マヨナカテレビで見た以上の、なんとも不可思議な空間がそこには広がっていた。見渡す景色はまるで見ずの中に沈んだように揺らめいており、あちこちの木立の隙間から細かい気泡が零れては上へと上がって行く。木々の隙間を縫うようにして、まるで魚のような影が泳ぎ回るがそこに実体は見つからない。随所に見られる低木の周りにはガラスで出来たように透明な花が、虹色に煌めいては砕けて風もないのに舞い散っていく。
「なんだか不思議な空間……」
そんな辺りを物珍し気に見渡しながら、りせがそう漏らす。
「なんつーか、今までと違う感じ、だな」
「確かに……」
場の空気に飲まれたような陽介の言葉に千枝が同意する。雪子の時も、完二の時も、そしてりせの時だって、そこは人工的な場所だった。それが今回はどうだろう、千景の作り出したこの場所に人工物の欠片も見当たらない。
「そんなんより、今は菊池先輩を助ける方が先っスよ」
「完二の言う通りだ。シャドウが出るかもしれないし、気を引き締めて行こう」
そんなことと完二は言い切って、周りを奮起させるように発破をかけた。それに同意するように悠は金属バットを構えながら注意を促す。その構えがあまりにも堂に入っていたので、陽介は思わず口を噤んだ。多分つっこんだら負けだ。主に悠の武器の所為でイマイチ決まらないながらも、一同は森の様相をしたダンジョンの中へと踏み込んで行く。そして余りにも静かなその場所を散策しながら、思わずといった風に千枝がぼやいた。
「なんかさ、シャドウに会わないのは楽なんだけど……なんか逆に不気味だよね」
それは紛れもない本心から漏れた言葉だった。最初はシャドウかと警戒した魚の影も、本当にただの『影の魚』だったのである。近付いてみればパッと散るその様は完全に魚の群れであり、身構えていた分若干拍子抜けしたのも事実だ。
「何かココ、シャドウの臭いがしないクマ……」
「うん、クマの言う通り。ここ、シャドウの気配がしないよ……」
「というか、静かだよね、ここ……」
忙しなく鼻をヒクつかせながらクマがキョロキョロと辺りを見渡せば、クマの言葉に同意しながらりせが自分たち以外の気配が殆ど感じられないことを告げた。そんなりせの言葉を受けて、雪子が周辺をぐるっと見回しながら呟く。彼女たちの言葉を受けて悠も耳を澄ませば、この空間の全てが無音である事に気付いた。影の魚も、木立の葉も、時折砕けては散る花も、まるでミュートをかけた映画の一風景のように、ただの無音でそこにあった。今、この空間で耳に入って来るのは捜査隊のメンバーの話し声と、靴音だけである。
「りせ、菊池の気配は分かるか?」
「あ、うん。このまま真っ直ぐ行って」
気付いたけれど気にはせずに悠がりせに尋ねれば、彼女はヒミコの力を借りて辺りの気配を探った。その気配の先を示したその時、このダンジョンに来て初めて、彼らは自分たち以外の『音』を聞いた。
『放っておいて』
静かな森に響いたその『声』は、前に悠が聞いた千景の声のそれだった。
「何それ……」
それを聞いて、思わず声を上げたのは千枝だ。
「関わられるのが迷惑、って事かな……」
少し寂し気に雪子が呟く。それを受けて、悠の胸につかえていた何かがストンと落ちた。千景と接してみて、引っ掛かっていた何かが氷解したような気がした。関わられるのが迷惑だと言うなら、千景のあの態度も頷ける。最初から、千景は悠を拒絶していたのだ。
「なるほど……」
思わず言葉が漏れる程に悠は納得してしまった。関わらないで欲しいが故のあの態度だったのであれば頷ける。だが同時に小さな迷いが生まれた。彼女の望む通り、関わらないで置く方がいいのだろうか。ここで引き返して、そっとして置いてやる方が千景の為になるのではないか?
