生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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戦士の帰還

 駒王町の隣にある盤内市。

 クルガンは転送魔法を用いてそこにある海沿いのリゾートホテルを訪れていた。

 フロントに用件を伝えると、受付の者が内線で問い合わせて確認し、ボーイが最上階へと案内する。

 鍔広の帽子とマントを身に付け、顔には大きめのサングラスをかけたクルガンの風体は何とも怪しい。それでもボーイが丁寧な態度で接しているのは、ホテルの教育が行き届いているのもあるが、これから訪問する相手が創業以来の上客だからだ。

 観光シーズンでもないのに、仲間を引き連れて最上階を丸々貸し切り、全員分の宿泊費一週間分を現金で一括前払いという羽振りの良さである。

 そんな上客の知り合いともなれば、自然と腰が低くなった。

 ボーイはエレベーターで最上階に上がると、一番奥の部屋へとクルガンを案内し、ドアをノックする。

 

「お客様をお連れいたしました」

 

 ドアを開けて出てきたのは、栗色の髪を長く伸ばした女だった。バスローブを着崩しており、深い胸の谷間やへそが見えている。股間はかろうじて隠されているが、たぶん下着は着けていないのだろうと思えた。

 

「ご苦労様」

 

 女はボーイにチップを与えて下がらせると、クルガンを中へ招いた。

 室内には他に二人いる。ソファに座り、大きな窓から海沿いの市街地の夜景を眺める、砂色の髪の男。

 その男の太股の上に座り、胸元に寄り添っている赤紫の髪の少女。

 男は三十代、少女は一五、六歳ほどだろうか。

 帽子とマントを脱ぎ、サングラスを外したクルガンは、ソファに近付くとうやうやしくひざまずいた。

 

「おくつろぎ中のところ大変申し訳ありません、(キング)。実を申しますと……」

「お前の雰囲気でわかるよ。D×Dに勘づかれたか?」

 

 男は膝の上の少女の髪を撫でながら、言う。

 少女はクルガンには目もくれず、毛繕いされる猫のように、目を閉じてうっとりとしていた。

 

「――はい。先行させていたジャンゴとミドラも()られてしまいました」

「まぁ、あいつらはしょうがない。二人合わせても兵士(ポーン)一つ分の価値すらなかったしな。それより、お前たちは大丈夫だろうな? 誰か怪我したりしてないか?」

「いえ、我等は全員無事でござ――あっ」

 

 クルガンは、突然己れの魔時眼(まじがん)に映し出された光景に、言葉の途中で声を上げた。

 

「どうした?」

「申し訳ありません。明朝、バズソーが死んでしまいます。単身D×Dに戦いを挑んで……」

「お前にそう見えたのなら、そうなんだろうな」

 

 男は呑気にそう言った。そこにはクルガンの持つ、未来すら見通す魔性の眼力に対する信頼が見て取れた。

 

(あの馬鹿め……おとなしくしていれば死なずに済んだものを……)

 

 クルガンは胸中で仲間を罵った。実際、ここを訪れる前には、バズソーが生きている未来が見えていたのだ。それが一時間もしない内に、全く真逆の結果を見てしまうとは……。

 

「新しい騎士(ナイト)を補充せんとな」

「それでしたら一人だけ、心当たりがございます」

「ほう?」

「ジャンゴとミドラを倒し、明日にはバズソーをも倒す剣士です。神 器(セイクリッド・ギア)も持たぬただの人間で、しかもまだ少年ではありますが、不可思議な力を使います」

 

 クルガンはそれに付け加えて、スクラップ置き場での秋月連也の戦いぶりも伝えた。魔時眼で透視した、ジャンゴやミドラとの戦いの様子も。

 

「ただの木刀で、聖剣でぶった斬ったみたいに悪魔を消滅させる力、か……まさか、ネンドーじゃああるまいな」

「ご存知なのですか?」

「会った事はないが、昔お師さんから、そう呼ばれる力の使い手がいると聞いた事がある」

(キング)のお師匠様、で、ございますか……?」

 

