カチリカチリと針はカウントを刻む。
久々にも関わらず、ヒーローなのにヒールでヴィランな彼が登場。
という訳で、どうぞ・・・・・
刃と刃が打ち合わされる戦場へと変貌してしまった中央ホールに『
彼の手に握られているのは、自信の身の丈を優に超える大剣と見間違う程の
その煌めく白銀の刃からは、山吹色の熱波が揺らめいていた。
膨大な魔力を含んだ斬撃が幾度となく叩きつけ、斬壊していく中央ホールに『
彼女の手に握られているのは、風によって隠匿された
その暴風を纏った透明の刃からは、微かに黄金の粒子が零れ落ちていた。
「ハァァアアア!!」
ザシュバッン!
セイバーの聖剣がアキトの左肩から右脇腹をバターのように抉り斬る。
剣身は彼の肋骨を寸断し、剣先は臓腑を切り裂いた。
「・・・WRYyy♪」
「!?」
だが・・・致命的外傷を受けたのにも関わらず、彼は口元を何とも楽しそうに三日月に歪めた。
「『
ガチィイッ!
「ッ!」
斬裂され噴き出した血液が猟犬の形となり、セイバーの腕へと牙を突き立てる。
腕を覆っている手甲のおかげで牙が彼女の柔肌を傷つける事はなかったが、齧り付いたまま暴れまわる為に体勢がぐらついた。
「KUAAAAAッ!」
バキィイッ!
「ぐァあフッ!!」
そんな一瞬の隙を見逃さず、アキトは怪力無双の拳打を脇腹に叩き込んだ。
重く鋭い一撃にセイバーはそのまま殴り飛ばされ、ガシャァアーン!!と座席群に衝突した。
「カカカカカッ! 軽いッ、実に軽いぞセイバー! テメェのウェイトもさることながら、その剣戟さえも軽い軽い! カハハハハハッ!!」
ドバシュッッン!
ゲラゲラと煽り立てて笑うアキトに粉塵の先から、魔力を固めた鋭い暴風が襲い掛かる。
暴風は彼を確実に捉えると頭をむしり取る。
葡萄の様にむしり取られた頭はボデッとホールの床に落ち、腐った果実の様に
「ハァ・・・ハァッ・・・ハァ・・・!」
粉塵の中から顔を出すセイバー。
纏った白銀の鎧は拳を打ち込まれた事で大きくへこみひび割れていた。
「うぐ・・・うぅッ・・・!」
胃液が逆流し、吐き気が込み上げて来る。
あまりの苦しさにセイバーは顔を俯かせた・・・其の時ッ!
ズオンッ
「なッッ!!?」
ドゴォオッン!!
頭のないアキトの身体がセイバーに襲い掛かって来たのである。
「ッく!!」
ズザァアッ
首無し狂戦士の攻撃を紙一重で躱したセイバーは、最悪な吐き気と困惑の中で再び聖剣を構えなおす。
「・・・」
そんなセイバーを余所に首無しは飛んで行った首まで後ろ飛びで跳躍すると、頭を拾い上げて切断された首の断面にはめた。
「なッ・・・なんだと・・・!!?」
すると・・・あら不思議!
切断された首と頭がギチギチと奇怪な音を発てて繋がったのである。まるで映像の早戻しのように元通りだ。
そして、何事もなかったかのようにコキリッと首を回した。
「―――・・・Aaー・・・あー? 良し、声帯も繋がった」
「な・・・なんだ・・・何なんだ貴様はッ?!!」
あっけらかんとするアキトに対し、セイバーは動揺し困惑した。
其れもそうだ。首をはねたと思ったら、その首を自らで拾って繋げたのだから。
誰だって驚く。誰だって動揺する。誰だって・・・・・
「・・・どうした?
「!」
だが、彼の言うようにセイバーは震えてはいない。所詮は世迷い言である。
ただ先程のリバーブローが今になって効きはじめたのか、ゆらりと身体が傾いた。
「なにを戯言をッ!!」
ダンッ
激昂したセイバーは聖剣を振り絞り、距離を詰める。
あの三日月に歪んだ表情を消し去る為にセイバーは駆け抜けて行った。
「セヤァアアアッ!!」
「無駄無駄ァッ!!」
幾度となく急所に向かって振るわれる聖剣を紙一重で躱すアキト。
其の表情はドンドン歪んで行き、最後には耳まで裂ける程に口を三日月に歪めた。
「どうしたどうした、どうしたってんだアルトリア・ペンドラゴン?! テメェの剣捌きはこんなもんだったのかッ? 此れじゃあ、『救国』なんて願いは夢のまた夢だなぁッ!!」
ゾゾォンッ
彼がまるでオーケストラの一流指揮者の様に指を振れば、其処ら中満遍なく飛び散った血液の一滴一滴が宙に浮かび、その一つ一つが『杭』の形に変貌した。
「俺の驕りの大盤振る舞いだッ、遠慮なく喰らいな!!」
ズザザザザザザッ!!