「……例え自殺志願者だったとしてもだな」
「ここまで来て死なれるのは寝覚めが悪いってんだよ!」
思考に耽っていた悠を引き戻したのは陽介の言葉だった。そして続けられた完二の言葉が悠の抱いた迷いを吹き飛ばす。そうだ、放っておけば彼女はここで朽ちる筈だ。どうするかはここから連れ出した後に考えればそれでいい。
二人の表情はここに入った時より険しいものだったが、やる気は削がれるというよりむしろ煽られているといった様子である。
「そう──そうだよね。ここまで来たんだもん、助けたいよ!」
「そうだクマ! 助けるクマよ!」
りせとクマが素直な気持ちを口に出せば、悠は自分が迷っていた事が馬鹿らしくなっってしまった。自分たちは千景を連れ戻しに来たのだ、自分たちで決めて。悠と同じように揺らいでしまったらしい千枝と雪子が、改めて顔を見合わせて頷いた。その表情に、先ほどまでの迷いはもう見当たらない。
「だよね! 助けてから文句なんていくらでも聞けばいいよね」
「うん。それから、話し合えばいいよ。迷惑とか思われなくなるくらい」
放っておけとと言っている人間にそれもどうなのかと一瞬頭を過ったが、悠はあくまで沈黙を貫く事に決めた。やる気にわざわざ水を挿す事もないだろう。空気を読むという奴だ。
「それなら、行こう」
そう振り絞るように言って、悠は先頭を切って歩き出す。
自分は何か言える程に菊池の事を知らない。ならば、言えるようになる位に、菊池を知ればいいではないか。その為には彼女を連れて帰らなければならない。生きて、帰還させなければ、それすらも出来ないのだから。そう思えば、後は進むだけだった。
「あ、この先に多分、菊池先輩がいると思う」
りせが低木の木立の向こうを示しながらそう言えば、悠は躊躇わずに茂みを押し割って進んだ。壁のような木々を抜ければ開けた場所へと辿り着き、果たしてそこには千景がいたのである。
セーラー服に白いシュシュを身につけた金色の瞳の千景と、その向かいにへたり込むようにして座ったパジャマ姿の千景。金色の瞳の千景の影は着の身着のままといった様相の千景に、目線を合わせるように腰を落として口を開く。
「たった一人で生き残ってしまって……可哀想な僕」
労るように労うように優しく。まるで壊れ物を扱うような仕草で、千景の影は千景の頭をそっと撫でた。慈しみすら感じられる眼差しのくせに、彼女の影の言葉の端々にはまるで嘲るような感情が見え隠れする。
「どうして千尋じゃなくて僕が生き残ってしまったんだろう。僕が代わりに死ねればよかったのにね」
投げつけられた棘のある言葉に、千景は震えるように肩を竦めて俯いた。だがそんな言葉とは裏腹に、影は彼女の事が愛しくて堪らないといった表情でうっそうと笑った。
「周りの人間は好き勝手に囃し立てるだけで、誰も助けてなんてくれないし?」
「…………」
千景を蝕む言葉に、彼女は顔を上げて何かを返そうとした様だった。だがそれは言葉にならないまま、溶けて消える。そんな千景の様子を笑って、彼女の影は一層と言い募る。
「マスコミの連中だってさ……犯人捕まりましたけどって、それが何だって言うんだ。そんなの殺してやりたいくらい憎いに決まってんじゃん。捕まったって言われた所で、殺せないなら意味ないのに。そんな事聞いてどうすんだってーの」
千景の影が千景の頬を両手で包んで、視線を合わせて慰めるように笑う。その視線は愛おしいものを慈しむそれそのもので。
「目も耳も心も塞いで、ようやく静かにいられると思ったのに……こんな所まで追いかけて来るなんてな」
溜め息を吐いて目を伏せて、その言葉の後半は横目で睨めつけた悠たちに向かって吐き捨てられたものだ。そんな気持ちを落ち着けるようにして目を瞑ってから、改めて千景に視線を戻した。それからまた笑って、自分の額を千景のそれと合わせて、目を閉じた。
「構わないで欲しいのに、放っておいて欲しいのに、こんな時ばっかり狙ってやって来る」
聞く事を拒むようにして目を閉じた千景に呼応するように、今度は影の目が開かれる。
「千尋の格好なんてしたって、千尋は生き返りはしないし、僕は千尋になんてなれないのに、馬鹿だね」
──そう哀れむような慈しむような、儚気な笑みを浮かべる影に、千景は目を閉じたまま否定するように首を振った。それ以上は言わないでと、そう懇願するように。
「可哀想な僕──僕はお前だよ。こんな哀れな僕の味方なんて、もう世界中捜したって何処にもいない。お前を本当に理解できるのは、僕だけさ」