 クルガンは思わずそう尋ねた。己れの仕える主に、そのような者が存在しているのが信じられないらしい。

 

「今じゃあ激レアな、生まれついての天然物の聖剣使いだ。しかし、パンチ一発で馬小屋くらいは軽く吹っ飛ばせるデタラメな奴だったがな。

 そのお師さんが言ってたのさ。人間の気だか思念だかは、極限まで高めると物理法則をも無視できる霊的なパワーになる。そのパワーを極めるネンドーとかいう技術があると。異端者として教会を追放された者の中には、そういう力を自得した者もいたかも知れないらしい。

 もっとも、今じゃあその手の連中はみんなチベットやらインドやら中国やらの山奥に引きこもってるという話だったが……こんな極東の島国にもいたとはな」

 

 クックックッ……と、男は楽しそうに笑った。

 

「日本はつくづく素晴らしい国だな。美味い食い物がたくさんあり、戦いの火種にも事欠かん。景色の良さも、他の国に負けてない。俺はつくづく、この国が気に入ったよ――メテオラ」

 

 ベッドの上に所在なさげに座っていた、バスローブの女に呼び掛ける。

 

「はい」

「フロントに言って、酒を持ってこさせろ。ドゥレンダナにはオレンジジュースをな。のんびり出来るのも今夜までだからな、飲み納めだ。他の奴等も呼んでこい。おいクルガン、お前も付き合え」

「光栄にございます」

 

 クルガンは深々と頭を垂れる。

 

「ネンドー使いにチームD×D……確かお師さんからデュランダルを受け継いだ奴もいるんだったか……楽しみだ。なぁ、ドゥレンダナ」

 

 男――はぐれ悪魔オルランド――は膝の上の少女に語りかける。

 少女はデュランダルの名を聞いて、閉じていた目をパチッと開けた。そして、悪戯っぽく笑うのだった……。

 

 

 翌日。時刻は正午を少し過ぎる頃。

 クルガンは主君と、同胞たる他の眷属たちを駒王町と盤内市との境目に案内した。峠を越えた真っ直ぐな道路だ。通る車はなかった。

 彼等の目には、壁のように広がる光が見えていた。普通の人間には見る事も感じ取る事も出来ない、エネルギーの壁。それが昨年の駒王協定以降にこの町に張り巡らされた結界だった。

 この結界に抜け穴を作り、チームD×Dに気付かれないようオルランドを町内へ迎え入れるのが、クルガンの計画だった。こちらの存在を気取られなければ、それだけ戦いで有利になる。しかし、その目論見ももはや水の泡。オルランドが最初に提案した通り、結界を破壊しての宣戦布告を行う事となってしまった。

 

「さて、派手にやるか」

 

 オルランドは右手に持った剣を無造作に振り上げる。

 黄金の柄を備えた、持ち主の身長ほどもある大きな剣だった。赤紫の刀身に銀色の刃が付いている。

 その大剣が輝き出すと、クルガンやメテオラを始めとした眷属たちは一斉に後ずさりした。

 その中に、オルランドがドゥレンダナと呼ぶ少女の姿だけが、ない。

 大剣は更に輝きを増し、狂暴さすら感じさせる勢いで刀身から閃光を放った。それは青空へと伸びて、天地を繋ぐ光の柱となる!

 

「フンッ!」

 

 オルランドが結界に、巨大な光の刃を叩きつけた!

 結界はガラスのように脆く砕け散り、消滅する。

 目の前にある部分だけではない。彼の放った一撃は、その衝撃波が満遍なく浸透、伝達されていき、駒王町全体を覆う結界全てを、跡形もなく破壊し、消し去ったのだ!

