生徒会長ゼノヴィア   作:阿修羅丸

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念道烈風(後編)

 秋月連也が病室に顔を見せると、父の光太郎はいつも必ず起き上がり、背筋をピシッと伸ばして胡座を組んでいた。

 しかし最近はそれもきついらしく、寝たまま息子を出迎える事が多かった。

 今日は叔父夫婦も一緒だが、二人は主治医と別室で話をしている。

 連也は、穏やかに寝息を立てている父を起こさぬよう、静かに椅子に座った。

 

「連也」

 

 そこへ、父が呼び掛けてきた。

 

「んー?」

 

 しかし連也は、特に驚く事もなく答えた。

 

「今まで、よく頑張ったな……修行は、きつかっただろう?」

「まったくだよ。でも、つらくはなかった」

「そうか……お前には、苦労を掛けた……これからは、友達と遊び回るのもいい、彼女を作るのもいい。修行をやめたかったらやめてもいい──自由に生きろ」

「もうやってるよ。俺のやりたい事と、父さんが俺にやらせたい事が一致してるだけさ」

 

 気休めではない、心からの言葉だった。

 

「そうか……」

 

 光太郎もそれがわかっているのか、安堵の笑みを浮かべた。

 そして、息子へ手を伸ばした。

 

「手を、握ってくれないか」

「俺の手なんか握っても面白くないよ?」

 

 言いながらも、父の要望に応じる。

 

「母さんもな、いつもそう言って、いつも握ってくれた。お前のこの手の温もりは、母さんにそっくりだ……生まれてきてくれて、ありがとうな……父さんと母さんの分、生きてくれ……連也……お前は、お前こそが、母さんの形見だった……父さんが生きていく上で、お前こそが光だったよ……」

 

 それきり、光太郎は黙り込んだ。

 眼も閉じられている。

 連也はその安らかな顔をしばしみつめた後、廊下に出た。

 ちょうど叔父夫婦が主治医と共にこちらに来るところだ。

 

「……連くん、どうした?」

 

 叔父の信彦が尋ねる。

 連也はぼやける視界の中に立つ叔父に、静かな声で言った。

 

「──父さんが、死んだ」

 

 

 目を覚ますと、辺りは真っ暗闇だった。

 地割れの中に落ちたものの、途中で断層の出っ張りが上手い事ジャージに引っ掛かって止まってくれたようだ。宙吊りに似た状態で頭上を仰ぐと、それでもかなりの深さまで落ちたらしく、空は細い線としか見えなかった。しかし、決して這い上がれない高さでもなさそうだ。

 

(問題は、その後か……)

 

 オルランドは昨日戦った時以上の力を付けている。別人どころか、もはや別の生き物と言ってもいい。木刀を失った今、あの怪物にどう立ち向かえばいいのか?

 

(何かないか……何か……)

 

 連也は記憶の糸を手繰り寄せ、父との修行の日々を思い出し、そこから何かしら手がかりはないものかと思案する。

 

 ──答えは、すぐに出た。

 チャクラの解放だ。ただし、今コントロール出来る六つではない。頭頂部に備わる第七のチャクラ。別名を『王冠のチャクラ』という。

 他のチャクラは宇宙の理力の吸収口だが、この王冠のチャクラは放出口である。ここを開く事が出来れば、肉体を通して宇宙の理力が循環され、念のエネルギーはとてつもない強化を果たす事が出来る。

 しかし果たして、自分にそれが可能だろうか? チャクラコントロール自体最近になってようやく身に付いたものだ。頭頂部のチャクラにいたっては、その存在を朧気にでも感知する事が出来ないでいた。

 これを開けるのはよほど徳の高い聖人くらいであり、仏像の頭頂部が隆起しているのはこのチャクラの存在を表現しているからだとも言われている。それくらい至難の業なのだ。

 

(でも、やるしかない……!)

 

 連也は目を閉じて、精神を集中させた。六つのチャクラが下から順に開いていき、眉間のチャクラも開いた。

 宇宙の理力が満ち満ちていき、それを念へと相転移させて、怪我の治癒に充てる。

 更に意識を頭頂部へと移していく。そこに王冠のチャクラがあるはずなのだ。

 

 出来ると強く信じる事。

 出来ると強く念じる事。

 その思念が結果を引き寄せる。

 それが人間の強さであり、念道の力だ。

 

 亡き父の教えを胸に、連也は意識を集中させる。

 ──かすかだが、頭の中で水車がゆっくりと動き出すような、そんな重々しい感覚があった。

 更に集中すると、重さは徐々になくなっていく。

 頭の中で、白金に輝く水車が猛烈な勢いで回転していくのが感じられた。

 その瞬間、連也は頭頂部から凄まじいエネルギーが駆け抜けていくのを感じた。

 そのエネルギーが六つのチャクラを通して再び体内に入り、そして頭頂部から放出される。

 今までに感じた事のない、圧倒的なエネルギーの循環が行われている。

 それでいて、心はとても静かで、穏やかだった。

 連也が『上に行きたい』と念じると、彼の身体は閃光となって飛翔した。

 