そう宣告して、千景の影は彼女を抱き締めた。それはまるで聞き分けのない幼子に言い聞かせるような、厳かで優しい檻だった。その通告を受けて、千景の表情が悲し気に歪む。それから、影の言葉を肯定するように、彼女は目を閉じたまま静かに言葉を紡いだ。
「──そうだね、もう僕しかいないものね。僕の理解者は、きっと君だけなんだろうね」
それはとても寂しい肯定だった。彼女は全てを否定して、そしてそれを受け入れたのだ。千景が縋るように彼女影の背中に手を回した瞬間、ダンジョン世界が反転する。
『我は汝、汝は我』
底から響くような言葉と共に、薄く光が差し込むようだった厳かな世界は、光の届かない仄暗い水底へと変貌を遂げる。そして千景はその場から失われ、代わりに黒い布で目を覆い隠したような姿の千景の影が立って、悠たちの方を静かに見ていた。その立ち姿から、明らかな拒絶の気配が感じられる。
「見てたろ? ここには僕以外はいらないんだ」
低く冷たい、あのテレビのインタビューの時のような声音で、千景の影は悠たちに笑った。
「そんなの、間違ってる……! 叔母さんだって、心配してたのに!」
真っ先に食い付いたのは千枝だ。悠と共に菊池宅へと赴いた際、彼女らを出迎えたのは菊池夫人だった。急にいなくなってしまった千景を、夫人は心から心配していたと千枝は感じていた。そんな夫人の思いを全部否定してしまうような、そんな千景に千枝は腹を立てたのだ。
千枝の声のした方に、千景の影は顔を向ける。顔の前できつく結ばれた結び目が、振り向いた動作でゆらりと揺れた。
「何が間違ってるの。分からなくたって心配する振りくらいはできるでしょ?」
「心配してくれてる人がいるのに、どうしてそんな事言うの!」
戯けたような影の言様に、雪子が思わず声を上げた。人の善意をそんな風に言われるのは我慢ならなかったのだ。雪子の叫びを、彼女の影は鼻で笑う。
「マスコミ呼んだメンドクサイ餓鬼だって、心ん中じゃ迷惑してたかもしんないだろ?」
口ではどうとだって言えるのだと、千景の影は断言した。千枝たちの言葉は、閉ざされた彼女の心には欠片も響いてはいないようだった。それから悠たちに背を向けて、告げる。
「あんたらに危害を加えるつもりはないよ。だからさっさと行ってくれ」
「菊池をどうするつもりだ」
静かに悠が問えば、背を向けたままの千景の影は、顔だけで振り向いて答えた。
「僕は牙だ。もう誰にも僕を傷付けさせない。それだけだ」
「ここに閉じ篭るつもりか」
「言っただろ。ここには僕以外の誰もいらない」
そう言い捨てて、千景の影は歩き出す。
「そんなの間違ってる」
悠の言葉を背に受けながら、千景の影は掻き消えた。
◆◇◆◇◆◇◆
その場からいなくなってしまった千景の影を見送って──否、見送るしか出来なかった一同の反応は、困惑そのものだった。完全に状況の理解が追いついていないのは陽介と完二で、ともすれば頭から煙でも噴くのではないかと思うような苦りきった表情である。
「待て、待ってくれ。これはどう言う状況なんだ……?」
何かまずいようだというのは、悠の険しい顔を見て陽介にも理解は出来た。だがこの現状に理解が追いついていかれない。訳わかんねーよと悲鳴を上げた陽介と、同じように分からない事を押し出した完二が、一人状況を把握しているらしい悠に尋ねてくる。
「俺らの時とは違ったけど、何つーか……暴走してる感じじゃなかったっスよね?」
「あれは、寧ろ影を自分と認めてた……?」
それに考えるようにりせが言う。
「完二の言う通り、チカチャンの影は暴走してた訳じゃないと思うクマ。でもなんでチカチャンの中に戻らなかったのかは分からんクマ」
「てか最後、なんか目隠ししてたけどアレなに?」
しょんぼりしながら言ったクマの横で、訳わかんない! と千枝が頭を掻きながら叫んだ。
「俺も訳が分からない。思いついた端から話して考えをまとめたいんだが、いいか?」
「いいと思う。考えを共有することで、何か新しい発見があるかもしれないし」
巧く考えが纏まらない頭を軽く振りながらそう提案する悠に、雪子が三人寄ればってやつねと頷いた。他のメンバーも特に異論はないのか、イエスの答えと共に悠の言葉を待つ構えのようである。
「最終的に、菊池は自分からこの世界に一人でいる事を選んだように見えた」
「え、でも影も一緒じゃ……あ、そっか。影って自分自身なんだよね……」
「そう。里中の言う通り、今この世界には俺たちを除いたら菊池と、菊池の影しかいないんだろう。だからきっとここには他のシャドウはいないんだ」
悠の一人という言い方に、千枝が思わずと言ったように声を上げた。だが自分で影と声に出して、対面していた自分自身だということを思い出したようである。自分の仮定を肉付けするように、悠は周辺にシャドウの気配がない事を上げた。