「ッ!!」
その幾千の杭の群れを一斉にセイバーへと差し向ければ、赤く染まった豪雨が降り注ぐ。さながら其れは、アーチャーの宝具『
ガキガキカキキキィイイッン!
「くぅッ・・・!」
セイバーは其の攻撃を自らの得物一つで斬りはらう。
だがしかし、流石の名高き騎士王とて絶え間なく降り注ぐ杭の雨を完璧にはらう事は出来ない。斬り溢した鋭角が彼女の柔肌を裂き、肉を貫いた。
「はぁ・・・ハァッ・・・ぐゥッ・・・!!」
ようやく杭の雨が止むと、其処にはふらつきながらも風の剣を構える騎士が一人。
白き艶やかな肌から鮮血が流れ、青の戦装束は紫色に変色していた。
「HAa~・・・なんと・・・なんとなんとなんと、なんと美味そうな血潮だ!! 今のテメェは極上の美酒が入ったボトル・・・栓を抜けば、どんな味が楽しめるだろうかッ!! カハハハハハッ!!!」
「バアァ・・・サァア・・・カァアアッ・・・!!」
セイバーは忌々しくアキトを強く睨み貫く。
何故なら、先程の物量に言わせた攻撃は全て
目の前の人物は戦いを・・・いや、『虐殺』を楽しんでいた。相手をただ嬲り殺しにする事を悦にしていたのだ。
「カッハッハッハッ!・・・・・あぁ、そう言えば・・・そう言えばそう云えばそう謂えば・・・」
ひとしきりに腹を抱え込むようにゲラゲラ笑ったかと思うと、突然何かを思い出したか真顔になるアキト。
その血潮にのように赤く染まった瞳孔は開きに開いていた。
「お前の願い・・・聖杯に祈る願望・・・『故郷の救済』、『ブリテンの滅びの運命を変える』だったけか?・・・クククッ・・・カカカッ・・・!」
「なにが・・・可笑しい・・・ッ?!」
哄笑がホールに木魂する。
尊厳など踏みにじるかのように何の遠慮もない笑いが響く。
「あの宴席での事を思い出すと、愉快で愉快で堪らなくなる! アーチャーの、あの金ぴかが言ったようにセイバー・・・お前は『極上の道化』だ!!」
「・・・・・黙れッ・・・!」
「いいや、黙らぬさ! そして、お前はこうも言っていた。『王として国を治めるのなら人の生き方など、望めない』と・・・ならば、何故に悔いる必要がある? 国を動かすシステムに成り果てたと言うならば、その魂は国ごと滅び去っている筈だ。消え去っている筈だ。・・・だが・・・お前はここにいる、ここに立っている、俺の前に立っている! 結局のところ、お前は大義名分を傘に泣き喚く一介の小娘風情に過ぎないじゃあないかッ!!」
「黙れと言っているッ!!」
ズゾォオオオオオッッン!!
捲し立てるアキトにセイバーは膨大な風の魔力を籠めた刃『
煌めく透明の刀身から放たれた暴風は辺りの瓦礫を撒き込みながら、一直線に突き進む。その威力たるや、今までの一刀一撃を優に超えるものであった。
「無駄無駄ぁ・・・無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァアアッ!!」
ドパァアア―――ッアアアン!!
「―――――ッッ!!?」
だが、そんな一撃をアキトは自らの突撃槍で飛んでいる蠅を叩くように屠った。山吹色の熱波を纏わぬ唯の斬撃で打ち払ったのだ。
「・・・・・例え・・・お前がその願いを叶えた所でどうなる? また同じだ・・・また同じ繰り返しの糞ッタレだ」
コツ・・・コツ・・・コツ・・・
「・・・ッ・・・」
「再び、お前はその剣を血で濡らすだろう。屍の山を天高く積み上げるだろう。貴様を見限った臣下はこう言う・・・『王に人の心はわからぬ』と」
コツ・・・コツ・・・コツ・・・
「・・・・・めろっ・・・」
「最も信頼を置いていた騎士は貴様を裏切り・・・貴様は自らの手で自分の子を殺めるだろう。そして、再び貴様の国は滅びる・・・あのカムランの丘で、又しても慟哭を喘ぐ!!」
コツ・・・コツ・・・コツンッ
「・・・やめろ・・・やめてくれッ!!」
距離を詰めながら、諭す様に語る彼の言葉にセイバーはあの場景を思い出す。あの情景を再び瞳に映し出す。
焦土とかし、血に染まった大地を見た・・・あの時を。
「わ・・・私は・・・・・私は・・・ッ!」
「・・・・・」
前へ突き出していた聖剣の切先はいつの間にやら地にひれ伏し、首を垂れて膝をついていた。
そんな彼女にアキトは手を差し伸べる。
「・・・もう・・・気に病む必要はないんだよ、アルトリア。君は君の人生を歩めばいいんだ。自らの道を選び、愛する人と出会い、子を産み育めばいい。君には年相応の普通の人生を歩む権利があるんだ。自由があるんだ。・・・さぁ、私と友達になろう・・・君に『永遠の安心感』を与えようではないか」
「・・・ぁ・・・」
セイバーは聖剣の柄から手を離し、ゆっくりと差し伸べられた手に自らの手を伸ばしていく。紅くギラついて光る眼に吸い込まれるように。
「ッ!!!」
ズバシャァアアッン!!
