生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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牙剥く駒王町

 列車の脱線事故が起きた駅へと向かっていた一誠。同行していたルフェイがリアスからの緊急呼び出しを受けて離脱したため、レイヴェルと二人で行く事となった。

 

 だが、駅まであと少しという所で、車が飛んできた。まるでミサイルのように一直線に、大型ワンボックスカーが彼等の向かう先から飛んできたのだ。一誠は驚きつつもこれをかわした。しかしレイヴェルはよけずに、炎でこれを蒸発、消し去った。

 

「やっと来たか。のんびりしたご到着だな」

 

 駅の方角から、ポンチョを風になびかせて一人の男がやって来た。フラフープのように、鉄の車輪を被っている。しかもそれは土星の輪のように宙に浮いており、ただの車輪でない事がわかる。

 

「しかも赤龍帝か。俺もつくづくラッキーだな。これも日頃の行いか」

「駅で脱線事故が起きたらしいけど、お前がやったのか!? さっきの車も!」

 

 一誠の問いに、男は辺りをキョロキョロ見回しながら言った。

 

「なんだ? 他に犯人(それ)っぽい奴でもいるのか?」

「何の罪もない人たちを……許さねえ!」

「カリカリするなよ。お前は台風とか地震とかにも同じ事言うのか? どんな奴でも、死ぬ時は死ぬんだよ。それが今日、ここでだったってだけだ」

 

 怒りに燃えて《赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)》を顕現させる一誠に、男はそう答える。

 

「戦う前に、名前くらいは教えておいてやるか。俺は――」

 

 しかし、聞く耳持たぬとばかりに一誠とレイヴェルは動いた。左右に別れて、ドラゴンブラスターとフェニックスの炎を同時に放つ。閃光と業火が二方向から男に迫った。

 だが、二人の攻撃は突如猛烈な勢いで回転を始めた車輪によって弾かれる。あらぬ方向へと軌道を逸らされて、周囲の建物に当たった。

 

「――俺はオルランド様の盾。オルランド様の戦車(ルーク)キルカーン。オルランド様以外の何者も、俺の絶対防御を破る事は出来ん……ましてや、お前等のような馬鹿力の火力馬鹿どもにはな」

「ああ、そうかよ!」

 

 一誠は《赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)》から、複数の小さな光の玉を生成した。龍のオーラを圧縮したそれは、狭い場所や市街地での戦闘用の技だった。

 

「でもそれって、結局一度は破られたって事じゃねーか! 俺が二人目になってやるよ!」

 

 生成したオーラ光弾が一斉に発射された。それ等は弧を描いて、キルカーンの上下左右、あらゆる方向から襲ってくる。

 

「お前ごときが、あの御方と同格のつもりか? 笑わせるぜ」

 

 本当に口元に笑みを浮かべるキルカーン。鉄の車輪が一つから四つに増えて、高速回転する。四つの車輪が、飛来する光弾を全て弾き飛ばし、周囲の建物に穴を空けさせた。

 

「じゅ、十発とも全部弾きやがった……!」

「九発だ」

「は?」

「弾いて逸らしたのが九発だって言ってるのさ。一発は、そちらのお嬢ちゃんに返しておいた」

「――っ!」

 

 背筋にゾクリと冷たいものが走る。一誠が振り向くと、レイヴェルの胸に風穴が空いていた。

 一瞬遅れて、レイヴェルは口から血を吐いて仰向けに倒れた。

 

 

 塔城小猫とギャスパー・ヴラディは、ふれあい広場へ向かっていた。

 その道中、サイレンをけたたましく鳴り響かせる消防車とすれ違う。大型の水槽を備えたタイプの車両だ。

 二人を追い越した赤い車両は、少し先で突如停止した。

 どうしたのかといぶかしむ二人の前で、車内に収納されていた放水用のホースが蛇のようにスルスルと飛び出して、二人に水を浴びせた。

 だが、二人を驚かせたのは水を浴びせられた事でも、ひとりでに動いたホースでもない。自分たちに浴びせられた液体の臭いだった。

 

 ――それは水ではなく、ガソリンだった。

 

 気付いた瞬間、車体前方の窓から腕が出て来た。指先に灯る光は、魔力の輝きだ。魔力は小さな光点となった。赤熱化して小さな火の玉となったそれが発射される。

 

 ボンッ!