 地上に舞い戻った連也は、地面に散らばる『飛龍』の破片の一つ一つをはっきりと見た。

 

「来い、『飛龍』!」

 

 地に手をかざして呼び掛けると、木刀の破片がその手に集まり、ビデオの逆再生めいて修復されていった。

 

「まだ、そんな力を隠していたか……だが、だから何だ? 勝てると思うな、小僧!」

 

 オルランドが背中の翼を広げて舞い上がる。

 魔聖剣が吼え、連也の心臓目掛けて真っ直ぐに切っ先を突き出した。

 連也も木刀で突きを放つ。

 二つの切っ先がぶつかり合い、ピタリと止まった。突きの精度と威力がまったく同等でなければ、まず起こらない現象だ。

 

「ちいっ!」

 

 舌打ちしつつも、オルランドはドゥレンダナで横から斬り掛かる。

 しかしその時、連也は木刀を立ててその太刀筋に置いていた。魔聖剣の刃は、木刀であっさりと受け止められる。

 

「馬鹿な……!」

 

 オルランドは目を見開き、後退して距離を取った。

 今の二合で、理解したのだ。目の前の少年が、さっきまでとはまったく別物であると。

 

「えやぁっ!」

 

 連也が木刀で虚空を薙ぐと、オルランドは腹に鞭で打たれたような衝撃を感じて吹っ飛んだ。

 その背後に回り込んだ連也が、木刀を振り上げる。

 とっさに魔聖剣で身を守るオルランド。だが稲妻にも似た鋭い打ち込みが、彼を流星めいて地面に叩きつけた。

 

「がはっ……!」

 

 何とか立ち上がったものの、オルランドは全身に、骨の髄にまで響く熱のある衝撃を感じていた。

 

「……何あれ。秋月くん、天使になっちゃったの?」

「い、いや、あれは違うような……」

「そうよね、羽も生えてないし……じゃあなんで空飛んでるの? なんで髪の色まで変わってるの?」

「私が知るか……」

 

 いつもの凸凹漫才をしながら、二人は同時にストラーダの方を見た。

 

「すまんが、私にもわからんよ……ただ、木刀ボーイの力は『念道』と呼ばれるものらしい……教徒たちの中にも、修行を通してその力を自得した者が何人かいた……彼はひょっとしたら、その念道の深奥に到達したのかも知れん……今の木刀ボーイならば、あるいはオルランドにも……」

 

 勝てるかも知れない。

 そうは思ったが、それを口にしたくなかった。

 オルランドは、自分が手塩にかけて育てた最高の弟子なのだから……。

 

(この期に及んで、私という男は……)

 

 自分自身に、呆れて物が言えなかった。

 

 オルランドは、地上に降りてきた連也を睨む。

 連也は、木刀を正眼に構えた。

 

「図に乗るなよ、小僧……少しパワーアップしたくらいで勝てるつもりか?」

()()()じゃない──勝つ」

「笑わせるな、人間風情が……どんなにあがいたところで、貴様等人間には超えられない限界というものがあるんだよ。ネンドーの修行努力なんぞ無駄無駄無駄……だが、俺は違う。悪魔に転生し、『(キング)』の駒を取り込み、死の壁すら乗り越えた……限界という壁の手前で右往左往してるだけの貴様等に、その壁を飛び越えた俺を倒す事など出来ん!」

 

 言うなりオルランドは獅子のごとく躍り掛かった。

 魔聖剣が唸りを上げ、暴風のごとき連擊を繰り出す。

 連也にはその動きの一つ一つが、はっきりと見えていた。

 次にどう動くかすら、感知出来た。

 一撃必殺の斬擊の連続をことごとくかわしていき、木刀を振るって打ち掛かった。

 だが、オルランドもまた、この攻撃を全て迎撃し、弾き、払い、捌いていく。

 木刀と魔聖剣が、互いに相手の喉笛を狙って噛み合う野獣のように、激しくぶつかり合った。

 十三合目の打ち合いで、連也に焦りが生まれた。

 押され始めている。

 同時に、王冠のチャクラが閉じつつあるのも感じた。持ってあと5秒。だがそれは、この魔剣豪を討つにはあまりにも短く感じられた。

 連也は思考をフルスピードで回転させて、攻略法を考える。

 しかし、悪魔に転生した聖剣を振るう、悪魔に転生した男──そんなデタラメな存在を、どうすれば倒せるというのか?

 

(……悪魔に転生した聖剣……?)

