生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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決意と衝突

 駅前のふれあい広場にて爆発事故が発生。犠牲者多数。現場及びその周辺に、見慣れない外国人の集団が目撃されたため、爆弾テロの可能性もあり。

 生徒の安全のため、学校を一週間休校。そのまま連休に入り、授業の再開はゴールデンウィーク明けからとする。

 

 緊急職員会議で以上の事が決定し、その旨が全校生徒の家庭に、その日の内に伝達された。

 部活動も中止となり、放課後の駒王学園はいつもより静かだ。

 ゼノヴィアは生徒会の面々と共に、校内に居残っている生徒がいないか見回りをしていた。

 生徒会長という立場上、いの一番に先陣を切って戦いに赴く事が出来ないのがもどかしい。

 

(だが、仕方がない。これも大事な務めだ)

 

 少女は心の中で、そう自分に言い聞かせた。

 各教室のドアを開けて、一つ一つ念入りに見回っていく。

 最後に廊下の一番端っこ、E組の教室を覗くと、人影が一つあった。

 秋月連也だ。

 

「連也、帰らないとダメじゃないか。先生に言われたはずだぞ」

「……荷物取りに来ただけだ。今から帰るよ」

 

 少年はそう答えて、机のサイドフックに掛けてあった自分の鞄を取った。

 念を使い果たして気を失った後、兵藤邸で介抱され、家人に礼を言ってから学校に戻ってきたのである。

 

「……どうかしたのか?」

 

 いつもの彼らしからぬ険しい雰囲気を感じ取って、ゼノヴィアはつい尋ねてしまった。

 

「別に。何でもない」

「とてもそうは見えないが……」

「一日に二回も念を使い切っちまって、ヘロヘロなんだよ」

 

 そう言われて見れば、少し顔色が悪い。

 

「何があったんだ? まさか広場の爆発と関係があるのか?」

「後でグレモリー先輩に聞け。俺は今忙しい」

 

 突き放すような口調で言い捨てて、連也は教室を出た。

 

「……」

 

 後を追い掛けたいところだが、まだ見回らねばならない所がある。ゼノヴィアは私情を抑え込み、生徒会長としての務めを優先した。

 

 

 桂馬川区の住宅街。

 そこの片隅にある広い庭付きの一戸建て。

 連也はそこの正門を開けて、中に入った。ここが彼の住まいだ。

 

「あら連くん。お帰りなさい」

 

 玄関のドアの開く音に、台所からヒョッコリと顔を出して出迎えたのが、秋月克美。連也の叔父信彦の妻であり、連也からすれば義理の叔母だ。

 

「さっき学校から電話があったわよ。駅前のふれあい広場で爆発事故があって、危ないから学校は明日からお休みですって」

「んー、わかった」

 

 連也は答えながら、鞄から空の弁当箱を出して、台所の流しに入れる。

 そしてさっさと二階の自室へ上がった。

 部屋に入ると制服からジャージに着替える。

 そして部屋の真ん中で座禅を組んで、目を閉じた。

 ――わずかな静寂の後、少年の体に五つの光点が灯った。

 人体に備わるエネルギー吸収口、チャクラだ。

 正中線に沿って、下から尾てい骨、丹田(へその下)、みぞおち、胸部中央、喉、眉間の六ヶ所に存在する。

 下の二つが物理的な、その上の三つが感情的な力を発揮する。

 そして眉間のチャクラから吸収されたエネルギーは、霊的な力に変化する。

 自前の念や、自然の気を吸収・昇華させた念だけではとても足りないと感じた連也は、このチャクラを開放してパワーの補充をしているのだ。

 では、この六つのチャクラからどんなエネルギーを吸収しているのかと言えば、それは宇宙に満ちる理力である。

 まるで怪しい新興宗教を思わせるが、科学者の間でもその存在は結構真面目に論じられている。

 いわく、宇宙空間の何もないように見える部分に、何かが存在していなければ起こり得ない現象が確認されている。何かはわからないが、何かがあるのは間違いないだろう、という事だ。

 その『何か』を、念道家たちは『理力』と呼称しているのである。自然の気以上に念に近い性質を持っているらしく、これを取り込むと非常に迅速かつ大量に念を充填出来る。

 他の五つよりも少し遅れて、眉間のチャクラも開放された。霊的な力を司るこの部位は、開くのが難しい。連也がチャクラコントロールを身に付けたのも、今年に入ってからだ。

 全身の細胞の一つ一つに、清らかで暖かなエネルギーが注ぎ込まれ、染み渡っていくのが感じられた。

 