 

 そんな音がして、小猫とギャスパーは火だるまになった。

 消防車は走り去っていく。

 

 これまでそれなりに実戦を経験してきた二人だったが、今は頭が混乱していた。火を消すための消防車が、何故自分たちに火をつけたのか? その矛盾と、全身を包む炎の熱が、冷静な思考を妨げていた。

 

 そこへ、一陣の烈風が吹き、二人の体を打った。

 そしてその風は、まるで薄紙を剥がすように、()()()()()()()()を吹き飛ばす!

 薄れ行く意識の中で小猫とギャスパーが見たのは、柄巻きを施した木刀を携えた秋月連也の姿だった。

 連也は二人の後輩の元に駆け寄る。すぐに消火出来たものの、それでも二人の火傷は軽くはなかった。

 

「――!」

 

 不意に連也は立ち上がり、木刀を正眼に構えた。

 さっきの消防車が戻って来たのだ。

 放水用のホースが再び動き出して、ガソリンの激流を放射した。

 

「エヤァッ!」

 

 連也が木刀『飛龍』で虚空を下から上へと斬り上げると、突如一陣の烈風が巻き起こり、ガソリンを吹き飛ばして、消防車に浴びせ返す。

 消防車はエンジンを唸らせて発進した。連也を轢き殺す算段のようだ。

 これに対して連也、よける素振りも見せない。木刀を八双に構えて迎え撃つ。木刀の刀身が連也の念によって、白く輝き始めた。

 

「念道剣、(いわお)砕き!」

 

 上段から振り下ろされた一刀!

 ほとばしる白光が刃と化して、迫って来た消防車を真っ二つに切り裂いた!

 これも念の力のなせる業か、水槽内に満たされたガソリンまでもが、まるで固体化しているかのように真っ二つに切り分けられて、地面には一滴もこぼれない。

 左右に斬割された消防車は、連也たちのいる位置を通り過ぎた後、黒い塵となって消滅した。

 

 連也がその現象を不思議がる暇もなく、今度は救急車がやって来る。

 しかし、その救急車を目にした瞬間、連也は眉間にチリチリとした感覚を覚える。それは第六感がもたらす警告だった。それに従い、連也は木刀を口に咥えると、小猫とギャスパーを両脇に抱えて跳躍した。

 まさに危機一髪。

 跳躍した一瞬の後に、救急車はブレーキも踏まずに彼等のいた地点を通過する。そしてそのまま、近くに止められていた無人の軽自動車に激突した。

 着地した連也は、目を疑った。

 救急車の前の部分が上下に開いたのだ。そうやって出来た“口”には牙が生えている。

 そしてその牙で、軽自動車に獣のように()()()()()いた。

 軽自動車の白い車体に、血管を思わせる黒い筋がいくつも走る。

 救急車が離れると、軽自動車はガクガクと生き物のように激しく痙攣して……ぐるりと連也の方を向いた。

 ボンネットがガバッと開くと、そこには牙が並んでいる。

 そして獰猛な肉食獣の咆哮めいてエンジンを唸らせた。

 

(なんで勝手にエンジンかかってんだ……?)

 

 少年の疑問に答える者はいない。

 二台の車が、猪のごとく連也目掛けて突撃してきた。

 同時に、ではない。動く速さにはズレがある。連也から見て右手の方向から来る軽自動車の方が速い。

 そちらが彼を仕留めればそれで良し、叶わずとも、その隙を突いて救急車が襲うという算段だろう。

 そう予測しつつも、それでも連也は木刀を八双に構えて、迎え撃つ。よけるという選択肢は、ない。彼の後ろには、全身に火傷を負った後輩が二人、未だ意識を失ったままなのだ。

 

「イィーーエヤァッ!」

 

 ボンネットの口を開けて肉薄する軽自動車を、連也は真っ正面から木刀でぶっ叩く!

