生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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第一章
生徒会長の悩み


 まだ日の高い放課後の事だった。

 

「待てーっ! 貴様等ぁーっ!」

 

 少女の怒号が駒王学園の校庭に響き渡り、それから逃げるように三人の男子生徒ががむしゃらに疾走している。

 いや、『逃げるように』ではなく、実際に逃げていた。

 女子水泳部の着替えを覗いていた兵藤一誠が、悪友の松田、元浜と共に。

 それを追うのは、生徒会だった。先頭に立つのは生徒会長のゼノヴィア・クァルタである。アフリカの草原を疾駆するチーターも斯くやという勢いだ。

 

「このままじゃ追い付かれる……三方向に別れるぞ!」

「おう!」

「地獄で会おうぜ!」

 

 一誠の提案に、松田と元浜は各々答えて、そして三人はバラバラに別れた。生徒会もそれに合わせて散開する。

 ゼノヴィアは軌道を変える事なく、真っ直ぐに一誠を追った。

 美しい顔には苛烈な憤怒の色が浮かんでいる。

 さもありなん。生徒会長に就任してからの彼女の、そして新生徒会の主な仕事は、一誠たち三人組の覗き行為に対するクレーム対応だったからだ。これまで一誠のスケベぶりには甘い顔をしていたゼノヴィアだったが、いざ被害者の声を直接聞くようになると、一人の女性として義憤を覚えたのである。

 

「くっ、ゼノヴィアの奴、何むきになってんだよ……かくなる上はぁ!」

 

 一誠は一瞬だけ眼を閉じて、意識を自分の身体の内に集中させた。

 すると、彼の逃走スピードがグンと急上昇した! 十秒ごとに持ち主の力を二倍に倍加させる《赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)》。最初の一回だけならば、籠手を顕現させる事も『Boost』という詠唱を響かせる事もなく、行う事が出来る。そのように訓練したのだ。

 一気に二倍となった一誠の脚力には、さすがのゼノヴィアも追い付けない。グングンと距離を離されていく。

 

 しかし天網恢々、疎にして漏らさず。

 一誠の前に一人の見知らぬ男子生徒が立ちはだかった。その手には箒が握られている。

 一誠が彼に気付いて避けようとした瞬間に、男子生徒は箒をポイッとアンダースローで放り投げる。すると――、

 

「うおおっ!?」

 

 箒は空中でピタッと固定されて、一誠の逃走を阻止したのだ! 否、固定されているどころか、まるで意思があるかのようにグイグイと一誠の腹を押している。そのゆっくりではあるが力強い怪現象に、一誠の足が止まった。

 

「天誅!」

 

 そこへゼノヴィア渾身の飛び膝蹴りが後頭部に炸裂し、一誠は失神KOされてしまった。同時に箒は、カランと地面に落ちた。

 

「ご協力に感謝する」

 

 ゼノヴィアは一誠を引っ越し荷物のように肩に抱え上げ、男子生徒の方を向いた。

 彼女からは一誠の背中しか見えなかったので、何故彼が足を止めたかはわからなかった。単に前方に立つ男子生徒に道を塞がれて、思わず止まってしまったのだろうくらいにしか思っていない。

 

「……えぇっと」

「あんたと同じ三年の、秋月連也ってんだ」

「そうか。私は生徒会長の」

「知ってるよ。熱い演説かましてくれたからな、嫌でも覚える」

「恐縮だ。では、これで」

「お勤めご苦労さん」

 

 ゼノヴィアは軽く会釈して、去っていく。

 秋月連也と名乗った少年は、その背中にヒラヒラと手を振った。

 

 

 夕焼けに染まる住宅街。

 疲れた顔の一誠と、眉間にシワを寄せてムスッとした顔のゼノヴィアが並んで歩いていた。

 あれから無事に捕縛した三人組に、生徒会室で懇々とお説教していたのだ。その間床の上に正座させられたその痺れで、一誠の足取りは若干おぼつかなかった。

 