「GAAAaaッァアアッ!!?」
声が聞こえた。
真っ暗闇の荒野に輝いた松明の様に声が聞こえた。
その声のおかげか、我に返ったセイバーは聖剣を振り上げた。黄金に輝く温かな光を顕現させた『聖剣エクスカリバー』を。
ドグシャァアアッ!!
「がッッハッ! こ・・・これは・・・ッ!!」
斬撃の衝撃で、後方へ吹き飛ばされてしまったアキト。その身体へ斜めに刻まれた斬傷は沸々とこんがり熱せられたチーズの様に焼き爛れていた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ!」
「な、なぜだ・・・なぜだアルトリア・ペンドラゴンんん?!! 貴様にはもう何もない筈だ! お前はマスターにないがしろの傀儡として扱われた筈だ!! テメェにはなんの支えもない筈だ!!!・・・なのに・・・なのにィイイ、なのになのになのになのになのになのにどうして立つ?! 何故、その眼を見せるんだ?!! お前には、もうなにも―――――・・・・・あぁ・・・そうか・・・そうなのかッ・・・」
いや、あった。
古の偉大なる王に自らの在り方を否定されながらも・・・唯一人、彼女を肯定した男がいた。
無謀にも常軌を逸した力を持つ英霊に否を唱え、人間としてのアルトリア・ペンドラゴンを肯定した男がいた。
アキトはその男の面影を彼女の横に見た。セイバーを支える男の朧げな姿を瞳に映した。
「・・・カカカッ・・・カハハハッ・・・素晴らしい、なんと素晴らしい姿だ・・・!! そして・・・なんと皮肉な事か! 自らの足で立つ理由が、脅威に立向う理由が、その脅威たる化物の『主』とはッ・・・全く、罪作りな男だぜ・・・・・雁夜ァア・・・」
ゲホゲホと煙たい血潮を吐き散らしながら立ち上がるアキト。
しかし、その表情は戦傷の痛みで苦悶に歪んだものではなく。嬉しそうな楽しそうな喜びに満ちた笑みを浮かべていた。
「フゥー・・・フゥーッ・・・バーサーカー、お前は言ったな・・・私には『自らの道を選ぶ権利がある』と!」
「おぉん?・・・あぁ、言った。確かに言ったさ」
「なれば・・・なればこそッ、私はこの道を選ぶ! 自らの『理想』に殉じる・・・貴様ら暴君が言った『棘の道』をッ!! 私を信じてくれる者が居る限り、私はこの剣を振う!!」
「素晴らしい! やはり貴様は度し難い程の『人間』だ!! 『諦め』を踏破し、前へと進もうとする『一介の権利人』だッ!」
吸血鬼は喜々とし、嬉々とし、鬼気として笑う。
何故なら、目の前にいるのは正しく自らと戦うに相応しい戦士。自らを殺し得るに相応しい人間が立っているのだから。
騎士王アルトリア・ペンドラゴン!!」
堰を切った様にとんでもなく膨大な魔力が二人を中心に渦巻く。その圧力たるや、立っている床がひび割れ沈む程である。
セイバーの鬨の声に呼応するかのように黄金の眩い煌めきが聖剣を覆う。
そして、自らの最上にして最強の宝具を天高く掲げ―――――
ズバシュゥウウ―――ッッン!!
―――一歩踏み出すと共に聖剣を振り下ろす。
そして・・・強い輝きを放ちながら、散滅即滅の黄金色の焔は一直線に異端異常の狂戦士へと突き進んでいった。
←続く
光の英雄によって放たれた聖剣・・・迎え撃つは闇の英雄。
いや・・・彼は正確には『闇』の英雄ではなく―――――