「えっと、どう言う意味スか……?」
「あ、そっか。ここを作ったのは菊池さんだから、いわば菊池さんの抑圧された願望みたいなもの……一人で居たいって思った彼女に作られたから、菊池さん以外が存在しない……ってことかな?」
「おいクマ、そんな事できんのかよ」
「知らんクマ。クマが知ってるのは、人が入れられたら新しい場所が出来る事くらいクマ」
既にキャパオーバー的な感じがクエスチョンマークを飛ばす。その横で雪子が思いついた事を述べて行くのだが、途中から自分でも自信がなくなっていった。それに思わず陽介が横にいたクマに尋ねれば、クマは知らないと言い切った。
「雪子の言ったことは俺が考えた事と同じだな。大体出来る場所と、そこを作った人……つまり入れられた人は、何かその人の影に関係のある場所だったと思っている。どうしてそうなるのかとか、本当にそうなのかとかは聞くな、知らん。例を挙げるなら、小西先輩と実家の酒屋、お姫様天城と大きな城、褌完二とサウナ、水着りせとストリップハウスの四つだ。各々の影の傾向と場所の関係は、思い浮かべてくれたら分かりやすいと思う」
指折りで数えながら言う悠が「里中と陽介とクマは例外」と付け加える。今までのこの事件の被害者は、全部で五人いるが、一人目のアナウンサーは全く関わりのなかった相手であるので除外する。
小西先輩は悠はあまり親しくなかったが、話を聞く限りでは実家との折り合いがあまり良くなかった様子である。そう言った意味では因縁の深い場所なのだろう。
テレビの中に入れられた天城の作り出した城は、そこにいたドレスアップした天城の影が語った通り『白馬に連れ出される自分はお姫様』というイメージのいわば姫を閉じ込める世界だったのだろう。もっとも安っぽいラブホのような外観は天城の自宅である旅館という繋がりがあるかもしれないが。
完二が入れられた時に作り出されたサウナは、完二自身が自分が同性愛者なのではないかという悩みが大袈裟に解釈、暴走して出来たものだと悠は考えている。分かりやすく影の完二が褌姿だったのだって、完二自身がそれを思い込んでいたからと、そうも取れるだろう。
りせの時のあのストリップハウスは非常に分かりやすいだろう。アイドルという仮面を被ったりせが、本当の自分を見て欲しいという抑圧された感情がストレートに吐き出されたものだったからだ。
「聞き辛い事を……でも確かに、りせの所なんて分かりやすかったっつーか」
「……やめてよね。でも他のみんなの影も、あたしの時みたいな感じだったなら悠先輩の言う通りなのかな」
「確かに……ある程度の共通点があるって感じだった」
みんなが揃って苦い顔をする中で、それを逃れた千枝と陽介は笑うしか出来ない。黒歴史を抉られなかった事を喜べばいいのか、御愁傷様と労えば良いのか難しい所である。クマはクマでどうしてそんな顔をするのかを分かっていないようで、一人首を傾げていた。
「俺はそうやって関連づけていた。だからこの場所に来て、どう菊池と関係があるんだろうと思った。パッと見た共通点が見当たらなかったからだ。でも菊池が”一人になりたい”場所なら、ここは菊池”一人しか存在しない”んだろうと推測出来る」
「あー……なるほどね。天城ん時は”迎えを待つお姫様”、りせん時は”本当の自分をさらけ出したい”か?」
悠が繰り出す推論に、陽介が過去の例を幾つか上げた。小西先輩と完二は意図的に避けたのは明らかである。りせは見られているが、過去の古傷を突つかれた雪子は憮然とした様子で陽介を睨めつけた。
「でもそれがどう関係するの?」
今の流れがさっぱり分からないと首を傾げるのは千枝だ。言われて場所と人の関係を納得はしたものの、それがこの話の展開とどう関係して行くのか、イマイチ理解出来ていないようだ。もっともそれは多数いるようであるが。
「今までの場所にはシャドウが集まっていた。なら、どうしてこの場所にはシャドウがいないんだ?」
そこに悠の疑問が投じられた。一件無関係に、そして悠が語ったことと矛盾するともとれる質問に、全員が目を点にする。
「そりゃ、さっき相棒が言ったみたいに一人しか存在しないように出来てるからじゃねえの?」
「経験則になるし、クマの方が詳しいと思うんだが……こういう”作られた人の居る場所”にシャドウは集まってくる、ないしは発生するのではないか? 要するに、人が居る場所にシャドウが群れるのが当然って流れなんだが」