「まったく……さっきも言ったが、君はもう最上級生なんだぞ? みんなの手本にならなければいけない立場だというのに、悪い見本を見せてどうするんだ!?」

「またその話かよ……もう勘弁してくれよ」

「だったら、もっと己の行動を慎む事だな」

 

 トゲのある口調に、一誠は辟易する。生徒会長になってから、彼女は事あるごとにこの調子だ。

 

(これなら前の方がまだ良かったぜ……)

 

 ついそんな風に思ってしまう。もちろん、隣を歩く少女の生徒会長就任を我が事のように嬉しく思ってもいるのだが……。

 

「君は学校の最上級生であり、悪魔としては眷属を持つ事も許された上級悪魔だ。近い将来には領地経営だって任される身なんだぞ? 冥界で君を英雄と讃える者たちや、将来君をご領主様と呼ぶ事になる者たちの気持ちも考えろ」

「わかった、わかったって……でもさ、やっと平和になったし、俺も今年で卒業なんだ。少しくらい好きにやらせてくれてもいいだろ?」

 

 それは本当に軽い気持ちから出た言葉だった。

 だがゼノヴィアは、平手打ちで返答した。

 

「その言葉を、君たちに不快な思いをさせられている女子生徒たちの前で言ってみろ。君の事を慕うアーシアや部長の前で言ってみろ。裸なら私たちがいくらでも見せてあげるというのに、わざわざ他人の着替えを覗いて、挙げ句の果てに言う事がそれか?」

「うっ」

「確かに平和になった。三年生に進級も出来た。気が抜けて羽目を外したくなるのはわかるが、それはそれ、これはこれだ……イッセー、あまり私をがっかりさせないでくれ」

 

 ゼノヴィアは冷ややかに一誠を一瞥して、家とは反対方向に歩き出した。

 

「おい、どこ行くんだよ」

「ストレス発散だ。ついてくるな」

 

 振り向きもせずに答えて、ゼノヴィアは足早に立ち去った。行き先はバッティングセンターである。

 

 

 前方のスクリーン内で、投手が投球のフォームを取る。その動きに合わせて、ピッチングマシンから軟球が飛んできた。

 ゼノヴィアは『三塁打』と書かれた標的目掛けて、球を打つ。打球は狙い通りに飛んでいった。

 全球を『ホームラン』にするよりは、狙った場所に狙い通りに打ち返す方が楽しい。

 生徒会長という立場上、制服ではまずいと思い、途中の公衆トイレで私服に着替えてあった。服など魔力を使えば簡単に変えられる。

 

「――?」

 

 ふと見ると、隣のケージに知ってる顔があった。私服に着替えてはいるが、今日一誠を捕まえるのに協力してくれた秋月連也だ。

 しかし奇妙だった。

 ゲームが始まり、四球ほどを打ったが、打球は標的には届かず凡打で終わる。

 球は傾斜の付いた床を転がってピッチングマシンへと回収されていく……本来ならば。

 しかし少年の打った球はピッチングマシンまで転がっていかず、ピタリと途中で止まっていた。四つの軟球が、一ヶ所に固まって。

 なだらかな傾斜だ、ただ転がりきれずに止まるだけならあるかも知れない。しかし、ボールが意思を持つかのように一ヶ所に集まってとどまるなど、起こる事なのだろうか?

 打つ手を止めて、ゼノヴィアは少年のバッティングをじっと見る。

 五球目が飛んできた。

 連也がそれを打つと、打球は一ヶ所に固まった四球にぶつかった――そして、ビリヤードめいて四つの軟球が弾け飛び、『ホームラン』『三塁打』『二塁打』『シングルヒット』の四つの標的全てにヒットした!

