Angel Beats! ~First Love~ 作:ナナシの新人
「ゆりさんっ!?」
オールドギルドに入ると、ゆりさんの身体が全身、黒い
「くぅ~っ、あ、あがらないーっ!」
彼女の身体は、まるで鉛のように重く、思い切り力を入れてもびくともしない。むしろ、少しずつ確実に引きずり込まれていく。どうすればいいか思考を巡らせていると、ドンッ! と近くで大きな音がした。音のした方を見ると、先へ進むためのはしごの近くで砂煙が舞っていた。
――
気を取られた瞬間、ゆりさんの身体が一気に沈んだ。
「んぅーん! 神を倒すんっしょっ? こんなところで終わっていいんすかっ!?」
神という言葉に、ぴくっと反応した。
――行ける! そう思った時、私の肩に何かが触れた。ゆっくりと振り返る。
「......か、
「ゆりは?」
「ゆりっぺっ? どうなってんだよっ?
「ああ、
正体は、
想わぬ援軍と共に、ゆりさんの引き上げに取りかかる。
「ゆりっぺぇーっ!」
「ゆり! 戻ってこいっ!」
ズズッと、少し身体が持ち上がった。
虚ろだった瞳にも、光が戻りかけている。あと一息。
「
「えっ? は、はい、わかりましたっ!」
少し距離を取って、思い切り右手を振り抜く。
――パァン! と、気持ちのいい乾いた音がオールドギルド中に響き渡った。
「うわぁ......すげぇー痛そうな音だ......」
「食らいたくねぇ......」
「あっ、
ビンタで、
「よしっ! 今だ、引けーっ!」
ゆりさんの身体は抵抗なく持ち上がり、全身を覆っていた黒い
「ん......」
ゆりさんが気がついた。そっと、壁に寄りかからせる。
「大丈夫ですか?」
「......
真っ赤に染まった左の頬に手を添えて痛そうに擦った。思い切り叩きすぎたかも。乱れている、ゆりさんの服を直しながら心の中で謝っておく。
「ゆり、大丈夫か?」
「どうにか、間に合ったみたいだな」
「
「僕も居るんだが......?」
二人の後ろで、
「戻って来れたんだ......。でも、どうして?」
「ゆりの感情が爆発してるって。
「
「うん」
「
「安心していい。ギルドから上がって来たみんなが奮闘してる」
「今まで地下に居た分、鬱憤が溜まってみてーでよ。チャーの指揮の元、
「そう。それで、あたしを助けに来たの?」
「いや、一緒に戦いに来たんだよ」
「同じじゃない。バカね」
「まぁ、そうだけどよ。ゆりっぺは、心配だからな~」
「何よ、それ......」
「ゆりさん、下は自分で直してください」
「へっ? うっわぁーっ!?」
私たちに背中を向けたゆりさんは、乱れたスカートとソックスを慌てて直して立ち上がった。
「さあ、行くわよっ!」
頬を赤く染めて、銃を担いで先に進もうとしたゆりさんを呼び止める。
「ちょっと待ってください。補給をしていきましょう」
「......そうね。そうしましょ」
置いてきたバッグから抜いておいた最後の弾薬を補充し、はしごを上って、オールドギルドの更に先の奥へと進む。
「そう言えば、どうやって来たんすか? こっちから戻って来たみたいですけど」
「ああ~、橋の下の出入口からだ」
「えっ? あそこ、チャーさんが爆破したはずでは?」
「元天使ちゃんが、馬鹿力で塞いでた岩を吹き飛ばしたんだよ」
「馬鹿力って......」
「んで、はしごを無視して飛び降りた」
「あんな高い所から? よく生きてますね」
「
「まあ、そういうことだな」
羽は飾りと聞いていましたけど、そんな使い方があったんですね。
「お喋りはそこまでよ。見なさい」
ゆりさんが、指を差した方を見る。
今までにない程の
「なあ、なんかあそこを守ってる気がしないか?」
「まあ~、奇遇ね。あたしもそう思うわ」
「けど、あんなの絨毯爆撃でもしないことには......」
「じゃあ、行ってくるわ」
ゆっくりと立ち上がった
「アレの戦闘力は、爆撃機クラスかっ!?」
「行くわよっ!」
「ここは任せろ! ゆりたちは行け!」
「どうやら、あそこが本丸みたいですね」
「ええ。これが最後の一発、これで一掃する......!」
チャーさんから託されたショットガンを、人工的な扉を守る
ドアの上には「第二コンピューター室」と、これ見よがしにプレートが掲げられていた。
「......バカにしてるわね」
「罠っすかね?」
「さあ~? けど、今度こそ――」
ゆりさんはドアノブには手をかけ、ゆっくりと扉を開いた。
* * *
室内は、無数のパソコンが無造作に設置されていた。
立ち上げられて全てのパソコンのディスプレイには「
やはり、あれは「
「よく、辿り着けましたね」
突然の声。
声の主は、第二コンピュータールームの一番奥で足を組んで座る男子生徒。
