超能力者は勝ち組じゃない 作:サイコ0%
影山律は日向湊が好きではなかった。
小学校の入学式の日、兄の友達として紹介された彼は恐ろしく無表情であった。まるで無機質な人形の様な彼の顔は、幼い律には怖くて仕方がなかった。
彼の姉は向日葵の様に明るくて、賑やかだというのに、弟の彼は静かな森の様。その中に取り残された人は、その静けさの余り恐怖を覚え、不安を駆り立てるだろう。律はそんな彼に一目見たときから苦手意識を持ってしまったのだ。
律の兄も無表情で有名だった。モブとあだ名をつけられた彼は、よく友達やクラスメイトから笑わないやら、空気読めないやら称されていたが、彼にだって感情はある。そもそも、感情が表に出やすいと常日頃から兄を見ている律はそう思っているし、両親だって彼が悲しんだりしていたら気づく。表情の変化が乏しいだけで、ちゃんと感情はあるのだ。人間なのだから。
だが、湊はどうだろう。彼も律の兄同様無表情だった。しかし、律にはどうにも兄に比べて湊は無機質に思えた。普通に接しているつもりではあったが、距離を置いていたのは事実だ。嫌いではない、ただ苦手なのだ。
そんな律の唯一の救いは湊と小学校の六年間、同じクラスにならなかった事だろうか。どんな風に話せば、どういう感じに接すればわからないのだから、毎年違うクラスだと知って安心していた。
しかし、彼は律の兄と仲が良かった。どうして?と律は常々思っていたが、兄が楽しそうに話しているところを見ると強く言えなかった。律は兄の事を恐れてはいたが、好きだった。大切な家族なのだ、嫌いになる筈がないが、考え方が違うからか、それとも、何度兄に何故彼といるのか聞いても、何となくという曖昧な返事が返ってくるからか、律はその事が兄が霊とか相談所とかいう怪しい場所に出入りしている事ぐらいに気に入らなかった。心情は、僕の兄を取りやがって、である。彼女かよ。
そんなこんなで律は湊が好きではなくなっていった。元々、苦手意識はあったのだ。好きではなくなっていく事など時間の問題だったのだ。
「アレやるのだろう?新入生代表の挨拶」
塩中学校の入学式の日。一人で登校していた律に話しかけてきたのは、律の苦手とする湊だった。肩を叩かれ、振り返れば好きじゃない奴の顔。思わず律は顔を顰める。やはり彼の表情は変わらない。
適当に言葉を返してやり過ごそうとしていた律に、湊はふとそんな事を聞いてきた。身体が強張った気がしたが、彼は気づいたのだろうか。チラリと表情を見てみるが、分からない。無表情だった。
「するよ。原稿もちゃんと持ってきてる」
「流石学年一位。偉いねぇ」
そう言われた瞬間、律は顔を背けて足を速くした。この顔を、醜い表情を誰にも見られたくはなかった。
自分は学年一位ではない。そう言いたかった。
いつだったか。律は小学生の中でも秀才であった。テストではいつも一位。100点を取った事なんて何回あっただろう。両手ではない数え切れないほどだ。最初は余程のバカではなければ、満点を取れるほどのテスト。たが、小学の後半。高学年のテストとなってくるとそうもいかない。最近では、英語も加わるようになった近年。小学生のテストの難易度はぐんと上がり、反して彼ら彼女らの点数は下がっていった。しかし、そんな中相変わらず高得点を出す者がいた。
律だ。
ほとんど満点で、教師やクラスメイトに好かれる程の優等生。顔も良く、頭も良いことから女子にも違う意味で好かれていた。
超能力が取り柄だけの兄とは全然違う、世間では勝ち組の彼。まだまだ小学生な彼。表では謙遜しながらも、心の中の彼の鼻は伸びきっていた。鼻高々である。
そんな律の鼻がポキリと折れたのは、小学五年のある日、そうテストを返された日であった。
『学年一位は全て100点満点のヤツだ』
頭に鐘の音が響いた様な気がした。それぐらいショックであった。
白いテストの紙を広げて、全てのテストの点を見ても違う。100点はあるが、〝全て100点〟ではなかった。
どういう事!?
