白狐+ショタ=正義! ~世界は厳しく甘ったるい~   作:星の屑鉄

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また三十分遅れてしまい、申し訳ありません。

近頃、どうも曜日感覚が狂っているようです。気付いたのが今日の20:15にPCの時計からという……。

課題もそろそろピークです。もしかすれば、12月に入ってから一週間ほど、更新をお休みさせていただく可能性も。

それでは、本編をどうぞ。


第十七話 師弟

 

 すっと、柳の様にしなやかな「気」が、あたかも風に流される様にゆらり、ゆらりとやわらかく動く。その姿と動きは自然の如し。天地と合一し、景色に溶け込む技は「気」を以て己の気配と姿を絶つ絶技なり。

 

 人並み以上に体術を齧っていれば、その動きがどれほど卓越した技であるのかよくわかる。数多いる武人の中でも、自らを自然と同一化させることで気配と姿そのものを捉えさせないなど、生まれた時に天より才を恵まれた者のみに許された、天の技である。才無き者は、どれほど努力をしようとこの域に達することは不可能だ。例え時間が千年単位であっても、達する領域はまた別物になってしまうのが関の山だ。

 

 スゥ、と鋭く息を吐いた。すると、先ほどまで溶け込んでいた気配と姿は絵の中央に位置するレリーフの如く浮かび上がり、自然とは別物であることを証明するように存在そのものが自己主張を始めた。

 

「白さん、お手合わせをお願いします」

 

 武術の達人である彼女は左の手のひらに右の拳を打ち付けて言う。彼女の目の前には、白と藍色を基調とした狩衣を身に着けた男の子こと白が居た。彼は一つ頷くと、その頭頂部から突然狐の耳を、お尻のあたりからは十本の狐の尻尾を生やして見せた。

 

「攻撃手段は体術のみ。霊力などの力は身体能力向上のためだけに使用可能。いいですね?」

 

 白はもう一度頷いて、その四肢を地につけた。さながら大地を駆ける獣のようだ。対面している彼女は顔を引き締めた。

 

「では、いざ――」

 

 勝負、と叫んだ直後に白の居た大地が陥没して姿を消した。彼女はそれに焦ることもなく、流れる様に一歩踏み込むと、正面に向けて正拳突きを放った。

 

「うっ」

 

 ドン、と一点に集中した莫大な衝撃が殺された。彼女の拳は見事に、白の十本の尻尾によって止められていた。狐の尻尾はまるで最高級の寝具のように柔らかく、芯は鋼鉄よりも強固だ。それを十本も向けられたとなれば、止められることも必然だ。更に言うならば、尻尾が大きすぎて白の姿を見失った。

 

「やぁ!」

 

 白からの回し蹴りが、彼女の側頭部向けて飛んでくる。お手本のように綺麗な反撃だ。視界を封じて、流れるように弱点向けて蹴りを見舞う。簡単に見えて、攻撃を受け止めた上でこれをやるというのは非常に難しい。

 しかし、彼女の視野は広い。横合いから飛んできた蹴りを、その蛇の如き鋭い瞳に映していた。ことも無さげに、彼女は足に向けて肘を撃つ。

 

「あぅ!」

 

 短い悲鳴が上がった。白は途端に後退して膝をついた。体を尻尾で支えて、先ほど蹴りを放った足を庇うような様子を見せた。先の蹴りは勢いが十二分にあった。加えて、そこに絶妙なタイミングで肘を撃たれたとなれば、体術だけで戦うには相当な痛手を負ったのは間違いない。

 

「ふぅ、一度休憩にしましょう」

 

 言いながら、彼女は白に近づき、庇っている足を診た。すると、当たった場所はどうやら脛のようで、酷い痣になっているどころか、腫れによって膨れ上がっている。骨が折れていても不思議ではない。

 

「少し沁みますが、我慢してくださいね」

「ん……っ」

 

 彼女は白の患部に手を乗せて、そこから「気」を流した。自然回復力を高めるためである。

 一方、彼女が言った通りやはり沁みるのか、ビクッ、と白は小さな肩を大きく揺らした。僅かながら瞳に涙を浮かべ、不安そうな顔をしている表情は、妙に下心をそそられる。彼女もその表情は目に映したが、努めて心を穏やかに保っていた。

 

「めーりん、ほんきだしすぎ!」

「うっ、そ、それは……えっと、そうです! 痛い思いをしないと、身体は覚えませんからね!」

「うぅ~!」

 

 恨めしそうに、白は彼女こと紅美鈴を上目遣いで睨み付けた。ご丁寧に、迫力の無い唸り声という特典もついている。獣に威嚇されているというよりは、愛犬にじゃれつかれているような感覚を覚える。恐ろしいというよりは、愛くるしい。

 先の手合わせ、実のところ白が紅美鈴の腕を見込んで、体術を習いたい……などといった事情なわけではない。半年ほど前に、紅美鈴が武者修行の旅と称して大陸からこの島国に渡って来た時、一目で白を強者と看破した彼女は彼と手合わせをした。形式は二つで、ルール無用の勝負と体術のみの勝負。その結果、ルール無用では白が圧勝し、体術のみでは紅美鈴が圧勝した。

