ふれあい広場では朝から警察による現場検証が行われようとしていた。
到着した警察官たちが、それぞれ必要な道具を持って広場内に足を踏み入れた瞬間、その足が一気に膝まで地面に沈んだ。アスファルトで舗装された地面にだ。
見た目には何の変化もないが、何故か地面が液体化しているのだ。
予想だにしない事態に、何人もの警察官がバランスを崩して、その液体化した地面の中に落ちてしまう。
「おい、しっかりしろ!」
一人の警官が、地面に沈んだ同僚の腕を掴んで引っ張り上げる。
しかし、軽い。
それもそのはずで、彼が引き上げたのは掴んだ同僚の
我が目を疑い呆然とするその警官の足下も液体化して、彼はアスファルトの海に頭まで引きずり込まれた。
液体化現象はどんどん範囲を広げていき、警察車両までズブズブと沈んでしまう。
我先にと逃げ出す警察官たちの足首に、地面の中から伸びた蛸の脚が絡み付き、無情にも引きずり込んでいく。
運良く蛸足から逃れた者もいたが、彼等はどこからともなく飛来したオレンジ色の光の矢で、正確に頭部を撃ち抜かれた。
◆
スクランブル交差点の真ん中に、ロングコートを着込んだ長身の男が立っている。行き交う通行人や信号待ちをしている車の運転手たちは、彫像のごとく立ち尽くす男に一瞬だけ視線を向けるが、「まぁ春だしな」と各々が適当に納得する。
彼等のその視線が、男がコートを脱いだ瞬間に再び引き寄せられた。
コートの下は上半身裸。六本の腕がそこから生えていた。
「《
六本腕の男ドルトーレがポツリと呟いた瞬間、スクランブル交差点のアスファルトの地面から無数の剣が生えて、通行人の足を貫いた。激痛と恐怖の悲鳴がそこかしこから響き渡る。
信号を無視して逃げようとした車が、他の車とぶつかったり倒れた通行人を轢いてしまい、被害と混乱が更に拡大していく。
ドルトーレは虚空から六本の剣を創造し、六本の腕で持つ。そして手近な通行人の首を、無造作に切り落としていった。
◆
西駒王駅にはサラリーマンや学生がごった返している。
間もなく快速列車が通過する予定の三番ホームで、ざわめきが起きた。
ポンチョを着た男が、我が家の階段を下りるような気安い足取りで、ホームから線路へと下りたのだ。
「おい、危ないぞ!」
「何してんだ、早く上がれ!」
サラリーマンたちが口々に叫ぶが、男は意に介さない。
「《
呟きと共に、男の体を軸に四つの車輪が現れた。そして彼を守るように高速回転を始める。
その頃には、快速列車が到着していた。
ブレーキの軋む音がけたたましく響く。
そして列車の鼻先が、男の車輪に触れた瞬間、列車はその回転に弾かれて真横に吹っ飛んだ。利用客で溢れ返るホームへ。
轟音と共に、列車は駅舎を突き破って外にまで飛び出した。
◆
駒王警察署に、十数台にもわたる大量の自動車が群れをなして押し寄せてきた。中にはダンプカーや、たくさんの乗客を乗せた大型バスも混じっている。
それらの運転手たちは、揃って困惑と恐怖で顔がひきつっていた。
ブレーキを踏んで車を止めようにも、ブレーキペダルが動かない。
エンジンを止めようとしても、キーが回らない。
ハンドルは運転手の意思を無視して勝手に動く。
負傷を覚悟で逃げ出そうにも、ドアも窓も全く動かない。
中には、無人の車も混じっていた。
自動車その物が意思を持ち、動いているとしか思えなかった。
そしてこの奇っ怪な暴走自動車群の先頭を走るダンプカーの屋根に、顎髭を生やした男が立っていた。
警察署が見えてくると、男の背中からコウモリの翼が生えて、彼の体を空中へと運ぶ。
男がオーケストラの指揮者めいて腕を振ると、自動車の群れは一直線に警察署へ突っ込んでいく。
ダンプカーやバス等の大型車両が、門や塀を破壊する。
そして大小様々な自動車たちが、次々と警察署内へと飛び込んで行った。
◆
兵藤邸に、町内のいたる所で大規模な事故や事件が発生して、多数の死傷者が出ているという報せが届いた。
リアスとソーナは場所を確認すると、眷属たちを現場へと向かわせる。
木場祐斗は通り魔による大量殺傷事件が起きたスクランブル交差点へ向かった。
現場に到着した祐斗は、余りに濃すぎる血の臭いに、思わずむせた。
所狭しと散乱する、無惨な斬殺死体。
