Angel(エンジェル) Prayer(プレイヤー)」でプログラミングされた現象。(かなで)さんの「guard(ガード) skill(スキル)」と同じ方法。犯人は人か、或いは......。

 

「よく、辿り着けましたね」

 

 突然の声。

 声の主は、第二コンピュータールームの一番奥で足を組んで座る男子生徒。

 

「バカにしてるの? 表に、これ見よがしにプレートを貼ってあったじゃない」

 

 男子生徒は、微笑んで言った。

 

「ここは、学校ですからね」

「可笑しな価値観をお持ちのようね」

「いやいや、それがルールなんですよ」

「この世界の......神の?」

「神ですか。存在するか否か、実に深淵なテーマです。興味深い」

 

 一度閉じた目を開き、ゆりさんを見据える。

 

「――が。それを追求する術を、僕は持ち合わせていません。ただ、決まりごとに従うまでです」

「あなたも、プログラミングに従って動いているのね」

「御明察」

 

 やはり、といいますか。男子生徒は私たちとは違う、人ではなく、用意された一般生徒(NPC)

 彼が言うには「Angel(エンジェル) Prayer(プレイヤー)」は、この世界のマテリアルに介入、改変することが出来るソフトウェア。

 そして、彼の正体は「Angel(エンジェル) Prayer(プレイヤー)」の開発者によって、プログラミングされた男子生徒(NPC)。この男子(NPC)は、世界に異変が起きた時に行動するようにプログラムされていた。

 

 プログラムの内容は、(カゲ)による世界のリセット。

 

 原因は、この世界に「愛情」が芽生えてしまったから。馬鹿らしい理由に思うかも知れませんが、実は重要。死後の世界で愛が芽生え、成就したら、すぐに卒業してしまう。ですが、もし仮に居続けることが出来たのなら、ここは永遠の楽園になってしまうため。

 

「それは、決してあってはならないことなのです。なぜならここは、卒業して行くべき場所だからです」

「そう考えた人がいたんすね。それが“Angel(エンジェル) Prayer(プレイヤー)”の製作者」

「その通りです。ただ、生前誰かのために生き、報われた人生を送った者が記憶喪失で迷い込んで来ることが稀にあるんです。その時に、今回の様なバグが発生するんです」

 

 記憶喪失で、報われた人生を送った人――まさか......だとしたら、お節介を焼いた私にも責任の一端がありますね。

 男子生徒(NPC)は話を続けた。開発者こそが、そのバグだったと。開発者は、この世界で少女と恋をし、愛を知った。

 しかし、想いが成就した少女は卒業してしまい、開発者はこの世界に取り残されてしまった。彼は待ち続けた、彼女と再会出来る日を夢見て。例えそれが、天文学的数字の確率だと知っていても。

 でも、その時間は余りに長く、正気を保っては要られなかった。そこで彼は、自分自身を一般生徒(NPC)化するプログラムを組み。そして、同じ事態(バグ)が起きた場合に備えて世界にルールを適応させた。

 真実を知ったゆりさんは、開発者に同情するような声で言った。

 

「その人は、いつか報われる日がくるのかしら?」

「さあ?」

 

 興味があるのか無関心なのか、どちらともとれる返事を返す。

 

「もう、何が正しいのか分からなくなったわ......」

「僕も、何が正しいかは解りません。ただ、ここまで辿り着いたあなたたちならば、その答えが導き出せるのかも知れません」

「どういう意味っすか?」

「意思次第では世界を改変できる、ということです」

 

 このプログラムをリセットし、元の平和な世界に戻すことができるという訳か。今もなお、作動しつづけるこのパソコンをシャットダウンすれば、(カゲ)に怯えることなく、卒業の日を迎えることが出来る。

 

「改変して、どうすんのよ?」

「彼が選ばなかった道も選べます」

「それは――あたしが神にでもなれる、というの?」

「言い換えれば」

 

 神になれると聞いて突然、ゆりさんが笑い出した。けど、すぐに俯いて息を吐いた。

 

奈緒(なお)ちゃん、外に出てなさい」

 

 部屋中のパソコンのディスプレイに映し出されていた灰色のハートマークが、ピンク色に変わった。

 

「おや? 愛を感じ取りました。ここまで大きいのは初めてです。恐ろしい早さで拡大を......」

 

 ゆりさんは、銃を男子生徒に向けた。

 

「なんですか?」

「あたしがここまで来たのは、みんなを守るためなんだからっ」

「ああ~、発生源はあなたでしたか。で、なにをしようと言う気ですか?」

「マシーンを全てシャットダウンしなさい、今すぐ......!」

「いいんですか? ちゃんと考えたんですか? まだまだ時間はありますよ? それこそ永遠に――」

「あのね......教えてあげる。人はね、たったの十分だって我慢してくれないモノなのよっ!」

 

 ゆりさんが引き金に指を掛けた。その時―― 男子生徒(NPC)は、ふぅ......と小さく息を吐いた。そして、今まで澄まし顔から真剣な表情に変わった。

 

「そうですか。残念ですが、僕にシャットダウンをすることは出来ません。その様に、プログラムされていませんから」

 

 返答を聞いてゆりさんは、顔を強ばらせる。

 

奈緒(なお)ちゃん、巻き添えになるわ。早く出て行きなさいっ!」

 

 踵を返して、ドアへ向かう。

 

「では、最後に一つだけ伝えて起きたいことがあります」

 

 足を止めて、振り返る。

 

「なに? 命乞い?」

「いえ、違います。開発者のプログラムは完璧ではありませんでした。とある欠陥が存在していたんです」

「欠陥? それは、なに?」

(カゲ)は、この世界に来た人間を一般生徒(NPC)化するプログラム。ですが、ただ一人だけ攻撃対象外の人が存在したんです。(カゲ)を通した映像を見ていて、気がつきました。それは、あなたです」

 

 男子生徒(NPC)は、私を指差した。

 

「先ほど言った通り、本来僕には、追求心や探求心などという感情は持ち合わせていません。ですが、あなたのことがどうしても気になった。作られた一般生徒(NPC)である僕には、あり得ないことですが。考えている間に、ある答えを導き出しました」

 

 プログラムされた一般生徒(NPC)だとしても、彼の考えが気になって頭を離れなかった。TK(ティーケー)さんに助けられた時も、オールドギルドへ向かっていた時も、「不可視(ふかし)」を使っていたとはいえ、他の(カゲ)は攻撃仕掛けるそぶりを見せなかったから。

 ずっと感じていた違和感は、それだったんだ。

 私は、彼の考えを聞いた。この世界を熟知している、(NPC)の意見を――。

 

「それは、なんですか?」

「あなたは、開発者以上にイレギュラーな存在――」

「所詮、NPCの戯れ言よ! まともに相手しちゃダメッ!」

 

 ゆりさんは扉を開けて、私を強引に外に押し出し、銃を男子生徒(NPC)に向けて撃った。

 銃声が鳴る僅か前、確かに彼の聞こえた。

 

 私は――この死後の世界に、決して存在してはならない人間......と。

 

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