 巨人に踏み潰されたかのように、白い車体はその場でペシャンコに潰れ、黒い塵となって消滅した。

 そして連也は、その上段打ちの反動で、体重など消えてしまったかのように宙に舞い上がっていた。

 空中でクルクルと回転し、その遠心力と落下の重力速度を加えた一撃が、救急車に稲妻のごとく炸裂。これもまた消滅させる。

 複数の敵を同時に相手取るための技、念道剣(ましら)斬りであった。

 

 しかし、一息つく間もなく、四方八方からエンジン音が響いてきた。大小様々な自動車が、群れをなして姿を見せる。先程の三台同様、運転手の姿は見えない。

 ――消防車にはルドラクが乗っていたのだが、彼は一度走り去った後、連也の接近に気付いて下車し、他の車を吸血鬼に変えて回っていたのだ。

 自分を取り囲む無人自動車が、連也には餓狼の群れに思えた。

 連也が小猫とギャスパーに気遣わしげな視線を送った瞬間、吸血自動車たちが一斉に襲い掛かってきた。

 同時に、二つの巨大な光刃が上空から飛来して、吸血車の群れを吹き飛ばす!

 

「ほら見てゼノヴィア! やっぱり秋月くんよ!」

「連也、無事か!」

 

 舞い降りたのは、エクソシストの戦闘服に身を包んだ紫藤イリナとゼノヴィアだった。それぞれ、手には聖剣オートクレールとエクス・デュランダルを携えている。

 

「俺よりもあのチビッ子たちの方がヤバい」

「ひどい……全身大火傷じゃない!」

 

 後輩の惨状に、イリナの声は震えていた。

 ゼノヴィアがエクス・デュランダルの能力で治療を試みるが、効果は低い。

 

「あんた等、空を飛べるんならこの二人をアルジェントさんの――」

 

 ――アルジェントさんの所へ超特急で運んでくれ。

 そう言おうとした連也の言葉を遮るように、激突音が響いた。

 見れば一台の黒い乗用車が、電柱にぶつかったようだ。

 ……否。

 その乗用車はボンネットを開けて、電柱に()()()()()いた。

 電柱の表面に、血管めいて黒い筋がいくつも走る。

 直後、電柱がガタガタと震え出した。

 

「な、何? 何なの?」

「……待てよ、確かリアス前部長から渡された資料に……」

 

 ゼノヴィアがその資料の内容を思い出している間にも電柱は痙攣を続け、両隣の電柱との間に繋がる電線を引きちぎった――かと思えば、その電線がちぎれた傷口から火花を散らしながら、鞭のように連也たちに振り下ろされる!

 

「エヤァッ!」

 

 連也の木刀が唸り、風を巻き起こしてこれを払いのけた。

 同時に、石と石をこすり合わせたような不気味な悲鳴が響く。電柱にゼノヴィアの投擲したエクス・デュランダルが突き刺さっていた。そして電柱は、黒い塵となって消滅した。

 電柱に噛みついていた黒い乗用車が突っ込んで来たが、これはオートクレールの一閃で、同様に黒い塵と消えた。

 

「これで確信出来た……これははぐれ悪魔ルドラクの仕業だ……奴は元はハーフヴァンパイアで、自分の血を数滴与えるだけで、無機物を吸血鬼に変える力がある」

 

 ゼノヴィアがエクス・デュランダルを拾いながら言う。

 

「そういえばそんな事書いてたわね……じゃあさっきの自動車たちも、今の電柱も……?」

「恐らく。吸血鬼は吸血鬼を生み出すからね」

「呑気に言ってる場合じゃないわよ! どうするの!? それってつまり――最悪の場合――文字通りこの町の全部が私たちの敵になるって事じゃない!」

「もう遅いっぽいぜ」

 

 つぶやく連也の視線の先を追った二人の聖剣使いたちは、言葉を失った。

 線路の敷かれていない、アスファルトで舗装された車道を、五台編成の列車が大蛇のごとく這いずって現れたのだ。

 閉めきられたドアや窓に、いくつかの人体が挟まっていた。身動き一つせず、うめき声すら上げない。ルドラクの能力で吸血鬼と化した列車に閉じ込められた乗客たちは、異形の吸血鬼の仲間ではなく、文字通りの餌食にされてしまったのだ。

 列車の正面部分がバキバキと音を立てて上下に裂ける。その裂け目からは、血に染まった牙が並んでいた。

 

 

 匙玄士郎が目を覚ますと、目の前には病院のロビーが見えた。

 だが、おかしい。何故か上から見下ろしているかのようなアングルなのだ。

 数秒の困惑の後、自分の体が何か粘液のような物で壁に貼り付けられている事に気付いた。

 自分だけではない。一緒に行動していた花戒桃や仁村留流子も同様だった。

 ロビーの中央には巨大な繭のような物があり、そこから伸びる無数の触手が、周りの人たちに突き刺さり、何かを吸い上げているかのように蠢いていた。

 そしてその触手は、自分たちにも刺さっていた……!

