白い光が地に走った。まるで太陽が地上に落ちてきたかのような、激しい光が。
その光は熱と衝撃波をともなって、辺り一帯を薙ぎ払う。
その光の中から、リアス・グレモリーたちが吹き飛ばされて来た。
着衣のあちこちが破れ、あらわになった肌には火傷の痕が痛々しく覗いている。
全員が、光の中心を驚愕の眼差しで見据えた。白光の奔流の収まった後から、魔聖剣ドゥレンダナを携えたオルランドが、悠然たる足取りで近付いて来る。
「可哀想にな……今ので死んでいた方が、まだ楽だったんだが……」
彼の言葉に、誰も言い返す余裕はなかった。
先ほどオルランドが魔聖剣から放射した聖なる光の波動は、祐斗が創造した龍騎士の一団が盾となって防いでくれた。龍騎士たちは結果瞬く間に跡形もなく消え去り、守られたはずのリアスたちは無傷では済まなかった。悪魔ではないルフェイですらダメージを負っているくらいだ。
今の一撃だけで、聖剣使いが自分たち悪魔にとってどれほど恐ろしい存在か、改めて思い知ったのである。
「散開して、各自攻撃──フレンドリーファイアは気にしないで全力でやりなさい!」
リアスは指示をするなり、背中から翼を広げてオルランドの頭上に舞い上が──れなかった。
足が地面から離れるより速く、オルランドが間合いを詰めてドゥレンダナで刺突を放ったのだ。
魔聖剣の切っ先はリアスの心臓目掛けて正確に、閃光となって走る。
それを紙一重でくい止めたのは、ロスヴァイセとルフェイが同時に遠隔展開した、魔法による防御障壁だった。二重に重なったそれが、致命的な一撃を一瞬だけ受け止め、しかしガラス細工のように砕かれる。それでも、リアスが距離を取るだけの時間を稼いでくれた。
二人の魔法使いはすかさず攻撃に入る。炎が、稲妻が、光が、弾幕となってオルランドに襲い掛かる。朱乃の雷光龍やリアスの滅びの魔力もそれに加わる。
「ふん……貧弱貧弱……」
オルランドはつまらなそうにつぶやき、魔聖剣を振るった。
爆発的な白光が嵐のごとく吹き荒れ、四方八方から迫る攻撃を全て掻き消した。
そこへ聖剣で武装した祐斗と龍騎士団が一斉に攻撃を仕掛けるが、オルランドはそれを紙一重で全て見切っていた。
祐斗の視界を白い光線が縦横無尽にほとばしったかと思うや、龍騎士団がことごとく薙ぎ払われた。
とっさに聖剣で正中線を守った祐斗は、その盾に使った剣に凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされる。聖剣は刀身の半ばから折られ、少年の胸には一文字に刀傷が走っていた。
「う、くっ……!」
傷口から全身に、熱と倦怠感が広がっていき、祐斗はその場に片膝をついた。
そこへオルランドが歩み寄り、首筋目掛けてドゥレンダナを振り下ろす!
ガキィンッ!
しかし横から赤い閃光が走って、金属音を響かせて魔聖剣を受け止めた。それは真紅の鎧だった。一誠が助けに入ったのだ。
レイヴェルも一緒だった。黒歌は──途中まで一緒だったのだが、いつの間にか姿を消していた。
「俺が相手だ!」
一誠は魔聖剣を払いのけて猛速の拳打を繰り出す。
その勇姿に、祐斗は安心感を覚えた。今の一誠の鎧は、背中から翼を生やした真『女王』──
繰り出される打撃の一つ一つに、『
しかしオルランドはドゥレンダナで、真紅の鉄拳の弾幕を軽々と受け流した。
左右からのフックを打ち払い、がら空きになった胴体へ刺突を繰り出す。
「させるか!」
一誠は背中の翼の中に収納していた砲身を展開、威力を抑えた光弾を連射した。
オルランドはカウンター気味に放たれたこの光弾を魔聖剣で軽々と打ち払う。威力を抑えているとはいえ、対人戦闘には充分すぎるほどの攻撃力が秘められていたのにだ。
「だったら──」
『Blade!』
一誠は左手に収納されているアスカロンを展開する。
そして翼を広げ、全身に備わる推進器官から噴炎を上げて──消えた。
同時にその姿は、オルランドの背後に現れていた。
真『女王』のスピードで敵の死角に回り込めた一誠は、左拳から伸びる聖剣の刃を背中に突き立てんとしたが、ドゥレンダナの幅広の刃が盾となって、その攻撃を防いだ。
次の瞬間、刀身から放射された白光の奔流が、一誠を吹き飛ばした。
「くそ、マジかよ……」
まさか真『女王』のスピードが見切られるとは……信じがたい現実に、一誠はうめいた。
彼の目の前で、オルランドはドゥレンダナを逆手に持ち直し、何を思ったか地面に突き立てる。
一瞬の間を置いて、大地が唸り、アスファルトの地面がオルランドを中心に四方八方にひび割れ、周囲360度全てが聖なる光の大噴火によって吹き飛んだ。
白光の大噴出は一誠やリアスたちをことごとく呑み込み、そして消えた。
赤龍帝の鎧に守られていた一誠だったが、それでもダメージはあった。
リアスたちも、聖なる光の衝撃と、爆発に巻き上げられ降り注ぐ瓦礫の雨によって、大きなダメージを受け、動けなくなっていた。
度重なる轟音と閃光に、近隣の住民や警察官などが様子を見に集まって来る。
「そう言えば、昨日から何も食ってなかったな……ちょうどいい」
オルランドは彼等に目線をやると、魔聖剣を真横に振った。
長大な光刃が飛翔して、民衆の身体を真っ二つに両断し、血と臓物を地面にぶちまけた。
見るも無惨な屍となった人間たちから、何やら白い煙のような物が立ち上る。
オルランドが口を開けると、その無数の煙がたちどころに吸い込まれていった。
「ふう……」
満足そうに溜め息をつくオルランド。彼の魔力が、途端に量と密度を増し、充実していくのを一誠は感じ取った。
(こ、こいつまさか……人間の魂を、食ったのか……?)