 

「なっ!?」

 

 思わず声が出た。

 それで連也は、ようやく隣のケージの少女に気付く。

 

「よう、生徒会長さんも来てたのか」

「い、今の、は……?」

「なぁーに、ちょっとした特技の練習さ。みんなには内緒だぜ?」

 

 連也は人差し指を唇に当てて、そう言った。

 

 

 施設内の休憩コーナーで、連也は缶コーヒーを買ってゼノヴィアに渡した。

 

「口止め料な」

「ああ、それは構わないが……あれはいったい……」

「そんな事より、生徒会長さん、ここにはよく来るの?」

 

 強引に話題を変えられて、ゼノヴィアは一瞬言葉を失った。

 言外に『その事については何も聞くな』と言っているのだ。人様には言えない秘密など、彼女にだってある。だから、何も聞かずにいようと思った。

 

「ああ。秋頃に見付けてね、嫌な気分になった時はここで発散しているんだ」

「なるほど……生徒会長さんともなればストレスも溜まるだろうし、なおさらよく来るようになるんだろうな」

「……そうだね」

 

 ゼノヴィアは苦笑した。そのストレスの原因の顔を思い浮かべて。

 

「……」

 

 連也は少女の、かすかに陰りのある顔をじっと見る。

 たぶん兵藤一誠の事だろうと思った。駒王学園に入学して以来、幸いにも同じクラスになる事はなかったが、奴等の悪名は連也の耳にも届いている。

 三人組と同じクラスになってしまった友達が、「何もしてないのに自分たちまで同類のように思われている」とか「あいつ等と同じクラスとわかった途端に女子が一歩下がる」などと愚痴をこぼすのも、一度や二度ではなかった。

 生徒会長として三人組の対応に追われて、疲れているのだろう。

 

「元気出しなよ」

 

 ポンポンと、ゼノヴィアの背中を叩いてやった。

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。ストレス発散に付き合ってやるよ。あっちでな」

 

 親指で指し示したのは、ゲームコーナーだ。

 二人はそこで、エアホッケーやレーシングゲーム、格闘ゲームなどに興じた。

 そうしている内に、段々とゼノヴィアの表情は本来の明るさを取り戻していく。

 

「……」

 

 連也はそれを見つめていた。

 心から楽しそうに笑い、小さな子供のようにゲームに熱中するゼノヴィアの姿を見て、眩しそうに眼を細めて、笑った。

 

 

 店を出ると、辺りはすっかり暗くなっている。

 二人は並んで歩き出した。

 

「ありがとう。おかげで、気分もスッキリしたよ」

「お役に立てて何より。俺も楽しかったよ。でもな生徒会長さん。さっきのあれはハメ技って言って、喧嘩(リアルファイト)にも発展しかねない危険なものだから」

「ゼノヴィア」

「――はい?」

「私の名前はゼノヴィア・クァルタだ。だから、ゼノヴィアと呼んでくれ」

「ん、ああ……わかったよ、ゼノヴィア……それじゃあ俺の事も下の名前で――ファーストネームで呼んでくれていいぜ?」

「わかった、連也」

 

 リクエストに答えてから、ゼノヴィアはクスッと笑った。

 

「ど、どうかしたか?」

「変な顔……♪」

「うっ」

 

 言われて連也は、口許がにやけているのを自覚した。慌てて口を手で隠す。

 

「名前で呼んだだけじゃないか。それも、君の方からの頼みで」

「いや、そうだけどな……それでも、可愛い子に下の名前で呼ばれるのは嬉しいもんなんだよ」

「ふぅーん、そういうものか……可愛い奴だ」

「男に向かって可愛いとは何だ、可愛いとは!」

「仕方ないだろう? 実際に可愛いのだからね」

 

 むきになる連也に、ゼノヴィアはケラケラと笑う。

 

「本当にありがとう。心が軽くなったよ。また明日な、連也」

 

 そう言い残して、パタパタと家路につくゼノヴィア。

 

「……また明日な、ゼノヴィア」

 

 連也はその背中に、そう呟いた。

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