 

(な、何だよこれ……何で俺たち、こんな事に……)

 

 匙はぼんやりとした意識の中で、記憶の糸を手繰り寄せる。

 

 二人と一緒に出動した彼は、怪しい救急車とすれ違ったのだ。

 何が怪しいのかと言えば、やって来た方角だ。香車山の方からその救急車は来たのである。町中のあちこちで怪我人が出て、駒王町内の病院はどこもてんてこ舞いのはずだ。香車山方面なら、山を越えて隣町の病院に行った方がまだ受け入れ先もあるだろう。

 そう思い、三人でその救急車を追い掛けた。

 そして駒王総合病院から、交通事故を思わせる激しい音が聞こえてきたのでそこへ向かう。

 しかし、いざ駆けつけてみると事故が起こった様子は何もない。香車山方面から来た救急車が、病院前の駐車場に止まっているだけだ。

 

 では、さっきの音は?

 

 余計に怪しんだ三人は、玄関の自動ドアを叩く音を聞いた。見れば看護師たちが必死の形相で、閉めきられたままの自動ドアを叩いて助けを求めている。

 匙たちは反射的に玄関のドアに駆け寄り、自動ドアを開けてやろうと手を触れた――。

 

(……そうだ、そしたらいきなり物凄い電撃が走って……気を失ったのか……)

 

 そして拘束されたのだと理解した匙は、自分を壁に貼り付けているネバネバを引き剥がそうともがく。しかしそれはゴムのように伸び縮みするものの、ガムのように自分の体にベットリと貼り付いて、まったく剥がれなかった。

 

「あら、目が覚めたようね」

 

 ふと声を掛けられる。

 メテオラがこちらを見上げていた。

 

「でもおあいにく様。それは馬鹿力では振りほどけないわよ。私は、自分の魔力に様々な性質や属性を持たせる事が出来るの。さっきはこの病院を包む結界に強力な電撃属性を。そして今はその魔力塊に、粘着性と伸縮性を与えてあるわ」

「くっ……このっ……!」

「あらあら、神器(セイクリッド・ギア)を使うつもり? 無理よ。あなたの可愛いガールフレンドさんたちがどうしてピクリとも動かないか、わからない?」

「――!」

 

 匙は改めて仁村と花戒を見る。彼女たちの肌からは生気が失われ、土気色になっていた。

 

「精気を吸われて、もう神器(セイクリッド・ギア)を発動させるだけの力すら残ってないのよ。あなたは男の子だからあの娘たちよりは活力も有り余ってるみたいだけど、それも時間の問題ね――あんな幻覚にまんまと騙されるなんて、ホント子供って単純で可愛いわ」

 

 玄関のドアを叩く看護師たちは、この女が見せた幻影魔法だったのだ。そしてさっき言っていた電撃属性の結界に、自分たちは触れてしまったらしい。

 しかしそれがわかったところで、どうにもならなかった。メテオラの言う通り、もはや匙には神器(セイクリッド・ギア)を発動させるだけの力はない。

 

「き、きたねえぞ……!」

「だってしょうがないじゃない。戦えば勝ち目はないんだもの。だったら、戦わなければいいだけ。ただ()()だけなら、やり方なんていくらでもあるわ。あなたたち人間だって、動物を狩る時には武器を持つし、罠も仕掛ければ毒だって使うでしょう? ――あら、失礼。あなたたちはもう人間じゃなくて悪魔だったわね」

 

 メテオラはクスクスと笑うと、繭のそばに歩み寄り、愛おし気にその表面を撫でた。

 

「安心なさい、坊や。あなたの他の仲間も、この町の人間どもも、すぐにあなたと同じあの世に送ってあげるわ――(キング)が復活した暁には、ね」

 

 肩越しに匙へと告げるメテオラ。その頬にはかすかな赤みが差している。

 三人の転生悪魔の生命力を吸収したためか、繭の中で鼓動が早まっている。院内の人間の生命力を全て吸収させれば、復活の時は更に早まるだろう。そんな確信が、彼女を高揚させていた。

 ドゥレンダナもそれがわかって安心しているのか、窓際のソファに座って絵本を黙々と読んでいる。

 

 匙は愛する人の厳しい顔を思い浮かべながら、無念の内に再び意識を失った――。

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