リアスや朱乃も同じように推測した。
朱乃は土地神が言っていた『恐ろしい魔物が生まれようとしている』という言葉を思い出し、身震いした。
腹ごしらえを済ませると、オルランドは一誠にトドメを刺さんと歩を進める。
しかしそこに、三つの影が立ちはだかった。
秋月連也、そしてゼノヴィアとイリナの三人。
ゼノヴィアは七つのエクスカリバーを変型させた鎧を装着していた。
「ほう……また会えたな。昨日の続きといくか」
オルランドは連也の姿を視界の中心に据えて、殺意を多分に含んだ笑みを浮かべた。
「いいぜ。ただし、ここで完全に終わらせる!」
連也は木刀を八双に構えて、正面から打ち掛かった。
同時にゼノヴィアとイリナも、左右から聖剣を振るう。
オルランドは魔聖剣を地面に突き立て、聖なる白光の間欠泉を噴き上げて連也とイリナを吹き飛ばした。
ゼノヴィアだけは、聖剣の鎧の加護によってダメージを免れていた。二人には敢えて構わず、デュランダルで斬り掛かる。
ドゥレンダナがその獰猛な一撃を受け止めた。
「デュランダルか……つまりお前がお師さんの後を継いだって訳だ。ふん、なかなか可愛らしいお嬢さんじゃあないか」
「そうだ。だからその私が、猊下に代わって貴様を断罪する!」
「出来ない事は口にしない方がいいぞ?」
オルランドがドゥレンダナを振り抜くと、ゼノヴィアは軽々と弾き飛ばされた。
「デュランダル!」
主の呼び声に応えて、デュランダルは雄叫びを上げる。青い刀身が閃いて、長さ3メートルはある光刃が二つ、
「少し稽古をつけてやれ、ドゥレンダナ!」
魔聖剣もまた、主の呼び掛けに咆哮で応え、光を放つ。それは巨大な矢となって、迫る光の十字架を打ち砕いた。
オルランドはすかさず魔聖剣を左に振った。そこにはすでにゼノヴィアが回り込んでおり、二つの聖剣が再度刃と刃をぶつけ合う。
金属音と咆哮を鳴り響かせて、激しい剣劇が繰り広げられた。
そこへイリナと連也も加わるが、オルランドは三人が別々のタイミングで別々の方向から放つ攻撃を、軽々と捌く。
「無駄無駄無駄無駄無駄ぁっ!」
そしてドゥレンダナの白光をまとった一撃で、ついには三人ともまとめて吹き飛ばされてしまった。
「まずは一匹」
オルランドは連也に向けて魔聖剣を振るった。
白い光刃が、大地を深々と切り裂きながら少年に迫る。
そのスピードに、連也はかわせないと判断して受けに回った。
木刀『飛龍』が破邪の念で白く輝き、光刃を受け止める。
だが、魔聖剣の光刃は止まらなかった。
二つの白光がぶつかり合い、火花を散らし、辺り一帯をまばゆい白に染め上げていく。
連也の目に、信じられない光景が映った。
木刀が──代々の念道家の念を宿した『飛龍』が、ひび割れ始めたのだ。
亀裂はたちまちの内に大きくなり、刀身全体に広がって、ついには砕けて散った!
連也の胸部が深々と切り裂かれ、鮮血が噴き上がる。
そして連也は、魔聖剣が大地に刻んだ亀裂の中へと落ちていった。
「連也!」
「秋月くん!」
ゼノヴィアとイリナが駆け寄り、地割れを覗き込む。
だがその奥は暗く、連也の姿は見えなかった……。
「悲しむ事はない。すぐにお前たちも後を追わせてやる」
そう言って歩み寄るオルランドに、二人の少女は憤怒の形相で聖剣を振るい、斬り掛かった。
だがその激しい怒りを以てしても、実力差を埋めるには至らなかった。
エクスカリバーの加護によるゼノヴィアの神速すら、オルランドは易々と見切っているのだ。
しかしそれでも、二人は果敢に戦った。
オルランドの背後に希望を見出だしていたのだ。
それはリアスと朱乃。
そして彼女たちと手を繋ぐ一誠。
限界まで倍加した力を二人に譲渡し、強化された滅びの魔力と雷光龍で攻撃するつもりだ。
そうと察したが故の、決死の時間稼ぎであった。
それが功を奏した。
「二人とも離れて!」
リアスの叫びに、ゼノヴィアとイリナはサッとその場から飛び退いた。
リアスの手から滅びの魔力が。
朱乃の手から雷光龍が放たれる。
そしてそれ等は一つに混じり合い、膨れ上がり、赤黒く輝く光の巨龍となってオルランドに襲い掛かった!