 パワーを充填すると、連也はリュックサックを取り出し、その中に財布と歯ブラシ、タオル、四日分ほどの替えのシャツとパンツを詰め込んだ。

 それを持って部屋を出る。

 

「叔母さん、ちょっと出掛けてくるよ」

「あら、帰ってきたばかりなのに?」

「ちょっと山にこもる。連休に入ったらいっぺん戻るつもりだけど、もし帰って来なかったら、『秋月連也は男の中の男だった』って墓石に刻んで、末代まで語り継いでくれ」

 

 冗談とも本気ともつかない事を言い残し、連也は叔母の返事も聞かずに家を出た。

 

「生水には気を付けてね~」

 

 克美は呑気な言葉を投げ掛け、心配する素振りすら見せない。甥っ子が使う摩訶不思議な力の事を、夫婦ともども知っているのだ。また、「山にこもる」と言ってフラリと出掛けて、三日くらい戻ってこない事も何度かあったので、慣れてもいた。

 そもそもこの家に住めるようになったのが、彼のお陰だった。

 今でこそ落ち着いた佇まいの家だが、かつてここでは凄惨な殺人事件があった。夫が妻のあらぬ浮気を疑い、包丁で刺し殺したのだ。家中を逃げ回りながら、妻は数十ヶ所に嫉妬の凶刃を突き立てられたという。

 以来この家では血まみれの女が夜中に家中を這いずり回るようになったし、昼間も全体的に暗い雰囲気をまとっていた。

 数度のお祓いも効果がなく買い手が付かなかったのだが、駒王町に引っ越すに当たって住む家を探していた秋月夫妻が、この家を買ったのである。決め手は、連也の言葉だった。

 

「確かに良くないものが憑いてるけど、俺一人で祓えるから」

 

 中学を卒業して間もない甥っ子のその言葉には、不思議な信頼感があった。

 現に引っ越しして初日の夜、現れた女の幽霊は連也の木刀の一撃によって雲散霧消し、家全体を覆っていた暗く淀んだ空気も綺麗さっぱりに消え去ったのである。

 後日克美は、秋月家に代々受け継がれてきた念道という技の事を、夫の信彦から聞かされた。そしてマスコミが甥っ子に付けた『愛と奇跡の子』という名前に、違う意味で納得したのである……。

 

 

 兵藤邸では、リアスがソーナと共に、今後の方針を話し合っていた。それぞれの眷属も集まり、本来ならかなり広いリビングが、今だけは少々狭苦しい。

 

「今回のはぐれ悪魔は、これまでとはまったく違っています。逃げ隠れするどころか、白昼堂々と姿を現し、破壊活動を行う……リアス、失礼ながらあなた方だけでは、彼等を討伐するどころか、逆に被害が広がる恐れの方が大きいでしょう」

「認めたくはないけれど、あなたの言う通りね……」

 

 リアスはソーナの手厳しい意見に、敢えて反論はしない。ただ人差し指に燃えるような深紅の髪をクルクルと巻き付けている。

 手慰みをしながら、ルフェイに尋ねた。

 

「ねぇルフェイ。ヴァーリたちとは連絡は取れないの?」

「ヴァーリ様たちは今、須弥山(しゅみせん)で修行中です。世界の危機でもない限り、闘戦勝仏様が下山をお許しになるとは思えません」

「困ったわねぇ……」

 

 溜め息をつきながら、リアスはふと従兄弟の顔を思い浮かべて――すぐに脳内から消去した。あのパワー馬鹿を呼んでも状況が悪くなるだけだ。

 

 そこへ静江が入室してきた。

 

「リアスさん、お客様よ」

 

 彼女が連れてきたのは、ジャージ姿の秋月連也だ。

 

「あら秋月くん。何か忘れ物?」

「……あいつらをやっつける、その手伝いがしたくて」

 

 連也はそう答えた。

 その眼差しは険しく、非道な破壊活動を行ったはぐれ悪魔への怒りがひしひしと伝わって、思わず気圧されそうになる。

 

「どうやら本気のようね……わかったわ」

 

 リアスは連也へ手を差し出して、握手を求めた。

 

「あなたが手を貸してくれるなら百人力よ。よろしくね」

「ども」

 

 連也は小さく答えて、手を握る。

 

「冗談じゃない! 俺は反対だ!」

 

 異を唱えたのは一誠である。

 

「いくら強くたって、こんな自分勝手な奴と一緒になんて戦えないよ! 俺が念道教えてくれって土下座して頼んだのに、コイツは断りやがったんだぜ!?」

 

