超能力者は勝ち組じゃない 作:サイコ0%
「日向が行方不明?」
「はい。昨日の晩から帰ってきてないらしくって……師匠、何か知りませんか?」
ここ、霊とか相談所で寛ぐ二人の人物がいた。一人はここの所長であり、自称霊能力者である霊幻新隆。もう一人はその助手兼バイトの小学四年生、影山茂夫。彼らは霊幻が買ってきた十六個入りのたこ焼きを頬張りながら、話をする。話の内容は、茂夫の数少ない友人の一人である日向湊の事についてだ。
日向湊とは、茂夫より一つ年下の男児の事である。子供らしからぬ言動をし、周りが茂夫の事をモブと呼ぶ中、唯一影山くんと呼ぶ人物。茂夫は常々その呼び方が一線を引いている様であまり好きでないのだが、此方も日向くんなどという呼び方をしている時点でおあいこだろう。
湊が行方不明だと聞いたのは、同じクラスにいる湊の姉、日向美久の言葉からだった。放課後、一学年下の児童が茂夫のクラスに湊のプリントを届けに来た事が始まり。美久がそのプリントを受け取った所を見ていた茂夫は、美久に湊は休みなのかを聞いた。そしてその答えが、行方不明。
今にも泣きそうな顔をしていた美久を見て、何も思わなかった茂夫ではない。そもそも、女の泣き顔を見て何も思わない男なんぞ、男ではないと言って過言ではないだろうか。涙は女の武器とは、良く言ったモノだ。
それに茂夫は基本的にお人好しだ。自分から相手にわざと傷つく事を言う事はないし、相手が自分を嫌っていたからって嫌いになる事はあまりない。そんな茂夫だからこそ、友人の姉、そして同級生でありクラスメイトの美久が困っていて何もしないなんて選択肢は無い。自分には相手を慰める程の話術も無い。ならば、弟の安否だけでも確認せねば。そう思い、起こした行動が霊幻に聞くという事だった。本末転倒な気もするが、実際はそうでも無さそうだ。
「俺は何も知らんが……。モブ、日向が行方不明って判明したのはいつだ?」
「今日です。日向くんの家に行ったんですけど、そこのお母さんが丁度電話に対応してて、流れで」
「成る程、その電話先は警察だな?」
「そうだけど……って師匠、何かわかったんですか?」
これだけで?と聞く茂夫の言葉に霊幻は緩く首を振った。まだわかってないらしい。
「お前、昨日日向と会ったか?」
「え、あっはい。僕、日向くんといつも一緒に帰ってるんですよ。道が途中まで一緒なので」
「ほぅ、そうなのか。ん?お前の弟と日向の姉は一緒じゃ無いのか?」
「はい。律と日向さんはいつも友達と帰ってるから」
「…………因みに、その友達とやら……弟は女だらけで日向姉は男だらけじゃなかったか?」
「うーん、一人二人は同性がいた様な気も……けど、師匠良くわかりましたね」
「……モブ、強く生きろよ」
「え?何でですか?」
霊幻の的外れだと思われる質問に茂夫は首を傾げる。霊幻はそんな茂夫にため息を吐き、やれやれと憐れむ。本人はどうやらわかっていないらしい。しかし、無自覚天然&鈍感である茂夫に理解しろという方が酷に思えた。
「つまり、日向が行方不明になったのは、モブと離れてから晩までの間……か」
昨日の夕方。特に依頼予約が無かった霊とか相談所。依頼が無ければあまり来ない湊の事なので、必ず来てくれる茂夫もいる事で霊幻自身もたいして気にして無かった。そのまま家に帰ったのだろうと思っていた。勿論、茂夫もそう思っていただろう。しかし、現実は行方不明という不穏な四文字。
「心配か?モブ」
「えぇ、まぁ少し」
「おま、少しって……お前」
友人が行方不明だというのに、少しの心配だけで済ます茂夫に霊幻は肩を落とした。手元に持ってきていたたこ焼きを頬張った。少し冷めている。
「お前、日向の友達だろ?」
「僕はそう思ってますけど……日向くんはどうだろう?」
「そこは自信持ってはいって言えよ」
とにかく、と続ける。
「お前が日向をあまり心配じゃ無いのは何故だ?」
「えっ?」
茂夫は考えた。
茂夫自身、別に湊の事を心配じゃないわけでは無い。今だって大丈夫だろうか?と湊の身を案じているのだから、心配していると道理だ。それに、美久の気の落ちようを見れば誰だって心配すると、茂夫は思う。
ただ、何故だろう?湊はふらっといつの間にか帰ってくるんじゃないか、と思ってしまうのだ。そう、霊幻に伝えると、彼は茂夫に向かって怪訝そうな顔をしていたが、やがて納得した様な表情になる。
「モブの言い分はわかった。俺も頭の片隅で同じ様な事を思っていたからな」
「師匠も?」
「あぁ。良くも悪くもあいつはふらりと現れる奴だからな……全く能力も相まってぬらひょんかって思うぐらいだ」
吐き捨てる様に湊をそう評価する霊幻。茂夫は霊幻の言った言葉の中に知らない単語が混じっている事で首を傾げた。肘をついてふぅと息を吐いていた霊幻はそんな茂夫に気づいて、どうした?と声をかける。
「あ、いや……ぬらりひょんって何だろうなって……」
訊かれると思っていなかったのか、ピクリと体を小さく動かしたあと、おずおずといった様に訊き返して来た。