 

 そこに思い至った連也は、何を思ったか木刀を下段に構えて、頭のガードを下げた。

 

「観念したか──ならば死ねっ!」

 

 オルランドが魔聖剣ドゥレンダナを振り上げる。

 連也の木刀が、稲妻めいて跳ね上がった。

 下から上へと斬り上げた一刀が、振り下ろされたドゥレンダナとぶつかり合う。

 

 瞬間、悲鳴が上がった。

 

 ドゥレンダナが、金属をこすり合わせるような甲高い音を響かせて……黒い塵に変じて消滅する。

 

「なっ……ドゥ、ドゥレンダナぁぁあああーーーーっ!」

 

 突然の『女王(クイーン)』の消滅に、オルランドは戦いの中で戦いを忘れた。

 

「いぃぃーーーーえやぁっ!」

 

 すかさず連也、渾身の抜き胴!

 破邪の念で白く輝く一刀が、魔剣豪の腹を通り抜ける。

 オルランドは、己れの敗北にすら気付かず、魔聖剣同様に消滅した。

 

 ドゥレンダナは悪魔に転生し、強化された。

 同時に、悪魔の弱点も備わってしまった。

 連也は、破邪の念をオルランドではなくドゥレンダナに向けたのだ。それが魔聖剣消滅の理由だった。

 

 風が吹いて、かつてオルランドだった塵を巻き上げる。

 ストラーダがそれを掴もうとしたが、塵はその手を逃れて、そして消えた。

 

「オルランド……」

 

 老人の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた……。

 

 

 二日後。

 空港に、ストラーダはいた。

 見送りにはゼノヴィアとイリナ、リアスにソーナ、そして連也も来ていた。他の者は駒王町にいる。

 本来ならストラーダは、書き置きを残して黙って去るつもりであった。たまたまそれに気付いた数名が、見送りに強引についてきたのである。

 

「短い間だったが、世話になったな。その上見送りまでしてもらって、感謝の言葉もない」

「いえ……ですが猊下。本当にお戻りになるのですか? あなたは天界の監視から無断で抜け出したのでしょう?」

 

 戻れば、今度は厳罰が待っているのではないか。リアスはそう言いたいのだ。

 

「猊下さえよろしければ、私どもの元に身を寄せてみてはいかがでしょう?」

 

 それは、ソーナも同じだった。だから提案してみる。

 

「私は賛成です! 猊下には教えてもらいたい事が山ほどありますし!」

「共にいてくだされば、それだけでも充分心強いです」

 

 イリナとゼノヴィアが、ソーナの提案に賛同した。しかし……、

 

「すまないが、そのつもりはない。私には、やらねばならぬ事がある」

「やらねばならぬ事……?」

 

 リアスが小首を傾げた。

 

「──君たちには、そして駒王町の方々には、本当に申し訳ない事をした。だが、こんな事になってもなお、私はあの子が可愛いのだ。私だけでも、祈ってやらねばならぬ。たとえ私の余生があと数分で終わるとしても、それでも祈りたい。オルランドの罪を焼く煉獄の炎が、少しでもやわらぐように……」

 

 哀しい顔だった。

 リアスたちは、それでもう何も言えなくなった。

 

「連也くん」

 

 ストラーダは、彼女たちの後ろに無言で立つ少年に、声を掛けた。

 王冠のチャクラが閉じて、彼の髪は元の黒髪に戻っている。

 老人の大きな手が、優しく肩に置かれた。

 

「君には感謝している。君のおかげで、あの子は悪から解き放たれたのだ。もうあの子は、誰も傷付けなくて良くなったのだ……君は、正しい事をした。だから、どうか胸を張ってほしい」

「…………」

 

 連也は、何も言わなかった。

 何も、言えなかった。

 ストラーダは無言で見つめ返す少年に微笑み、やはり無言で、握手を求める。

 連也はその手を握った。

 

「では諸君、達者でな。来れなかった者たちにもよろしく言っておいてくれ──もう、会う事はないだろう」

 

 ストラーダはそう言って、去っていく。

 寂しい背中だった。

 

 離陸した飛行機の中で、老人は弟子に思いを馳せる。

 そして、自分自身に問い掛ける。

 何故オルランドを追放したのか、と。

 教会に縛られず、広い世界を知ってもらいたい。見聞を広め、教養を深め、より大きな人間になってほしい。そんな親心からだと、自分では思っていた。

 ──だが、本当にそうなのか? あの時、自分の地位が揺らぐ事を、一瞬たりとも思わなかった訳ではない。

 

(……私は結局、我が身可愛さに逃げたのだ。あの子と無関係を装いたかっただけなのだ……あの子が悪に走ったのは、それがわかっていたからではないのか?)

 

 そんな思いが、胸を刺す。

 

「……教えておくれ、オルランド」

 

 知らず、言葉が漏れた。

 だが、その問いに答える者は、もういない。

 もう、いないのだ……。

 

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