「どこで生まれてるのかは分からんけど……確かにセンセイの言う通り、人の気配のする所にシャドウは集まってくる感じはするクマね」
先ほどまでの推論と両立しないように見える悠の疑問に、陽介が彼の推論から導いた答えを返す。それに悠は今までの”場所”からの経験を提示した。それに名前を挙げられた本人であるクマが同意を示す。
「ならば答えは”一人しか存在しない場所にしている”んだろう」
「えっ……つまり菊池先輩の影がこの場所からシャドウを消してるってこと……?」
「なんでわざわざそんな事……あーっもう、頭がこんがらがって来た」
悠の提示した答えに、りせが可能性を提示した。集まる筈の影がいないということは、つまりはそういうことなのだろう。どうしてそんな手間のかかる事をとぼやく陽介は、多分普通の感覚の持ち主なのだ。そんなことを思いながらも、悠は自分の解釈を言葉にした。
「そのままだ。他者を排除してまで一人の空間を作り出したい。つまり大雑把に言うと、自分以外は全部、敵。シャドウも、俺たちも。最後に菊池の影が言ってた言葉を、俺はそう解釈した」
「なっ……なにそれ……!」
訳が分からないと言うように、千枝が声を上げる。
「ここからは全部俺の妄想になるんだが──菊池は現実を悲観して、自分を哀れんでいるんじゃないか? 自分を責める自分や、自分を取り巻く環境、どうにもならない現実、全部をひっくるめて、諦観してしまっているんじゃないのか?」
全部妄想と言い捨てて、悠は千景の影が千景に向かって言い聞かせた事を思い出す。それらは本当に、千景自身にはどうしようも出来なかったものなのだろう。千景自身をどうしようもなく打ちのめした程度には。どんな事があればそんな風になってしまうのか、悠には分からないのだけれど。
そして悠は一度影と対峙し、向かい合う強さと言うものを見て来た。故に、考える。
「菊池はあの時、影と対峙しなければいけなかったんじゃないか? あれは紛れもない菊池の本心で、誇張された願望なんだろう。それをそのまま受け入れて、受け入れてしまって、それは本当に向かい合ったと言えるのか? だから菊池の影はペルソナにはならずに、影の意志で動き回ってるのではないか?」
対峙した自分と向かい合い、認め、受け入れて初めて自分を守る
千景が最も固執しているのは彼女の影の言葉から考えるに、彼女の妹の死なのだろう。それから目を反らし続けている限り、きっと千景は今のままなのだ。
「菊池はここに閉じ篭るつもりなんだろうな。本人が言っていたように、放っておけば害はないのかもしれない。でも連れ戻しに行けば、多分あの影に攻撃される。どうする?」
長く一人で自分の”妄想”を披露した悠は、黙って聞いてくれた仲間達に尋ねた。もっとも、返ってくる答えなど、疾うに知っているのだが。
「そんなん、助けに行くに決まってんでしょう!」
「完二の言う通りだよ! 今更だって!」
「当ったり前だし! ちゃんと叔母さんのとこ連れてって謝らせてやるんだから!」
「そうだよ、あんな言い方、ちょっとないもんね」
「チカチャンもちゃんと助けてあげたいクマよ!」
各々が決意を表明する中に混じって、陽介は口を開こうとした時に気が付いてしまった。
「……なあ、悠。お前もしかして怒ってる?」
普段から理詰めで屁理屈が多くて口では勝てそうにない相棒であったが、これ程饒舌だったことはあっただろうか。これ程まで妙な威圧感を放っている悠は、ジュネスでの陽介のバイトの先輩たちを叱り飛ばした時以来である。
「別に、怒ってはいない。ただ自分しか見てなくて、周りの気遣い諸々を見ない振りでなかった事にする菊池に現実を突きつけてやりたいだけだ」
悠はこの稲羽市に越して来て、自分でも変わったと思っている。それは分かりやすい菜々子の優しさや、堂島の気遣いに触れて見て、改めて人との繋がりと言うものを思い知ったからだ。転校前の学校では、大人しかった悠はあまり人と関わる事をしなかった。それが許される社会だったと言うのもある。だからこの田舎と称される人との繋がりが深い場所に来て、悠は既に色々な事を学んだ。それを、その自分が掛け替えの無いと感じている世界を、千景に切って捨てられたのだ。
この感情は怒りとは違う。哀しいのとも違う。同情などともまた違うのだろう。ただ菊池夫人にせよ、千景が不必要だと切り捨ててしまった人たちと、もう一度向かい合って欲しいと、そう思ったのだ。彼女が考えている程、千景を取り巻く世界は薄情じゃない。
「それってやっぱ怒ってんじゃねえかよ……」
もっとも陽介には欠片も伝わらなかったようだけれど。
改定後→まとめ&並べ替えなど細々いろいろ