 その言葉に、その場にいた何人かは眉をひそめる。

 

「それは仕方ないでしょう? 彼には受け継いできた技に対する責任があるのだから……秋月くんの実力は、あなたも見てきたはずよ?」

「でもリアス……!」

「何より、今はあなた個人の好き嫌いに構ってる場合ではないの。目的のためには、嫌いな人に頭を下げなくてはいけない時もあるのよ。覚えておきなさい、イッセー」

 

 ピシャリと言われて、一誠は黙り込んだ。彼とて状況はわかっているのだ。

 

「いつでも動けるよう、しばらくここに住まわせてもらいたいんですが……」

「ええ、構わないわ。お部屋はいくらでも空いてるし。誰か、来客用のお部屋に案内してくれる?」

 

 リアスの言葉に率先して立ち上がったのは、ゼノヴィアだった。彼女に連れられて、連也はリビングを出ていった。

 

 

 二人が客室の並ぶフロアに上がると、そこでヴァスコ・ストラーダと出会(でくわ)した。

 かつての弟子だったオルランドから受けた傷は、連也の念で半ば治癒しており、ここに運ばれた後もアーシアの神器《聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)》での治療を受け、すっかり完治している。

 老人はゼノヴィアの隣の少年を見て、顔をほころばせた。

 

「おお、昼間の木刀ボーイではないか。無事で何よりだ」

「……日本語、喋れるんだ」

 

 厳つい外国人の流暢な日本語に、連也は驚いた。昼間助けに入った時は何やら外国語で喚いていたので、尚更だった。

 

「ははは、自慢ではないが母国(イタリア)語の他に英語・ドイツ語・フランス語・中国語・日本語をマスターしておるのでな……昼間は不肖の弟子が、すまない事をした」

 

 ストラーダはそう言って、孫のような年齢の少年に深々と頭を下げた。

 

「俺に謝ったって、何にもならないでしょ」

「……そうであったな……この手で弟子を捕らえてやりたいところだが、最早老いさらばえて、そのような力もない」

「ご謙遜を。猊下はまだまだ現役ではありませんか」

 

 ゼノヴィアがフォローした。

 リアスから、はぐれ悪魔の頭目が目の前の老戦士の弟子だった事、そしてこの老戦士を倒した事は聞いている。しかし、正直言ってとても信じられなかった。

 

「はは、慰めてくれるのは嬉しいが、今の私には追い討ちにしかならんよ。まだ現役だとしたら、それでも弟子に真っ向から敗れたのだという事になる……」

 

 ストラーダの声は、若干暗かった。

 

「しかし、そこの木刀ボーイは、その弟子を真っ向から撃退したと聞いておる……どうかな、その技の冴え、この老いぼれにも見せてもらいたいのだが」

「俺は構いませんよ」

 

 連也はあっさりと引き受けた。

 チャクラコントロールによってどれだけのパワーが充填出来たか、実践で確かめておきたかったのだ。筋肉の鎧で重武装したようなこの老人は、その相手にちょうどいいと感じた。

 

「おお、ありがたい。では戦士ゼノヴィアよ、庭を貸してもらえるよう、家主殿に頼んでもらえるかね? それと、この家にある一番大きくて重い木刀も用意してもらいたい」

 

 

 ちょっとした運動場くらいはありそうな広い庭で、風切り音が響く。ストラーダが木刀を振っているのだ。

 木刀は、刀身の幅と厚みが通常の倍近くある。本来は素振り用の物であり、試合に使うような物ではない。ましてや八十歳を越える老人が片手で振り回す物でもない。

 

「ふむ……少々軽いが、まぁ良かろう」

 

 しかしこの男にはまだ物足りないらしい。ポツリと漏れた呟きに、チームD×Dの面々は改めて彼の超人ぶりを実感し、半ば呆れていた。

 

「君の得物は用意せずとも良いのかね?」

「自前があるんで」

 

 五メートルほどの間を置いて対峙する連也が、背中の襟口に右手を差し込んだ。

 引き抜かれた手には、柄巻きを施した木刀『飛龍』が握られている。

 

 二人の剣士は、同じ構えを取った。

 日本剣術においては八双、西洋剣術においては屋根から落ちてくるかのように上から剣を振り下ろす事から『屋根の構え』と呼ばれる、垂直に立てた刀を顔の横辺りに持ってくる構えだ。