 生来からの負けず嫌いである白は、その結果に納得がいかず、何度も再戦を要求する。紅美鈴も、挑戦者を拒むようなことは彼女のプライドが許さなかった。何より、ルール無用の手合わせであっても、一度負けたとなれば、一度でも勝ちを拾わなければ、心のしこりが取り除けないと悟った。

 

 結果、白と紅美鈴は毎日、この時間帯になると手合わせに励んだ。白は体術のみで紅美鈴を打倒するために。そして紅美鈴はルール無用で白を打倒せしめんために。

 

 しかし、お互いにどちらかの形式では相手を圧倒できるような強さである。それ故に、得意な方の形式で戦うとなれば、常に得意な方が物足りなさを感じる。これでは自分のためにならない。その物足りなさを解消するためにも、今では互いが得意なルールで互いを指導し合うという、妙な関係が築かれていた。

 

 先の戦いでは、白が思わぬ早さと方法で反撃してきたために、紅美鈴も反射的に本気で肘を撃ち込んでしまった。まだまだ得意な形式では余裕がある。しかし、時折こうして予期せぬ鋭い一撃が飛んでくると、その一瞬だけ余裕が消え去ってしまう。こればかりは、武人として繰り出す無意識の一撃なのでどうしようもない。直せと言われても、そもそも直す必要は無い上に、意識してどうにかできるものでもない。

 結果として、こうした怪我の沙汰が後を絶たない。その度に、紅美鈴は「気」を用いることで白の自然回復力を高め、怪我の超高速再生を行う。その一方で、白も自分自身の霊力と術を用いて怪我を治す。

 

「もういっかい!」

「いつでもどうぞ」

 

 そして治療が終われば、試合再開である。

 

 お互いに一度距離を置き、そして構えをとる。

 

 手始めにお互いの動きを観察して。

 次に呼吸の隙間を縫えないものかと虎視眈々と狙い。

 それでも駄目なら、しびれを切らして突撃する。

 

 先ほどとは、少しだけ違う方法で。

 

「やぁ!」

「っ、はぁ!」

 

 またも、意識の外から攻撃が飛んできた。真後ろから、首を刈りとる様な蹴りを放ってきた白に対して、紅美鈴はそれをしゃがみ込んで避けた後、流れるようにがら空きの胴に寸勁を叩き込んだ。

 

「っ」

 

 息を盛大に吐き出して、白は背中から大木に叩きつけられた。

 

「ごほっ、ごほっ! う、うぅー!」

 

 また本気で叩き込んだ! と白はその愛らしい眼力を以て紅美鈴を睨み付けた。それを見て、自分が白を瞬殺したことに気づいた紅美鈴は、苦笑を浮かべながら言う。

 

「あっ。えっと、ごめんなさい。隙だらけだったので」

 

 隙があり過ぎても、武人の体は反射的に攻撃を叩き込んでしまう。この性ばかりは、如何ともしがたい。

 

 後に、最終的にはこの日も十度以上も瞬殺される白であったが、もはやこれもいつものことになっていた。

 

 

 

「うーん……」

 

 釈然としない、といった様子で、白は周囲を見回した。目の前には、先ほどルール無用の形式で手合わせをして楽々と倒した紅美鈴が仰向けになって倒れている。周りには草木が生い茂っているが、特に変わった点は無い。今夜も月は綺麗で、上を見れば木の葉の隙間から満月が見える。

 

「やっぱり、へん」

 

 じっと数多ある木々の中でも腐りかけの齢百年ちょっとほどの木を見つめる。そこには、言い知れぬ違和感があった。肌にべたつくような、喉に小骨が刺さったような、大きくも小さい感覚だ。

 

「だれかいる」

 

 聞こえるように呟いた。しかし、紅美鈴は仰向けに寝転んだまま動かない。関心がないのか、それとも動けないほど疲れ果てているのかはわからない。

 

「だれ」

 

 腐りかけの木に向けて、白は言葉を投げかけた。すると、ほどなくして陰から青色の髪を簪でまとめた女性が出て来た。彼女は優雅に一礼をすると、白の目を見て真っ直ぐに告げた。

 

「初めまして。私は霍青娥。仙人を生業としています」

「………」

 

 人当たりの良い笑みを浮かべて、青色の髪の彼女、霍青娥は言った。しかし、対する白はいつもの調子ではなく、ぶすっとむくれて黙り込んだ。

 そんな白の様子を見て、霍青娥は「あら、あら」と声音は穏やかだがあたふたと慌て始めた。何か粗相をしたかしら、などと考えるが、思い当たる節は何もない。

 

「うーっ……なんか、きらい」

 

 何とも理不尽極まりない言い分だった。無条件に嫌われるのは初めてだ。これからどうやって弟子入りをすればいいのか、霍青娥は頭を捻った。

 

「貴方の腕を見込んで、お願いがあります」

「えー、うー……」

 

 白は困ったように声を上げた。それを気にせず、霍青娥は次の言葉を投げかけた。

 