それを見た霊幻はあぁ成る程と理解する。彼は知らないのだ。ぬらりひょんを。友人が少ない茂夫が世間に疎いのは知っている事だが、それ以前にぬらりひょんはポピュラーなモノでもないので、小学生が知っている事は少ない。だか、今時小学生がぬらりひょんを知っていると言ったら、それはそれで可笑しいと思うが、今さっきまで話題の中心人物だった者は無表情で知っていると言いそうだ。それを思い浮かべた霊幻は苦笑する。
「ぬらりひょんってのはな、いつの間にか人の家に上がり込み、タダ飯をしてどっかへ行く妖怪の事だ。のらりくらりとしているから、ぬらりひょんと呼ばれてるそうだ」
「あぁ、それなら、日向くんにぴったりですね」
「何でだ?」
霊幻の説明を受けた茂夫はやっと理解した、という様に顔をパァアと輝かせる。それと同時に自分より会う回数が少ない霊幻が湊の性格を把握している事を凄い、と更に霊幻を尊敬した。
一方、霊幻は茂夫の言葉に疑問を浮かべた。確かに自分がぬらりひょんと評したが、茂夫が確信するほどだろうか?そう軽い気持ちから訊き返したのだが……。
「だって、日向くん。たまに僕の部屋にテレポートして来るんですよ?何でここに?って聞いたら決まって「暇だから」って。暇だから人の部屋にテレポートとか無いでしょ。不法侵入だって言っても聞かないし。ねぇ、師匠、この場合どっちが悪いと思いますか?」
「……日向の方だな」
「ですよね。日向くんいつも「オレは悪くない」って言うし。良かった、アンタにまで僕が悪いと言われたらどうしようかと」
「お、おう……」
普段あまり自分から話さない茂夫から怒濤の如く、言葉が吐き出され、引き気味に霊幻は答える。感情が表に出ている茂夫は貴重なはずなのだが、これは少し彼らしく無い。霊幻は口角を引き吊りながら、今はいない湊を心配した。行方不明の事で、ではなくただ単に身の安全を。このまま茂夫をからかい続けたら、いつか痛いしっぺ返しを食らいそうだ。程々にしておけ、と霊幻は心の内で湊に忠告をする。本人には聞こえないが、それはそれだ。
「まぁ、お前の言う通りふらりと帰ってくるだろう。俺達は日向を待つだけだ」
「何もしないんですね」
「そうだな。俺は霊専門だ。行方不明者なんて探す仕事でも柄でもない。こういうのは警察に任せるべきだな」
「……でも」
俯く茂夫に霊幻は怪訝な顔をする。どうしたというのか。先程といい、今といい、今日の茂夫は少し可笑しい。ソファの背凭れに腕を置いて、目線だけ茂夫に寄越す。態度がでかそうだが、実際茂夫の上司なのだから許容範囲だろう。
「どうした?モブ。今日は変だぞ」
「そう……ですか……?」
「あぁ。いつにも増して感情が表に出てる」
「……?」
霊幻の言葉を聞いた茂夫はむにむにと自分の頬を触る。柔らかな頬が形を変え、笑顔を作ったり、悲しそうな顔をしたかと思えば、変顔になったり。口元だけが動いているからか、全体的に見ればそんなに表情が豊かには見えないが、不思議そうな色をした瞳が少しだけ、彼の無表情さを無くしていた。
「可笑しな顔をするなぁ、モブ。日向はお前に結構、影響を与えているみたいだな」
「え?」
「気づいてないのか?お前、話すの大抵はお前の好きな何とかちゃんと日向の事ぐらいだぞ」
「ツボミちゃんです。……でも、そうか……知らなかった」
「ま、お前ら殆ど一緒だもんな。影響受けるってもんか」
同じバイト先だからか、それとも家の方向が同じだからか、友人が少ない同士二人で帰る事が多くなっていた。それぞれ、弟や姉と帰ればいいのに、肝心の本人達は遠慮して一人で帰ろうとする。そこで偶々会うのが、茂夫と湊だった。別に時間を合わせたわけでもない。終わりのホームルームが終わって掃除当番でもなければ、すぐ帰る癖が二人には合った。きっとその所為だろうと思っていた。
けれど、いつの間にか下駄箱付近で待つ様になり、一緒に帰る事が当たり前に。登校時間は流石にあまり被らないが、下校だけが違うのだから、面白い。
つまりだ。一緒に下校している二人。そして同じバイト先。必然的に一緒にいる事になるのだから、そりゃ師匠にそう思われるだろうな、と茂夫は思った。
「それは……否定しませんけど」
「(否定しないのか……)」
「……今日、日向くんと一緒に帰らなかったのが少し変な気分だったのは……確かです」
その言葉に霊幻は眼を見開き、そしてふっと笑う。それはいつもの自信ありげな笑みではない、慈愛を持った笑みだった。独身だからか、子供を持った親というものはこういうものなのだろうか。霊幻は少しだけ想像してみたが、やはり自分には似合わなさそうだ。軽く苦笑する。
世間を飛んでいた渡り鳥は今、流れる水が奏でる音によって成長している一本の木の側に近寄る。不思議そうに眺めていた鳥はやがて、居心地が良さそうに眼を細めた。それを意味するのは果たして、何なのだろうか。
「日向くん、早く帰ってこないかな」
水が無くなった今、しおしおと萎れる木からポツリと言葉が呟かれた。それは静かになった事務所へと反響し、その小さな音を拾うのは、向かい側にいる鳥だけ。
静かなのに騒がしい彼がいないだけで、ここはこんなに広かっただろうか。偶にしかいないというのに、そこにいる事が当たり前になっていた。
「そうだな」
残っていたたこ焼きはもう冷めきっていた。
たこ焼き食べたい。