 大剣から伸びる光が、役目を終えたのを察したかのように収まっていく。

 

「ふふん。上出来だぞ、ドゥレンダナ」

 

 オルランドは、この場にいない少女の名を、手中の大剣に対して呼び掛けた。

 

「……(キング)。何もここまで派手にやる必要は、なかったのでは……」

「派手な方がいいだろ?」

 

 クルガンに対して、オルランドは自慢げに笑う。

 

「さて、行くか。二天龍にネンドー使い、それにデュランダル使い……楽しい事が待っているはずだ」

 

 町へ向かう王の足取りは、ピクニックに行く子供のように軽やかだった。

 

 

 時間は少々遡る。

 兵藤一誠は昼食も取らず、校舎の裏庭に向かった。

 秋月連也に用があるのだ。教室を訪れたが彼の姿はなく、元同級生の桐生藍華に尋ねると、晴れた日は裏庭で弁当を食べているらしいと聞いた。

 その情報に間違いはなかった。連也は既に食事を終えたらしく、大きな木の下で座禅を組み、目を閉じていた。

 

「何か用か?」

 

 一誠が声をかける前に、少年の方が彼に気付いて口を開いた。

 

「あ、悪い。邪魔したか?」

「いいや。それより、何か用か?」

「あ、ああ……今朝、学校行く前に、リアスから聞いたんだ。お前のあの凄い力の事を……それでさ」

 

 一誠はわずかな間を置いて、ズボンが汚れるのも構わず、両膝をついた。

 そして、両手も地面につけて、深々と頭を下げる。いわゆる土下座であった。

 

「お願いします! 俺にその念道って技を教えてください!」

「断る」

 

 連也は一ミリ秒の間も置かずに即答した。

 一誠は土下座の体勢を崩さずに続けた。

 

「……今朝の戦いで、俺は痛感したんだ。ただでかい力をぶつけるだけのスタイルじゃ限界があるって。みんなを守れるようになるためにも、俺はこれからもっといろんな事を勉強しなくちゃいけない……今朝、あのはぐれ悪魔を倒してみんなを守ったのは、間違いなくお前だ! 俺はお前のその力、技を学びたい! だから俺に、念道を教えてください!」

「断る」

 

 連也は一ミリ秒の間も置かずに即答した。

 一誠は土下座の体勢を崩さずに続けた。

 

「これから、あのはぐれ悪魔の仲間たちが町にやって来るかも知れない。そうなったら俺の家族や友達が危険にさらされる。俺はそれを防ぎたい、みんなを守りたい。駒王町も、駒王町に住んでるたくさんの人たちも守りたいんだ! お前は確かに強い! でも、俺が今より強くなればお前だって負担が減るし、もっと確実にこの町を守れるようになるはずなんだ! だから俺に、念道を教えてください!」

「断る」

 

 連也は一ミリ秒の間も置かずに即答した。

 

「なんでだよ! 人が土下座までして頼んでんのにッッ!!」

 

 あまりにもつれない態度に、一誠は立ち上がって怒鳴った。

 

「理由はいくつかある。まず、俺自身他人様(ひとさま)に教えられるレベルじゃない」

「嘘つけ! あんな凄い水芸かましといて!」

「水芸とか言うな。

 次に、お前が習った技を悪用しないという保証はない。何かあった時、俺は責任持てない」

「悪用なんてする訳ねえだろ! 何を根拠に」

「お前の日頃の行い」

 

 その返答に、一誠は思わず黙り込んだ。これはさすがに、反論出来ない。

 

「次に、お前が今言った『町を守るため』ってやつ。そういうのは、念道においては危険な思想だとされてる」

「町を守る事の、何が悪いってんだ?」

「そもそも念道の基礎理念は、『自分の限界を超える事』であり、『人間の可能性を極める事』にある。『誰かのため』とか『何かのため』ってのは尊いものだけど、同時に危険なものでもあるんだ」

「だから、どう危険なんだよ!」

「図書室にでも行って、宗教の歴史を調べてこい。そうでなくとも、今も外国じゃあ何かのために地雷を埋めたり、爆弾抱えて人混みに突っ込む奴等がいるんだ、それでわかるだろ」