地面から生えた剣で股間から頭まで串刺しにされた者もいた。
たくさんの剣で、中のドライバーもろとも針鼠にされた車もあった。
その屍山血河のただ中に、ドルトーレが返り血で全身を赤く彩り、たたずんでいた。
六本の腕に、剣はない。
「木場祐斗か……運がいい」
「どういう意味かな」
「以前から戦いたいと思っていた。同じ神器を持つ者同士としてな」
「同じ神器?」
意味がわからなかった。昨夜リアスから渡された資料によると、この六本腕の男ドルトーレは、冥界の辺境に住む多腕族の出身――つまり純血の悪魔。
疑問に思う祐斗の前で、ドルトーレの六つの手の中に、飾り気のない片手剣が現れた。
その創造現象を、祐斗はよく知っている。
「《
彼が持つ
「君は純血の悪魔のはず……なのに、何故?」
「俺にもわからん。ただ、誰かから奪った訳ではない。気が付いたら使えるようになっていた」
「そんなはずはない。
「……そうだな。だからきっと、俺はかつて人間だったのだろう」
ドルトーレは答え、空を見上げた。地上の惨劇が嘘のように晴れやかな青空を。
「小さな頃から、この青い空をよく夢に見た。行った事のない人間界の空……夢の中で見上げる度に、懐かしいと感じた。きっと俺は、生まれる前は人間だったのだ。本来なら別の人間の元へ行くはずだった神器を宿したまま、その魂はドルトーレという悪魔へと生まれ変わったのだろう……聖書の神が死んだ事によるバグという奴かも知れんな」
「何故、その事を……」
「王が、俺に教えてくれた」
ドルトーレは視線を祐斗に戻すと、六本の剣を構える。
「同じ神器を持つ者同士、どちらが上か……決めようじゃないか」
「いいだろう……!」
祐斗は端正な美貌を怒りに歪ませながら、二本の魔剣を創造した。
これだけの殺戮を行いながら、何事もなかったかのように平然としている敵の態度が許せなかった。
そんな殺人鬼が自分と同じ能力を使っていると思うと、ますます腹立たしい。
しかし、怒りで我を忘れるような事はなかった。
このまま戦っても、あの六本の腕が操る六本の剣に翻弄されるのは目に見えていた。
だから祐斗は、
祐斗は五人の龍騎士と共に、ドルトーレを取り囲む。
「――無駄だ」
ドルトーレが右足で地面をトンと叩いた。
瞬間、地面から生えた剣が龍騎士たち全員を串刺しにした!
祐斗だけが、かろうじて回避に成功していた。
(は、速い……!)
敵が地面を足で叩いたと認識した瞬間には、もう剣が生えていたのだ。もう一度同じタイミングでやられたら、次は回避出来る自信がなかった。
バックステップで距離を取る祐斗。しかしドルトーレが中段左腕の剣を前に突き出した瞬間、少年の腹に激痛が走った。刃が突き刺さっている――
ドルトーレの手中の剣から、刃が消えていた。
魔力を流し込む事で、柄の中で爆発が起きて刃を飛ばす、スペツナズナイフの亜種のような剣だ。
予想外の攻撃に、祐斗の足が止まる。
ドルトーレは六本の剣を全て投げ捨て、悠然とした足取りで近付いてくる。
近付きながら、剣ではなく薙刀を創造して、左右上段の腕で掴んだ。
「薙刀……!?」
剣以外も造れるのか?
驚く祐斗の脳天目掛けて、その薙刀が振り下ろされる。二本の剣が十字に交差して、その一撃を受け止めた。
「薙刀? 何を言っている、これは
「そんな、屁理屈を!」
押し返そうとする祐斗だったが、視界の端で、敵の左右下段の腕が別の剣を所持しているのを捉え、剣を捨てて離れた。
距離を取り、新たに聖魔剣を創造する。
同時にドルトーレも、今創造した剣を捨てて、また新たに魔剣を造り上げていた。
祐斗の手中に新たな聖魔剣が出来上がったのは、それよりも後だった。
――速い。
剣を造るスピードが全く違う。
よーいドンで何の属性もギミックも持たないシンプルな魔剣を造っても、それでも自分の方が遅いだろう。恐らく敵は、イメージした瞬間には既に剣が出来上がっているというレベルにまで達しているのではないだろうか。
(どうする……!?)
神器以外にも、かつてジークフリードとの戦いの中で手に入れた魔剣群がある。自分で使うにはリスクが伴うが、龍騎士たちに持たせればそれもカバー出来る。
だが、あれだけの速さで魔剣を創造出来る敵が、わざわざ龍騎士の創造を待ってくれるだろうか?