オルランドは背中から翼を広げて空中に逃げるが、『滅びの雷光龍』とでも呼ぶべきそれは、意思を持つかのように追い掛けて来る。
「ふん、なかなか面白い手品だが、こんなもので俺たちを倒す事など出来ん──ドゥレンダナ!」
オルランドは魔聖剣に呼び掛けながら、柄を両手で握り、大上段に振り上げた。
魔聖剣は咆哮を上げ、聖なる光をその身にまとう。
巨龍が口を開けて、オルランドを呑み込まんと迫ってきた。
だが光をまとう魔聖剣の刃が、その巨体を真っ二つに切り裂き、消滅させた!
「無駄無駄無駄ぁっ!」
地面に切っ先を向けると、魔聖剣から放たれた閃光が地面を穿ち、爆発を起こしてリアスたちを吹き飛ばした。
「何をしたところで、お前たちでは俺たちには勝てん。俺は己の死さえも……全ての生物が決して越えられない死という限界さえも乗り越えた……俺こそ、真の超越者だ!」
「馬鹿な事言わないで! あなたなんてただのはぐれ悪魔でしょ!」
「そうだ! 貴様はストラーダ猊下の元でいったい何を学んで来たんだ! この薄汚い背教者め!」
イリナとゼノヴィアが、口々にオルランドを非難した。しかしオルランドはまったく堪えていない。ただ肩をすくめるだけだ。
「ひどい言われようだな。だが、俺ほど師匠孝行な弟子もそうはいないぞ?
お師さんは常々言っていたんだ、『師匠を越えるのが弟子の務めだ』とな。そして俺は、その務めを果たした。
お師さんは俺を追放した日、こう言った。『自由に生きろ』とな。だから俺は今、こうして自由に生きている。善に悪にも、あらゆる規範に縛られず自由にな──だと言うのに、ずいぶんとしけた顔をしてるじゃあないか、お師さんよ」
オルランドは地上に降り立ち、言った。
彼の目線の先には、ヴァスコ・ストラーダが立っている。手には連也との試合で使った木刀が握られていた。
「それがお前の答えなのか、オルランド……本当の、心からの言葉なのか!? 私にはむしろ、お前は悪に縛られているように見える……!」
「だとしたら、そりゃあ大変だ。眼医者に行った方がいい──もっとも、ここの病院はついさっき俺がぶっ壊しちまったんで、他を当たってもらうがね」
「このような、飽くなき破壊と殺戮が、本当にお前の求めた自由なのか?」
「その通りさ……何か問題でも? 主がいつもおやりになっていた事じゃあないか。あのお方が、自分の言う事を聞かなかったからというだけでどれだけの人間を殺したか知っているだろう? 主の大いなる御業に比べれば、俺のやってる事なんざ子供の悪戯のようなものさ」
「言うな、この悪タレ! これ以上、貴様に罪を犯させる訳にはいかん!」
ストラーダは木刀を構える。
しかしオルランドは、面倒くさそうに溜め息をついた。
「まだわかってないようだな……もうあんたの時代じゃあないんだよ。出番を終えた役者がいつまでも舞台に上がりたがるなんざ、この上なく見苦しいぞ」
「元より勝つつもりなどない……この命と引き換えに、貴様を討つ!」
「よく言うよ、余命残高ゼロに近いくせになぁ……貴様の枯れ果てた命ごときで、俺とドゥレンダナが倒せ──うん?」
「……む?」
師弟は同時に、ある気配に気付いた。
連也が落ちていった亀裂から、白金色の光が溢れ出ている。
「ひっ……!?」
リアスが自分の肩を抱いて竦み上がった。彼女だけでなく、その場にいる悪魔たちは純血・転生問わず、その光が持つ冷たくおぞましい気配に身震いする。
亀裂からたゆたう光が勢いを増し、爆発的に噴き上がった。
その光の中から、連也が姿を現す。
胸の傷は、跡形もなく消えていた。
黒髪は白金に輝き、逆立っている。
そして彼の頭頂部には、光輪が輝いていた。
謎の発光現象を起こしながら、連也は亀裂から完全に浮上して、更に高くへと舞い上がっていく。
「来い、『飛龍』!」
少年が叫び、地に手をかざす。
砕け散った木刀の破片がその手に集まり、ビデオの逆再生めいて修復されていった。
「まだ、そんな力を隠していたか……だが、だから何だ? 勝てると思うな、小僧!」
オルランドもまた、魔聖剣を振り上げ、背中から翼を広げて宙に舞い上がっていった。