「わからねえよ! 誰かのために戦う事が、何でいけない事なんだよ!」

「悪いとは言ってない。念道では危険なものだと教えているだけだ。だから、お前に念道を教える事は出来ない」

「なら、お前は何のために戦ってるんだよ! 何のために念道の修行してんだよ! 誰かのためじゃねえのか!」

「――自分自身のためだ」

 

 連也は一誠の目を見て、ハッキリとそう答えた。

 

「俺が俺自身を、人間の力を極めるためにやってる。ただ、その結果、得をする人間が出てくるというのなら、まぁそれはそれで別にいいかなって感じだな。

 言っておくが、別にお前が何のために戦おうが、それを間違ってると言うつもりはない。マジで命を懸けるだけの価値をお前が感じているのなら、それはそれでいいさ。ただ、念道を教えてやる事は出来ない。

 他人が持ってるものを欲しがるより、自分の中にあるものを大切にしろ。俺が教えてやれる事があるとしたら、それだけだ」

「~~もういい! お前に頼んだ俺が馬鹿だったぜ!」

 

 一誠は言い捨てて、立ち去っていった。

 

 彼は今まで、アーシアのため、リアスのため、仲間のため、その一心で戦い抜いて来たのだ。

 その想いが、今の自分の強さを支えるものだと考えている。

 それを『危険な思想』と切って捨てられたのが我慢ならなかった。自分の今までの戦いや成長を否定されたような気分にすらなった。

 

(こっちが土下座までして頼んだってのに……あんな自分勝手な奴だとは思わなかったぜ!)

 

 

 同時刻。

 午前の講義を休んで、住宅街の修復と今後の対策のために、リアスは兵藤邸にソーナ・シトリーを招き、話し合っていた。

 その二人の前に、思わぬ来客があったのだ。

 

 二メートルはある高身長に、過積載とすら思える量の筋肉を搭載した、頑強な肉体だった。

 しかし、その面貌は間違いなく、八十を越す老人の顔つきだった。

 

「ヴァスコ・ストラーダ……?」

 

 リアスはフラリと現れた人物の名を、信じられないとばかりに呟いた。

 ほんの数ヵ月前に教会でクーデターを起こし、戦いに敗れた老剣士。今は全ての地位を剥奪され、イタリアの僻地にある農場で暮らしている――もっともその農場は、天界の結界で覆われた牢獄でもあるのだが。

 

「お取り込み中のところを失礼。予感がしたものでな、田舎から飛び出して来たのだよ」

「よ、よく出て来れましたわね……」

 

 ただ農場周辺を結界で囲っているだけでなく、監視だって付いているはずだ。今も教会内には彼の信奉者がたくさんいるだろうが、彼等の手引きを考慮しても、そう簡単に出られるはずがない。

 

「うむ、実はまだ少々、拳が痺れておる。日本についた辺りで、ようやく感覚が戻ってきたくらいだ」

 

 ストラーダはそう言って、両拳を交互にさすった。

 まさか、結界を殴って壊したのだろうか……この老人ならやりかねない。リアスもソーナも、そう思ってしまう。

 

「そ、それで、どのようなご用向きでしょうか?」

 

 リアスよりも早く冷静さを取り戻したソーナが、尋ねた。

 

「今、この町をはぐれ悪魔が狙っておると聞く」

「ええ、その通りです」

 

 ソーナが答えた。

 

「はぐれ悪魔の頭目の名は、オルランドというそうな」

「はい」

 

 と、リアス。

 

「やはりか……」

 

 老人は深い溜め息をついた。

 

「あの、いったいどういう……」

「この国には、『発つ鳥、跡を濁さず』という(ことわざ)があるそうだが、まさにそれ。老兵最後の一仕事に、不肖の弟子の後始末をさせてもらいたい」

「弟子って、まさか……!」

 

 リアスは思わず、座っていたソファから立ち上がった。

 

「左様。はぐれ悪魔の頭目オルランド。あやつはこのヴァスコ・ストラーダのかつての弟子だった男なのだ」

 

 吐き出すように言ったストラーダは、岩のような拳をグッと握り締めた。

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