「……失望した」
ドルトーレはポツリと呟いた。
「どれ程の男かと期待したが、どうやら聖魔剣だの《
「何を……!」
言い返そうとした祐斗だったが、言葉は出なかった。
周囲の景色が、いつの間にか変わっているのだ。赤錆色の空と、赤茶けた大地に。前日の記憶が甦った。
「これは、俺の《
ドルトーレが言っている間にも、魔剣の豪雨が降り注いで来た。
地面からも無数の剣が生えてくる。足の踏み場もないほどに。
祐斗は龍騎士団も創造して、四方八方から雲霞のごとく押し寄せる魔剣を次々と打ち払い、落としていく。
だが、手数があまりにも違いすぎた。
狙いの外れた剣が地面に突き刺さり、地面から生えた剣と重なり合って林立して退路を塞ぐ。
無数の魔剣が無限に降り注ぐ異空間。
シンプルだが、恐ろしい能力だ。
龍騎士たちも防御が追い付かなくなり、一人二人と串刺しにされて消えていった。
その度に新たな龍騎士を補充するが、焼け石に水だった。
何より、祐斗の消耗が激しすぎた。
大量出血を避けるために腹に刺さったままにしていた刃は、毒を持っていたのだろう。
手足から徐々に感覚がなくなっていき、頭がボンヤリとしてきた。
そしてついに、その身で魔剣の雨を受けてしまう。だが毒で弱った祐斗の肉体は、痛みを感じる事すら出来なくなっていた。
力なく仰向けに倒れる少年に、更なる追い討ちの刃が降り注いでくる。
幻聴だろうか――どこか遠くで、壁を叩くようなドォォォンという鈍い音が響いた。
どうやら幻覚も見え始めたらしい。赤錆色の空に、白い亀裂が走るのが見えた。
――否!
幻覚でも何でもない。白い光が巨大な刃となって空間を切り裂き、祐斗とドルトーレの間の大地に深い裂け目を刻み込んだ。
魔性の空間は消滅し、周囲の景色は再び元の駒王町に戻った。
「木場、無事か!」
戦闘服をまとい、エクス・デュランダルを携えたゼノヴィアがそこにいた。その聖剣の何たる破壊力か、外側から禁手空間を切り裂いたのだ。
仲間の元へ駆け寄るゼノヴィアだったが、祐斗は既に気を失っていた。
「エクス・デュランダルの名において命ずる……木場の傷よ、癒えろ!」
聖剣の鞘に宿る、支配と祝福の能力を併用して、治療を試みる。
完治には到らなかったが、出血は止まった。
ゼノヴィアの肩に、一羽の小鳥が止まっている。
その小鳥が光を発したかと思うと、巨大化した。
この鳥は祐斗の使い魔。主人の危機に、別の現場に向かう途中だったゼノヴィアを呼んできたのだ。
「急いでアーシアの所へ運べ」
ゼノヴィアの言葉に従い、鳥は祐斗の体を嘴でくわえて、空へと舞い上がった。
「逃がさん」
ドルトーレがその鳥へと剣を向ける。また新たに創造した魔剣は今までよりも長く、大きい。刃根本には鮫のヒレを思わせる枝刃が付いており、柄の内部には魔力を動力源とする発射機構が仕込まれている。
バズーカ砲のごとき勢いで、刃が発射された!
だがそれを白い烈風が叩き落とす!
「貴様の相手は私だ」
ゼノヴィアは刃のような鋭い眼差しで、敵を睨みつけた。
しかし次の瞬間、背中からコウモリの翼を広げて宙に舞い上がった。少女の足下から、彼女を取り囲むように五本の魔剣が生えたのだ。
悪魔にとって聖剣は天敵。ましてや最強クラスの破壊力を持つデュランダルだ。
しかしドルトーレの心中に、恐れはなかった。
今の攻撃は手加減したものだったが、それでもゼノヴィアの回避するタイミングやスピードは、かなりギリギリだった。
本気になれば彼は、もっとたくさんの剣をもっと速く創造出来る。決して捉えきれないものではない。
そんな勝算があった。
ゼノヴィアは空中にとどまり、地面から生えた剣と、それを生み出した者を交互に見やった。
「なるほど、木場と同じ能力か……」
「同じではない。奴以上だ」
「ならばこちらも、切り札を使わせてもらおう」
エクス・デュランダルは鞘に納まったまま、その鞘のパーツがスライドして刃を露出させて攻撃する。
しかしゼノヴィアは、何を思ったかデュランダルからその鞘を抜き払った。
「
叫びながら鞘を頭上に放り投げる。
すると鞘が白光を放ちながら小さなパーツに分かれ、ゼノヴィアの体に装着されていく!
光が収まると、両肩、両膝、胸部中央、背面中央、そして眉間。計七ヶ所に宝玉が埋め込まれた全身鎧が、少女の体を包み込んでいた。
「木場の……そして貴様等に殺された罪なき者たちの仇、取らせてもらう!」
聖剣の鎧に身を包んだゼノヴィアは、獅子のごとく唸るデュランダルを振りかぶり、地上のドルトーレ目掛けて突撃していった。