「バカにしてるの? 表に、これ見よがしにプレートを貼ってあったじゃない」
男子生徒は、微笑んで言った。
「ここは、学校ですからね」
「可笑しな価値観をお持ちのようね」
「いやいや、それがルールなんですよ」
「この世界の......神の?」
「神ですか。存在するか否か、実に深淵なテーマです。興味深い」
一度閉じた目を開き、ゆりさんを見据える。
「――が。それを追求する術を、僕は持ち合わせていません。ただ、決まりごとに従うまでです」
「あなたも、プログラミングに従って動いているのね」
「御明察」
やはり、といいますか。男子生徒は私たちとは違う、人ではなく、用意された
彼が言うには「
そして、彼の正体は「
プログラムの内容は、
原因は、この世界に「愛情」が芽生えてしまったから。馬鹿らしい理由に思うかも知れませんが、実は重要。死後の世界で愛が芽生え、成就したら、すぐに卒業してしまう。ですが、もし仮に居続けることが出来たのなら、ここは永遠の楽園になってしまうため。
「それは、決してあってはならないことなのです。なぜならここは、卒業して行くべき場所だからです」
「そう考えた人がいたんすね。それが“
「その通りです。ただ、生前誰かのために生き、報われた人生を送った者が記憶喪失で迷い込んで来ることが稀にあるんです。その時に、今回の様なバグが発生するんです」
記憶喪失で、報われた人生を送った人――まさか......だとしたら、お節介を焼いた私にも責任の一端がありますね。
しかし、想いが成就した少女は卒業してしまい、開発者はこの世界に取り残されてしまった。彼は待ち続けた、彼女と再会出来る日を夢見て。例えそれが、天文学的数字の確率だと知っていても。
でも、その時間は余りに長く、正気を保っては要られなかった。そこで彼は、自分自身を
真実を知ったゆりさんは、開発者に同情するような声で言った。
「その人は、いつか報われる日がくるのかしら?」
「さあ?」
興味があるのか無関心なのか、どちらともとれる返事を返す。
「もう、何が正しいのか分からなくなったわ......」
「僕も、何が正しいかは解りません。ただ、ここまで辿り着いたあなたたちならば、その答えが導き出せるのかも知れません」
「どういう意味っすか?」
「意思次第では世界を改変できる、ということです」
このプログラムをリセットし、元の平和な世界に戻すことができるという訳か。今もなお、作動しつづけるこのパソコンをシャットダウンすれば、
「改変して、どうすんのよ?」
「彼が選ばなかった道も選べます」
「それは――あたしが神にでもなれる、というの?」
「言い換えれば」
神になれると聞いて突然、ゆりさんが笑い出した。けど、すぐに俯いて息を吐いた。
「
部屋中のパソコンのディスプレイに映し出されていた灰色のハートマークが、ピンク色に変わった。
「おや? 愛を感じ取りました。ここまで大きいのは初めてです。恐ろしい早さで拡大を......」
ゆりさんは、銃を男子生徒に向けた。
「なんですか?」
「あたしがここまで来たのは、みんなを守るためなんだからっ」
「ああ~、発生源はあなたでしたか。で、なにをしようと言う気ですか?」
「マシーンを全てシャットダウンしなさい、今すぐ......!」
「いいんですか? ちゃんと考えたんですか? まだまだ時間はありますよ? それこそ永遠に――」
「あのね......教えてあげる。人はね、たったの十分だって我慢してくれないモノなのよっ!」
ゆりさんが引き金に指を掛けた。その時――
「そうですか。残念ですが、僕にシャットダウンをすることは出来ません。その様に、プログラムされていませんから」
返答を聞いてゆりさんは、顔を強ばらせる。
「
踵を返して、ドアへ向かう。
「では、最後に一つだけ伝えて起きたいことがあります」
足を止めて、振り返る。
「なに? 命乞い?」
「いえ、違います。開発者のプログラムは完璧ではありませんでした。とある欠陥が存在していたんです」
「欠陥? それは、なに?」
「
「先ほど言った通り、本来僕には、追求心や探求心などという感情は持ち合わせていません。ですが、あなたのことがどうしても気になった。作られた
プログラムされた
ずっと感じていた違和感は、それだったんだ。
私は、彼の考えを聞いた。この世界を熟知している、
「それは、なんですか?」
「あなたは、開発者以上にイレギュラーな存在――」
「所詮、NPCの戯れ言よ! まともに相手しちゃダメッ!」
ゆりさんは扉を開けて、私を強引に外に押し出し、銃を
銃声が鳴る僅か前、確かに彼の聞こえた。
私は――この死後の世界に、決して存在してはならない人間......と。