 数秒の睨み合い。

 その後、連也が動いた。木刀を下段に下げながら、間合いを詰めてきたのだ。姿勢は前傾になり、まるで自ら頭を差し出して「どうぞ、打ってください」と言わんばかりだ。

 誘いだとわかったストラーダだが、じっとしていれば下から木刀が飛んでくるのもわかっている。

 

「ムンッ!」

 

 打たれる前に打つ。

 充分に体重を乗せた上段打ちが、暴風の如く連也の頭上に迫った。

 かと思えば、連也の姿が急に遠退いた。後ろに飛んだのだ――連也ではなく、ストラーダが。

 少年の軽い一突きで、筋肉の要塞めいた巨体が軽々と吹っ飛んだのである。

 ストラーダは宙でクルリと一回転して着地した。

 連也が一歩踏み出す。その一歩で、両者の間に開いた数メートルの距離があっという間に縮まった。

 

「ぬぅっ!」

 

 ストラーダ、咄嗟に横殴りの片手打ち!

 刃の付いてない木刀でも人体を真っ二つにしてしまいそうな、剛力の一撃だ。

 連也はこれをジャンプしてかわした。木刀の刀身を蹴って、更にジャンプ。後方へと跳んで元の位置に戻る。

 

「うぅむ、摩訶不思議としか言いようがないな……」

 

 ストラーダはそう言って唸った。

 最初の突きも、突きとは呼べない木刀で押しただけの軽いものだった。にもかかわらず、自分の巨体を軽々と吹き飛ばす。それでいて体には何の痛みもなかった。

 年甲斐もなく、好奇心がムクムクと膨らんでくる。少年の操る魔法のような剣法を、もっと見てみたい……!

 

 ストラーダは、木刀を大きく振り上げた。

 グググッと下半身に力を込め、地面を蹴る。

 人間ミサイルと呼ぶにふさわしい勢いと速度で、連也に肉薄した。

 対して連也は、『飛龍』を顔の前で垂直に立てた。腕を曲げて刀身を体にくっつける、窮屈な構えだ。

 ストラーダが間合いに入った。

 振り上げた木刀が、落雷にも似た一撃を放つ。

 試合を見る誰もが、連也の敗北と死を確信した。少年の肉体が、落雷を受けた大木のように真っ二つに裂かれる様をイメージしてしまい、アーシアにいたっては両手で顔を覆うほどだ。

 しかし次の瞬間、地面に倒れていたのはストラーダの方だった。

 

 ――何が起きた?

 

 ギャラリーだけでなく、ストラーダまでもが同じ事を思った。

 

 祐斗とゼノヴィアが、かろうじて一部始終を見る事が出来ていた。

 ストラーダの打ち込みが頭に触れるか触れないかという、本当にギリギリのタイミングで、連也は片足を引いて腰を落とし、『飛龍』を振り抜いたのだ。

 ストラーダの木刀は『飛龍』の細い刀身と交差すると、軌道が逸れて連也の右側の地面に突き刺さった。

 とても威力があるとは思えない『飛龍』の一撃は、それだけにとどまらず老人の肩を打った――否、触れた。その途端に、ストラーダは糸の切れた操り人形のようにその場にぶっ倒れたのである。

 

 ストラーダは動かなかった。

 動けなかった。

 打たれた肩には何の痛痒もない。なのに、体に一切の力が入らず、指一本動かせなかった。

 それだけではなく、このまま明日の朝まで眠っていたくなるような、妙に落ち着いた気持ちになっている。

 

「す、すっげぇ……!」

 

 思わず呻いたのは、匙元士郎だった。その感嘆の声を皮切りに、ギャラリーはパチパチと勝者に拍手を送った。

 それから数秒ほどで、ストラーダの肉体は元通り動けるようになった。立ち上がり、少年と握手を交わす。

 視界の端で、連也の勝利を讃える面々を見ながら、老人は安堵した。

 

 彼はリビングでのやり取りを、廊下で聞いていたのだ。

 なまじっか強い絆で結ばれたチームに、面識のない人間が新たに加われば、逆に異分子として扱われかねない。

 そこで、大急ぎで客室のフロアに戻り、何気ない風を装って連也に試合を申し込んだのである。それで連也が勝てば、チームD×Dも彼の実力を認めて、無下には扱うまい。敗れたら敗れたで、少年に無謀な戦いを諦めさせる事が出来ただろう。

 ストラーダの急ごしらえの計画は、良い結果に終わったようだ。連也の参戦に強く反対していた一誠ですら、称賛こそしないものの、何の抗議もせず黙り込んでいる。

 何より、若い世代にまだまだ未知の逸材がいるとわかって、それがストラーダの一番の喜びであった。

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