律は嘆き、絶望する。彼の取り柄は勉強だけだと、兄にはできない勉強が得意だから努力してきたのだ。少しでも、一つでも兄に勝つために。それがいつしか学年一位を取り続ける事に変わっていったのを律は気づかなかったが、今はそれどころじゃない。
休み時間、職員室に戻ろうとする教師を捕まえて問いただした。今回の一位は誰なのかを。
『あー、お前いつも一位だったもんなー。まぁ、運が良かったと言うか、悪かったと言うか』
歯切れの悪い教師にイライラしながら、律は早く言ってくださいと促す。
ガシガシと後頭部を掻いていた彼は、言って良いのかどうとか悩んでいたが、生憎律には聞こえなかった。いや、忘れたと言った方がいいか。それぐらいには衝撃的だったのだ。教師が紡いだ言葉は。
『日向湊。別クラスの奴。お前知ってるか?』
日向湊。聞いた事がある名前だ。そもそも、入学式に出会い、偶に会って遊んでいる子供の名前だった。律にとって顔見知り、兄の友達。
普段の大人びた言動から同年代として考えてもいなかったが、ここでこの名前が来るとは律も思っていなかった。
教師の問いかけに、律は壊れた人形の様にゆっくりと頷く事しかできなかった。
『そいつ、いつもテストは寝たり、名前書かなかったりして、二つぐらいは点を逃してるらしい。今回はちゃんと解いたんだろうな、そこは偉いが、授業もまともに聞かない問題児だってあのクラスの先生言ってたなー』
こっちに愚痴るのいい加減止めて欲しい、と愚痴りながら去っていく教師。しかし、その姿は律には映らなかった。ぐるぐると先ほどの言葉が律の脳内を回る、廻る。
寝たり、名前を書かず逃した点。
今回はちゃんと解いた。
授業もまともに聞かない。
その三つから考えられる事は、日向湊は天才だという事。抜けているのかもしれないが、それしかありえなかった。
律でさえ、授業はしっかりと聞きノートを取っている。テスト前はちゃんと見返して、点を稼いでいる。しかし、日向湊はどうだ?
授業も聞かず、テストでは寝て、名前を書くのを忘れている。一見問題児な彼は、他を置く天才だったのだ。実際は、前世の記憶というズルをしているのだが、律がそんな事を知っている筈がない。
努力して点を取る律が秀才ならば、努力せず点を取る湊は天才じゃないのだろうか。そうぐるぐると考えてしまう。
律の小さなプライドがズタズタに引き裂かれた日だった。
だからこそ、今回の新入生代表は湊がするべきだと律は思う。しかし、実際の実力よりも、表に出している律が評価されるのは必然。実力が高いとはいえ、努力を怠る人物を誰が代表に指名するだろうか。そもそも、湊の教師達からの評判は低いと言っていい。その点、律は教師からも評判が良い。何方かを選ぶのは明らかだった。
…………気に入らない。
兄の事を聞かれたりしたが、少しイラついただけで別に何もなかった。律は早く別れたい、と心の内でそう思いながら、ひたすら足を動かして学校へ向かった。
自分よりも背の低い湊を引き離すのは簡単かと思えば、そう簡単には行かず、小走りでついてくる湊の姿には微笑ましいものがあったが、律は呆れたようにため息を吐いた。そんなに必死についてこなくても良いのでは無いか。それとも、僕が君を離そうとしているのをわかっていないのだろうか。律には理解できなかった。
「「あ」」
結局、学校まで一緒に登校してしまった。仕方が無い、クラスをさっさと確認して早く別れよう。そう考えた律だったが、目の前にある大きな紙に書かれた自分の名前を見つけ、そして隣にいる湊の名前が自分と同じクラスにある事を知った律は、思わず声をあげてしまった。
何故。何故なのだろう。今まで同じクラスになった事なんてなかったのに、どうして中学になって。もしや、こいつと兄が仲良くしているのを教師達は知っていたのだろうか。だとしたら、要らぬ世話だ。
声が重なってしまった事にも顔を顰めながら、律は湊の方を見る。すると、彼はニコリと胡散臭い笑みを浮かべながら。
「同じクラスだな」
と、言ったのだ。
律は顔をさらに顰めて、ふいとそっぽを向く。クラスは確認した。場所もわかる。律は、速足で教室へと向かった。一刻も早く彼から離れたかった。結局クラスで会うのだが、そんな事は今は関係無い。
眉の皺を深め、グッと鞄の取っ手を握りしめる。気に入らない。
「(気に入らないな……)」
教室へと着いて、自分の席の位置を確認。正鞄を置いて、ストンと座った。手元を見て、ぐるぐると考える。この感情の名前がわからない。
怒り?
憎しみ?
嫉妬?
いや、どれも違う。どれでも無い。何かわからない。そのもどかしさに、律は手を組んで力を強める。ギリと歯を噛みしめた。
気に入らない。
好きでも嫌いでも無い。どうでも良いはずなのに、何故なのだろう。こうにも彼の事が頭から離れない。
のらりくらりと、ゆらゆらとしている湊。実力をわざと隠しているわけでも無い、見せびらかすわけでも無い。そういう奴なのだ。そういう性格なのだ。日向湊という人物は。
あぁ、やはり。
「(気に入らない……っ!)」
ただ、ただ、その在り方に、その存在が、律は理解できず、気に入らなかった。
彼はプライドが高いのです。