「私を弟子にとってくださいな」

「やだ」

 

 強情な子どもばりの即答である。取り付く島もないとはこのことか。

 しかし、話し上手の霍青娥はそんなことではへこたれない。

 

「弟子をとった人のことを師匠というのだけれど」

 

 話の本題に入る。

 

「師匠はとってもお得よ? 炊事洗濯力仕事、全て弟子に任せても文句は言われない」

「じぶんでやる」

 

 なるほど、怠惰に過ごすことに興味はないらしい。

 

「良き弟子を持つ師匠は徳も高いわ。立派な人物として見られるでしょう。立派な弟子を見れば師匠の評価も上がり、人々から好かれるわ」

「うっ」

 

 目に見えて表情が変わった。心が揺れ動いた時、ちょっといいかも、なんて都合のいい図星を突かれたときの反応だ。

 

「そして師匠というのは、あらゆる存在の憧れです。なりたくとも、なれるものでもなし。人々からは羨望の眼差しを向けられ、たちまち誰かと触れ合う機会が増えるでしょう」

「うぅ……」

 

 腕を組んで、頭を捻り、十本ある尻尾をグルグルと忙しなく回して落ち着きがない。もう少しね、と霍青娥は聖母のような慈愛に満ちた柔らかい笑みを浮かべる。

 

「師匠となれば、今までの印象もすっかり変わるの。もしかすれば、擦れ違いで仲違いした友と仲直りするきっかけになるかもしれない。噂を聞き付けた知り合いが、貴方に会いに来るかもしれない。弟子が有名になればなるほど、師匠の威光もまた天下に轟くことでしょう」

「……せーがは、ゆーめい?」

 

 やった、と霍青娥は向日葵のような明るい満面の笑みを浮かべて頷いた。

 

「えぇ。この国でも、凄く偉い人と知り合いなのよ。仲も良好」

「うー、う、うぅ……!」

 

 唸り声は強くなっているが、所詮は獣の威嚇のようなものである。こうなれば、あとは押していくだけである。

 

「毎日おいしい料理も馳走します」

「っ!」

 

 尻尾が天に向けて真っ直ぐに伸びた。

 

「お金は取りませんとも。師匠の生活の面倒を見るのは全て弟子の役目ですから」

「………」

「とっても美味しい油揚げもあるわよ」

「せーが、まずはおなかにちからをあつめて」

「……あらあら」

 

 一瞬のうちに一本釣り出来たことに戸惑いながらも、彼女はすぐに意識を切り替えて指示された通り「気」を腹部に凝縮させる。

 

「つぎ、それをからだにながす。ちといっしょ」

 

 言われた通りにするが、ふと思う。これってただの鍛錬じゃないのかしら、と。

 

「それをずっと、つづける。つぎのまんげつのひまで、つづけること」

 

 えっ、と思わず声を上げた。次の満月の日まで、それは即ち一ヶ月後ということ。これは単なる「気」を用いることによる身体能力の強化の類であり、基礎の中の基礎である。しかし、それを一度練り上げた「気」をもとに、たったそれだけの力で一ヶ月も循環させ続けろと言われれば、途端に難易度は跳ね上がる。百円の馬券を買って満足していた者が、急にラスベガスのカジノで賭けをするようなものだ。難易度だけを言及するならば、格の高い仙人の中でも出来る者が限られてくる。霍青娥は仙人と自称することを憚らないが、実力だけをいえば中堅だ。修行を怠ってはいないが、こればかりは出来る気がしなかった。

 

「ちから、もれてる。へればわかるから、そのたびにくふうして」

 

 そういうこと、と彼女は途端に納得して頷いた。どうやら、無理難題を平気で吹っ掛けて来たわけではなく、敢えて現状では絶対に出来ないラインを作って、且つ成長の振れ幅的に届き得る目標を設定した上で、白は鍛錬方法を教えてくれたようだ。ただ、それもあくまでやり方だ。試行錯誤するのは霍青娥本人であり、半ば丸投げの状態といってもいい。

 

 鍛えるは、力の変換効率と持続力。

 

「おしえたから、ごはん、たべにいこう!」

「……そうしましょうか」

 

 一つ溜息を吐いて、先頭に立って都に向かう。その途中、ふと白の相手をしていたあの簪屋の店主のことが頭をよぎった。

 

「そう言えば、あの大陸出身の彼女はいいの?」

「ねてるから。いつものこと」

 

 口を出してこないと思ったらそういうことね、と霍青娥は納得した。白は見かけによらず、存外に逞しく生きているようだ。最初に一方的に嫌われてしまったのはもしかすれば、思ったよりも身近に理由があるかもしれない。霍青娥は道中、彼と言葉を交わすことなく、そんなことを考え込んでいた。

 

 

 

 




白は体術が得意というわけではないのです。野性という意味での瞬時の対応には優れていますが、Ex美鈴相手だとどうにも分が悪い、といったところです。

さて、時間もヤバいので、あとがきはこれにて。

投稿時間に遅れてしまい、改めて、申し訳ありませんでした。

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